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一番星のわたし  作者: 雨煮
本編
2/8

2

 


 シズイはその日の仕事を終えて、大量の洗濯物とついでに干した自分の布団を取り込んでいるところだった。

 衣類をすべて袋に詰め終えて、布団を運びながら一番星を探して空を見上げる。

 いつからか、毎日一番星を探すのが癖になった。

 暮れはじめの空に光る明るい星をすぐに見つける。

 シズイに見つけられたことに応えるように、きらりと星が瞬いたその一瞬後。

 空に人の姿が現れていた。


 目にしているものが理解できなかったシズイの耳に、落ちてくる女の叫び声が届く。


 ―――あ―ああ――しぬ――う――あ――


 途切れ途切れに聞こえた叫びにはっとして、考えるより先に体が動く。

 持っていた布団を投げ、とにかくクッションになりそうなものをその上にぶちまける。

 とはいえ傍にあるものなんて限られていて、洗濯物を投げたあとは家畜の餌用に積んであった藁ぐらいしか見当たらなかった。藁にもすがるってこういうことか。


 短い間の後、ぼすんと音を立てて落ちてきた女は、動こうとせずぞっとしたが、近寄ってみると生きていた。

 腕が折れているようだったが、その他は大きな怪我をしていない様子に胸を撫で下ろす。

 痛みに顔を歪めた女に、折れているかもなと言うと、こちらを見返して目が合う。

 感情の見えない黒い瞳は、数秒見つめ合った後、ついと視線を動かす。

 女はどこかぼんやりと空を見上げた。




 ―――――




 榛色の髪の男の人は、私を家の中に運ぶと、医者を呼んでくれた。

 シズイと呼ばれたその人は、お医者さんに高いところから落ちたとだけ説明をして、確かにそれ以上の説明なんて出来ないよね、と手当てされながら他人事みたいに思う。私はまだどこか茫然としていた。

