47.運命の夜会に出席するわよ!
皇帝ユリウスの即位五年の祝典。
とうとう、この日がやってきた。
鏡を見つめて、ビビアンは自分の姿を確認する。
朝早くから支度を始めたおかげで、これ以上ないほど完璧な支度が調っていた。
金色の髪は艶やかに手入れがされ、本物の金糸のように輝いている。
顔だけではなく全身に真珠を粉にしたものがはたかれ、身につけるのはサファイアブルーのドレスと、大粒のサファイアにダイヤモンドをふんだんに使った装飾品だ。
全てユリウスから贈られたものだった。
(そういえば原作では、瞳の色に合わせて真っ赤なドレスを着ていたのよね)
もちろん、原作の中のドレスは自分で用意したものだ。
(断罪の未来は、変えられたってことかしら……?)
自問自答して、鏡の中の自分に微笑む。
(このドレスが、きっとその証ね。大丈夫。今更不安にならなくても、私は多くのことを変えてきたわ)
宰相に仕事をもらいにいったこと。
孤児院のために動き、コンサートを開いたこと。
石けんを作って事業展開を始め、国内では栽培が難しい薬草の育成に成功させ、国産の回復薬を流通させ、流行るはずだった疫病を防いだこと。
すべて、ビビアンが動いたことで変わったことだ。
気がかりは、ある。
ユリウスの魔術が解けきっていないことだ。
あれから色々と試したものの、結局どうやってもユリウスの魔術は解けないままだった。
(でも、今日の夜会も、何があろうと乗り切ってみせるわ!)
原作で、断罪が行われた時期に開かれる大きな夜会。
不安がないとは言えないが、同時に今の自分なら乗り切ることができるのではないかという自信もある。
「皇妃殿下。陛下がいらっしゃいました」
「今行くわ」
侍女の声に、ユリウスの元へと向かう。
「ユーリ、迎えにきてくれてありがとう」
「ビビ……、なんて綺麗なんだ。とても美しい」
うっとりした様子で、ビビアンの手の甲に挨拶代わりの口づけを落とすと、ユリウスが言う。
「ビビが私の色をまとってくれていると思うと、胸が高鳴る。皆に見せびらかしたくもあるが、このまま誰にも見せずに腕の中に囲っていたくなってしまう」
耳元で囁かれ、ビビアンは頬を染める。
「――っ、ユーリったら、どこでそんな台詞覚えてきたの」
「自然と言葉が溢れてきてしまった。気を悪くさせたならすまない」
「別に、嫌とは言っていないわよ。でも、今日はあなたのお祝いよ。夜会には、二人で出たいわ」
「もちろん。ビビの言葉の通りに」
そうして、腕を組んで夜会の会場となる大広間へと向かった。
膝を折り曲げ視線を下げる貴族達を見つめながら皇帝とその妻の席へと向かう。
「皆、楽にせよ。本日は、私の即位五年の祝いによく集まってくれた」
貴族達の視線を受け止め、ユリウスが夜会の開始を告げる。
「妻のビビアンを迎えたことで、帝国はますます繁栄の道を歩んでいる。ビビアンが手がけた石けんは新たに帝国を代表する製品となるだろうし、回復薬の材料となる薬草の栽培方法の確立は、ここ百年で一番の発見と言ってもいい。私も皇帝として、この国のさらなる繁栄のために尽力するつもりだ。皆の変わらぬ忠誠を期待している。今日は、祝いだ。楽しんで帰ってくれ」
ユリウスの言葉で、会場に割れんばかりの声がこだまする。
「皇帝陛下万歳! ガラクシア帝国万歳! 皇妃殿下万歳!」
皆の表情は輝き、帝国の将来は明るいと感じさせてくれる。
「さぁ、ビビ、ダンスを」
「喜んで」
差し出された手に、自分の手を重ねて、ホールへと向かう。
途中、ビビアン達のことを微笑ましげに見つめている両親の姿や、人混みのなかに紛れているノークス男爵ジョージの姿を見つけた。
他にも、気になる人物を見つけた。
(招待客に、神殿関係者……聖女アイリの名前もあったわね)
神官長と一緒に出席しているようだ。
ユリウスは再三、彼女とは何もないと言っていた。
だが、アイリはユリウスを見てうっとりしていたかと思うと、その側にいるビビアンを見て顔をしかめた。
(ユーリは何もないと言っていたけど、向こうはそうではないみたいね)
一波乱あると覚悟しておくべきかもしれない。
気を散らしていたビビアンに、ユリウスが言う。
「ビビ、何か気になるものが?」
「大丈夫。少し気合いを入れ直していただけよ」
「気合い……? 私とのダンスは、踊りにくかっただろうか。もう少し共に練習をする時間を取ればよかったな」
「ふふ、そういう意味じゃないわ。私こそ、気を散らしてしまってごめんなさい。ユーリとのダンスは楽しみよ」
「なら、ダンスの間は私だけを見てほしい」
真摯な瞳で見つめられ、思わず頷いてしまう。
ユリウスはノークス領に行ってから、時々、ビビアンを困らせるような言葉をくれるようになった。
(イヤではないんだけど……、心臓が持ちそうにないわ)
それが、ユリウスにかけられた魔術が解けかけている証ということであれば、喜ぶべきだろう。
(でも、今でこれなら、魔術が解けたらどうなるの?)
