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4.孤児院に行くわよ

 翌日、侍女に厨房で焼いてもらったクッキーを取りに行かせ、玄関に向かう。

 すると言いつけておいた通りに、無紋の馬車と護衛が待機していた。

 マクシムは、昨日に引き続き、不満げな表情ながらも頭を下げてビビアンを出迎えた。


(不満だけど、職務を遂行するつもりがあるのなら、問題ないわ)


 十人以上、護衛は手配されているようで、若干多すぎる気もする。

 しかし、これから行くのは端とはいえ、スラムの中の孤児院だ。

 護衛が多くて問題はないだろう。


「準備、ご苦労様。今日は頼むわね」


 ビビアンはそれだけ言ってステップを上がり、やがて馬車は出発した。



 馬車にしばらく揺られた後、前イベール伯爵の孤児院に到着し、ビビアンは建物の前で馬車を降りた。

 スラムにある孤児院と聞いていた通り、治安はよくないようだ。

 護衛がいるから手出しはされないようだが、ビビアンの乗る馬車を見る視線が痛い。

 孤児院は区画を四分の一程占める大きめの家を改造したもののようだ。

 馬車の存在に気が付いたのか、扉が薄く開き、若い女性が出てくる。

 薄い茶色の髪に、薄い水色の瞳をしている。まだ二十代前半位だろうか。

 着ている物は継ぎはぎだらけの粗末な物だが、きちんと洗濯はされているようで清潔感はある。


「あの、この孤児院に何かご用でしょうか……?」

「ええ。私は、ビビアン。前イベール伯爵が残したこの孤児院を立て直すために来たの」

「えっ、もしかして、前伯爵様のご関係者様ですか!? で、ですが……」


 女性が戸惑いから口ごもった時だった。


「お前ら、またオレ達の居場所を奪いに来たのか!」

「リック、待って――!」


 扉から、少年が飛び出してくる。

 すかさずマクシムが前に出て、少年のことを拘束した。


「なっ、離せよ!」

「も、申し訳ありませんっ」

「ね、姉ちゃん!?」

「リック、待って。この方は、いつもの方達ではないから」

「えっ」


 驚きで固まった少年を引き続き取り押さえながらマクシムがビビアンを見る。


「どうなさいますか」


 マクシムが固い声で言う。

 どうやら、ビビアンが怒りに任せて少年を罰すると思っているらしい。

 ビビアンは、口元に薄く笑みを乗せると声を張る。


「何か誤解があるようね。私は、あなた達からこの場所を取り上げるつもりはないわ。むしろ、貴族の後見なんてなくても、あなた達だけで孤児院の運営ができるように鍛えるつもりよ。わかったなら、暴れないでちょうだい」

