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釣戦士 ミスター太公望  作者: 赤蟹
9/11

ウェーイ男に迫る恐怖!

 「ウェーイ!!」

 そんなかけ声とともに、香しい焼ける肉の臭いがしてきた。

 見れば、大学生くらいの男女が、楽しそうにコンロを囲んでいた。

 「あれ? 大久保さん?」

 その中に、陽菜に似た女性がいるのを、村神は確認した。仕事の時と違い、長い黒髪を下ろしているので別人かと思ったが、仕草がともかく陽菜と良く似ている。

 アメリカのフットボールチームのロゴが描かれた長袖のTシャツにスキニーなジーンズという、夏まっただ中なのにあまり肌を見せない服のチョイスも彼女らしい。

 「ここはバーベキュー禁止なのになぁ」

 目をこらしてその集団を見ている後ろで、鷹野がぼやいた。

 「ああいうバカ、最近多いんだよね。ここ、広い緑地になっているけど、火気厳禁なんだよね」

 鷹野がを空を指さす。たちのぼった煙が風に吹かれ、橋の上や土手の向こうのマンションへと広がっていく。

 「上流にはちゃんとしたバーベキュー用の施設もあるんだけどな。なんでわざわざ禁止区域でやるのやら」

 なぜ、そんな常識知らずな集団に陽菜が混ざっているのか。疑問と言い様のない苛立ちが村神の中にわきあがっていく。

 「ちょっと、一言言ってこようか?」

 あの女が陽菜なのか、もし陽菜だったら何をやっているのかと、問いただしたい気持ちもあった。だが鷹野は、そんな村神の気も知らず、首を横に振った。

 「ほっとけ。あともう一釣りしたら、俺らはあがろう」


 時刻は一時をまわっていた。バーベキューを楽しむ声は酒も入って大きくなる一方だった。

 騒ぎ立てるヤングマン達の声、その中に混ざっているかもしれない陽菜の事。釣り以外の事が気になりだすと、もはや竿や仕掛けの動きにも集中できない。釣れないことが、ますます村神の苛立ちに拍車をかける。

 「もう帰るか」

 バケツの中には、二人が食べるのに十分な数のハゼと、少年から譲ってもらったスズキがいる。言うまでもなく、その中に村神が釣った魚は一匹もいない。

 潮も満ちてきた。鷹野の針にも、ハゼはかからなくなってきた。これ以上粘っても、鷹野以下の腕しかない村神が釣れるはずもなかった。

 諦めよう。仕掛けをはずし、竿をたたんだ。

 時同じくして、カップルが土手を下りてきた。バーベキューピープルの仲間だろう。男は両手で鉄板を持っていた。

 二人は岸までやってくると、なんと汚れた鉄板を洗い始めた。油膜が河面に広がっていく。

 「油汚れを、そのまま川に流してやったぜー。ワイルドだろう~??」

 「やだー、タカシ怒られるよーーーーーーー!」

 と言いながらも、女もゲラゲラ笑っている。

 キャッキャウフフしながら、川を汚しつづける非常識なカップルの姿に、村神の怒りは高まる。ボウズ脱出できなかったからなおさらだ。さらに、ネタが古かったことも、村神の神経を刺激した。

 「ちょっと、注意してくる」

 「まて、村神」

 「べ、別に…カップルで仲良くしているのが悔しくて行くんじゃないからね!」

 「そんなこと言ってねぇよ!」

 鷹野は、よりによってマジレスした。ハズした村神は、少し恥ずかしくなった。

 「注意しても無駄だ。言われて洗うのをやめたとしても、頭の固いヤツがいたと思っておしまいさ。来週にはまた、女誘ってここでバーベキューやってるだろ」

 そもそも、そんな常識があれば、ここでバーベキューをするはずがない。

 「あの手の連中は、アウトドアと言いながらも、インドア感覚そのままで遊びにきている。自然の中で遊ぶなんて気持ちはどこにもない。自分たちが楽しければ、それでいいんだ」

