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5.孤児院を守るわよ!

 案内された場所は、食料庫だった。

 部屋に入る前に、マクシムが一応中を確認しているが、危険はありそうにない。

 そもそも食料庫自体、三人立てば精一杯の広さで、棚には豆の袋としなびた野菜が少しだけ置いてあるだけだ。


(食料も差し入れた方がよさそうね)


 考えていると、ノエミが奥の壁を示す。


「魔法陣はこちらになります」


 その棚の奥、陰になった部分の壁に、魔法陣が描かれ、その中央に魔石が埋め込まれている。

 魔石は鈍い光を放っており、ノエミの言葉通りに魔力切れが近いようだった。


「ここに魔力を注げばいいのね」

「私がします――」


 手をかざそうとしたところで、マクシムが前に出る。

 ビビアンは、呆れて言葉を吐いた。


「護衛が魔力切れになったらどうするつもり」

「それは……」

「それに、魔力量は私が多いわ。危険な物でないのは見て分かるでしょう?」

「失礼いたしました」


 ビビアンの言葉に、マクシムは渋々場所を譲った。

 魔法陣は特別なアレンジもなく、教科書に載っているような物だ。

 やる気はなかったが、一通りの高等教育を受けているビビアンは、魔力注入のやり方も知っている。

 指先で魔石に触れ、核になっている魔石に負荷がないように静かに魔力を注ぐと、魔石はゆっくりと輝きを強めていく。


「これくらいかしら」


 容量いっぱいと思われるところで手を離し振り返ると、瞳を輝かせたノエミと目が合う。


「す……」

「す?」

「すごい! ありがとうございます! これで安心して眠れま――あっ、も、申し訳ありません。興奮してしまって……」


 顔を青ざめさせるノエミに、ビビアンは微笑む。


「ふふ、いいわよ。気にしないわ。私のこともビビアンと呼んでちょうだい」

「わ、私などのような者に、そのような寛大な心使いを……! あ、ありがとうございます。ビビアン様……!」


 感動で瞳を輝かせるノエミと反対に、マクシムがビビアンの対応に目を剥いているのが見えて、ビビアンは笑いを堪えるのが大変だった。

 前世の記憶が芽生える前のビビアンであれば、この孤児院に来ることもなかっただろうし、命じられてここへ来たとしてもノエミの対応に平民が無礼だと腹を立てていたかもしれない。


(以前の私なら『王妃様のご慈悲に大変感謝いたします』って地にひれ伏して感謝を捧げてほしいわ、くらいは思っていたでしょうしね)


 でも、その言動を突き進んだ果てにあるのは断罪だ。

 処刑される未来を変えるために今動いているのだから、それではいけないのだ。


「そうだわ。渡すのが遅くなったけれど、お菓子を持ってきてるの。後で皆で食べてちょうだい」


 侍女がビビアンの意を汲み、ノエミにビスケットの籠を差しだす。


「何が必要かわからなかったから今日はクッキーだけど、早めに食料を持ってこさせるわ。他に必要なものはある?」


 優しく尋ねたビビアンに、ノエミは目を潤ませ、祈らんばかりの顔を向ける。


「ビビアン様……。ビビアン様は、この孤児院の救世主です。実は、毛布なども全て持って行かれてしまって……。今はまだなんとか寒さも耐えられていますが、このまま冬になればどうなることかと……」

「急ぐ必要があるということね」


 必要な物は多そうだ。

 こちらもまた持参金から購うことになるだろう。

 元いた部屋でゆっくりと話を聞こうとしていた時だった。


「マクシム様、緊急事態です!」

「姉ちゃん! 大変だ! また奴らが来た……!」


 護衛に残していた騎士と、ノエミの弟という少年リックがやって来たのは同時だった。


「リック、安心して。さっきビビアン様が防御の魔法陣に魔力を入れてくれたから、彼らがここまで来ることはないわ」

「そっか……。でも門の前で、騒いでて……。早くこの孤児院から出て行けって……」


 不安そうなリックの後ろで、マクシムも騎士に話を聞いている。


「状況は?」

「その少年の言う通りの状況です。スラムの住人と主張する若者が三人、門の前で騒いでいます。防犯の魔法陣のおかげで中まで入ってくることはありませんから、様子を見ています」


