第二幕 シャーロット・ホームズ
日本武道館。天辺のトンガリが曇天に映えている。
リムジンが正面入口前に停車。
ドアを蹴破るように飛び出し、走るMIDORI。以下MIと表記。
その後ろから、海藤が降り立つ。
海藤「ステージの段取りは頭に入っているのか?」
その顔は、全く答えに期待していない。MI、走りながら振り返る。
MI「全く入っておりません、お代官様あ」
ヘラヘラ笑いながら言ってのけるMIに海藤ムッとする。
海藤「たまには演出家の顔を立てろ!」
MI「へいへい。面白い演出だったらねえ」
MI、手を振りながら武道館の中に消える。
MIの独白。
MI「私だって、何も好き好んで、段取りを覚えない訳じゃない。いつも型に嵌った演出しかしない連中の方法論など、従うだけ無駄。それに、私MIDORIのモットーは、『自由気まま、縦横無尽』なのだ。決められた通りに動いたら、私ではなくなってしまう」
MI、ステージに駆け込み、一同に叫ぶ。
MI「おっまたあ! MIDORIちゃんの到着だよお!」
おお、とどよめくスタッフ達。一部で拍手が起こる。
MIの独白続く。
MI「私のファンの皆さんは、それを期待している。次に何が始まるのかと、ワクワクドキドキしながら待ってくれているのだ。それに応えるのが、私の義務であり、信条なのだ」
ペロッと舌を出すMI。独白の続き。
MI「なあんていうのは建前で、ホントは段取りとか、打ち合わせとか、台本とか、面倒なだけなんだけどね」
前方に腕組みして仁王立ちでMIを待っている同年代の女性。
黒のパンツスーツで、髪はショートカット、大きめの黒縁眼鏡をかけている。
眼鏡の奥の目は、釣り上がり気味。口は真一文字に結ばれている。
MI「やっほー、リョクちゃん! 元気だった?」
MI、陽気に声をかける。リョクちゃんと呼ばれた女性は呆れ顔になる。
リョク「姉さん、時間厳守って何度言ったらわかるの!」
MIの独白。
MI「リョクちゃんは私の双子の妹だ。私と違って、几帳面で細かい性格」
MI、揉み手をしながら愛想笑い。
MI「はいはい、説教はステージが終わったら、二時間でも三時間でもお聞きしますよ」
MI、リョクの横をすり抜ける。
MI「へい、ごめんなすって」
MI、手刀を切りながら、楽屋へと歩いて行く。
リョク、MIの背中を睨みつける。
リョク「全くもう!」
リョクに近づく中年男性。坊主頭でタオルの捻り鉢巻をしている。上下緑色のジャージでサンダル。
大道具の松本。通称「マッちゃん」。以下、松本と表記。
松本「相変わらずやなあ、MIDORIちゃん。リョクちゃんも苦労が絶えへんな」
リョク、松本をチラッと見る。
リョク「ホントよ。早死にしたら、姉さんのせいだわ」
松本「ホンマやな」
松本、リョクに睨まれたのに気づき、そそくさとリョクから離れる。
リョク、演出家に近づいて行く。
演出家、MIに挨拶もされないので、おかんむりの様子。
千葉県。無駄に熱い知事がいるところ。
新東京国際空港。
滑走路に降下して来る英国航空の特別機。何故かキラキラ輝いている。
優雅に着陸を決め、速度を落として行く。
やがて、方向を変えながら機体は停止する。
タラップ付きのトラックが機体にセッティングされ、扉がゆっくりと開く。
中から現れたのは若い白人女性。チャコールグレーのスカートスーツを着ている。しかもミニ。
ブロンドの巻き毛に碧い瞳、高く通った鼻筋、魅惑的な潤いを保った唇、惜しげもなく開かれた白のシャツから覗く胸の谷間、これでもかと言うくらい絞られたように細いウェスト、柔らかさがスカートの上からもわかるヒップ。ベージュのストッキングに包まれた足首の締まっている奇麗な脚は、機動性重視の踵の低いアンクルブーツを履いている。
一見、モデルのような素晴らしいプロポーション。身長も百七十センチを超えている。
その女性の後ろから、ちんちくりんでブサイクな白人男性が現れる。
一見、某コメディアンに似ている。
白人男性「ミス・ホームズ、空港ロビーで東京警視庁の方がお待ちです」
女性の名は、シャーロット・ホームズ。ロンドン警視庁(通称スコットランドヤード)特別局の警部。
シャーロット、フッと笑う。キラキラッと輝きが走る。以下、シャと表記。
シャ「わかりました。急ぎましょう」
シャ、タラップを降りて行く。
シャ「遂に追いつめたわ。今度こそ、逃がしはしないわよ。スコットランドヤードの名に懸けてね」
シャ、タラップを降り切ると、後からついて来る小男を振り切るかのように大股で歩き出す。
小男「待って下さい、ミス・ホームズ!」
小走りに追いかける小男。
しかし、シャは歩調を緩めるつもりはない。
シャ「無理について来なくてもいいわよ、ウィンストンさん」
シャ、振り返らずに言う。小男、汗まみれになる。
小男「ウィンストンではなく、ワトソンです、ミス・ホームズ」
シャ、笑いを噛み殺しながら、空港の建物に入って行く。