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インコの伝言

作者: 真堂チー太

 隣に引っ越してきた同い年の少女は身体がそれほど強くなかった。それ故ほとんど学校には通えず、部屋の窓際で退屈そうに外を眺めているのをよく見た。

 彼女は動物が好きなようで、ベランダにとまった小鳥に餌をやったり、話しかけたりしているのを時々目にしていた。だから僕は彼女を退屈させまいと産まれて間もないセキセイインコの子どもを、鳥かごと一緒にプレゼントした。彼女は今まで交流のなかった僕がいきなりインコをプレゼントしてきたことに対して怪訝そうに首を傾げていたが、それでも小鳥の誘惑には勝てなかったらしく彼女はそれを受け取って「ありがと」と呟いて自室に戻っていった。


 僕が彼女に鳥をプレゼントして以来、窓際にいる彼女を見ることはめっきり減った。彼女を見る機会が減ってしまったことは残念なのだが、それは僕のあげたインコを気に入ってくれたことの裏返しでもあったので何か複雑な気分だった。

 だけど、その複雑な気分もほどなくして消えていった。彼女がインコの飼い方について僕を頼ってくれるようになったからである。

 彼女は僕と話す時、あまり目を合わせようとしない。最初は僕があまり好かれていないのだと思っていたけれど、どうやら違うみたいで、彼女は家族以外の人と話す機会がそんなになく、したがって人とどうやって接したらいいのかが分からないらしい。

「ねえ、ここどうすれば……」

「ああ、それはこれを……」

 最初こそ僕も戸惑いを隠せないでいたけれど、インコの飼育を通して話すようになって彼女も段々と僕に慣れてきたらしく普通に会話するまでになったし、なかなか顕わにしなかった表情も徐々に僕に見せてくれるようになった。まあ彼女がそうなったのはインコに因るところが多いのだけれど。

 僕があげたオスのセキセイインコはよくしゃべった。ぼくが飼っているのもわりとしゃべる方なのだが、彼女が日頃から話しかけているせいか、僕の比ではないくらいよく話した。

 彼女がインコに話しかけたり、笑顔を見せたりする度に僕は次第に彼女に思いを募らせていった。しかしながらその反面、彼女と親密になっていくにつれてその関係を壊してしまうことが怖くて、彼女に僕の思いを告げられずにいた。

 でも後に僕は彼女に思いを告げなかったことを大きく後悔することになる。彼女と親密になっていったことで僕はすっかり忘れていたんだ。彼女が学校に通えないくらい身体が弱いということを。


 季節の変わり目、少し体調を崩した彼女はそれからあっという間に家からいなくなった。さすがに病院にインコを持っていくわけにはいかないらしく、窓際にかけられたインコの鳥かごがどこか寂しげに佇んでいた。

 彼女の母親は俺が見舞いに行くことをよしとしなかった。彼女の容体が思わしくないのか、あるいは彼女自身が見舞いを拒んでいるのか、それとも他に理由があるのか。いずれにせよ、彼女の見舞いに行くことは叶わなかった。


 たった一度だけ、彼女が家に戻ってきたことがある。

 例にもよって僕は彼女に直接会うことはできなかったが、自分の部屋から彼女の姿を少しだけ確認できた。たった数週間会っていなかっただけなのに、もう何年も会っていなかったように感じる。彼女が更に細く、儚げになっているのが余計にそう感じさせたのかもしれない。

 何度も彼女に会いに行こうと部屋を飛び出しかけたが、しかし部屋を出ることはなかった。彼女に会いに行ったらこの関係を壊してしまいそうで、それが怖くて会いに行けなかった。

「なあ、会いに行ってもいいと思うか?」

 自室にいるインコに尋ねたが、いつもは何かしらの反応を返すインコは、この時ばかりは何の反応も示さなかった。

 彼女はほどなくして病院に戻った。そして、もう家に帰ってくることはなかった。


 彼女が亡くなってからしばらくして彼女の母親が家に来た。彼女の手には僕があげたインコの入った鳥かごが提げられていた。

「これがあるとどうしても娘のことを思い出しちゃうから……」

 彼女の母親が言うには、彼女は家にいる時は絶えずインコに話しかけていたらしい。それで大分気を紛らわしてくれていたようだ。

「そのおかげでこの子もすごくしゃべるようになってね、本当はまだ飼っていたいんだけど……」

 彼女の声が涙声に変わる。

「それにね、あの子が、『私が死んだら返してあげて』って言ってたから……」

「それならば落ち着くまで預かっておきますよ」

 俯き加減な彼女の母親に対し、僕はそう提案した。彼女は少し面を上げ、それから

「……ええ、お願いできるかしら」

 と小さく頷いた。


 かくして僕が彼女にあげたインコは一時的にではあるが、僕のもとに戻ってきた。僕は鳥かごを自室の床に置いてその前に胡坐をかく。

「お前はどれだけしゃべれるようになったんだ?」

 インコは最初こそ自分が産まれたこの場所を懐かしむように色々なところに視線を向けていたが、やがて俺の方に視線を合わせ、徐にくちばしを開いた。


 ――アリガト、ダイスキ


 ふと右頬を涙が伝う。

 インコの言葉は偶然発せられたものかもしれない。でも僕にはそれが、彼女が繰り返しインコに言い聞かせていた言葉のように思えた。

 僕は鳥かごの中に手を入れ、インコの頭を撫でる。彼はもう一度、「アリガト、ダイスキ」と口にした。

 うん、うん。僕は何度も頷きながらインコの頭を撫でる。

 何故言ってくれなかったんだろう。何故言わなかったのだろう。

 インコにそう問うたところで答えは返ってこない。彼は彼女から教わった言葉を繰り返すだけだ。

 どうせなら手紙でも書いてくれればいいのに。そう思う反面、自分の心の内を表すのに控えめな彼女はきっとそんなことは恥ずかしがってできないだろうとも思う。だからインコに言葉を覚えさせるという不確実で骨の折れる選択肢を選んだのだろう。

「ありがとう、何とか届いたよ」

 僕は虚空に呟く。すると、それに応じるようにインコが「ドウイタシマシテ」と口にした。

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