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冷酷陛下は番の悪女を手放さない 断罪が怖いので、陛下早く離婚してください。それまで私はお仕事がんばります  作者: 乙原 ゆん


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8/10

8.孤児院に音楽室があるですって?

 彼女達を見送ったところで、ユリウスが言う。


「ビビアンは、真剣にこの孤児院のことを考えているのだな」


 無表情ながらも、どこか柔らかな声にビビアンは戸惑う。


(……陛下? なんだか、いつもと態度が違うけどどうしたの?)


 ビビアンの働きぶりを見て、何か心境の変化があったのだろうか。

 だが、悪い変化ではなさそうだ。


(断罪フラグを折るには、この方向で間違いないってことね!)


 ビビアンは自信を持って答える。


「もちろんよ。私が面倒を見るんだもの。中途半端なことはしないわ」


 最初は断罪回避だけが目的だったけれど、前回の訪問でビビアンの意識にも変化が起きている。

 ビビアンがいなければ、彼らを守ってくれる人はいないのだ。

 本来なら両親がいない子供達は国が保護し成人を迎えられるように援助する。

 しかし、国の庇護が行き届かないばかりに、彼らは誰にも庇護されることなくこの場所で生きていくしかなかった。

 故イベール伯爵が手を差し伸べなければ、彼らは今こうしてビビアンと出会うことさえできなかったかもしれない。


(絶対に、私がこの孤児院にいるみんなを守る)


 そこまで考えたところで、ビビアンは気が付いた。

 前世の記憶では、物語の終盤で流行病が流行っていた。

 その場合、一番最初に犠牲が出るのは、いつだって身分が低く後ろ盾がない者達――スラムに暮らす人間だ。

 この場所で暮らす彼らを守れるのはビビアンしかいない。

 今からしっかり、その時のために備えよう。

 まずは前世で推奨されていた手洗いうがいを習慣付けるところからだろうか。


(始めるなら、早いほうがいいわ)


 最初が肝心と、早速ビビアンは口を開く。


「みんな、食べる前に手を洗いましょうね」

「手を洗う?」

「水だけで洗う時は十五数えるの。みんな、数は言えるかしら」

「僕できるよ!」

「私も!」


 子供達の食いつきは上々だ。


「手洗い場はどこにあるの?」

「こっちです!」


 手洗い場では、まずはビビアンが見本を見せ、順番にやって見せてもらう。


「もう数が数えられるのね」

「小さい子の面倒をみてあげてえらいわね」

「きちんと順番を待てるのね」


 そんな風に一人一人に対してビビアンが褒めるから、混乱することもなかった。



 食堂に向かうと、小皿に入れられたクッキーが並べられている。


「ビビアン様は、こちらへどうぞ」


 ノエミに示されたのはいわゆるお誕生日席だ。

 子供達は自分の隣に座って残念そうだ。


「私、ビビアン様の隣がよかったな」

「僕も!」

「私だって!」

「みんな……。でも、ここだと皆の顔が見えるから、私は嬉しいわ。一緒にいただきましょう?」


 ビビアンがそう言って子供達を落ち着けたところで、クッキーをいただいたのだった。



 その後は孤児院で普段行っていることを見せてもらう。

 前回は孤児院に足りない物を確認したりする時間もあり、そこまで見学する時間を取れなかったのだ。

 おやつの後は小さな子供達はお昼寝の時間のようだ。

 お昼寝が必要ない大きな子達は、洗濯や食事の片付けなどの孤児院の仕事を行っているそうだ。

 その様子を少し見せてもらって、別室でノエミから普段やっている勉強について話を聞いた後孤児院の中を見て回る。

 すると、二階の一室に音楽室があった。

 部家の中には、一台のピアノが置かれている。


(流石故イベール伯爵が作られた孤児院ね……。子供達に音楽も学ばせていたのかしら)


