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46.疫病の危機を回避したわよ!+アイリ視点

 お別れ会を開いた翌週。

 リックは孤児院を卒業し、劇団に入団した。

 毎日、稽古や、舞台の手伝いをしながら忙しくしていて孤児院には滅多に帰れていない。

 タイミングが悪いのか、ビビアンは滅多に会うことがないが、子供達の話によると元気に過ごしているらしい。



 そうして、ビビアンが回復薬の作成に専念している間に季節は移ろい、いつのまにか、冬の気配が感じられるようになっていた。


 その日。

 ビビアンは、差し入れを持っていつものように孤児院を訪れていた。

 現在、子供達は、新たに採用した歌の先生に、教わっているところだ。

 ビビアンもそちらに後から参加する予定だが、先にノエミに渡しておきたいものがあり、遅れて参加すると伝えてある。

 来年のコンサートには、一曲は皆と参加するから、もう少し練習が必要だった。


 そして、院長室で、ノエミに向き合う。


「あの、ビビアン様。お話とはなんでしょうか……?」


 不安そうに言うノエミに、ビビアンは微笑む。


「悪い話ではないわ。これを、渡したかっただけ。もし子供達が風邪をひいたり怪我をすることがあったら、使ってちょうだい」


 回復薬の瓶を一ダース渡す。


「このように高価なもの、よろしいのですか!?」


 ビビアンは頷く。


「もちろん。そのために持ってきたのだもの。これは、私が持つ農場で採れた薬草を回復薬にしてもらったものよ。だから、遠慮なく使って。それで、なくなったらまた持ってくるから、教えてね」

「このようなことまでしていただき、ありがとうございます」


 ノエミは深く頭を下げる。


 国産の回復薬は夏と秋の間に、かなりの量を生産できたおかげで、市場にも流れ始めた。

 薬草は、魔力水さえあれば、かなり早いサイクルで成長し、収穫できる。

 回復薬の作成は、最初はエリックに頼んでいたものの、その後は、魔術師協会に依頼を出すようにした。

 魔術師や錬金術師であれば、誰でもその作成方法は習得している。

 そのため、魔術師となったばかりの若者から、子供を産んで家庭に入った女性魔術師まで、いろんな人達が請け負ってくれている。

 作った回復薬の確認を行う魔術師協会は忙しそうだが、おかげで回復薬にするための薬草が足りなくなるほどに人気の依頼となった。


(安全だし、人の役に立てるからっていうのもあるみたいね)


 ビビアンの方には、貴族から「薬草の育て方を教えてほしい」「自分の領地でも薬草を育てられるだろうか」という問い合わせが多くある。

 そういう領地には、まずはエリックに確認に行ってもらっている。

 薬草が育ちそうであれば、ノークス領から薬草栽培に慣れた者が派遣され、後を任せることになっていた。


 人員の派遣は、ジョージから申し出てくれたことだ。

 皇室領の薬草栽培も安定しているし、ジョージの方でも今後は他の貴族との繋がりが必要になる。

 その切っ掛けとして、丁度良いと思ってくれているようだ。


 不祥事により、ノークス男爵の登城免除の特権も剥奪された。

 今後は社交にも力を入れなければならないが、今まで滅多に社交界に出ていなかったことで、人脈も何もないと困っていたようだ。


(おかげで、来年、希望者を募る予定だった貴族家での薬草栽培が前倒しになって、市場に出回る回復薬の量が増えたわ)


 ビビアンの記憶にある通り、隣国では疫病が流行り始めたようで、輸入する回復薬の量が減ってきていた。

 ただ、国産の回復薬の取り扱いが増えたので、影響はなさそうだ。


(そこまで考えていたわけではなかったけど、結果的に全てうまくいっているみたいで、よかったわ)


 ノエミに、くれぐれも必要と思うときはためらいなく使うようにお願いして、ビビアンも歌の練習に向かった。



◇◇◇


 神殿の私室で、アイリは歯がみをしていた。


「どういうこと!? なんであのマンガと展開が違うのよ!」


 隣国で疫病が流行り始めた時、アイリはピンと来た。


――ようやく、私の出番が来るのね!


