第十幕 代理作戦
警視庁全景。
十一階の警視総監室。
ソファに向かい合って座る総監とシャーロット。以下、シャと表記。
シャ、ムッとしている。
シャ「射殺してもいい?」
総監の言葉を鸚鵡返ししたシャ。
総監、大きく頷く。
総監「よくわからんのですが、事件が高度に政治的になって来たようです。ドロントがもし獲物を奪ったら、射殺してもいいから、逃亡を阻止しろとの事です」
シャ、憤然として総監を睨む。総監、思わずビクッとする。
シャ「誰がそんな事を言ってるんです?」
総監「あの法隆寺の絵は、すでに買い手がついているものなのです。その方が、大物の政治家でしてね」
シャ、呆れ顔で総監を見る。
シャ「一政治家に犯罪者の生殺与奪権などありませんよ」
総監、シャに懇願するように姿勢を低くする。
総監「ミス・ホームズ、貴女のお怒りはごもっともですが、今はそんな事を議論している場合ではない事はご理解いただきたい。我々の使命は、犯罪を阻止する事。そしてその犯罪者を確保する事。そうではないですか?」
シャ、スッと立ち上がる。またビクッとする総監。
シャ「そのためには、犯罪者の人権など無視していい、という事ですか?」
総監「そうじゃありません。射殺するのは、最悪の場合です。そこまでやらなくても捕えられるなら、そうする必要はないのですよ」
総監、祈るような目でシャを見上げる。追いつめられた小動物のようである。
シャ「他に手がなく、ドロントが百パーセント逃亡してしまうとしても、私は彼女を射殺しません。そして、させません。彼女が死んでしまえば、私がロンドン警視庁やパリ警視庁、ロシア警察に頼まれた、盗品の奪還ができなくなるからです」
シャの言葉にチラッと苛つきを見せる総監。シャ、それに気づくが無視。
シャ「私は貴方の部下ではなく、単に貴方に協力を要請している外国の警察官だという事をお忘れなく」
シャ、バンとドアを開き、総監室を退室。閉じる時も勢いよく閉じる。
総監、ソファに沈み込む。
総監「忌ま忌ましい女だ!」
総監、苦々しそうに歯軋りする。
MIDORIの宿泊しているホテルの部屋。
ドロントのスーツを身に着けて、姿見の前に立つMIDORI。以下、MIと表記。
MI「このスーツ、面白いですね。自由自在に大きさが変わって、ピッタリするんですね」
MI、更に仮面を着ける。感嘆の表情でMIを見るミスティ。
ミスティ「驚きました。首領にそっくりです。これならシャーロットにも偽者だとわからないわ」
MI、照れる。
MI「でもこのスーツ、身体の線がはっきり出て、何か恥ずかしいなあ」
ミスティ、クスッと笑う。
ミスティ「そうじゃないと、狭い路地や建物の間を通るのに不便なんです」
ミスティ、MIの後ろに立って一緒に姿見を見る。
ミスティ「それから、耐圧、耐熱、防弾と、かなりの機能を備えた樹脂でできていますので、シャーロットに撃たれても、直撃しない限り大丈夫ですよ」
MI「フーン」
MI、鏡の前でクルッと回ってみる。すると後ろで見ていたリョクが笑う。
リョク「姉さん、何かSMの女王様みたいね」
MI、ムッとする。
MI「うっさいわね! 人が気持ち良くなってるのに!」
リョク「ごめーん」
リョク、それでも笑っている。
ミスティ「とにかく、これから打ち合わせをします。緑さんもよく聞いていて下さい」
リョク「はい」
MIの独白。
MI「リョクちゃんの本当の名前は、緑。MIDORIと言う名は、リョクちゃんの事なの」
MI、ミスティ、リョク、ソファに座る。MIの独白続く。
MI「彼女は、私の歌の作詞・作曲までこなしてまして、私は歌うだけ」
図面を出して説明するミスティ。MIの独白続く。
MI「歌は私の方がうまいの。私の本名は亜紀子。私の名前じゃ、他の歌手と間違われそうなので、響きもいいリョクちゃんの名前で行く事にしたの」
警視庁全景。その四階。捜査共助課の一室。
DVDプレーヤーでドロントの予告映像を見ているシャ。
ドロント「今夜十二時、もう一度近代美術館に伺います。しっかり警備してね」
再生が終了。ムスッとして腕組みをし、椅子に座っているシャ。
シャ「ドロントは、今まで一度だってDVDで予告した事はない。いつも白い紙に自筆で書いたものを使っていた……。それにこのドロント、どこか違う」
シャ、プレーヤーからDVDを取り出して立ち上がる。
