7.えっ、なんで陛下がいるんですか!
最初に孤児院を訪れた、五日後。
ビビアンは孤児院を再訪することにした。
今回は孤児院のために毛布や冬服、それにリネン類を揃えている。
(本来は、もう少し早く孤児院に来たかったけれど……)
不要なドレスを売る手続きに時間がかかってしまった。
幸い、食料については緊急性が高いと判断して、孤児院から帰った日に届けるよう指示しているし、防寒具が不要なくらい暖かい日が続いている。
だから最初の訪問から少々日数が開いても、心配はなかった。
ポーチに向かうと、既に準備万端な馬車と荷馬車が止まっていた。
(準備は万端ね!)
護衛も待機しいるが、荷馬車があるからか人数は前回より増えている。
今回もビビアンはマクシムに護衛の手配を任せていた。
(近衛の騎士かしら……って、え――――!?)
増えている騎士の中に、明らかに知っている顔がある。
それは、近衛の制服を着たユリウスだった。
責任者であるマクシムは、大分顔色が悪い。
それはそうだろう。
本来は警護されるべき人が、護衛として立っているのだ。
「なんで陛下がいらっしゃるのですか!」
「いては悪いか」
「悪いもなにも、本来守られるべき立場の陛下がどうしてそのような恰好を――」
「私は守ってもらわねばならぬほど弱くない。この恰好は身分を隠すのに丁度いいだろう」
「そう、ですが……。しかし、気軽に出かけられるようなお立場ではないかと存じます!」
「皇妃のお前もだろう。それと、外では私の事はユーリと呼べ」
「はぁ!?」
「身分は隠すが、夫婦だということまでは隠すつもりはない」
ビビアンは声を低くするが、ユリウスは表情を変えない。
あまつさえ、そんなことを言う。
「行かないのか」
唖然とするビビアンに、ユリウスは言う。
(誰のせいだと……!)
睨み付けようとしたビビアンだったが、ユリウスが馬車に乗るために手を差しだすので毒気を抜かれてしまう。
(私が悪さをしないように見張るつもりかしら……?)
ビビアンはユリウスの行動に疑問を感じながらも、白い手袋に包まれたその手を取るのだった。
孤児院の前で馬車が止まった。
下りる時はユリウスが手を貸してくれた。
ユリウスはビビアンを下ろすと孤児院を眺めているが、その表情からは何を考えているのか読み取れない。
(ひとまず、ノエミさんに挨拶にいきましょう)
騎士は、荷下ろしをする者と警備をする者に別れ、作業を進めている。
折角持って来た物を地面に置くわけにはいかないので、中に運び入れるにしても先に声をかけておく方がいいはずだ。
そうして、ビビアンが孤児院の玄関に向かった時だった。
大きな音を立てて扉が開くと、中から子供達が飛び出してくる。
「ビビアン様だ!」
「ようこそ、ビビアン様!」
「ビビアン様、いらっしゃい!」
「ごはん、ありがとうございました!」
その人数とあまりの勢いに警戒の姿勢を見せたユリウスが、咄嗟にビビアンの周りに障壁を張る。
「あれ、近づけない」
「なにこれ!」
「こら、待ちなさい! ビビアン様に何かあったらどうするのです!」
「あっ!」
「ご、ごめんなさい!」
ノエミの言葉に距離を取り謝罪の姿勢を見せる子供達に、ユリウスがノエミを見る。
「貴殿がこの孤児院の責任者か」
「……子供達の教育が行き届かず、も、申し訳ありません」
「気を付けろ。万一のことがないように私がついているが、何かあってからでは遅いのだぞ」
「はっ、はい! しっかりと子供達には言い聞かせます。ビビアン様、騎士様、申し訳ありませんでした」
頭を下げるノエミに、子供達も顔を青くしながら真似をする。
子供達に対し、ユリウスの態度は厳し過ぎるのかもしれない。
しかし、ビビアンが気にしないと言っても、子供達のあの勢いはビビアンでは受け止めきれなかっただろう。
彼らがビビアンに傷を負わせれば孤児院の者達が罰せられることになる。
それを考えるとユリウスの態度は、ある意味では、ノエミ達を守るためのものかもしれなかった。
「……何もなかったのだもの。構わないわ。それと、ユーリ。気遣ってくれてありがとう」
ほっとした空気がノエミ達に流れる。
ユリウスはというと、目を見張っていた。
(怒っては、いないようね)
その反応を見て、ビビアンもほっとする。
ビビアンの方もユリウスに敬称を付けるか少し悩んだのだ。
だが、今の彼は孤児院にビビアンの護衛ということでついてきている。
そのうえ夫婦ということを隠すつもりもないのなら、ここでは呼び捨ての方がいいだろうと思ってのことだ。
「ところで、もう障壁を解いてくれてもいいと思うのだけれど」
「……その前に、一つ訂正をしておく」
なんだろうと思っていると、ユリウスが言う。
「今日はビビアンの護衛としてここにいるが、ビビアンは私の妻だ」
「は?」
行きがけに、夫婦であることを隠すつもりはないと言っていたが、突然何を言い出すのだろうか。
「えっ?」
「妻ってなんだっけ」
「奥さんでしょ」
子供達がひそひそ言っているが、ユリウスは言いたいことを言って満足したようでそれに答えることはない。
ビビアンに本当だろうかという視線が向かう。
「ビビアン様は騎士様と結婚してるの?」
「え、ええ。そうよ」
直球の質問にビビアンが頷くと、子供達はわ!っと声をあげる。
「そうなんだー!」
「心配してついてきたの?」
「お仕事だよ、きっと」
さらなる疑問がわいたらしい子供達にどう答えようかと迷いつつ、面倒な事態を引き起こしたユリウスに怒りが向かう。
(なんで余計なことを言ったのかしら……!)