 腕は、やっぱり折れていると診断されて、副え木をして布で吊るされた。

 私にも質問をされたけど、名前と年齢くらいしか答えられずまごまごしてしまう。

 たぶん、ここじゃない世界で一度死にました、なんて言ったらきっと頭がおかしいと思われる気がした。

 まごついている私を見て、ショックを受けているのかもしれない、もしかしたら記憶にも混乱がある可能性があるとお医者さんはシズイさんに言った。

「どうするシズイ。怪我してる以上しばらくは病院で面倒を見てもいいが、その後は判事か保安官にでも預けるか?」

 シズイさんは少し考えて、

「いや、俺が面倒を見るよ」

 そう答えた。

「なんだ、好みのタイプか?」

 白い髭のお医者さんはからかうように言ったが、シズイさんが真顔でそんなんじゃない、と応じると、ちょっと神妙な顔つきになって

「なら、何か困ったら言いなさい」と言った。

 シズイさんは微笑んでありがとなと答え、お医者さんは挨拶すると帰っていった。

 私はただ、やり取りを見ているだけだった。

「アカリ、だっけ。俺はシズイ。ここに居て、いいから」

 シズイさんはそう言ってぽんと私の頭に手を置くと、外へ向かおうとした。


 しかしシズイさんが開ける前に扉が開いて、茶髪の男の人が顔を出す。

「おいシズイ、外のやつどうしたんだよ」

「カムル」

「お前あれ洗い直しじゃねーか、明日の分間に合うのかよ…って誰?」

 カムルさん、という名前らしき茶髪の人は私に気づいてこっちに視線を向けたままシズイさんに尋ねる。

「アカリ。怪我して、身寄りないみたいだから、発見した俺が預かる」

 ざっくりとシズイさんは説明する。

「は? いや、お前犬や猫じゃないんだからさ」

 カムルさんはちょっと眉をひそめて驚いている。

 なんとなく、シズイさんがむっとしたような気がした。私も同じようになんだかむっとした。

「当たり前だろ、大丈夫だよ。子どもじゃないんだから」

「だからだろーがよ」

「わかった大丈夫だから、ありがとな」

 そう言ってシズイさんはカムルさんを追い出しにかかる。

「つーか明日の分の仕事おじゃんにして、他人の面倒なんか見てる場合じゃないだろ!」

 背を押されながらカムルさんが振り向きつつ叱る。

「大丈夫、ありがとう」

 それだけ言ってカムルさんを外に出してシズイさんは扉を閉めた。

 大丈夫じゃねーよばか!とカムルさんが扉の向こうで返して、離れていったみたいだった。

「……ごめん」

 少しだけ気まずい空気に、シズイさんが申し訳なさそうな顔をして言った。

 私は完全に恐縮していた。自分がかけた迷惑の大きさに、今更気がつかされた。カムルさんは正しいことしか言ってなかったと解っていた。言われるまで思いつきもしなかった恥ずかしさと相まって泣きそうになりながら、だけどどうすることもできない。

「ごめんなさい」

 項垂れて、ただ謝ることしかできなかった。

「気にしないでくれ」

 シズイさんはちょっとだけ柔らかく微笑んだ。


 胸の奥で、コト、と小さく音がした。



 それから外へ出たシズイさんと一緒に戻ってきたカムルさんは、追い出されたにも関わらず地面に放った洗濯物を拾っていてくれたらしい。

 いい人なんだ、とカムルさんのいかがわしそうな視線に縮こまりながら思った。




 ―――――




 朝。太陽と競争するように、目覚ましが鳴るよりも早く起きる。

 シズイさんの寝室に忍び足で入って家の中に一つしかない目覚ましを止める。

 シズイさんはベッドでシーツを被って寝ている。

 怪我人だからベッドを使うように言われたけど、断固として首を横に振った結果、簡易な台に布団だけ譲られたからだ。

 シズイさんのお家はキッチンとお風呂、居間と寝室が一部屋。他にスペースがないので私の簡易ベッドは居間に作られた。


 お湯を沸かして、お茶を淹れる。片腕しか動かせないので慎重に注ぐ。

 怪我人の私が何かしようとする方がシズイさんにとって負担になることはすぐに分かったので、手伝いや家事は諦めた。毎日できるだけ大人しく過ごす。

 けれど、少しでも何かをしないとここに居ていいと思えないから。

 シズイさんに心配をさせずにできることを考えて、寝ている間にお茶を淹れるくらいなら大丈夫だろうという結論になった。

 お茶を淹れ終わったら、もう一度シズイさんの寝室に向かう。

 寝起きは悪くないけどきっかけがないと起きないらしいシズイさんの肩を、そっと揺らして声をかける。

「シズイさん、朝です。おはようございます」

「……ん、はよ」

 男の人の寝起きの掠れた声にさざめく心臓には毎朝無視を決め込んでいる。

 こじらせるのも大概にしろ、自分。



 シズイさんは洗濯屋さんが仕事らしい。

 朝早く起きて、大量に洗濯をして、干して、前日に洗濯したものをアイロンしたり、ほつれを直したり、畳んで配送の準備をしたり。次に洗うものの染み抜きや汚れ落としをしたり、とにかく色んな作業をたった一人でやっている。

 日が暮れはじめたら干した大量の洗濯物を取り込んできて、次の日に仕上げられるように分けて、一日の仕事はおしまい。

 私は、することがないのでシズイさんの仕事を見ながら、軽く会話してもらったり、お茶を淹れてシズイさんを起こすために太陽と同時に起きた分、うたた寝したりして、邪魔にならないように過ごす。


 カムルさんは配送屋さんらしく、朝やってきて配送の品物の荷物を受け取っていく。

 仕事が終わると夜またやってきて、一緒にごはんを食べたりする。

 何の役にも立っていない完全なお荷物の私を、何も言わないけれど相変わらず観察するような視線で見る。友人を心配してのことだし当然なのだけど、やっぱり少しだけ苦手だ。

 3人で食事をするのもちょっと気まずい。

 私は利き手は使えるのでそれほど困っていないのだけど、シズイさんは食事の時何かと世話をしてくれるからだ。

 シチューは熱くて危ないからと食べさせてくれようとしたりするけど、カムルさんの視線の前でそんな恥ずかしいことはできない。


 正直、着替えやお風呂の方が余程大変なのだけど、まさか手伝ってもらう訳にはいかないのでそれは黙っている。




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