第三幕 武道館周辺事情
日本武道館内。
その中の控え室の一室。
ドアを勢い良く開いて、MIDORIが入って来る。以下、MIと表記。
中にいた女の子がビックリして振り返る。ショートカットで、前髪を髪留めで束ねている。黒のタンクトップの上に白の半袖のパーカーを着ていて、ローライズのブルージーンズ。靴は白のスニーカー。
MI、その子にとびっきりの笑顔を見せる。
MI「はあい、キャピちゃん。お待たせ」
MIの独白。
MI「彼女は私専属のメイクさん。通称キャピちゃん。まだ十九歳の彼女は、本当にキャピキャピした子だ。でも、美容師専門学校を超優秀な成績で中退した腕は本物である」
キャピ、MIDORIに笑顔を返す。
キャピ「お待ちしてました。すぐに取りかかりますね」
キャピ、メイク道具の箱から、いろいろと取り出す。
MI、鏡の前に座る。
MI「間に合う、キャピちゃん?」
キャピ、Vサインを出す。
キャピ「大丈夫てすよ。MIDORIさん、ノーメイクでも十分美人ですから」
MI、鏡越しにキャピに微笑みかける。
MI「ありがと、キャピちゃん。後でアイスクリーム買ってあげるね」
キャピ「ありがとうございます」
キャピ、本当に嬉しそうに笑う。MIも釣られて笑う。
鉛色の空が夕闇にすっかり浸蝕された頃。
官庁街の一角。
警視庁庁舎全景。
その十一階にある警視総監室。
黒革の豪華なソファに向かい合って座るシャーロットと警視総監。以下、シャと総監と表記。
総監はツルピカ頭にカイゼル髭、制服を着ている。痩身で、小柄。
シャが大きいので、余計小さく見える。
二人の間には、大きなガラステーブルがあり、その上にたくさんの書類が置かれている。
シャの横には、彼女の部下である小男のワトソンがいる。
総監、シャが美人なので、妙に嬉しそう。揉み手をしながら、口を開く。
総監「ミス・ホームズ、ご高名は伺っております。本日は、一体とういったご用向きでおいでですか?」
シャ、総監の過剰な笑顔にうんざりの様子。
シャ「ICPO(国際刑事警察機構)が連絡をしているはずですが? 世界的な窃盗犯のドロントが、日本に入国したと」
総監、わざとしらく手を叩いてみせる。
総監「ああ、その件でしたか。確か、緑手配(国際的常習犯罪者に対する警戒要請を意味する)の犯罪者ですな」
シャ、ソファにふんぞり返って豪快に脚を組む。思わず見とれる総監。
シャ「そうです。ドロントは、我が国で大英博物館を荒し、フランスでは、ルーブルを荒し、ロシアのエルミタージュを荒し、遂に日本にも手を伸ばして来たのです」
シャ、キッと総監を睨む。総監、ギクッとしてシャの脚から視線を上げて彼女を見る。
総監、何か言わないといけないと考え、テーブルの上にある書類を持つ。
総監「ドロントに関する資料はほとんどないとの事ですが、どうしてですか?」
シャ、脚を組み替える。また思わず見とれる総監、シャが睨んでいるのに気づき、視線を外す。
シャ「ドロントは国籍不明、年齢不詳。わかっているのは、女性だという事だけです」
総監、大きく頷く。
総監「それほどの大物が、日本に何を盗みに来たのですか?」
総監、身を乗り出して尋ねる。そして、シャのシャツから覗く豊満な胸の谷間に気づく。
シャ「今、国立近代美術館で、日本の古寺の絵画展を開催していますね」
シャ、総監が胸を覗き込んでいるのに気づき、身を引く。
総監、赤面し、咳払い。
総監「はい。日本美術史上最高とまで言われた、数々の絵画を展示しております。無論、その中には、天文学的な価値のあるものもある、と聞いておりますが、まさか……?」
総監、真剣な表情になり、シャを見る。
シャ「そのまさかです。彼女はその絵画の中の一つを頂くと予告して来たのです」
シャ、スーツの内ポケットから封書を取り出し、テーブルに置く。
総監、それを手に取る。そして、中から便箋を取り出し、読もうとするが、全文英語なので苦笑いし、元に戻す。
シャ、それを見てフッと笑う。
シャ「今夜十二時。目的の絵を盗む、と書かれています」
シャ、いきなり立ち上がる。総監とワトソン、思わず身じろぎ、彼女を見上げる。
シャ「私は、我が国だけではなく、フランス、ロシアの官憲からも必ずドロントを捕え、盗品を取り戻すように言われて来ました。ドロントに対する布陣は考えてあります。是非、ご協力下さい」
シャ、総監を見下ろす。総監、シャの大きさにビクッとしながらも、愛想笑いをする。
総監「わかりました。我が国の警察が如何に優秀か、世界に示す絶好の機会ですな。何が何でも、ドロントを捕まえましょう」
シャ、ニコッとして総監の手を両手で握る。総監、思わずニヤける。
