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ゲッパのシリルと、バレンタイン(前)

ゲッパのシリル・・・続けてしまいました。


*短編を先に読んだ方が分かりやすいです。

では、2人の暴走、よろしければ見ていってください。

この時期になると、どこもかしこも甘い香りに包まれる。

町ではピンクと赤の装飾が多く使われ、ハートマークがそこかしこに散りばめられ、綺麗なラッピングの施された多種多様なチョコレートが山積みにされている。



〝ハッピーバレンタイン〟



どこを見てもその文字が目に入ってしまい、「うっとうしい!」と感じてしまうのはオレが一昨日彼女に酷い振られ方をして、このイベントに参加できない可哀想なヤツだからなのだろうか?


いいや・・・。

そんなことはないはずだ。大体!イベントに参加できないのはあいつも同じだ。その筈だ・・・うん。


そうやって自分を慰めるために、酷い目にあったとはいえ・・・元彼女を引き合いに出してしまったことに、より一層惨めさを感じてしまう。

ああ・・・。自分はこんなに卑怯な男だっただろうか?

自身の性格さえもねじ曲がってしまったような気がして、余計に落ち込んでしまう。

寒い風が吹きすさぶ町をオレはとぼとぼと歩く。

すれ違う人々の顔――特に男女の2人組――は明るく晴れやかだ。寒いからと寄り添い手をつなぐ姿は今のオレには耐えがたく、視界に入れたくはないのになぜか目についてしまうという悪循環。

それを避けるように歩き続けていくと、当然、人気のない通りに入ってしまう。

一体どこに向かおうとしているのか、自分自身も分からなかったが、足は機械的に動く。

当てのない、傷心旅行・・・・・もとい、傷心散歩だ。







「・・・・・はぁ」

「そこのあなた、一曲如何?」

思わず漏れた溜息は、掛けられた声にかき消された。

「――え?あの・・・オレ?」

「そうそう。あんまり俯いて歩いていると、怪我をするわ。そうしたらもっと、辛くなる。だから、顔が上げられるように・・・うたを一曲いかがかしら?」


オレは、人のいないところ、いないところと念じるように傷心散歩を続けた結果・・・見慣れない場所に来ていた。声を掛けられなければもっと進んでいただろう。

声を掛けてきたのは、フードを目深に被った、女だった。

恐らくまだ年若いだろうに、地味な格好をしてフードを被り、顔を隠している。


とてつもなく怪しい。


普段ならば絶対に関わり合いにならないし、なりたくない類の人間である。

しかし、全く不思議なことに・・・警戒心など湧いてこない。

ただオレが思ったのは彼女の声は、とても美しいということ。そして、多分、いやきっと彼女は・・・自分を心配して声を掛けてくれたのだろうと思えたこと。労わりと、慈愛に満ちた優しい声がすんなりとオレの心に響き、こちらの様子を黙って見守ってくれていた彼女に、気づけば「じゃあ一曲・・・」と返していた。


「では、どうかあなたに届きますように」


そう言って、ゆっくりとした所作でお辞儀をし、すっと背筋を伸ばした彼女は、美しかった。顔は見えなくても、彼女の周りの空気が、ピンと伸びた背筋が。

見とれている間に、ひとつ・・・音が彼女の口から発せられる。

次々と紡がれる音・・・それが意味となり、言葉となり、メロディになり、オレへ届く唯一のうたになる。

彼女は素晴らしかった。


美しい声は、うたうことで一層響く。

心の奥深くまで、届く。

うたにのせられた感情が伝わる。


頬を伝うのは涙だろうか?

こんなことははじめてのことだが、この感動の前ではそれも当然だ。

オレは涙をぬぐうこともせず、ただうたに聴き入った。




「――――。ありがとうございました」

うたい終わり、彼女は最初と同じようにゆっくりとお辞儀をする。

「ぁの!!!・・・・すごかった、です!ほんとに凄い、よかったです。ありがとう、ありがとうございます・・・」

本当はもっと自分のこの感動を、気持ちを伝えたいのに、こんな言葉しか出てこない。使い慣れない敬語がより一層、自分を口下手にする。

もどかしくて、情けなくて、また俯きそうになる。


「こちらこそありがとう。こんな風に聴いてくれて・・・、感じてくれて、凄く嬉しい」

そう言って、くすりと笑った彼女は、涙にぬれたオレの頬をハンカチで優しくぬぐってくれる。されるがままになりながら、ドキドキと高鳴る心臓の音を落ち着かせるためにギュッと拳を握った。


落ち着け、落ち着こう。

ああ、そうだ!まずは、この素晴らしいうたの対価を支払わなければ。



「あの、お代は?」

「え?お代??」

なんのこと?と言わんばかりに首を傾げる彼女の姿を見て、見た目は怪しい姿であるはずなのに可愛く感じてしまう。またドキドキとうるさく鳴り始めた心臓のことは諦めることにした。

「うたのお代がまだ・・・」

「違うの!誤解させてしまって、ごめんなさい。〝一曲如何?〟なんて、いつもの癖で言っちゃっただけで、本当は自分が歌いたかっただけなの。だから、お代はいらないわ」

「でもっ!」

「いいの、いいの!私に付き合ってくれて、こっちこそ感謝したいくらい!」

そう言って、フードの中で笑う彼女に、ますます惹かれてしまう。

「オレの方こそ、本当にありがとうございます。元気、出ました」

「良かった!私、ここの丘に家があるんだけどね、今日は色々あって・・・。気晴らしに散歩していたのよ。そうしたら、あなたがフラフラ歩いているから・・・。あのまま歩いていたら、あの溝に落ちちゃっていたわよ?」

「えっ!?気付きませんでした・・・」

「よく、嵌っちゃう人がいるのよね・・・。私とか」

苦々しく、そう言った彼女も可愛い。思わず、笑ってしまう。



オレはもう分かっていた。

彼女に向けるこの感情は、もう恋だ。間違いなく、今までの恋愛とは違う。本気の本気だ。

顔も知らない相手だけれど、彼女はとても美しい。


どうしたら、彼女と恋人になれるだろうか?

そもそも、彼女は彼氏はいるだろうか?

名前だってお互いに知らない・・・。

知っているのは・・・・・「丘に家がある」ということ。



こうなれば・・・・・一か八か・・・。



「ぅうっ!!・・・いた、い」

わざとらしく身体を震わせて、顔色を見られないように膝をつく。

「え!?どうしたの!!??」

「おなか、おなかが・・・・・」

「痛いのっ?待ってね――!」

彼女はそう言った瞬間、オレをヒョイっと背負う。


「今、私の家に行くからっ!!」


疑いもせず、オレを必死になって家に連れて行こうとする。

オレが例え、12歳の子供だからといって・・・彼女はお人よし過ぎる・・・と、思うが、そういうところも可愛い・・・。





そんな邪な気持ちを抱いて、仮病をつかった罰だろうか・・・。

このあと、オレは彼女の家に行ったことを死ぬほど後悔するハメになる。

あいつは・・・、あいつは悪魔だ・・・・・・・・!!!



読んで下さり、ありがとうございます!

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