 ふと気になってビビアンはノエミに尋ねた。


「この高価な楽器がよく無事だったわね」

「はい。これは、伯爵様が厳重に盗難対策をしてくださっていたので、これだけは無事でした」


 よく見るとこの部屋自体、孤児院の者に招かれないと入ることができないよう魔術が施されている。

 ピアノにも魔法陣が刻まれていて、定められた手続きをしないとこの敷地から持ち出しできないのだそうだ。


「子供達もピアノを練習をしているの?」

「いいえ。伯爵様がいらっしゃった時にはこちらで演奏してくださって、子供達がそれにあわせて歌っていたのです。時間が余れば、私には演奏を教えてくださっていました」

「なら、今はノエミさんが演奏してるの?」

「いえ。残念ながら。私はやっと鍵盤の音を覚えたところで曲までは弾けないのです……」

「それは残念だったわね……。伯爵様はこちらで何をしようとなさっていたの?」

「子供達に音楽の楽しさを教えたいと言われていました」

「ちなみに、どんな曲を?」


 ノエミが挙げたのは、「ハチさんのお散歩」や「銀色のお星様」をはじめとした貴族の子供も小さい頃に触れるような童謡や歌の練習曲だった。


「何曲かは私も弾けるから、今度演奏してもいいわよ」

「本当ですか! 子供達も喜びます! 今度と言わずお昼寝が終わったら是非お願いします!」

「ええ。なら、今、少し練習してもいいかしら?」

「もちろんです」


 ビビアンはピアノの蓋を開け、指を鍵盤に滑らせる。


(少し音が歪んでるわね……。まぁイベール伯爵が亡くなってからは調律もされていないでしょうから、仕方ないわ)


 後日、調律師を派遣するように手配しておこう。


(このピアノの調律をしていた人をノエミが知っていたら、調べる手間が省けるわね)


 そして、先程ノエミに教えてもらった曲を奏でる前に練習用の曲を奏でる。

 ピアノを弾くのは久々だったが、まだ指が動きを覚えていたようだ。

 一曲引き終わると、思いがけない拍手が聞こえて我に返った。


「ビビアンにこんな特技があったとは知らなかった」

「そういえばユーリの前で弾いたことはなかったかしら」

「ピアノが好きなのか?」

「嗜みとして練習していたのよ」

「ならば今度、改めて聞かせてほしい」

「構わないけど……私でいいの?」

「ビビアンの演奏を聴きたいんだ」


 そんなことを言われるとは思わず、ビビアンは目を瞬かせる。


(ユリウス陛下ならいくらでもプロの演奏家を呼べるでしょうに、変わっているのね)


 ふと、気が付くと部屋の端に控えていたノエミが、目を丸くしてビビアンを見つめていた。


「ノエミさん? どうしたの?」


 ビビアンが声をかけると頬を染め、キラキラとした眼差しでビビアンを見つめる。


「ビビアン様!!! すごいです! とてもお上手でした……!」

「そ、そうかしら。今のは練習用の曲だから、馴れているだけよ。今度は『銀色のお星様』を弾いてみるわね」


 ノエミの真っ直ぐな賞賛が気恥ずかしく、ビビアンはそう言って曲の演奏を始める。


(うん、これは問題ないみたい)


 続けて何曲か弾いていく。

 ふと、曲の途中で誰かが部屋に入ってきた気配がして、演奏を止めてそちらを向くと、子供達がやってくるところだった。

 お昼寝をしていたはずの小さな子供もいる。


「みんな、どうしてここに? 起こしてしまったかしら」

「もう起きる時間だったから大丈夫です。それより、ビビアン様! さっきの曲『銀色のお星様』ですか!」

「そうよ。ノエミさんに皆が歌えるって聞いて練習していたの」

「僕達のため……!」

「ビビアン様の伴奏で歌えるの!?」

「歌っていいんですか!」


 子供達の勢いに押されつつ、ビビアンは提案する。


「よかったら今からやってみる?」

「やったぁ!」


 子供達の歌唱は、なかなか本格的な物だった。


(流石音楽家としても名を馳せたイベール伯爵がご指導なさっていただけはあるわね)


 子供達の澄んだ歌声に心が洗われるようだ。


(チャリティコンサートとか、いいかもしれない……!)


 それで孤児院の運営費を稼げれば心配が減る。

 演奏が終わり、ビビアンは拍手をした。


「すごいわ! みんなとても上手くて感動した! きっとたくさん練習していたのね」


 ビビアンの感想に、皆が誇らしげに胸を張る。


「伯爵様が、僕達に教えてくださったから」

「がんばったら、たくさん褒めてくれたんだよ!」

「ビビアン様の演奏も、すごかった!」

「ねぇ、他の曲もできる?」

「私も! 別のも歌いたい!」


 口々に言う子供達に、ビビアンは「順番ね」と言いながら、リクエストにあった曲の演奏を始めるのだった。

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