シャ「感謝します、総監閣下」
総監「ハハハ、礼などいいですよ」
鼻の下が伸びている総監。
武道館前。
三々五々、家路に着く観客達。気分が高揚しているらしく、大声を出したり、走り回ったりしている者達がいる。
館内。ステージ。沢山の紙吹雪と紙テープが散乱している。所々光って見えるのは、演者達の汗。
控え室で盛り上がるMIDORIとバックダンサー達、そしてバックバンドのメンバー達。
MIの独白。
MI「もう、ガンガンに盛り上がっちゃった私達のコンサートは、大盛況の中、終幕。三日続く第一夜が終わりました」
MI、ステージ衣裳。真っ白なワンピースで超ミニ。頭には大きな白い羽の帽子。
MI「わーい! さてと、繰り出しましょうかね、楽しい夜の町に!」
MI、右拳を突き上げ、叫ぶ。それに呼応する一同。
それを控え室の入口で眺めている海藤。その後ろで不安そうな顔をしているマネージャーのリョク。
海藤「今日は私の奢りだ。いくら飲んで食って騒いでも構わんぞ」
嬉しそうに言い放つ海藤。
一同「おーっ!」
MIの独白。
MI「そりゃそうよね。初日で三日分くらいの興行収入を上げたのだから、神様、仏様、MIDORI様、よね。いつもは仏頂面の社長が、まさにえびす顔だから、何だか怖いくらい」
MI、黒のTシャツにブルージーンズのショートパンツ姿。
MIDORI達は、何台かの車に分乗し、武道館を離れる。
MIDORIが乗るのは、キャピが運転する白のベンツ。
同乗者は、助手席にリョク。キャピはエンジンをかけながら後部座席のMIを見る。
キャピ「どこに行くんですか、MIDORIさん?」
MI「まずは銀座で腹ごしらえね。社長御用達のお寿司屋さんへゴーよ」
MI、舌舐めずりして言う。
キャピ「了解です」
キャピも嬉しそうにベンツをスタートさせる。それに続いて走り出す他のメンバーの車。
MI「キャピちゃん、お寿司食べたら、カラオケ行こうか?」
その言葉にギョッとするキャピとリョク。
キャピ「MIDORIさん、まだ歌うんですか? 今日って、予定より五曲も多く歌って、喉ガラガラじゃないですか」
MI、ニヤッとしてキャピをルームミラー越しに見る。
MI「大丈夫よ。私の喉は、アルコール消毒で復活するのです」
胸を張って言うMI。リョク、呆れ顔で振り返る。
リョク「姉さん、お酒も程々にね。この前だって、自分が誰だかわからなくなって、おまわりさんのお世話になっちゃたんだから」
リョクの言葉にペロッと舌を出すMI。
MI「アハハ、あの時は面白かったわね。ホテル代浮いちゃったしね」
リョク、能天気なMIの発言にムッとする。
リョク「あの時、あまり姉さんの様子がおかしいので、危うく覚醒剤や麻薬使用の疑惑を持たれそうだったのよ」
リョクは真剣なのに、MIDORIはヘラヘラしている。
MIDORI「そんな事もあったねえ。でも、私のおしっこからは何も出なかったんだから、いいじゃない」
リョク「もう!」
反省の色なしの姉に呆れる妹の図。
深夜。
走る車もめっきり減り始めた頃。
武道館に程近い場所にある国立近代美術館。
その建物の前に真剣な表情のシャーロットが立っている。以下、シャと表記。
美術館の周囲には沢山の機動隊の隊員が楯を持って立っている。
シャ、腕時計に目を落とす。
シャ「十二時まであと三十分。ドロントめ、どこから現れるつもり?」
シャ、鋭い目で周囲を見渡す。
しかし、視界に入るのはパトカーと機動隊員ばかり。
シャ「ドロントめ……」
シャ、ギュウッと右手を握りしめる。
国立美術館を見下ろすように建っている某商事会社のビル。
その屋上。黒尽くめの革のつなぎを着た二人の女性が立っている。
一人はストレートの長い髪を腰まで伸ばして黒い仮面を着けている。
もう一人は、ウェーブのかかった髪が肩甲骨まであり、やはり黒い仮面を着けている。
ストレートヘアの女性が双眼鏡で美術館の様子を見ている。以下、ストと表記。
スト「どうやら、シャーロットが先頭に立って、警戒に当たっているみたいね」
もう一人の女性、それに頷く。以下、ウェーブと表記。
ウェーブ「はい、先程確認しましたところ、総勢五十名。恐らく、美術館の内部にも、それと同人数の人員が配備されていると思われます」
ウェーブ、ストを見て答える。スト、ニヤリとする。
スト「さてと。あと十分か。そろそろ準備しましょうか、ミスティ」
ウェーブ「はい、首領」
スト、双眼鏡をバッグにしまい,再び美術館を見下ろす。
スト「シャーロット、私の事を捕まえるなんて、百年早いわよ」
スト、サッと髪を掻き揚げ、ニコッとする。