9.陛下、それはやり過ぎです!
その後、一日中子供達と遊び帰る直前の時間に、ビビアンはノエミと話をする時間を取った。
音楽室でのアイディアを先に進めるためだ。
子供達の歌を披露して、孤児院の運営資金の寄付を募る。
その成功に、ノエミの協力が必要だ。
「子供達の歌を、披露するのですか……?」
最初は怪訝な表情をしていたが、貴族がチャリティバザーをしたりするのと基本的な考えは一緒だ。
チケットを販売する際に収益が孤児院の運営に使われることを告げ、別口で寄付も受け付ける。
慈善公演ならば、貴族達にも受けはいいだろう。
「あんなに上手なんだもの。きっと成功するわ」
「ビビアン様のご提案は、子供達のためになるものだと思います。ですので、子供達がやりたいのであればお任せしたいと思います」
「そう言ってくれると思っていたわ! 子供達には今度話すから、まだ黙っていてね」
「わかりました」
そうしてビビアンはユリウスと共に帰宅の途についた。
来た時同様、馬車に乗るのはビビアンだけだ。
(帰ったら演奏会について、計画を練らないと)
孤児院についての支援は、今のところ十分のようだ。
だから、主に考えるのは演奏会についてである。
ノエミはビビアンの差し入れのおかげで、冬を越すための準備がはかどったと言っていた。
もちろん、食料などは定期的に送るつもりだが、ビビアンがする支援については一段落したと思っていいだろう。
他の懸念としては流行病だが、ビビアンの記憶にある大流行が起きていたのは少なくとも一年は先だったはずだ。
それまでに、なんとしても準備を進めたい。
(回復薬の材料になる薬草を沢山育てる方法を考えておかないとね)
確か、前世の記憶では、流行病は先に隣国で流行っていた。
その関係もあり、回復薬が例年より手に入りにくかったようなのだ。
この世界ではまだ、ビビアンの前世のような高度な医療技術は発達していないが、その代わりに回復薬が重宝されている。
幸い、ビビアンには権力はある。
どうにかして回復薬を量産する準備を行いたいところだ。
(ある意味、回復薬が万病に効く薬ではあるから、医療技術がそこまで発展していないのかしら……?)
そんな疑問が浮かんだが、今はそれは置いておく。
あとは、そもそも病にかからないよう、予防を考えるのがいいかもしれない。
一応、子供達には外から帰ってきた時と、ご飯の前に手洗いをするように伝えてきたが、できたら石けんを作って普及させたいところだ。
ビビアンの前世では、石けん作りに一時期ハマっていたことがあるようだ。
確か、油と水と苛性ソーダで作っていたはずだ。
材料をそのまま用意するのは難しいだろう。
(確か、昔は灰と油で作っていたのよね……)
流石にそちらは作ったことがないが、どうやら昔ながらの製法で作られた高級石けんについて調べたこともあるようで、そちらの作り方もなんとなく覚えていた。
灰は、木を燃やした灰や、海藻を燃やした灰を使っていたはずだ。
(……ひとまず、この世界の材料で作れるか試してみるしかないわね)
そうして、窓の外を眺めていた時だった。
不意に馬がいななき、馬車が止まる。
(何が起きたの?)
外を伺うとユリウスが護衛と馬車を守るように障壁を張っている。
何が起きたのだろうと見ると、道の先に先日孤児院の中に入れろと騒いでいた三人組が立っていた。
この間と違い、三人の後ろに黒髪の青年が一人いる。
「兄貴、こいつらです!」
「あの馬車をやっちゃってください」
「あいつがいなくなれば、すぐにあの孤児院をオレ達の物にできます」
黒髪の青年が前に出て、風魔法を打ち込む。
しかし、ユリウスの障壁が打ち消し、消えてしまう。
その直後。男達の周りを囲むように氷柱が空から降り、地響きと共に、氷の檻のように地面に突き刺さった。
「ひぃぃぃ!」
「なんだこれ! 冷てぇ!」
「兄貴、こいつを溶かしてください!」
「……オレの魔力では歯が立たない。お前ら、とんでもない人に喧嘩を売ったんじゃないのか」
「えっ、えぇっ――」
「そんな!」
四人の声が聞こえるから、死んではいないようだ。
「……ユーリ様、やり過ぎです!」
「だが、彼らは私のビビアンを攻撃した。反撃はしたが、殺していないだろう」
ユリウスの反撃は誰にも予想外だったようで、マクシムがユリウスに苦言を呈している。
「俺達、どうなるんだよ……」
「……諦めた方がいい」
「どうしてこんなことに……」
ユリウス達の声も聞こえているのか、男達は情けない声を上げている。
そんな彼らに抵抗する意思はないと見て取ったのか、ユリウスが護衛が通れるほどの隙間を障壁に開ける。
「あの者らを拘束し、襲撃の理由を吐かせろ」
「はっ!」
護衛が彼らを拘束し、魔封じをして馬に乗せている。
どうやら皇宮に連れて行って話を聞くようだ。
彼らが運ばれていくのを確認して、ユリウスはビビアンの方にやって来る。
「怪我はないか」
「はい。おかげさまで」
用件はそれだけだったのか、ビビアンの答えに頷くと、ユリウスはまだ存在を主張している氷柱を消しに向かった。
(えっと、私を気にかけてくれたの……?)