シャ(ドロント……。貴女、もしかすると殺されるかも知れないわ。どうもこの事件、裏があるようだし)
シャ、後ろに控えている警官達を見る。
シャ「今夜の事をもう一度よく打ち合わせしましょう。私達はドロントを逮捕するために作戦を立てているのですからね」
思わず顔を見合わせる警官達。
武道館全景。
その中の控え室の一つ。
熊のようにノソノソと歩き回るMIDORI。以下、MIと表記。
それを見ている海藤社長。
海藤「MIDORI、お前にしちゃ、やけにソワソワして、落ち着きがないな。どうしたんだ?」
MI、ビクッとして海藤を見る。海藤、ニヤリとする。
海藤「そうかあ、あのこそ泥の一件が気になってるんだな? お前も案外小心者なんだな」
MI、海藤の言葉にカチンと来たが、言葉には出さない。
海藤、MIの様子に全く気づかず、持論を展開。
海藤「本番に強いお前の事だ。ステージに立てば、忘れちまうさ。じゃ、私は今から人に会わないとならんから、失礼するよ」
海藤、控え室から出て行く。リョクがMIを見る。
リョク「姉さん、社長の言う通りよ。妙にソワソワしてるわ」
MI、苦笑いする。
MI「そうかな?」
MIの独白。
MI「私はステージに立っても忘れられないだろうと思うくらい、今夜の『仕事』の事で緊張していました。ミスティさんが百パーセント安全だと言っても、信じる事ができないのです」
立ち止まって、鏡に写る自分を見つめるMI。独白続く。
MI「元々、私はこの世に完璧なものなどないと考える人間なので、尚の事そう思ってしまうのです」
リョク、MIの後ろに立って肩に手をかける。
リョク「大丈夫。ミスティさんを信じなさいって」
MI、その言葉にムッとする。
MI「じゃあ、リョクちゃん、代わりにミスティさんと仕事してよ。私達双子だから、貴女がドロントさんの役をしたって、大して変わらないわよ」
リョク、その言葉にビクッとする。
リョク「私はダメよ。ほら、身体中から地味なオーラが出ちゃって、ドロントさんに見えないわよ」
リョク、MIを煽てるようにニコニコする。
MI「調子がいいんだから、全く」
MI、呆れる。リョク、苦笑い。
そこにドアをノックして、顔を覗かせるスタッフ。
スタッフ「MIDORIさん、音合わせ、お願いしまーす」
MI「はーい」
MI、控え室を出る。それに続くリョク。
廊下で待機していたキャピがMIにブラシを渡す。
キャピ「はい、MIDORIさん」
MI、それで髪をサッと梳かし、キャピに返す。
MI「さてと。気合い入れて行きましょうか」
颯爽と廊下を歩いて行くMI。
夜。午後八時。
ある政党本部ビルの最上階。代表幹事室。
大沢、椅子にふんぞり返っている。
大沢「奴らの動きは掴めたか?」
大沢、椅子を軋ませて秘書を見る。秘書、ハンカチで額の汗を拭う。
秘書「はい。しかし、これと言って、目立った動きはありません。我々が公式に入手したのと同じ予定で職務を遂行しているだけです。それと思しき人物との接触もありません」
大沢「ふーむ」
大沢、椅子を揺らせて立ち上がる。
大沢「こそ泥一匹の正体も掴めんとはな。ますます怪しいな。奴らが黒幕である事に間違いはないようだ」
大沢、ニヤリとする。秘書、ビクッとする。
秘書「はあ……」
大沢「しかし、相手はプロ。しかも何の証拠もなく疑えば、俺の身が危ない。そうだな?」
秘書「はい……」
ますます緊張する秘書。大沢、フッと笑う。
大沢「政界はまさに混沌としている。時は今なのだ。今をおいて実行の時はない」
大沢、ギラッと目を光らせ、秘書を見る。
大沢「連中に、『仕事だ』と伝えろ」
秘書、蒼ざめ、震え出す。
秘書「せ、先生、まさか、その……」
大沢「もし気づかれているのなら、俺の所に大っぴらにブツが来るのはまずい。そのこそ泥が盗んだように見せかけて、殺すんだよ。連中にも、美術館に忍び込むように言え」
秘書、震えたままで大沢を見る。
秘書「しかし……」
大沢、グイッと秘書のネクタイを掴む。
大沢「この俺の言う事が聞けんのか?」
秘書、汗まみれになる。
秘書「いえ、決してそういう訳では……。いくら連中でも、時間が足りないのではないかと……」
大沢、ネクタイを放す。秘書、呼吸を整える。
大沢「そんな心配はいらん。あのこそ泥が何者か知らんが、連中はプロだ。すぐに実行に移り、素早く片づけてくれる」
大沢、再びニヤリとする。それを震えながら見る秘書。