若干、その時が怖くもある。
「さぁ、曲が始まる」
ユリウスの言葉に、ビビアンも頷いた。
静かに始まった楽団の演奏にあわせ、滑らかにステップを踏みだした。
夢のようなひとときの後、一礼すると会場を割れんばかりの拍手が包む。
ユリウスと共に彼らに微笑みで答えると、ホールを空けた。
この後は、貴族にもダンスフロアが開放され、入れ替わりに貴族の夫婦や令息令嬢のカップルが自由に踊れるようになっていた。
ビビアン達は爵位持ちの高位貴族や、外国からの使節に囲まれて、ひたすらに祝いの言葉を贈られる。
高位貴族から挨拶を受けていくため、ノークス男爵やギブソン男爵とは話す暇はないだろう。
遠目にだが、ノークス男爵は薬草関係で知り合った貴族家当主達と話をしているようで、問題はなさそうだとビビアンとしてもほっとする。
そうして、有力貴族の挨拶が一段落し、ユリウスと喉を潤している時だった。
「皇妃殿下。もしよろしければ少しこちらでお話をいたしませんか?」
革新派の貴族の筆頭、カニング侯爵夫人に声をかけられる。
「あら、私の方が先に声をおかけしようと思っておりましたのに、先を越されてしまいましたわ」
近くにいた、穏健派のオブライエン公爵夫人が呟く。
「よろしければ、三人でお話しいたしましょう? ユーリ、よろしくて?」
「あぁ、行っておいで」
ユリウスがそう言うと、ビビアンを送り出してくれた。
彼は彼で、夫人達の夫につかまっている。
夫人達に連れられてユリウスと距離を取ると、他の夫人達に囲まれ、まずは挨拶やお祝いの言葉をかけられる。
しかし、それらが尽きると、早々に石けんについての希望を話される。
「皇妃殿下はいつもお忙しそうになさっていて、なかなかお茶会にいらっしゃられないのですもの。お伝えする時間がなくて。殿下が手がけられた事業について、今お話ししてもよろしくて?」
「構いません。何か、問題がございましたか?」
ビビアンが尋ねると、カニング侯爵夫人が首を横に振る。
「違いますわ。先日のチャリティコンサートの際に販売されていたハーブ入りの石けんが、とても恋しくて。いい香りがするのですもの」
「あら、カニング侯爵夫人もですか? 私も同じことをお願いしようと思っていたのよ。夫などはいつもの石けんで満足しているようですが、私は香りも楽しみたくて。皇妃殿下のお力で、なんとかなりませんか?」
「まぁ、そうでしたの?」
二人とも苦情ではなく、石けんへの要望を伝えたかったようだ。
「いつもご愛用くださって、感謝申し上げます。すぐに対応できるかはこの場ではお答えできませんが、現場を任せているギブソン男爵にも伝えますから、きっと対応いたします」
「そうしていただけると、嬉しいですわ」
「ええ。お願い申し上げますね」
「他にも気になることがあれば、教えてくださいませ」
折角の機会だと、ビビアンは石けんに対して、好きなところ、もう少しこうだったらいいなと思っているところなど、二人の感想を詳しく聞いていく。
そうしていた時だった。
「ユリウス陛下! 本日はおめでとうございます!」
不思議と、騒がしいホールの喧噪の中、高い声が響いて聞こえた。
声の聞こえた方を見ると、ユリウスに嬉しげに話しかける聖女アイリの姿が見える。
「あら……」
「あまり社交に馴れていらっしゃらない方もいらしているのね」
夫人達は、口元を扇子で隠すと目だけで微笑んでいる。
「少し、失礼してもよろしくて?」
「ええ、お気を付けて」
「応援していますわ」
夫人達は気分を害することもなく、ビビアンを応援してくれるようだ。
(なんだか面白がられている気もするけど……)
ビビアンも、人ごとだったら面白いかもしれない。
だが、アイリに絡まれているユリウスを見るのは、正直言って不愉快だ。
間違っても、ユリウスを取られそうで焦っているなどと噂を振りまかれないよう気を付けながら、ユリウスの方へと向かった。