この子達は、それぞれ事情があってこの孤児院に引き取られた。
両親がいない子供達の前で、少々無神経過ぎるのではないかと思うが、幸い、子供達は気にするような様子はない。
そして、これは子供達の前で言い争うような内容でもない。
モヤモヤしているビビアンを横目に、ユリウスはしれっとしている。
「では、障壁を解こう」
ユリウスはそう言って魔術を解いたが、今度はもう子供達が飛びついてくることはなかった。
微妙な雰囲気だったのをノエミが咳払いをして切り替えてくれる。
「皆、静かに。まだご挨拶がまだでしょう?」
「そうだった!」
「ごめんなさい!」
素直に謝る子供達の様子とノエミの手腕に、ビビアンも気持ちを切り替える。
「改めて、ご挨拶を申し上げます。そして、食べる物を早々にお送りいただき、本当にありがとうございました」
「ようこそ、いらっしゃいました。ごはん、ありがとうございました!」
ノエミの言葉に、子供達が頭を下げる。
早速差し入れが役に立っているのか、前回来た時よりも皆顔色がいい。
「皆さんのお役に立てたようでよかったわ。今日は冬に着る服や、リネン類を持って来たわ。中に運んでもらおうと思うのだけれどいいかしら」
「ありがとうございます。でしたら、運びこんでいただく場所をご案内いたします」
ノエミが案内を申し出ると、騎士の一人が前に出る。
二人はすぐに戻ってくると荷馬車から積み荷が下ろされた。
「僕、お手伝いする!」
「私も!」
子供達は今にも動きたいという様子だったが、先程の反省があるのかビビアンが返事をするのを待っている。
「ユーリ、子供達に運べるものはあるかしら?」
「できるだけ軽い物を渡してやれ」
子供達が「わかりました!」と元気な声で返事をして、騎士の前に並ぶ。
騎士も微笑みながら彼らに毛布を渡してあげていた。
全て荷物を運び終えると、荷馬車に乗ってきた騎士は一足先に帰ってもらう。
子供達と共にその姿を見送って、ビビアンは孤児院の中に入った。
持って来た物はビビアン達が帰った後に整理をするそうだ。
今回もクッキーを持って来ているので、侍女からノエミに渡してもらう。
「わぁ! クッキーだ!」
「あのおいしいやつ?」
「そうね。前と同じやつよ」
「やったぁ!」
「ビビアン様、クッキーありがとうございます!」
「すごく美味しかったので、また食べたいなって皆と話していたんです」
「みんな楽しみにしてくれていたのね。持って来てよかったわ」
喜ぶ子供達の姿が微笑ましい。
「ノエミ先生、今から食べちゃだめ?」
「せっかくだから、私、ビビアン様と食べたい!」
「えっ、私もいただいてしまうと、皆の食べる分が減ってしまうわよ」
「僕は構わないよ!」
「私も!」
「ベンとフランがよくても、みんなはどうかしら」
ビビアンの言葉に、ベンが驚いた顔をする。
「――っ!? 俺達の名前、覚えてくれてるんですか!」
「ええ。アンとトム、リックに――」
ビビアンが一人一人、目を見ながら名前を言っていく。
すると、ある者は驚いたように息を止め、ある者は目を潤ませ、廊下はしんと静まり帰る。
「みんな、どうしたの?」
「か、感動して……」
「大げさね」
「だって……身寄りが無くて、この場所にしか居場所がない俺らをそんなに気に懸けてもらっているなんて……」
他の子も、ベンと同じような反応だ。
「……やっぱり、ビビアン様も一緒にクッキー食べよう!」
「そうだよ!」
「私も賛成!」
「僕も!」
「ビビアン様、一緒に食べよう!」
子供達全員からそう言われ、困ってノエミを見る。
しかし、ノエミも子供達と同意見のようだ。
「どうかビビアン様がよろしければ、子供達と一緒に召し上がってください」
子供達とノエミにまで言われてしまえば、ビビアンに断ることはできなかった。
「……では、そうしようかしら」
「やったー!」
孤児院の建物に響き渡る歓声に、ビビアンはハッとしてユリウスを見る。
「問題ないわよね」
「皇宮で準備してきた物だからな。準備を侍女がするなら問題ない」
ビビアンが侍女に頷くと侍女がノエミと共に料理場へと向かった。




