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第2章 傀儡士の血族(2)

 女帝とズィーベンは円卓のある会議室で、モニターに映った死闘を見守っていた。

 戦っているのはフュンフと呪架とエリス。羽虫型の超小型カメラからの映像だ。

 フュンフには呪架を生け捕りにするように命じ、戦いの最中もできるだけ多くの情報を聞き出すよう指示していた。

 セーフィエルの名前が出た以上、ただで殺すわけにはいかなかった。それに加え、戦いの最中に呪架が呼んだ『エリス』の名。セーフィエルの名前が挙がっていることから、エリスが『あのエリス』である可能性は高い。

 映像に映る呪架の戦いぶりにズィーベンは目を見張っていた。

「やはりこの子供は傀儡士でございましょうか?」

「たぶんね」

「では何者なのでございましょうか?」

「何者なんだろねー。そこら辺をフュンフに質問させてみてよ」

 この会議室の音声はすでにイヤホンを通してフュンフの耳に入っている。

 画面の向こう側の世界で、フュンフはエリスの鉤爪をホーリースピアで受け止めながら、余裕の質問を呪架に投げかけた。

《傀儡士とお見受けいたしましたが、貴方様は何者ですか?》

《俺のお母さんを、おまえらが奪った。こう言えばわかるか?》

 スピーカーを通して二人のやり取り聞いたズィーベンは深く息を吐いた。

「やはりあのときの子……エリスの子供とわたくしは確信いたしました」

「まっさかー、だって君の報告じゃエリスの子供は別の空間に引きずりこまれたって」

 そう女帝が報告を受けたのは一〇年ほど前のことだった。

 複雑な顔をするズィーベンはフュンフに命じる。

「エリスが自らの意志で魂を捧げたこと、ノインのことも含めてその子に話してあげなさい」

 そして、ズィーベンと女帝の意識はモニターの映像に注がれた。

 苦しそうに息を切らす呪架の様子を見ながら、フュンフはホーリースピアを地面に下ろし、戦う意志がないことを相手に伝えて動きを止めた。

「エリスのことをお話するので、貴方様も戦う手をお止くださいです」

 母の名を出されては、呪架は動きを止めないわけにいかなかった。それが罠だとしてもだ。

「どんな話だ?」

「貴方様はエリスの子供ではありませんですか?」

「そうだ、お母さんはお前らに殺されたんだ」

「ズィーベンが察した通りでしたか……。エリスは本人の同意の元に我々にアニマを差し出したのです」

「そんなの嘘だッ!」

 唾を飛ばしながら呪架は怒号した。

 フュンフはズィーベンに命じられたとおりに語りはじめる。

「貴方様の祖母であるシオンは我々の間ではノインと呼ばれておりましたです。ノインはワルキューレでしたが、蘭魔と駆け落ちの末に逃亡し、それにより世界を危機に晒したのです」

 そんな話すら呪架は知らなかった。まさか祖母がワルキューレの一員だったなんて、信じられない。

「世界を危機に晒すなんて、そんなことあるわけないじゃないか!」

「ノインはセーフィエルの末裔であり、あの一族の祖は〈闇の子〉の末裔でもありますです。〈闇の子〉とはわたくしたちが戦わねばならない相手なのです。そして、〈闇の子〉の血を引きながら我々に協力したノインは、〈闇の子〉と戦う大きな武器だったのです。そして、シオンは蘭魔と駆け落ちしたがために殺されたのです」

「誰に?」

「D∴C∴というテロリスト集団に蘭魔が狙われており、シオンもその巻き添えになったのです。この世で死んだノインのアニマは女帝の命令で、〈闇の子〉の封印強化の任務を責めとして受けさせられました……」

 それゆえに、ワルキューレのナンバー『9』は永久欠番とされた。

 苦悩に眉を顰めながらフュンフは話を続ける。

「のちに蘭魔はD∴C∴を壊滅にまで追い込み、最終的にはD∴C∴を乗っ取ったのです。その後の詳しい経由はわかりませんが、蘭魔は以前のD∴C∴がそうであったように、帝都政府に牙を剥きはじめましたのです。しかし、新生D∴C∴も何者かに壊滅させられ、蘭魔はおそらく死亡したと思われますです。そして、蘭魔には子供がいたのです」

