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3 王都 グランゼルヴァ

 ―――相変わらずだな。

 

 ベラ・エヴァンズは王都に来ると、いつも上を向いてそう思う。これは率直な感想だ。まず、グランゼルヴァを見るには見上げる必要がある。ぼんやりと、商品の香水の匂いのするクルマを走らせながら、エバはその壮麗な街を見上げた。その昔に作られた白く大きな城門は、今なお旅人たちを飲みこもうと、どっしりと腰を据え、待ち構えている。

 それを見ながら、ベラは助手席から手さぐりに水筒を取り出し、中身を飲むために片手でキャップを開けた。いくら頑丈さに定評のあるベラであっても、三時間もクルマに揺られて来るのは疲れるし、腹も減るのだ。新月の晩、星が輝く黒い空に、白い城門がぼうっと浮かび上がっていた。

 一口、水筒の中身を飲み干した。白く、細い喉を、温かいモノが伝たい、落ちていった。何となく自分の白い、それこそ死人のような手を挙げて、見比べてみる。夜空の黒に浮かび上がる城門と、どちらが白いだろうか?

 王都―――グランゼルヴァは、『美しき都』と呼ばれている。それは、その緻密に設計された造りのせいだ。人口三十万を囲い込む巨大な城壁、区画整理され、チェス盤のように整然とされた都市、その王城まで続く白い石で舗装された道路。そして、何よりその城門だ。

 

「…その城門たるや、ゼルヴァニア建国以来そびえたつ威容。建国当時の最高の芸術家、ケルベルに指揮をとらせ、造らせたそれは、グランゼルヴァの名物である、と」


「なによ、カロ。起きてたの?」


 突然の声にベラは振り向いて、後ろに声をかけた。後部座席を潰して造った荷台。そこにかけたシートがもぞもぞと動き、一匹の黒ネコが這い出てきた。先だけ白い尻尾をくるりとまわし、じっと瞳孔が縦に裂けた目で運転席に座るベラを見つめる。そして、その白い、控え目な牙の生えた口を開くと、しゃべった。


「いえいえ、お嬢さま。このカロ・カニッシュ。いついかなる時でもお嬢さまから目を離すようなことはいたしませんとも。それがこのような大都市に来た時となれば、なおさらでございます」


「…なんだって、私はあんたみたいなのを連れて歩いてるのかしらね?」


「おやおや、どうされました? 慣れていただいたモノと、すっかり困って(、、、)いましたのに」


「あんたのしゃべり方に慣れる奴なんているのかしらね?」


「このクルマのように、あまりに花の匂いをさせているのも、いかがなものかと思いますが?」


「これは良いのよ。少なくとも、あんたの声よりは、マシ(、、)


 不機嫌そうに、ベラの形のいい眉がつりあがる。カロは―――猫で言うところの―――行儀の良い姿勢でじっとベラを見上げていた。まるで面白がるように、その目つきが細くなる。


「それこそが、私の役目です。ですから何度も言うように…」


「あー、もう、分かったから。説教は無し。約束でしょう?」


 ベラは黙れとでも言うように、ひらひらと手を振って見せる。カロはやれやれとでも言うように、器用に肩―――前足の付け根―――をすくめた。その目が城門に向けられる。


「…しかし、いつ見ても立派な門構え。いつ来ても良いモノですな。さすが偉大なるゼルヴァニア王国、その二番目に偉大な建築といわれているだけのことはありますな」


「まあ、確かに、これはいつ見ても良いものだけどね…」


 ベラの口調は歯切れが悪い。その目は、じっと街を囲む城壁の、その向こう側に向けられ、そして、つぶやいた。


「…アレがなければね」

 

 城壁の向こう側、高く高くそびえる壁の向こう。そこもまた、こうこうと輝いていた。

 カロもまた、それを見ると顔をしかめる。少ない額に精いっぱいのしわを寄せた。


「まったく、人間どものやることときたら、まったく理解に苦しみますな。あれでは街の景観も台無し。鳥人族の連中がいた頃が懐かしい」


「…うん、すごく不本意だけど、そこはあんたに同意してあげる」


 そう言いながら、ベラは街を見上げていた。そこには巨大な壁で囲まれたビルディングが、束ねられた柱のように、密集して、乱立していた。天にそびえたつ何本もの灰色の柱は、門に施された美しい彫刻に比べ、まったくもってひどいモノだ。

 ベラは小さく息をついた。


「昔のグランゼルヴァが懐かしいわ。あの頃はあんなのが無くて、もっと、こぢんまりした良い街だったのに」


「おやおや、たかだか二十年ほどのことを、懐かしいなどとは、大げさな」


「うっさい。いいかげん黙らないと、朝ご飯抜きよ?」


 怖い怖い。カロは、大あくびをして、そう言いながら、またもぞもぞと荷台の中にに戻っていった。また寝なおすつもりなのだろう。この、ろくでもない御目付役は、いつも寝たり起きたりの繰り返しだ。カロの寝ているあいだ、ベラは一息ついていられる。しばらくは、懐かしきグランゼルヴァ見物をして、こいつのまとわりついてくる―――文字通りの―――猫なで声を洗い流そう。べラはそう決めていた。そういえば、あいつ、どうしたかな?