ユリウスは一瞬で氷柱を消し去ったが、氷柱が刺さっていた地面に深々と穴が空いている。
通行人が怪我をするからと、ユリウスは別の護衛に指摘されそちらも埋めていた。
彼らを拘束するだけだったなら、もっと効率の良い魔術があっただろうに。
一瞬で大規模な障壁を作り上げ発動させるユリウスが、その程度の魔術を使えないとは思えなかった。
(もしかして、意外と不器用なのかしら)
そんなことを思っている間に、馬車は出発したのだった。
翌日のお茶の時間。
ビビアンはユリウスの執務室に呼ばれていた。
(もう昨日の暴漢達は口を割ったのかしら)
聞かない限り、彼らがどういう目的で襲ったのか教えてもらえないとビビアンは思っていたので、手間が省けたと内心考えながら執務室に向かった。
(そういえば、ここに入れてもらうのも初めてだわ)
侍女の案内で通された室内は代々の皇帝が使ってきた執務室というだけあり、調度品が豪華だ。
ビビアンの来室に、ユリウスはわざわざ席を立ちソファに誘導する。
席に着くと、ビビアンの好みの紅茶とチョコレートが運ばれてきた。
ユリウスは侍女達にしばらく二人きりにするよう命じている。
(詳しい話を聞かせてもらえそうね)
侍女達が退室し、期待をしながら先に紅茶を一口いただいたところで、ユリウスが言う。
「昨日は大変だったな」
「陛下が守ってくださいましたから、大変ということはありませんでしたわ」
頷いたユリウスに対し、ビビアンは尋ねる。
「ところで、もう彼らの背景はもう洗えまして?」
「気になるのか?」
「当然です。彼らは私を狙っていましたが、それは孤児院を手に入れるのに私が邪魔だからです。もし、誰かが後ろについていれば、動き方が変わりますから」
「彼らの独断だ。もとは黒髪以外の三人で、あの場所で強盗まがいのことをしていたそうだ。先日、魔術を使っていた、あの黒髪の青年を拾ったことで野心を抱いたらしい。自分たちに相応しいと思う拠点を手に入れようとしていたそうだ」
「『兄貴』と呼んでいるようでしたけど」
「言うことを聞かせようと暴力を振るおうとしたが、自分たちの実力では敵わなかったかららしい」
「まぁ! それなのにあの三人と一緒に行動されていたの?」
信じられないという表情を浮かべるビビアンに、ユリウスは言う。
「記憶が無いそうだ。三人は自分たちに協力する代わりに、青年の記憶が戻るよう手伝う約束していたと言っていた。魔術師については現在魔術師協会に照会をかけている」
「事故、でしょうか」
「その辺りも含めて調査中だ」
魔術師になるには、専門の学校で魔術を学ぶ必要がある。
魔術を使えるのは貴族に多いので、家を継がない貴族の子息や、平民で魔術師の才能がある者が多い。
そして、魔術師を職業にする者は魔術師協会の名簿に登録を行うことになっている。
魔術師協会は、名簿登録者に仕事を斡旋しており、そうすることで魔術師が犯罪に巻き込まれる危険が減るのだ。
大きな力を使える魔術師は、後ろ盾がなければその力を利用しようとする権力者も多い。
本人の意思に反して権力者に囲われたり、家族を人質に取られた魔術師が謀反に加担するなどの事件があり、そういったものから守るために魔術師協会は作られた。
不意に、ユリウスがビビアンに問う。
「ビビアンは、気持ちに変わりが無いか」
「気持ち……? どういう意味ですの?」
首を傾けるビビアンに、ユリウスが言葉を付け加える。
「今回、怖い思いをしただろう。今回は何の裏もない襲撃だったが、正直に言ってあの場所は国の目が行き届いていない場所だ。今後、もっと危険な目に遭うかもしれない。あの孤児院に行くのを控え誰かに任せようとは思わないのか」
