第一幕 MIDORI登場
これは我流の「シナリオ形式」で書かれた漫画原作用のお話です。
時代──西暦二千十一年、六月。
場所──日本、東京。
鉛色の雲が垂れ込めている梅雨時。
羽田空港ロビー。たくさんの利用客が行き交う。老若男女、国籍を問わず。
そんな人混みの中、安物の腕時計を睨みつけ、イライラしているビール腹で禿頭の中年オヤジ。
彼は日本の芸能界を陰で牛耳っていると言われている大手プロダクション、「ジャーマニー事務所」の社長、海藤洋。白のスーツに水玉模様のネクタイという悪趣味なセンス。
その筋の方と見間違うような悪人面で、麻薬か覚醒剤の売買でもしていそう。
ロビーの窓から滑走路を眺め、
海藤「もうそろそろ到着してもいい頃じゃないか?」
海藤の隣に立つ、陰が薄くて幸薄そうな痩身長駆の顔色の悪い男。こちらはドブネズミ色のスーツ。
ジャーマニー事務所の企画部長、江田孝夫。
江田「韓国のコンサートツアーは昨日終了して、今朝方自家用ジェット機でこちらに向かったと言う連絡が事務所にありました。気流の関係で遅れているのではないですか?」
海藤、江田の言葉に不満そうな表情を浮かべる。
海藤「だから他の連中と一緒に帰れと言ったんだ。それを、ライセンスがあるから、大丈夫だとか言いおって!」
海藤、江田を睨みつける。江田は嫌な顔もせずにニヤけている。
江田「まァ、とにかくですね、マネージャーや他のスタッフはすでに到着しているのですから、心配ありませんよ」
江田の能天気な発言に、海藤、ますます苛つく。
海藤「肝心の本人が来ていないのでは、どうにもならんだろう!」
江田、まるでその言葉が耳に入らなかったかのように空を指差す。
江田「あれ、そうじゃないですか?」
海藤、江田が指差した方向に顔を向け、目を細める。
確かに何かがこちらに向かって来ているのが見えている。
海藤「やっと来おったか。苛つかせおって!」
やがてそれは自家用ジェット機の姿になる。
しかし、その機体は一向にスピードを落とさず、真っ直ぐに海藤達の所に向かって来た。
海藤・江田「わああっ!」
絶叫する二人。接近する機体に気づいた乗客達が慌てて逃げ出したり、叫んだりしている。
ロビーはパニック寸前である。
江田「ぶ、ぶつかる!」
二人共思わず身を伏せる。
しかし、自家用ジェット機は高度を上げ、ロビーから離れて行く。
海藤、ソッと顔を上げる。
海藤「あのバカ、まさか私達がここにいる事を知っていて、からかっているのではあるまいな?」
江田「まさか……」
そう言いながらも汗まみれの江田。
自家用ジェット機は滑走路に戻り、正常に着陸した。
海藤、顔を真っ赤にして走り出す。
海藤「あのバカ、許さんぞ」
江田は慌てて海藤を追いかける。
二人は滑走路に出て、自家用ジェット機が停止するのを見守っている。
やがて機体が停止した。海藤は真っ赤な顔のまま、それに近づく。
海藤「遅刻だ! もう少し時間通りに行動しろ!」
海藤、中から出て来た白のつなぎ姿の痩身の女性に怒鳴る。
女性、ヘルメットとゴーグルを江田に投げ渡す。
長い黒髪が風でなびき、腰まで降りて来る。
黒目勝ちの瞳、整った形の小鼻、サクランボのような潤いのある唇。
彼女の名は、MIDORI。この物語の主人公。以下、MIで表記。
MI「ごめんなさーい、社長ゥ。私ってば、とんでもない方向にフライトしてしまって、危うく某国のミサイルに撃墜されるとこだったわん」
海藤、その言い訳にムッとする。
海藤「撃墜されれば、私も少しは平穏な生活が送れたかも知れんな」
MI、愛想笑いをする。
MI「いやあん、社長ゥ。そんなに怒ると、ドンドン抜けちゃうから、怒らないでほしーいのあき」
MIの下らない駄洒落に海藤と江田は呆れている。
海藤「MIDORI、コンサートの本番まであと三時間しかないんだぞ! 武道館への移動時間、舞台装置の設置、音合わせ、リハーサル……。どうするつもりだ!?」
海藤、頭から湯気が出そうなくらい怒っている。しかし、MIは何も感じていない。
MI「時間ないんだったらさ、皇居辺りまで飛んで行っちゃおうか?」
MIが自家用ジェット機を指差す。すると海藤、更にヒートアップ。
海藤「バッカモーン! 下らん事言ってる暇があったら、サッサと走れ!」
MI「へーい」
MI、走り出す。江田は当初より顔色が悪くなっている。
MI、空港前に横付けにされたリムジンに乗り込む。
MIの独白スタート。
MI「私の名前は、お分かりかと思いますが、MIDORI。日本屈指の人気ボーカリスト。どちらかと言うと、正体不明、年齢不詳のお姉様って感じで、アイドルには分類されていないみたい」
MI、自分に気づいた歩行者達に向かって投げキス。海藤が慌てて制止する。
MI「私は、東南アジアや韓国、中国、台湾と、東洋を股にかけて(何か女子としてこの文章表現はどうかと思うところでありますが)、大活躍・大驀進中の、ロックともニューミュージックともつかない、訳の分からない新興宗教の教祖様のような、歌手なのであります」
MI達を乗せたリムジンは、多くの音楽関係者の憧れの場所である日本武道館に到着した。