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44.ユーリにお茶に誘われたわ!

 ユーリの秘密を知ってしまった翌日。

 ビビアンは執務室で一人、考えこんでいた。


(まさか、ユーリにあんな秘密があったなんてね……) 


 エリックは強く感情が揺れるとユリウスにかかった魔術が解ける可能性が高くなると言っていた。


(魔術を解くために、どうしたらいいのかしら……)


 ビビアンとしても、早く魔術を解ける手伝いをしたいし、協力すると言った言葉は嘘ではない。

 ただ、効果的な方法を思いつけないのだ。


 マイナス方面の感情の揺れは『離縁』を超えるインパクトを出せないだろう。

 それに今ビビアンが離縁を口にしても、ユリウスも本気にしない気がする。


 残るはプラスの方向での感情の揺れ――驚かせたり、嬉しいことを言ったりするだろうけれど、これも植物園でのデートを超える何かを、ビビアンは思いつけそうになかった。


(もしかして、マンガの中のユーリは、アイリ様が魔術を解いたことで、愛が移ろっていたことを自覚して私と離縁したのかしら……?)


 もし、魔術を解けずに、ユリウスの心がビビアンから離れたら……。

 最近のユリウスの様子を見ていて、その可能性はないとは思うのだが、どうにも心配になってしまう。


「皇妃殿下、そろそろご準備をいたしましょう」

「もう、そんな時間かしら」


 侍女に声をかけられて、時計を見た。

 今日は、ユリウスとお茶の約束をしている。

 考え込んでいる間に、ユリウスが迎えに来る時間となっていた。




 ユリウスのエスコートで、普段は皇族のみが立ち入ることができる庭にエスコートされる。

 ユリウスの母が生きていた時は、彼女がこの庭を管理していた。

 どれだけ高い爵位であろうと、貴族は入れず、皇族の招待がなければ入れない庭。

 この庭に呼ばれること自体が、特別なことだった。


 花を眺めながら東屋に向かう。

 すぐに二人分のお茶と菓子が運ばれてきて、ユリウスの要望で侍女は声が聞こえないところまで下がっていった。


「このお庭、懐かしいわね。婚約者教育の時も通ったし、婚約を結んだ時のお茶会も、ここだったわよね」

「覚えていてくれたのか」


 ユリウスが嬉しげに目を細める。


「あまり、変わっていないのね」

「実は、以前のまま維持するようにと庭師に伝えているんだ」

「そうだったの……」


 その言葉に、たびたびユリウスが両親を偲んでこの庭に来ていたのだろうと察する。

 ユリウスの両親が亡くなったのは突然だった。

 魔術の制約もあり、悲しみも、寂しさもユリウスは表情には出ていなかったが、何も感じないわけではないのだ。


「もしよかったらだが、これからはビビにこの場所の管理を任せたい」

「いいの……? 私に任せたら、好き勝手にしてしまうわよ?」

「私にはビビがいる。だから、もう、ここに昔の面影を求める必要はなくなった」

「……そう。わかったわ。引き受ける」

「ビビがどんな庭をつくるか、楽しみだ」


 優しげな瞳で見つめられ、ビビアンの方が平常心ではいられない。


(私じゃなくて、ユーリの心を動かさなきゃいけないのに……!)


 これでは、立場があべこべだ。

 ビビアンは、一旦別の話題を出して気持ちを切り替えることにした。


「そういえば、ユーリに伝えておきたかったことがあるの」

「伝えておきたかったこと?」


 そうして先日孤児院に出向き、リックの将来が決まったことを伝える。


「そうか。リックが、孤児院を卒業するのか……」

「ええ。寂しくなるわ。でも、帝国一の劇団から声がかかったのは嬉しい。リックの初公演は絶対見に行くわよ!」


 初めて孤児院を訪れた日、ビビアンを警戒して威嚇していた姿が幻のようだ。


「劇団『女神の鏡』か。将来が楽しみだな」

「ええ。それで、孤児院卒院前に、お別れ会をしようと思っているのだけれど、ユーリも来てもらえるかしら?」

「もちろんだ。出席させてくれ」


 ユリウスは間髪を入れずに頷いた。


「よかった。それで、考えていたんだけど、私達で歌を贈らない? 私が歌とピアノの演奏をするから、ユーリは魔術の演出をしてくれるかしら」

「……ビビが歌うのか?」

「ええ、そうよ。あ、ユーリも歌いたかった?」

「いや、歌わない。少し意外だっただけだ」

「ふふ、私だって歌くらい歌うわよ。早速、今晩から練習に付き合ってね」


 ユリウスは頷くと、お茶に口をつける。


「私も、ビビに伝えておきたい話があった」

「なにかしら」

「まだ先の話だが、次の冬に即位五年の夜会を祝おうという話が出ている。即位の年は喪に服していたし、今回は盛大に祝いたいと提案を受けた。ビビ、共に出てくれるか?」

「もちろんよ」

「よかった。その時は私にドレスを贈らせてほしい」

「あら、皇妃予算でまかなうわよ」

「私が贈りたいんだ。婚約者時代も、結婚してからも、ほとんどビビのために何も贈っていない……。それに、私が贈ったドレスを着たビビを見たい」


 熱い眼差しで見つめられ、ビビアンは自分の頬が熱くなるのを感じた。


「なら、楽しみにしているわ」


 そう返事をしたところで、ふと気がつく。


「結局、仕事の話ばかりになってしまったわね」


 話を振ったのはビビアンだが、ユリウスも乗ってきているから同罪だろう。


「そうだな。折角プライベートな時間だというのに真面目な話をしてしまった」

「魔術に、変化はありそう?」

「いや、特に変わったところはない」


 ふと、ユリウスがビビアンを見て微笑む。


「そういえば、試したいことがあった」

「試したいこと?」

「ビビがいないとできないことだ」

「何かしら。協力するわよ」


 ユリウスは微笑むと、運ばれてきていたケーキをフォークでひとすくいし、ビビアンの口元へと運んだ。


「ユーリ、これは?」

「食べさせあうのが、恋人達の間で流行っているそうだ」

「なっ……!?」


 抗議しようとしたところで、すかさずユリウスがフォークを口許に寄せる。


「協力、してくれるんだろう?」


 ちらりと周囲を見渡すと、幸い、侍女達も離れたところにいる。

 しかも、ビビアンの好みを押さえてか、ケーキはチョコレートケーキだった。


(誰も、見てない。それに、協力するって、言ったのだし……)


 期待の籠もった瞳でビビアンを見るユリウスに、覚悟を決めてパクリといく。


「ん……! 美味しい!」


 なんだか、記憶にあるどんなケーキよりも甘かった。


「よかった」

「なんだか、いつもより甘く感じたわ。ユーリにもしてあげる」


 そうやって、今度はビビアンの前にあるケーキをすくい、ユリウスの口許に運ぶ。


「ビビ? いや、私は……」

「あら、食べさせあうのが流行っているのでしょう?」


 そういうと、観念したのかユリウスも口を開けた。


「どう?」

「……甘いな」


 結局、ユリウスの魔術に変化はなかったものの、恋人らしいやり取りは時間いっぱい続いたのだった。

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