6
掌があたたかい。
誰かが握ってくれている。
なんだかすごく落ち着く。ふわふわして心地いい。
嬉しくてそっと握り返した。
「…アカリ?」
目を開くと、琥珀の瞳があった。
シズイさん。
ぼんやり見返すと、泣きそうな顔で、よかった、と言うのが聞こえた。
私はシズイさんのベッドに、ちゃんとお布団で寝かされていた。手はシズイさんに握られている。
咄嗟に離そうとしたのに、シズイさんは手を離してくれなかった。
「シズイさん、私、邪魔だったら言ってください」
言わなければ、と思ったことを口に出す。
シズイさんは驚いている。
「…何言ってるんだ?アカリ?」
意味がわからない、という様子に、言葉を重ねる。
「シズイさんにずっと迷惑かけられないから」
何でだろう、私、いつの間にか、勝手にずっと一緒にいられるような気がしてた。
そんなはずなかった。私は最初から、迷惑な余所者で、お荷物でしかないのに。
シズイさんにはシズイさんの幸せがあるんだって、目にするまで気づかなかったなんて、とんだ間抜け。
「迷惑じゃない。アカリ、いいから休みな」
私がまだ意識がはっきりしてないのだと思ったのか、言い聞かすように優しく頭を撫でられる。
「急に倒れたんだ、無理しちゃだめだ」
だけど私はちゃんと解って話をしている。引き下がらずに続ける。
「カムルさんか、食堂の奥さんに相談してみます。それかお医者さんに。大丈夫、仕事も住むところも探します」
「だめだ。俺は迷惑じゃないって言ってるだろ」
シズイさんが怒ったように語気を強める。
私は冷静だった。
「シズイさん、女の子と歩いていたでしょう」
「え?」
びっくりして、それからなんでか少し嬉しそうな顔をするシズイさんに言ってやる。
「そんなお人好しじゃ、フラれちゃいますよ」
「今まさに、フラれかけてるような気がする」
苦笑して答えるシズイさんに、私が慌てる番だった。
「きっとまだ間に合います!私、すぐ出ていけるようにしますから」
「そう?でも」
「大丈夫です、いい感じでしたもん、私が出ていけばそしたらきっと」
食い気味に言う私を遮って
「リーナは、妹みたいなものだよ」
琥珀の瞳がじっと私を見ていた。
「院、…孤児院で一緒に育ったんだ。それにリーナはもう結婚してる」
「俺はね、親に捨てられて孤児院で育ったんだ」
穏やかに話しているけれど、シズイさんにとってそれを話すことはきっと相応の何かが必要なのだと、決して離さないように握られた手から感じた。
「それほど辛い想いはしなかったんだ。恵まれてると思う。院にいた頃だって、先生たちは優しかったし、いじめられたりだってしなかった。一人立ちしてからも、この街の人達は良くしてくれて、優しい」
淡々と話すシズイさんに大丈夫だと伝えたくて、手を握り返す。シズイさんは指を絡めて握り直した。
「…恵まれてるんだ。それはわかってる。もう大人だから、一人でも生きられる」
そこで視線を落とした。
「だけどずっと、皆にはそれぞれ特別な人がいて、それは俺じゃないことが…たぶん寂しかった」
自分にとっての特別が、自分を特別と思ってくれることに、焦がれていた。
「アカリにとっては保護者として、頼れる人間がいないからだと解っていたけど、もっともっと俺に依存して寄りかかって欲しいと思ったんだ。誰かの、アカリの特別だって思えるのは、心地よくて」
はあと息を吐くと視線を合わせる。
「だから、迷惑なんかじゃないんだ」
勝手でごめん、と笑う。
「アカリは、俺の一番星なんだよ」
いつからか一番星を探すのが癖になっていた。
一番はじめに空に輝く一番明るい星。
誰かにとっての、そんな星のようになりたいと思っていた。
一番星が瞬きして落ちてきた不思議な存在は、一緒に暮らせばただの平凡な人間で、優しくて、あたたかくて。
俺だけに頼って欲しいと、特別になりたいとおもったときには、とっくにアカリが自分の特別になっていた。
シズイさんが、きっとずっと、不意に襲ってくるあの淋しさをやり過ごす夜をたくさん過ごしてきたこと、なんとなく分かった。
たぶん、単に情が湧いてしまっただけで、本当に特別なのではないのかもしれないと思う。
それでも、この人が寂しくなくなるまで、傍にいてあげたいと思った。
「シズイさん、私、ずっとここにいてもいいですか」
彼は嬉しそうに笑って、ありがとうと言って頬に一つキスを落とした。
真っ赤になった私を胸に収めて、耳許でずっと傍にいてと囁いた。