スノードロップ
「何のために生まれてきたかですって?」
彼女は半ば嘲るようにして、その問いを反芻した。
「そんなの決まってるじゃない。――自分のためよ」
ガラスよりも繊細で、飴玉よりも透明な声色。誰の耳にも心地よく届く音色で、彼女は高らかに唄う。彼は、誰もが美しいと感じるであろうその歌声を聞くたびに、彼女は世の悲しみも絶望も憂いも、何もかもを知り尽くしているのだろうなと思っていた。彼女の歌は、そういう歌であったのだ。
「人は、生まれた瞬間から死に向かって歩いてる。行き着く先は決まっているのに、どうして未来に希望を託すんだろう」
「けれど、誰も死なない世界はきっと目もあてられないでしょうね」
「それは、どうして?」
「終わりほど、美しいものはないからよ」
彼女は視界の端に咲いていた花を一輪摘みとると、少しだけ躊躇ってから、彼の頭にゆっくりと挿した。
「……似合わないわね」
「そりゃ、白色に白い花は映えないさ」
「貴方に色をくれた花なんでしょう?」
「遠い昔の話だけどね」
「――私とこの花、どっちが好き?」
悪戯めいた口調は、強かに真実を隠す。彼は苦笑した。
「それは世界で一番難しい問題だね」
「あら、世界で一番簡単な問題よ」
宝石を散らしたような夜空の下で、二人は見つめあっていた。まるで永遠の時を、そうして過ごしてきたかのように。
「……今日の月は綺麗だ。だろう?」
「私、まだ死なないわよ」
「でも、僕を殺しにきたんだね。君も、その花も」
彼に、体は最早存在していなかった。そんなものは最初から無かったのだとでもいうように、彼の体は世界の何処からも消え去っていた。
「僕と君の間に愛はない。けれど、今夜の月は確かに美しかったんだよ」
「……それが、答え?」
「そうだね。ああ、でも叶うのなら」
――僕も、春まで生きてみたかったなあ
地面に残ったのは、一片の雪の花。彼女はその花の隣で、今宵限りの歌を唄う。今日だけは、世界に春を告げる仕事に休符を打っても許されるだろうかと思いながら。