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序 金庫の前で

はじめまして。もしくは、こんにちは月見です。

 この物語は異世界、それも魔法のある世界での犯罪者たちの生態の物語です。ミステリーや、サスペンス的な要素を入れたエンターテイメント性を高めのモノにするつもりですので、息抜きのつもりで、気楽に読んでいただけるとありがたいです。

 では、CRIMINALs・CONCERTO~クリミナルズ・コンチェルト、始まります。

 肝心なことを忘れてはいけない。

 リッチ・ラ・フィールは、この言葉を常に噛みしめていた。それは夜、誰もが寝ているような時間になると、特に味わい深い響きを持つからだ。そろりそろりと近づいた金庫の前だったりするとなおさら。そして、それはまさに今のような状態を言う。

 巨大な鉄扉を前にして、リッチはただ一つ、納得したようにうなずいた。そうしておいて、チラリと、ただ一つの問題を見据えるのだ。


「あとは、これだけだな」


 視線の先、その問題を見つめ、リッチはぽつりと言った。

 こういう重厚な鉄扉では、よくセットとして見かける、ハンドル、鍵穴、そしてダイアル錠。さらに、その周りを囲むように彫り込まれた認証用の魔導印。全てが最新のものだ。その新しさに、ランプに照らされた薄暗い廊下でも、キラキラと輝いて見える。

 ただ肝心なことは常にその先にある。これを忘れてはいけない。リッチは慎重にその印を調べた。

 どこかの不届き者が触ると、いろいろな現象を引き起こしてくれる優れものだ。突然水攻めにされたり、火だるまにされたりと、なかなかレパートリーに富んだビックリ箱。もっとも、ビックリ箱であると宣伝している時点で、用をなさない代物になっているのだが。

 

「ふう…」


 リッチはこういった場合の習慣としてひとつ息をつくと、ここまで手に下げてきた茶色い革張りのトランクを床に置いた。大きな影を背にして膝をつくと、ダイヤルのところまで頭を下げる。そして注意深く、目をそらさず、ダイヤルに触れないように気をつけながら、つるりと印の上を指でなぞる。印の順番から、最近このあたりで売り出し始めた魔術師のモノだと分かった。その堅牢さのおかげで、なかなかの人気商品となっていると聞いていたが、ここでも出会うとは少し意外だった。

 ちなみに、これは自体が一つの封印となり、金庫を厳重に警備してくれる優秀なモノだ。ときたま、一家秘伝の印とかいうモノがあるが、ああいうものはその場で解読しないといけないので厄介だ。リッチはこの印を作った魔術師の成功を祈っていた。そうすれば街じゅうの家で練習できるし、その場で成果も試せる。できることなら、全ての家庭に一つくらいにまで広まってくれれば、さらに良い。

 

 リッチはさらにその文字列をなぞりながら、ポツリポツリとつぶやきはじめる。つぶやくたびに、鉄に彫り込まれた文字の一つ一つが、淡く光り始める。指になぞられ、そしてその指を追うように文字は一つ一つ光っていく。そして指が一周し、彫られた文字も全て光を放ち始めた時、リッチはおもむろにそのダイヤルに手を伸ばした。

 水攻めも無ければ火だるまにもならない。そのまま、ダイヤルをひねり始める。ちなみに、この魔導印の場合、不作法にダイヤルに触れた粗骨者は、触れた瞬間のままの姿勢で体を麻痺させられるという代物だった。口も動かせなくなるので解呪もできない。実に性格の悪い罠である。


「…性格の悪い罠? 罠の性格が悪い?」


 ダイヤルを回す指を止めることなく、リッチはつぶやいた。キチキチと虫のような音を立てながら、ダイヤルは滑らかに回っていく。銀色に輝く、キーレスなどの魔法が効かない特別のカギ。どこかの錬金術師に練成させた特別製の金属でできていて、このカギだけで、そこらの家庭が何年かは楽に暮らせる価値がある。カチリと、小さな音がした。まずは一つ。


「なあ、ダレス、どっちだと思う?」


 今度は反対方向にダイアルを回していく。ダイヤルは、今度はチキチキと声を上げた。

 さっきからずっとリッチが背を向けていた大きな影が、唸るような声を上げた。


「…何か言ったか?」


 うなり声を上げたダレス・カルガンは、全体的に角ばった男だった。その角ばった造りの顔と同じように、いつもなぜか怒り肩で、やたらときっちりとした姿勢で立ちたがる癖がある。今も、軍人の休めの姿勢で、じっとリッチの背後に向かって目を光らせていた。ダイヤルの鳴き語を聞きながら、リッチはもう一度言った。


