「夏まっさかりにはまだ遠い」
「……あっついなー」
まわりが水だらけの橋の上なら、ちょっとは涼しい風が吹くんじゃないだろうかと思ったのに、海からの潮を含んだ風は生あったかくて気持ち悪かった。髪がなんだかべとべとする。
衣替えはとうに過ぎ、道行く人も夏服の人ばかり。わたしも五月のうちに早々と半袖に変えてはいたのだが、この暑さに流れる汗はとどまる所をしらない。溶けてしまいそうだ。
あー……もう、全部脱ぎ捨てて、ここからザブンと川に飛びこんじゃいたい気分。
回らない頭でぼんやりそんなことを考えていると、不意に耳元で小さな声がした。
「いいじゃん、いいじゃん、全部脱いで飛び込んじゃいなヨ!」見ると私の右肩に、全身真っ黒な、天使の姿をした小さい女の子が乗っていた。
「いけません。往来で服を脱ぐなんてはしたない!」反対側から聞こえる声に左肩を見ると、全身真っ白な、悪魔の姿をした小さな女の子が乗っていた。
なんだかマンガやアニメでたまに見かける、天使と悪魔の心の声っぽい感じだなーと思ったけれど、黒い天使に白い悪魔とかいったいどっちが良いモノでどっちが悪いモノなのか分からない。……っていうか、どっちもまともじゃない気がする。
「んじゃ服着たまんまでいいからサ、あっついし、とびこもうヨ! きっと涼しくなるゼ!」
「んー、まぁ、脱がないのなら、川に飛び込んでみるのも涼しそうでよさげですわね?」
左右からサラウンドで「「んじゃ、川にれっつごー!」」とか言われたので、わたしは無言で両肩の変な生き物をつまんで川に放り投げた。きっと、お望みどおり、涼しくなっただろう。
悲鳴を上げながら海に向かって流れていく二匹に小さく手を振りながら小さくため息を吐く。
夏まっさかりにはまだ遠い。なのに、この暑さはどうしたものだろう。
内容的にはあまりの暑さに、非日常にかまってる余裕がない、というところでしょうか。天使と悪魔、時と場所選べって感じですね。天使と悪魔自体には特に意味はありません。主人公の心の声を表したものではありません。「魔が差す」の魔というか、特に理由も無くふらりと電車に飛び込みたくなるような感じというか。そんなものにかまってられないほど「あっついなー」というだけのお話です。