 城門が近づいてきた。その巨大な口の前には、焚火が焚かれている。そのまわりに何人もの軍服を着た人間がたむろしていて、ベラのクルマを見つけた何人かが近づいてきた。

 ブレーキを踏んで、スピードを緩める。そのまま、そのうちの一人の横で止めた。窓を開けると、香水の匂いが外に向かって、むわっと湧き出ていく。一瞬、クルマの横に立った軍人が顔をしかめた。


「入門か?」


 しかし、その軍人は、ずいぶん奉職精神に厚いらしい。一瞬でいかめしい表情を造り直した。ベラはうなずいて言った。


「そうよ」


 カーキ色の、いかめしい軍服を着た男は、かがみこんで車内をのぞきこむ。後ろに積んだ荷物に、その目線をとめた。

 男は一度口髭をひねると、いかめしい声を出した。


「身分証と、手荷物検査証を見せろ」


「あれのこと? 入国の時によこされたやつ?」


「そうだ」


 緑色の男はそう言って、直立不動の姿勢で待っている。

 ベラはひとつ息をつくと、助手席に積んだ荷物に手を突っ込んだ。そこにはいろいろなモノが適当に積まれていて、ベラはそこから、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。


「…大切に保管するようにと、言われなかったか?」


「あんたら軍人の頭で考えないでよ。あたしは商人なんだから」


「商人?」


 その軍人は眉をしかめ、丁寧に封筒のしわを伸ばしていった。ベラはうなずいた。


「そ、今度のお祭で、露店をやるの」


「復活祭だ。誰か、身元の引き受け人は?」


「見れば?」


 ベラは顎で軍人の手の中の封筒をしゃくった。

 軍人はさらに険しい顔をして、中身を取り出し、読み始めた。ベラはそのあいだ、もう一人近寄って来た方の軍人に話しかけた。寒さのせいか鼻の頭が赤くなっていた。


「なんかあったの?」


「…近くの町で、盗賊が出た」


「なるほど、それは御勤めご苦労さま」


「またくだ。…しかし、ずいぶん臭いな」


「香水よ。ちょっとこぼしてね。ほかにもいろいろ。恋人か奥さんにでも、おひとついかが?」


「いや、遠慮しておこう。国外から来たのか?」


「そうよ、あたし、流しで商売してるから」


「…ふむ」


 その軍人、口髭の無い方は、じろじろとベラの顔を無遠慮に見つめてくる。慣れた反応だ。だが良いものでもない。


「…まだ、読み終わらないの?」


 もう一人の軍人は、黙り込んだままだ。ベラが見ると、口髭の軍人は、何度も取り出した書類の上で、目線を行ったり来たりさせている。暗闇の中でも、顔色が青くなっているのがよく見えた。目線がもう三往復したあと、ようやく言った。


「…いっていいぞ」


「どうも」


 ベラは書類を受け取ると、また助手席のガラクタにそれを突っ込んだ。そして、口髭の無い方が口を開けるのを待たずに、またアクセルを踏み込んだ。

 走り去るクルマを、軍人たちはただ見送った。口髭の無い方が、ある方に向かって言った。


「おい、荷物検査やらなくていいのか? って、どうした?」


「…お前、吸血鬼を見たことがあるか?」


「昔見たな。つーか、大丈夫か? 震えてるぞ?」


「…いま、通ったぞ」


「は?」


 口髭のある方は、それきり黙りこんで、焚火の方へと向かって言った。それからしばらくの間、彼の震えは、体が温まったのに、収まらなかった。




「まいっちゃうよね」


 門の中にクルマを乗り入れたベラは、ハンドルを指で小突きながらボヤいた。まったく、まいってしまう。この香水の匂いにもうんざりしているのだ。だが、どうにかするわけにもいかない。

 ベラはまた水筒を取り出して、中身の匂いを嗅いだ。香水のおかげで、まったく匂いが分からない。もともと、あまり良いものでもないが、味がさらに半減している。ベラはヤケくそ気味に一口あおった。


「さっさとダコタのおっさんに会わないとなぁ。ああ、おなか減った」


 ベラはため息をついた。香水の原液でさえも消しきれない、濃い鉄の匂いがあふれ出た。

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