 その時、ロッドケースからエーデルワイスが流れた。

 「ん? なんだこの音?」

 怪訝そうな鷹野を尻目に、村神はロッドケースを開けた。

 すると、例のピンクのロッドが、まるで意思があるかのように河原に転げ落ちた。そして、クルクルと回転しながら伸びていく。

 ロッドが伸びきったところで、竿は止まった。竿先は、鉄板を洗うウェーイなカップルの方を指していた。


 「夜はもっと、ワイルドだぜぇ~? ルミカに俺のソーセージ、ごちそうしちゃうぜぇ!?」

「やだぁ、タカシのエッチぃ」

 まさか、あのカップルがチワワン・リバーの人間なのか?

 いや、そんなはずがない。仮にも動物愛護、自然保護を謳う集団に属しているなら、末端の人間だとしても、川を汚すことなどしまい。

 聞こえる。暴力的なエンジン音と、風を引き裂くような音。

 「下流からか!」

 激しい水しぶきが猛スピードで目前を横切った。満ちて水量を豊かにした河面が大きくうねり、岸に白く弾ける。

 「きゃあ!きゃあああああ!」

 女の悲鳴。腰を抜かし、ホラー映画のように頬を両手で覆っている。その足下には…ズタズタに引き裂かれた男の体があった。

 波動が多摩川大橋の向こうでターンし、こちらに戻ってくる。そして、村神たちの目の前で止まった。

 「釣り人におしおきするつもりが、とんでもないカス見つけてもうた…」

 紫色のスイムスーツが、イルカのようなシルエットのジェットスキーにまたがっていた。

 流線型のフルフェイスヘルメットに覆われ、顔は分からない。痩身で、背丈もそこまで高くはない。その細身の背中には大型のアクアラングが背負われ、両腕の下腕にはそれぞれ、釣りのリールのような器具が取り付けられている。右肩には大型のリールがあり、その横には30cm程度の棒が伸び、クレーンのように大きなフックがぶら下がっていた。

 姿形は違うが、弥仲湖で聞いた、「黒いダイバー」の雰囲気にそっくりだ。ピンクのロッド…太公望ロッドは、この紫色のスイムスーツに反応したのか。

 ならばこの怪人は、チワワン・リバーの手先なのか。

 「な、なんだよ、お前!」

 血まみれになったウェーイことタカシは、そんな姿でも立ち上がり気丈に叫んだ。女の前で不様な姿は見せられない。そんなヤリチン思考が、彼を意地にしているのだろう。とりあえず、生きていてなによりだ。