 ノエミから話を聞いた者達のようだ。


「ここで話を聞くだけではわからないわ。一旦、見に行ってみましょうか」

「ビビアン様!?」


 マクシムが驚いたような声を上げ、ビビアンの前に立ち塞がる。


「どきなさい」

「ご自身の身分をお考えください」

「考えての行動よ」


 睨み付けるように見つめ合うが、先に折れたのはマクシムだった。


「……決して私達の前に出たり、孤児院の外に出たりされないでください。ビビアン様にお怪我をさせるわけにはいかないのです」


 諦めたようにマクシムはビビアンを先導する。

 ビビアンの行動を制限する程に強い権限はもらっていないのかもしれない。

 後ろからノエミやリックも付いてきており、皆で門に向かった。



 孤児院の門の向こうには、リックが言っていたように三人組が騒いでいた。

 ビビアンはノエミとリックに彼らに見えない場所で待つように言い、彼らの前に出ていく。

 マクシムには何も言わなかったが、ビビアンの背後に無言で立っているので威圧感は出るだろう。


「なんだお前は!」

「院長を出せ!」

「兄貴が怖くないのか! さっさと中に入れろ!」


 ビビアンに怒声を上げる三人を見て、マクシム以外の護衛が彼らの元に向かおうとするのを、手で制す。


「黙りなさい! この孤児院は国の庇護下に入りました。あなた達がどれだけ騒ごうと、この決定は覆りません」


 三人は一瞬ぽかんとした表情を浮かべると笑い始めた。


「は?」

「国?」

「寝言は寝て言えや、嬢ちゃん」


 彼らに、ビビアンは哀れむような表情を浮かべる。


「前イベール伯爵が亡くなられ、この孤児院を庇護する者がいなくなると思ったのでしょう。ですが、現イベール伯爵により、この孤児院の管理は国に引き継がれるよう手続きが行われています。ですので、私が来ているのです。これ以上この孤児院への手出しするようなら、あなた達の『兄貴』さんもただではすみませんよ」


 そう言うと、三人はわかりやすく顔色を青くしつつ、怒声を上げる。


「俺達を脅そうっていうのか!」

「なんで国がこんなスラムの孤児院の面倒を見るんだよ!」

「だまされないぞ!」


 いきり立つ三人に、マクシムが腰の剣を掴み直す。

 ガチャリと言う金属質な音が響き、三人はビビアンの後ろに立つマクシムを見た。

 そして、少し離れた所でこちらに駆けつけようとしている護衛の存在にも気が付いたようだ。


「っち、信じたわけじゃないが、今日のところは一旦引くぞ」

「このことは兄貴にしっかり伝えるからな!」

「今度来たときは覚悟しておけよ!」


 三人は、ビビアン達に背を向けると、走り去っていった。

 その姿が見えなくなってから、ノエミが飛び出してくる。


「ビビアン様! ありがとうございます! こんなに簡単に彼らが帰ってくれるなんて……、すごいです」

「どういたしまして。また彼らが来ても、ひとまずこの孤児院の中に立てこもっていたら、大丈夫だと思うわ」

「本当に何とお礼を言ったらいいか……!」


 感激するノエミの横で、リックもすごいという目でビビアンを見ている。

 根本的な問題を解決するには、彼らの『兄貴』とお話し合いをする必要があるだろうが、今回はこんなものでいいだろう。

 ビビアンは孤児院の中に戻ると、来た時とは打って変わった熱烈な歓迎を子供達から受けることになった。

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