 呪架の父――愁斗。その顔を呪架は知らない。呪架が生まれてすぐに愁斗は姿を消し、呪架は母の手ひとつで育てられた。だから、呪架にとって母はすべてだった。

 そして、フュンフはエリスの話をはじめる。

「エリスはノインの年の離れた妹です。その妹がこともあろうに蘭魔の子供、つまり蘭魔とノインの子供との間に子供を授かったのですよ。これを波乱といわずなんというのです?」

「祖父がどんな人だったか俺は知らない。だからって、お母さんやお父さんや俺にだってなんの罪もないだろ」

「いいえ、蘭魔は帝都政府を揺るがす敵です。罪の子供は罪。セーフィエルが銀河追放されたのも、元はといえばノインと蘭魔が駆け落ちしたのがはじまりです。エリスのしたことは大罪であり、だから女帝はエリスに罰を与えたのです」

「だから俺のお母さんは殺されたのか?」

「殺したのではありません。封印され、ノインという楔を巻かれても力を増幅させ続ける〈闇の子〉を食い止めるために、エリスは新たな人柱となったのです。それにエリスは自ら同意したのですよ」

「そんなの嘘だーッ!」

 怒りの任せて放った呪架の妖糸がフュンフの甲冑を抉る。甲冑の胸元が見事に裂かれたが、妖糸は皮膚までには到達しなかった。

 ため息をついたフュンフがホーリースピアを構える。

「貴方様を捕らえろと女帝に命令されてますですが、無傷とは命令されていませんです」

「返り討ちにしてやる!」

 呪架が妖糸を放ち、エリスが空から魔弾を撃つ。

 妖糸と魔弾は残像となったフュンフを抜けると思われたが、残像は妖糸をホーリースピアで弾き、『もうひとつ』の残像が魔弾を切り裂いた。

 呪架は眼を見張って動きを止めた。その瞳に映るフュンフの残像は五人。

 五人のフュンフはそれぞれに別の構えをしている。ただの残像ではなさそうだ。

「セーフィエルが開発したこの装置を使いこなせるのも、ワルキューレではわたくしただひとりです」

 五人に分裂したままでは亜音速に入れないのか、その動きは眼で捉えられる速さだが、五人同時に別々の動きをして向かって来るのは脅威。

 呪架を左右から挟み撃ちにする二人のフュンフ。エリスに襲い掛かる残り三人のフュンフ。

 五対二の戦いが繰り広げられる。

 両手から妖糸を放つ呪架はギリギリの戦いを強いられ、疎かになるエリスの操縦が仇となった。

 エリスの片腕が斬り飛ばされて、赤いオイルを撒き散らしながら腕が宙を舞った。武器を装着していた腕だ。

 自分の身を顧みず呪架がエリスを助けようと妖糸を放つ。

 それがまた仇となって、呪架は間近にいたフュンフの一撃を躱わし切れず、赤黒いローブに穴が開いた。けれど、幸いなことにローブは目隠しの役目も果たし、中のいる呪架への狙いが定まりづらい。ローブに穴が開いたが、呪架は辛うじて無傷だった。