「ほら、罠って性格悪いだろって話だよ。聞いてなかったのか?」


「…なぜそんな話が出てくる?」


「ヒマつぶしさ。それ以外の何があるんだ?」


「…今が、ヒマか?」


 ダレスは、リッチの意見に同意しかねた。むしろ、非常に緊迫感のある場面だと思っていたのだろう。リッチはダイヤルから目を離さないまま、口をとがらせた。


「実際、ヒマだろうが。これ(、、)が終わるまで、何もやることがない」


「その点には、同意しよう。だが、ここはケリー男爵の屋敷の地下だ。そして、俺たちは本来ここにいるべき人物ではない」


「そうだね。俺たちを歓迎してくれる家は、あまり無い。だが、それは家主と直接会わないといけない場合だ。大抵の家は、何らかの形で俺たちを歓迎してくれる」


 カチリ。またその音を聞き、リッチは相変わらず背を向けたままのダレスに、こちらも顔を向けないでうなずいた。またダイヤルを反対に回す。ケリー男爵の金庫は、まだ開かない。暗闇の中で、ダイヤルに彫られた目盛りがチラチラと光っていた。

 二人のいる部屋は、暗かった。ただ一つ、金庫の横にランプがついているが、そんなモノをモノともしない大きな暗闇が部屋を覆っている。部屋の隅で、たまに何かがもぞもぞ動いているが、部屋が広すぎてあまり気にならない。上の屋敷では、こんな広さの部屋がトイレになっているらしい。さすがは街一番の屋敷だ。トイレの広さも、街一番らしいと、リッチは感心しきりだった。

 ここの家主、ケリー男爵という人物は、一般的に金持ちという単語でくくられる。より正確に言いたければ、一代で身代を築いた、立志伝中の大富豪とでもいえば良い。もしくは、単に戦争屋。それがすべてを語ってくれる。

 その財産は、ケリー男爵(当時はただのケリー氏)が生まれた、この街、ラズヴァリに昔からあった町工場にさかのぼるという。当時は銃器を造っていたが、今では銃器のほかに、毎日百台ほどの戦車を造っている。もちろん、百台の戦車が一軒家に収まるわけもないし、造っているのがそれだけということもない。一軒家ほどの大きさだったその工場は造るモノに合わせ、毎年育つ樹のように成長し、成長し過ぎた今ではラズヴァリ郊外で、当時畑だった土地のかなりの部分を食い潰していた。そしてそれと比例するように、ケリー男爵の金庫も成長していったのである。もちろん、その中身とともに、だ。この鉄扉は木の(うろ)ではなく、この奥では深い森の巨木のように、中身がその偉容をさらしているだろう。決して中身にくいつぶされるようなことはあるまい。

 そんなモノを前にしても、リッチの手はあくまで慎重だった。それが日々の仕事である木こりのように、手際よくそれをこなしていく。カチリと、また音がした。


「―――こんなのを、あと三回はやらないといけないなんて、ヒマでしょうがないよ。誘ってきたのはそっちだろう。少しは付き合えよ」


「わざわざ、金庫の構造を調べて教えたのは俺だ。そっちに集中しておけばいいだろう?」


「わざわざ、王都から俺を引っ張り出してきたのはお前だろう? どこから、ここ(、、)の設計図なんて手に入れた?」


「どんな金庫にも、それを付けたがってるヤツ、造るヤツ、実際に取り付けるヤツの三種類がいるからな。一人くらいは、どうにかなるもんだ」


「なるほど、それなら納得だ。しかし、なんだってこんな大仕事だ?」


 本来なら、リッチはもっと簡単な仕事で満足することができた。ちょっとした銀行の支店や、ちょっとした商会の建物でさえ、十分にリッチを満足させてくれる。兵器産業の立役者、兵器王の屋敷の金庫では、少々胸やけを起こしてしまうかもしれない。主に官憲連中の追跡の厳しさとかで。

 頭の後ろで、ため息の声が聞こえた。


「…誘った連中には、みんなそう言われた。お前は、その三人目だ」


「おいおい、俺を推薦してくれたんじゃなかったのかよ?」


「…お前がこんな大仕事に手を貸してくれたことのほうに俺は驚いてるんだが?」


「最近、賭けに負けてな。金に詰まってたんだ」


 ダレスが思わず振り向いたのが分かった。タイル張りの床を、ブーツがこすれるような音がしたからだ。そのタイルは一枚一枚、どこかの職人がデザインしたらしい何かの動物が描かれているが、こんな物でも防犯装置の一つなのだからイヤになる。割れやすくできていて、ここで荒っぽいことが起きた時の備えとなっている。それは踏まれるたびに、侵入者に抗議するようにキュっキュと音を立てた。ダレスが呆れたような口調で言った。


