「君、かっこよかったよ」
「君、かっこよかったよ」
僕は彼女に「ありがとう!照れるな」と返した。
その時の僕は確かにかっこよかったと思う。
自分でも思うくらいなのだから、それはよっぽどのことだ。
ただ、あまり覚えていないので、少しだけ記憶を呼び起こす。
「君、かっこよかったよ」
僕は彼女に「新入生代表のあいさつなんて面倒なだけだよ」と笑いながら答えた。
その時は入学式だった。
新入生代表のあいさつを終えた僕は、隣の彼女にそう言われた。
まだおろしたての角ばった制服は彼女にとっては少し大きいようだった。
「君、かっこよかったよ」
僕は彼女に「危ないじゃないか!海に飛び込むなんて!」と怒った。
その時は夏休みで、みんなで海に遊びに来ていた。
彼女は地元の勇気試しの崖から海の中に飛び込んだ。
それを見て、転校してきたばかりの僕は彼女を助けようとして一目散に崖の上から飛び込んだ。
そして、彼女を抱え、助けるようにして近くの浜辺まで泳いだ。
「君、かっこよかったよ」
僕は彼女に「弁当のお礼」と照れながら答えた。
その時は体育祭だった。彼女はいつもパンを食べている僕に弁当を作ってきてくれた。
僕はみんなに見つかるとからかわれるので、体育倉庫の裏で、一人で食べた。
午後の学年のリレー。僕たちの紅組は白組に後れを取っていた。
アンカーの僕にバトンが渡ると、僕はみるみる差を縮めて、ゴールテープを一番で駆け抜けた。
タオルを持った彼女が真っ先に来て、僕は昼食のお礼をした。
「君、かっこよかったよ」
この言葉は僕の人生で最も輝いた言葉だった。
全く見ず知らずのかわいい女子が、クラスで日陰者の僕を褒めてくれた。
僕は彼女を好きになった。
彼女に合うことだけを頼りに学校に通っていた。
修学旅行が終わった後の最初の日、クラスで騒いだバカのせいで、彼女が誰かの彼女になったことを知った。
僕は初めて強烈に嫌な気持ちが湧きあがってくることを覚えた。
「君、かっこよかったよ」
引きこもりになってから、学生時代を上書きできるような体験はしていない。
このセリフを反芻しているときだけ、とてもいい気分になれる。
Facebookに偽名を使って登録して、彼女の名前を検索する。
彼女は大学生になっていた。髪の毛も染めていた。普通の女子大生になっていた。
僕は今の彼女に会う気もないし、何かをしようとする気もない。
ただ、あの時の彼女と彼女のセリフだけを何回も、何回も繰り返す。
そうすると、本当に彼女と自分が付き合っていたのではないかと思えるようになってきた。
自分の夢の中の世界の幸せが、現実の世界を上回り始めた。
これがいい。これでいい。
僕は僕の世界の中で生きることにとても満足している。
少しだけ、色々なものを加える事で、また新鮮な気持ちでセリフを楽しめる。
「君、かっこよかったよ」