 しかし、ローブを突き抜かれたことにより呪架に一瞬の隙が生まれ、五人のフュンフが一斉に呪架に襲い掛かって来た。

 呪架が後頭部をホーリースピアの柄で強打され、前のめりにバランスを崩したところを二人のフュンフに羽交い絞めにされてしまった。

 動きを封じられた呪架だが、指先さえ動かせれば勝機はある。だが、フュンフは甘くない。

 すでに手も掴まれ、その手には二人のフュンフが刃先を向けている。

 残りひとりのフュンフは呪架の前に立ち、切っ先を呪架の腹に突きつけた。

「貴方様の負けでございますです」

「コード009アクセス――〈イリュージョン〉起動」

 エリスの躰が霞み、フュンフが予想していなかった事態が起きた。

 なんとエリスもまた人数を増やしたのだ。その数はフュンフに及ばず二人だが、フュンフを驚かせるには十分だった。

「まさか、そのアンドロイドはセーフィエルが手を加え――ッ!」

 油断していたしていたのか、五人のフュンフは動きを封じられたように出遅れた。

 相手の隙を衝いて呪架は自分を拘束していた二人のフュンフに肘鉄を喰らわせ、素早くの場から逃げてエリスを操る。

「コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚、照射!」

 光り輝く六個の球体がエリスの周りに飛び交い、二人のエリス合わせて一二個の球体からレーザー発射された。

 レーザーはフュンフたちを貫通し、次々とフュンフの幻影が掻き消えた。

 最後に残ったフュンフは甲冑を所々焼き切られ、片腕はホーリーロッドを握り締めながら、残骸のように地面に堕ちていた。

 切断面は焼かれているとはいえ出血量が少ない。それどころか、肉が固まり傷口を塞いでいる。

「ええっと、こんな大怪我を負わされたのは前回の聖戦のとき以来です」

「おまえのおしゃべりも終わりにしてやる」

 呪架の手から妖糸が放たれる。

 フュンフは動かなかった。

 口は悲鳴もあげず、眼を剥いた生首が宙を舞い、低い音を響かせながら地面に落下した。

 頭部を失ったフュンフの躰が地面に倒れ、首元から一気に噴出した血が地面を朱に染める。

 呪架は生首の髪を鷲掴みにして、フュンフの顔を自分に向けた。

 すると、驚くべきことに生首のはずのフュンフが口を聞いたのだ。

「貴方だけの力で――」

 なにかを言いかけてフュンフは静かに眼を閉じた。

 呪架は勝利の証として生首を天高く掲げて叫ぶ。

「帝都のクソども、俺はワルキューレを倒したぞ。掛かって来やがれ女帝ども!」

 その映像は羽虫型カメラを通して女帝の元に届いていた。

 モニター越しに凄惨な光景を目の当たりにしながら、女帝は落ち着いた物腰で対応した。

「ゼクスに至急連絡を、〈スリープ〉状態に入ったフュンフの脳を回収して、すぐさま生成装置に入れるように」

 傍らに立っていたズィーベンはどこかに連絡を取り終えると、再びモニターに眼を向けた。

「フュンフが油断していたとは思えません」

「あのときフュンフはまるで誰かに動きを封じられたみたいだったよね」

 女帝もズィーベンも不可解なフュンフの敗北に気づいていた。

 『何者』かの介入があるような気がするのだ。

 しかし、ズィーベンはこうも考える。

「例えあの子供ひとりの力で勝ったのではないにしろ、魔人蘭魔とセーフィエルの血を引くあの子供を見くびってはいけません」

 ズィーベンは過去に呪架と遭遇していた。

 エリスのアニマを〈裁きの門〉に送り込む勅令を受けとき、ズィーベンはエリスを一時的に殺すところを呪架に目撃されていたのだ。

 そのとき、呪架は〈闇〉の力を発動させ、ズィーベンに牙を剥けて傷を負わせた。

 が、幼く未熟な呪架は〈闇〉を操りきれずに、ズィーベンの目の前で『向こう側』に連れ去られたのだった。

 白い翼を生やすズィーベンの右半身は『ホーリー』、黒い翼を生やす左半身は『ダーク』。その『ホーリー』である右手にはいつも白い手袋をしている。手袋の下には呪架にやられた〈闇〉が巻き付いたままなのである。

 『ホーリー』で浄化しようとしても、『ダーク』で呑み込もうとしても、ズィーベンの右手の傷痕を消えなかった。

 考え込んでいた女帝が結界師であるズィーベンに命令を下す。

「眼には眼を、歯には歯を、傀儡士には傀儡士を、『メシア』クンを出動させるよ」

「恐れながら申し上げます。それは危険すぎます」

「枷は強めたんでしょう?」

「我々に逆らえば『メシア』は死にます」

「君の結界師としての実力はアタシとアタシの片割れが身に沁みて知ってる。君が本気で『メシア』に枷をかけたなら、『メシア』は絶対服従するしかないさ」

「承知いたしました。『メシア』を覚醒めさせましょう」

 コードネーム『メシア』。

 光の傀儡士――慧夢が呪架と邂逅する時は近い。

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