「…お前が、賭け? 正気か?」


「さすがに正気を疑われるようなことをした覚えはないぞ。絶対イケると思ったんだが、これが今一つだった、ってだけだ」


「大抵、それで大損した奴はそう言うんだ。…まあ、納得は言ったよ」


 カチリ。四段目。そろそろ、音が聞こえづらくなってきた。キーレスなどの害をなす魔法が効かない代わりに、防音の結界も張れない鍵は、音がそのまま聞こえてくる。しかし、いい加減、物理的に遠くなってきた。ある程度は聴力をいじっていても、だんだん難しくなってくる。リッチは金庫に直接耳を付け、また作業を再開する。きりきりという耳鳴りのような音が聞こえてくる。


「…しかし、それこそお前にも聞きたいな」


「何がだ?」


 またキュっキュと音がして、ダレスが背を向け、見張りに戻ったのが分かった。ここでドンパチということになれば、やかましすぎて、とてもじゃないが金庫との対話は続けられない。これは交霊術のような、慎重さが求められる作業なのだ。

 霊の声をかすかに聞きながら、リッチは言った。


「ダレス、お前の場合、こんな面倒な仕事、いつもは、やらないだろう? 現金輸送車の運転手に静かに銃を突きつけるっていう、伝統のやり方はどこに行ったんだ?」


 耳鳴りのような音に混じって、チッと、舌打ちが聞こえた。

 ダレスの不機嫌な声が、壁につけていない方の耳から聞こえてきた。


「…問題でもあるか?」


「いやいや。ただ、お前らしくないなと思っただけさ。こんなまだるっこしい(、、、、、、、)ことやるから、人に手を借りないといけなくなるんだろう? お前んとこの連中、頭が良いのがそろってるわけじゃないんだから、余計だ。俺みたいに誠実な悪党ばかりじゃないんだぞ、と、まあ、俺は一人思ってるわけさ」


 後ろで、ダレスが返事の代わりに鼻を鳴らすのが聞こえた。これが了承の返事なのだ。自分は説明するよう提案し(どこでもそうだが、見返りのない要求や、子供のような欲しがりはご法度だ)、ダレスは、一応の説明をしてくれる気になった。ただそれだけのことだ。


「つまり、こういうことだ」


 キチキチという伴奏とともに、ダレスの声が聞こえた。


「これは、俺の頼まれた仕事だ。だが、ここ(、、)に問題があった。お前の言うように、俺たちは、あまり頭の良い方じゃない。だから頭の良い奴を連れてきた。それがお前だ」


「ああ、それでらしくない(、、、、、)ことしてるわけか」


「そうだ。何か質問があるか?」


「なにも」


 リッチは相変わらず単調なBGMを聞きながら答えた。

 一体何を知りがる必要がある? 

 何より避けなければいけないのは、ちょっとした誤解とか、敵意とか、疑いとかだ。ここでダレスの仕事内容に興味を持って、あらぬ誤解を受ける気分にはなれない。ベッドでは安眠したいのだ。例え、自分の知らないところで、ダレスがちょっとした、更なる小遣いを稼いだところで、いったい何の関係がある? 

 カチリ。五つ目。


「―――まあ、事情は分かった。お前は信用できる奴だし、別にお前の雇い主は、俺には何の関係もない。お前の用事にも興味はない。ただ、この金庫の中身のいくらかが、俺の懐に入ればいいんだ」


 リッチは、さらにダレスが安心できるように言葉を紡いだ。後ろで、うなずく気配がした。


「ああ、俺もお前を信用してるし、お前の信用にも答えられると思う。これは、ちょっとした仕事なんだ。依頼主の欲しがっているモノを除いて、あとは好きにしていいといわれてる」


「そうか、なら安心だ」


 リッチはダレスを信用しているので、安心することができた。どんな世界でも、信用があるというのが肝心だ。詐欺師ですら、仕事は信用を得るところから始まる。良き隣人であろうと努力するのだ。ダレスは仕事に関して侮辱されることを好まないし、そうならないように努力する男なのだ。

