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一番星のわたし  作者: 雨煮
本編
3/8

3

 天国ではない、だけど生まれた世界でもない場所で、不思議に穏やかな日々が過ぎていく。

 副え木も布もとれて包帯だけになり、だいぶ腕も良くなった。

 布をとっていいとお医者さんが言ってくれた時シズイさんはなぜか微妙そうな顔をしてるように見えたけど、これでようやく役立たずの汚名を返上できると私は張り切った。

 仕事を手伝いたいと言ったらちょっと困った顔をされた。それでも簡単な雑用を少しずつやらせてもらっている。

 家事も、掃除や買い出しを任せてもらうようになった。

 買い出しは最初、店の場所やらを教えてもらうために一緒に出かけたら、市場の奥さんに「シズイ、いつお嫁もらったの!」と言われてしまい、きっちり違うと否定したのにどうしてか「シズイの嫁」で通ってしまった。

 毎回違いますと言っているので、わかってて冗談のあだ名なんだろう。もてない女はそんな事でも動揺してしまうからやめてほしいのだけど、シズイさんが街の人に好かれてるんだな、と感じるのは嬉しかった。



 カムルさんは私が働くようになってちょっと態度が軟化した気がする。けど、あまり「シズイの嫁」と呼ばれるのを良くは思っていないらしい。

「そんな格好いつまでもしてるからからかわれんだよ」

 シズイさんがキッチンでごはんの準備をしているときに、そう言われた。

 私はシズイさんの服を貰って着ている。

 確かに見て男性ものを着ていると分かるから、そうかもしれないけど、自分の服を買ってほしいなんて言えるはずもない。

 急に転がり込んできた私という役立たずのせいで、たぶん家計にあんまりゆとりはない。

 ちょうどいいと思ってカムルさんに相談してみた。

「何か、私でもできて、夕方からのお仕事ってないでしょうか」

 家事やシズイさんの手伝いはしたいし、自分の収入も欲しい。腕が治ったら働いて、シズイさんにお布団を買うのが密かに私の目標だった。

 お布団を買ったら、自分の服も買おう。

 少し考えてカムルさんは

「とりあえずのなら、一週間後の祭りの、屋台の手伝いならあるな」

「やりたいです」

 意気込んで言うと、カムルさんは知り合いの店に頼んでくれるという。やっぱりいい人だ。



 次の日、正式に屋台の手伝いが決まったとカムルさんから伝えられて、挨拶をしにお店に行った。

 お店は、市場の奥さんの食堂だった。お祭りには簡単な軽食の屋台を出すと説明されて、予定しているメニューを教えてもらう。

「あんた、料理はできるの?」

「あの、全然だめです…」

 気まずく答える。

 食材が、知っているものと違って手順もレシピもわからなかった。シズイさんが包丁を使うのはまだ無理だからと全て料理は担当してくれているので、少しも覚えられていない。

 なら教えて仕込んであげるよと奥さんは朗らかに笑ってくれたけれど、私が食材ひとつひとつを知らないことがわかると、驚いて呆れられてしまう。

「なんでそんなに何も知らないで生きてこれたんだい」

 心底呆れられていると分かって、曖昧に笑って誤魔化すことしか出来なかった。

「シズイも苦労するねえ。明日からも教えてやるから来なさいね」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 深く頭を下げて、ツンとする涙の気配を無理矢理引っ込ませた。




 日が暮れ、とぼとぼと帰ると家の中が真っ暗だった。

 誰もいない部屋の食卓の上に、たぶんシズイさんの書き置きがある。


 読めなかった。

「言葉、通じるのになあ」

 読めない文字を、じっと見つめて呟いていた。


 この世界はお前の本来の居場所じゃない。

 余所者、と言われたような気がした。



 何もする気になれなくなって、布団を被ってベッドに包まる。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 大人だから、自分を宥めすかして、やり過ごす夜を知っている。

 ちゃんと明日からだって普通に生活ができる。

 起きて、働いて、笑って会話できる。

 全然大したことじゃない。

 だから、大丈夫。


 ぎゅっと目を瞑る。


 ――吉野、疲れてる?


 いつも、こんな時思い出すのは狭山くんだ。

 たまたま、気づいてくれただけで、好きになってしまうのは簡単だった。


 もう会えない。



 それ以前に、ひとの彼氏だ。

 もう寝よう。寝てしまおう。

 明日もシズイさんに、お茶を淹れてあげるんだから。

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