 「なんだと、と言いたいのはこっちですわ。ざばざば、ざばざばと汚い油を川に流して。ここに住んでる魚のこと、考えたことあります?」

 「な、なんだよ! 魚に危害を加えてるっていうなら、あいつらの方が悪いじゃねーか!」

 そう言いながらタカシは、村神たちを指さした。とんだ責任転嫁だ。

 「彼らも罪深いですが、あんたらも同等ですわ。どっちも自然保護の観点から許されるもんじゃありまへん。痛い目、あってもらいますわ」

 怪人は両腕を突き出した。

 「ちょ、待てよ!」

 そう言いながら、タカシはルミカの肩に手をかけた。

 「タ、タカシ! なにするの!?」

 タカシは、ルミカをダイバーの方に突き倒し、土手を上がっていこうとする。立ち上がったのは意地やカノジョを守りたいというキモチでなく、逃げるためだった。

 「キャアアア!」

 一瞬にして、ルミカは服を引き裂かれていた。ダイバーの腕から射出されたテグスがまるで鞭のように動き、ルミカを襲ったのだ。

 「姉ちゃんは恥かいてもらうだけで許したるわ。だが、あのドアホは…」

 ダイバーの視線は雑草で滑る土手を懸命に上ろうとしているタカシの方を向いていた。

 「女を盾にして逃げるなんて、男として生きる価値ありまへんな」

 シャーと鋭い風の音がした瞬間、怪人の肩のリールから、大きな釣り針が噴射された。

 「う、うわぁ、助けて! 助けて!!!!」

 だがその針は、長い棒状のものでたたき落とされた。

 鷹野が長い釣り竿を振るっていた。鯉釣りで使うという、5mに達する大竿である。カーボンファイバーで生成されたその竿は長さのわりに軽量で丈夫だ。

 「なに邪魔してんねん! 罪深い釣り人の分際で!」

 「さっさと逃げろ。土がむき出しになってるあっちから上るんだ」

 しかし、鷹野の言葉は無駄となった。タカシは土手に突っ伏し、おまけに小便を垂れ流していた。チッと、鷹野は舌打ちする。

 「自然を破壊するドアホウを成敗するところだったんや。邪魔すんな」

 「こうも非道を見せられたら、こっちとしても黙っちゃられないんでね」

 鷹野は竿を持ち直した。

 「あんたらが自然をどれだけ大事にしているかは知らないけど、余計なお世話だぜ」

 「なに抜かす! 釣りで魚を虐待するお前らのようなヤツがいるから、わいがこうして来とるんや!」

 「それが余計なお世話だってこった」

 紫のダイバーは両腕からワイヤーを伸ばした。鷹野はそれを一払いした。だが、竿はからめ取られ、川の中に吸い込まれる。

 「ククク、得物なければ、戦えまへんな?」

 怪人はグリップをひねり、ジェットスキーを岸に向かわせた。

 「時間を稼ぐ。岸の上から助けを呼んできてくれ」

 鷹野が小声で言った。村神はうなずいた。

 

 半裸にされたルミカは、身をすくませ、鷹野と怪人のやりとりを見守っていた。腰が抜けて、逃げたくても逃げられなかったのだ。

 鷹野は別の竿を取り出していた。さきほどの大竿とは違う、標準的な長さのものだ。しかし、そんな竿でジェットスキーに乗る怪人には届かない。飛ばされてくる釣り針を払うのがやっとであった。

 だが、その防御にも限界がきた。払いそこねた釣り針が、鷹野の左腕を引き裂いたのだ、

 「くそっ! 数が多い!」

 幸い傷は浅かったようだ。傷から血を流しっぱなしで、なお鷹野は竿を握り続ける。

 「え、えい!」

 手元にあった大きめの石を怪人に向かって投げつけた。それは頼りない放物線を描いて、戦場の遥か手前に落下した。ボチャンと音を立て、石は川底に沈んだ。

 「なら、もうちょっと小さな石で!」

 レースがあしらわれたブラジャーが露わになった。タカシのために着けてきたものだ。恥ずかしいと思う気持ちはなかった。そんな余裕すら、今のルミカにはなかった。。

 ルミカが投げ放った小石は奇跡的な軌道を描き、岸に寄ってきた怪人のヘルメットを叩いた。キーンと、金属がぶつかりあうような音が周囲に響いた。

 「はやく逃げて!」

 ありったけの声を張り上げた。ひるむ怪人の姿を一瞥すると、鷹野はルミカの方に走ってきた。

 「あんたも逃げるんだ!」

 その腕を掴むと、無理矢理立たせようとする。

 女の体は重い。当たり前だ。人体なのだ。自力で立てない人体を片手で引っ張り持ち上げることなんて、アニメでもない限りできない。まして、傷ついた左腕ではなおさらだ。

 「このアマッ!なめたマネしよって!」

 怪人が振り向いた直後であった。

 大きな水柱が、怪人のいるところから吹き上がった。

 こんなシーン見た事がある。第二次世界大戦の戦艦が、たった一隻で巨大なエイリアンの要塞と戦う映画だ。

 「砲撃…!」

 呟く声を聞いた。自分をかばう男の声だった。

 直後、派手な爆発音がした。厚めに化粧を施した顔に、容赦なく水しぶきがかかった。

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