 だから、この金庫に関しても、引き受けた以上、リッチはしっかりと仕事をこなさないといけない。鳴き声はいよいよ遠ざかり、今や、かすかにそれが聞こえるだけだ。それでもなんとかなるし、しないといけない。そうしないと、ダレスの”努力”が、リッチへと向かうことになるだろう。それはひたすらに面倒くさいし、望ましくない。


「―――それは、さすがにな」


「どうかしたか?」


 リッチのひとりごとを聞かなかったダレスが尋ねてきたが、リッチは小さく息をついただけだった。代わりにこういった。疑問を持たれてはいけないのだ。


「…いや、ヒマだなと思ってさ、ここまで来る道のりに比べれば、こんなのはオモチャみたいなもんだ。警備のほうは、さすが一級品だったし」


「まあな。大事なモノは厳重に鍵をかけておきたがるのが、ヒトの(さが)というもんだ。成り金男爵の唯一の気がかりだ。俺はその気持ちが、よくわかる」


「俺もだ。むしろ、俺たち以上に分かってやれる奴らはいないだろう。財布を落とした時の気分なんか、最悪だ」


「落としたのか?」


「昔な。だがそのおかげで俺はふっ切れた。何事も経験してみるもんだという教訓にしてる」  


「男爵も、ふっ切れるだろうか?」


「さあな。だが一歩を踏み出すというのは、いつも素晴らしいよ。俺は男爵にも、それ(、、)を味わってもらえると思う。ある種の爽快感を味わうことになるだろうな」


 カチリ。

 井戸の底から聞こえてくるような金庫の最後の一鳴きを、リッチの耳がようやく捕まえた。下についていた銀色のボタンを押しこめ、リッチは小さくため息をついて、立ちあがった。またトランクを手に持ち直す。


「よし、これでダイヤルは解除と…」


「あとは鍵穴か?」


「ああ。それで、金庫の中の感知系結界も消えるから、あとは帰りだな」


「それは?」


 ダレスが顔も動かさず指だけを鍵穴に向けて言った。それは長方形の穴で、頭が丸いピンのような形のよく見るタイプの鍵ではない。よくわからないモノを見ると、ダレスは不機嫌になる。これは不機嫌にさせるモノの一つだった。


「ああ、これか?」


 そんなダレスに、リッチはこともなげに言うと、鍵穴に向かって手をかざした。ボワッとリッチの手が光り、すこしのあいだだけ、そうしていた。どんな気の短い奴であっても文句がつけられないほどの間があり、カチっと音がした。


「…ほらな?」


「…何をした?」


「ああ、ただのキーレスだ」


 いぶかしげなダレスに向かって、リッチは説明した。


「男爵は最近、金庫を新調のかと聞いたろ?」


「ああ…」


「この鍵穴の中身は最新式だ。非常に凝った造りで、非常に繊細だ。ちょっとした工夫をして開けることが難しいように、最新式のやり方が使われている。ちょっとした工夫で開けようとすると、非常に凝った手順を要求する。だが、回せば常に鍵は開く」


「そうだな」


「本当なら、この(リッチはさっきまで交信していたダイヤルを指差した)ダイヤルに使われている金属を使えればいいんだが、最新式は凝ってる上に繊細過ぎて、この独特の金属ではまだ加工ができないんだ。よって、三年前から使われつづけているキーレス対策しか使われていない。本来ならそれで十分だからだ」


「…なるほど、それなら納得だ」


 ダレスは心から納得したように深くうなずいた。リッチもこの点は納得していた。たとえば、今、部屋の隅に転がっているやたらガタイのいい男二人を見ても、それだけで十分だ。

 自分は厄介事の種だと周りに宣伝するために、やたら派手な赤い制服を着ていた。それは暗闇の中でも相手を威嚇するには十分な色彩をしていて、リッチたちが暗闇からでも十分仕留められるほどには派手だった。もちろん殺してはいない。死んでいたら、今頃動いたりはしない。

 リッチはその動いてる二人に目を向けて言った。夜目のきくリッチの目には、目立つ制服以外に、口からはみ出す牙で猿ぐつわを食い千切ろうと、ギリギリ音を立てているオーガの姿が映っていた。


「しかし、オーガの傭兵なんて、いくら金を積んだんだかな?」


 最近、ちらほらと見かけるようになったオーガの傭兵。少し前までは珍しくもなかったのだが、ここ十何年かで、すっかり変わった国の法律やらの関係で、すっかり見かけなくなっていた。リッチもこの国との付き合いは長いが、知り合いに何人かいるくらいだ。珍しいものは高いモノと相場は常に決まっている。これも含めて、ここの警備は、まるで希少品の陳列室だった。この二人のオーガは単に最後の目玉のようなものにすぎない。