「あら。怖い思いなんてしていないと申し上げたではありませんか。それに私が行かないで、誰があの孤児院のことを気に懸けるのです」
「私が気に懸けよう。それで時間が余ると言うのなら、ビビアンに別の仕事を振ることもできる」
一体、急にどうしたのだろう。
帝国の管理が行き届いていないあの場所が危険なのは最初からわかっていた。
確かに皇妃がスラムで怪我をしたとなれば問題になるかもしれないが、今回は幸い怪我もなく終わることができた。
だから、今更問題にするほどでもない。
それに何より、ビビアンがここで孤児院に通うことをやめてしまえば、彼らは理由もわからず見捨てられたと感じてしまうだろう。
「私の問題を引き取っていただく必要はありませんし、仕事も今のままで構いませんわ」
「だが……」
「それに、今日の訪問で閃いたこともあるのです」
「閃いたこと?」
「あの孤児院の子達、とても歌が上手でした。だから演奏会を開き、彼らの歌を披露したいのです」
「……歌を披露する?」
怪訝な様子のユリウスに、ビビアンは頷く。
「多くの人前で発表することで、彼らの自信になればと思っています。そして、慈善演奏会とすることで、運営資金を集められたらとも考えているのです」
「ほう。ビビアンが主導するのだな」
「……反対ですか?」
「好きにするといい」
ユリウスの言葉に、ビビアンは目を瞬かせる。
(意外とあっさり許可がもらえたわね……!?)
反対されたらどうしようとは思っていたが、ユリウスが許可を出したとなれば宰相にも反対されないだろう。
興味がないだけかもしれないが、反対されてても開催するつもりだったビビアンとしては、余計な摩擦が減るのは素直にありがたい。
(余裕ができれば、それだけ来年にも備えられるし……)
ビビアンとしては、孤児院の運営と並行して、来年起きるであろう大規模な流行病への備えも進めようと考えていた。
(だって、孤児院を守るには、孤児院だけの対策ではきっと間に合わない……)
どんなに対策をしようと、完璧はない。
あの場所で流行病が流行れば、子供達が巻き込まれる危険は高い。
最初は断罪回避を考え始めたことだが、既に優先順位の一番は子供達を守ることに変わっていた。
(リミットは、一年。その間に沢山やることはあるわ)
そんなことを考えていると、ふと昨日のことでお礼をまだ言えていなかったことに気が付いた。
(いけない。こんなことでは、私の断罪フラグは消えないわ)
本来ならこのお茶会の挨拶の時に言うのが一番だったのだろう。
「そういえば、陛下」
「なんだ?」
「昨日のお礼を言っておりませんでした。陛下の魔術を側で見るのは初めてでしたが、氷の魔術が得意ですのね」
「そうだな」
「守ってくださって、ありがとうございました」
うっと胸を押さえて、ユリウスが固まる。
「……陛下? どうなさいましたの?」
「ユーリだ」
「えっ?」
「孤児院では、ユーリと呼んでいただろう」
つまりは、そう呼べということだろうか。
「わかりました、ユーリ様」
「孤児院では呼び捨てていたのではなかったか?」
「ですが……」
「私が許しているのだ。咎める者はいない」
そこまで言うのならばと思い切って、口調も崩すことにする。
自分から言い出したのだ。
不敬には問われまい。
「わかったわ、ユーリ」
ユリウスは満足げに頷くと口を開いた。
「私もビビと呼ぶ」
「えっ」
まさか自分にも愛称を使われるとは思わず固まるビビアンに、ユリウスは目を細める。
「ダメなのか?」
「いえっ構いませんけど」
咄嗟に頷いてしまうが、よかったのだろうか。
考えていると、チョコレートを勧められてしまい、やはり嫌だとは言い出せなくなる。
そうして、結局訂正できないままにこのお茶会を終えるのだった。