 だが、いつまで経っても、国内の様子は変わりがなく、アイリの力が必要だと貴族に呼び出されることもなかった。


 それとなく、神官に聞いてみた。


「隣国では、疫病が流行りだしたと聞いたけど、この国は大丈夫かしら?」


 すると、神官は親切に教えてくれたのだ。


「流石、聖女様。民のことを思いやってくださっていたのですね。ですが、ご安心ください。なんでも、皇妃殿下が回復薬の材料となる薬草の栽培方法を見つけられたそうで、今年から国産の回復薬が販売されるようになったんです。おかげで、国内では疫病の流行が抑えられているようですよ」

「値段もやや安いようですね。それに、皇妃殿下は炊き出しもなさってくださっていて、本当に助かります。民達から、神殿の炊き出しの回数を増やしてほしいとよく言われてるのですが、予算が足りなくて困っていたんです……」


 どうやら、皇妃が何かしていたらしい。


(もしかして、転生者かしら……? でも、学園時代は、そんな様子なかったのに……)


 後から思い出したのかもしれない。

 どうせ思い出すのなら、断罪後でもよかったはずなのに。


「これじゃ、私の活躍の場がないじゃない!」


 神官を下がらせた後、アイリはクッションを壁に投げつける。

 頼りにしていたヘンリーも、裏で何か悪いことをしていたらしくて捕まってしまったという。

 騎士団長子息のマクシムは、取り次ぎを願ってもビビアンの護衛についていると言われて、なかなか時間の余裕がないようだ。


 いや、一度、手紙は来た。

 だがそれも、今の自分には、アイリの相談には乗れてもできることは少ないから、困っていることがあるのなら、まずは神官長や周りの人に相談してはどうだろうかという、なんとも頼りない手紙だった。


(私が会いたいと言ってるんだから、時間くらい作りなさいよ!)


 怒ったアイリは、その手紙を破り捨て、返事は書いていない。

 学園時代、皇帝の取り巻きの中にいたエリックは、無口だし、何を考えているのかわからないし、ろくに会話もしていなかった。

 頼ったとしても、あの子に皇帝への伝手があるとは思えない。


「もうっ、これからどうしたらいいのよっ!」


 悪役皇妃に、アイリが活躍する場が奪われてしまったということだろう。

 このままでは、悪役皇妃ビビアンを断罪し、皇帝ユリウスと結婚することは叶わない。


(もう少し、真面目に皇帝の魔術を解くのに協力するべきだったかしら?)


 でも、やり方すらわからなかったのだ。

 適当に誤魔化すしか方法はなかった。

 そんなことを考えていた時だった。

 部屋に神官がやってくる。


「あの、アイリ様。皇宮からお手紙がとど……」

「早く見せなさいっ」


 ひったくるようにして奪うと、神官を追い出し中に目を通す。


「即位五年のお祝いの招待状……?」


 原作では、そんな夜会に心当たりはない。


(あっ、……これ、私が大聖女として功績を祝われる夜会の代わりじゃないかしら?)


 現実には、帝国内で疫病は流行らなかった。

 だが、夜会は開かれる。


(ということは、その場でユリウスの気持ちを変えることができれば……私にもチャンスはあるんじゃない?)


 彼の魔術は、聖女のアイリでも解けなかったのだ。

 原作で断罪される悪役皇妃に解けるわけがない。


(その場で、私が魔術を解けば最高じゃないかしら!)


 実現は不可能だが、夜会という華やかな舞台で、長く解けなかった皇帝の困りごとをアイリが解決し、悪役皇妃を断罪したユリウスにその場で求婚される光景が、脳裏に思い浮かぶ。


 ふと思いつく。


(本当に、魔術を解かなくてもいいんじゃないかしら)


 アイリは、神殿の書庫へ向かう。


「あの、聖女様、どちらへ?」

「書庫よ。集中したいから、扉の外にいなさい」


 すかさず、神官がついてこようとするが、中には入ってこないようにして、以前見つけた本を探す。


 聖女としての教育から逃げるときに、書庫には時々逃げ込んでいた。

 かび臭くて埃ぽくて大嫌いだが、そんなアイリがわざわざその場所を選んで隠れるとは思わないらしく、ここに隠れるとなかなか見つからないのだ。

 よく、ここで神官を撒いてから、遊びに出かけていた。


 その時に、偶然見つけた本がある。

 隠れている時の暇つぶしに手に取った本だが、書かれている内容が刺激的で、何かに使えると思っていたのだ。


「やっぱり、あった」


 タイトルは『魅了の魔術とその解き方』。

 対象の魔術を知っていた方が、魔術は解きやすい。

 聖女として、魅了魔術を解く必要が出た際にと、保存されていたのだろう。

 禁書のマークがついているから、本来はもっと別の場所で保管されていたのかもしれないが、誰かが持ち出してここに隠したに違いない。


「ふふ、これがあれば、私がユリウスの妻よ……」


 本を持ち出せば、神官に見つかるかもしれない。

 アイリは、必死で中に記された魅了魔術の使い方を覚えるのだった。

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