 まず屋敷の全体を覆う侵入者撃退の大規模結界があり、人狼の傭兵がうろついていたり、ここのような高い鍵付きの性格の悪いドアがあったりした。この屋敷は一流の装飾品があちこちに飾られていたが、むしろそちらの方が慎ましく振舞っていた。二つには共通点がある。希少価値があり、目立つモノは全くカネにならない。カネの唸り声と言うモノがあれば、それを耳元で聞いた気分だった。オーガたちはさっきから唸り声を発しているが、たぶんこれに近いものだろう。暴力的な意味で。

 リッチは隣に立つダレスを見上げた。リッチよりも頭二つ分ほど高い位置に頭があるので、首が痛くなる。リッチはそのままの姿勢で聞いた。


「それで、どうやって入る? お前が先に入って、その用事を済ませてくるか?」


 ダレスは少し考えるように唸ったが、やがてうなずいた。


「…俺が先に入ろう。問題が片付いたら合図する」


「よし」


 リッチは三歩わきによって、ダレスが金庫のハンドルを引けるように道を開けた。ダレスに道を開けるには、そのくらいの歩幅が必要なのだ。そのくらいの歩幅が必要な体だからこそ、オーガの傭兵なんてものも相手にできる。ダレスはハンドルをその手で鷲掴みしにすると、それをひねり、力いっぱい引いた。どうやらオーガはドアマンの役目もしていたらしい。ダレスがぐっと力を込めてひくと、思いものを引きづる様な音を立てて金庫が開いた。


「行くぞ」


「ああ」


 まるでドラゴンの大口のように金庫が開くと、ダレスがそのぽっかりと開いた隙間にのっそりと体を押し込んだ。それを見届けると、今度はリッチがさっきまでのダレスのように金庫に背を向けた。だれでも金庫の中に閉じ込められるのは嫌だからだ。ドラゴンの胃袋のように頑丈な牢屋で、ゆっくりと消化されるのを待つ恐怖は、なかなか来るものがあるだろう。以前そんなことになったやつがいたが、結局、官憲に救助される羽目になった―――もちろん、今は離れ小島の(へい)の中にいる。

 しばらくの間、リッチが目の前に広がる暗闇を見つめていた。今回の稼ぎがあれば、当面は楽ができるだろう。そんなことを考えていると金庫の中から、腹をすかせた獣のような唸り声が聞こえてきた。リッチがいぶかしげな顔で振り向くと、ダレスが侮辱された時のような、気難しい表情を浮かべて立っていた。


「どうした?」


「…無い」


「は?」


 リッチはダレスの体でふさがっている金庫の、かろうじて開いている隙間を覗いた。少なくともリッチにとってそこはあらゆるものがあるように見えた。まるで整列した兵士の頭のように、現金袋が積んである。

 リッチは聞いた。


「お前の目当てのモノが無いのか?」


 リッチのそう聞かれると、ダレスが不機嫌そうに唸るのが聞こえた。その体を脇にずらし、部屋の中央が見えるように体をどける。そこにはまるで宝石店の、それも特別な一品に似合うようなショーケースが置かれている。だが、今置かれているのはガラスケースの中のクッションだけだ。クッションを展示するならそれも良いが、明らかに、そのクッションは、何かを乗せるために存在するように見えた。


「まいった…」


 あまり抑揚のない声で、ダレスが唸った。リッチは顔を半分ほどひきつらせていた。


「まさか、失敗か?」


「そうだ。面倒なことになった」


「…俺を巻き込むなよ?」


 ダレスが、ガラス玉のような目で、じっとリッチを見つめている。リッチが警戒したように言うと、金庫から出てきたダレスは悲しそうに首を振った。


「そうもいかない。ここの金庫の中身は、いわば報酬だ。そして、意味は分かるな?」


「おいおい、まさか…」


 リッチがそう言いかけた時、ドガンと、鈍い音がした。


「あ?」


 リッチとダレスが音の方を見ると、縛り上げておいたオーガが、寝転がったままの姿勢でその一本にまとめられた足をつかい、床のタイルを踏み抜いていた。魔法で強化をほどこしたロープだったはずだが、どうやらそれでもまだ足りなかったようだ。そして、ほつれたロープを絡ませたまま、この不法侵入者に対して、一番手っ取り早い措置をとったらしい。

 まるで街中の人間を起こそうとするように、ケリー男爵の屋敷に、盛大なベルが鳴り響いた。

 

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