「え……」


 マクシムに拘束されながらぽかんとする少年を見て、ビビアンは言う。


「もう襲ってこないと思うし、離していいわよ」


 マクシムが少年を解放すると、今度は襲いかかってくるようなこともなかった。


「何か事情があるようだけど、ここではゆっくり話せないわ。早く中に入れてくれるかしら」


 女性の方を見ると、彼女は顔色を青くしながらも頷いた。



 孤児院の中には、ビビアンと侍女の他にマクシムと数名の護衛もついてくる。

 馬車は門の前に置きっぱなしにすると目立つので移動させると言われていた。

 また、帰る頃に迎えに来てくれるそうだ。


 孤児院の中は、外から見た痛み具合と一致している。

 一応応接室らしき部屋に通されたが、そこに置かれているのは見たこともない程に粗末な机と、あり合わせの物を揃えた椅子だ。

 ビビアンは大人しくその椅子に座ったが、椅子はガタガタしており、座り心地の悪さに眉をしかめた。


「も、申し訳ありません」


 怯えた様子で言われ、ビビアンは表情を引き締める。

 もてなされに来たのではない。

 断罪回避のために、仕事をしているという実績を積みに来たのだ。


「……何か謝罪を受けることがあって?」

「ですが、あの……」


 怯えた様子の女性に、ビビアンはできるだけ優しげな笑みを浮かべる。


「まずは、あなたのお名前を伺ってもいいかしら。私、宰相様からこの孤児院の立て直しを依頼されたビビアンよ」


 王妃という立場は現時点では名乗るつもりはなかった。

 スラムという立地で名乗るには危険過ぎるし、彼女達を萎縮させたいわけではない。

 それに、マクシムなどの護衛がいることから、貴族ということは伝わっていそうだ。


「し、失礼いたしました。宰相府のお方ですか。私は、ノエミと申します。前伯爵様からこの孤児院のお世話を任されています」

「ノエミさんがこの孤児院の院長ということ?」


 ビビアンの疑問に、ノエミは頷いた。


「私しか大人がいないので、院長は私になります。その、変に思われるかもしれませんが、前伯爵様がいらっしゃった時は、子供達のお世話をするだけでよかったので……」

「別に変だとは思わないわ。先程のは弟さん?」

「はい。血の繋がりはありませんが、あの子と姉弟のように育ちました。それに、あの子のおかげで、私はこちらで子供達のお世話をする仕事をいただいたのです」


 しかし、ビビアンが来たからには、今後は院長の仕事は無理だろうと諦めた様子を見せるノエミに、ビビアンは微笑みかける。


「私も、引き続きノエミさんに院長を名乗ってほしいわ」

「えっ、ですが……」

「この場所のことを、私はまだ何も知らないもの。それに、支援は引き継ぐつもりだけれど、私がいなくなれば、また今みたいになるわよ。それより、ノエミさんも自分でこの場所を守る力を得る方がいいのではないかしら」

「私が、子供対を守る……? 私にできるでしょうか……?」

「その方法を、これから一緒に考えていくのよ」


 ビビアンの言葉を噛みしめるように聞き、ノエミは目を瞬かせると次の瞬間頭を下げた。


「ビビアン様のおっしゃる通りです。どうか、ご指導をよろしくお願いします」

「ええ。頑張りましょう。それで聞きたいことは色々あるんだけれど、まずはノエミさんの弟――リックさんが飛び出してきた理由を教えて」


 そうして、ノエミが語った話はありがちな話だった。

 伯爵が亡くなり、庇護がなくなった孤児院をスラムに暮らす者達が襲ったということらしい。


「伯爵は何も防犯対策をしていなかったの?」


 スラムの中に孤児院を作るのだ。

 世間には魔道具を使った防犯用品も多々流通している。

 伯爵はそのような物は置いていなかったのだろうか。

 気になって尋ねると、ノエミは顔を青くしつつ答える。


「生前、伯爵様がこの土地自体に防犯用の魔法陣を残してくださっていたのですが……。『空腹で死にそうで、せめて一晩だけでもいいから屋根のあるところで寝せてほしい』と言われ、中に入れてしまったのです」

「以前から、そのようなことはよくしていたの?」

「はい。彼らを孤児院に受け入れここで暮らしてもらうことはできないのですが、それでも一晩の寝床と食べ物は分け与えるようにと伯爵様にも言われていました」

「なるほど」

「それで、伯爵様が亡くなられた後も同じように中に入れてしまって……、その時に金目の物を全て取られてしまいました」


 酷い話だと息を吐くビビアンに、ノエミが首を振る。


「どうやら私達だけが伯爵様に守られていることを、以前から妬まれていたようです」

「そうでしょうね。でも、そんな状況でよく無事だったわね」

「彼らも、お金にならないのに私達の命を奪うことまではしませんでしたから。それに、その時はまだこの孤児院を誰が受け継がれるかがわからなかったので。おかげで、皆と協力して、彼らを追い出すことができました……」

「運が良かった、ということね」


 下を向いて頷くノエミに、ビビアンは尋ねる。


「さっき弟さんが言っていた、いつもの方達というのは?」

「その、今来ている方達は、この場所を譲れと最近毎日やって来ているのです……」

「もしその人達にこの場所を取られたら、あなた達はどうなるの?」

「出て行けと言われました。今まで、散々いい思いをしただろうと……。ですが、私達にもどこにも行く場所がないのです」

「それは、許せないわね」


 ふと疑問が湧いて、ノエミに尋ねる。


「そんな人達がやってきているのに、今までよく無事だったわね」

「生前、伯爵様がこの土地自体に防犯用の魔法陣を残してくださっていたのです」

「なら、安心じゃない?」

「いえ。それが、定期的に魔力の補填が必要で……私達に魔力はないので、そろそろその魔法陣が消えそうで……」

「大変じゃない! その魔法陣はどこにあるの?」

「え?」


 ぽかんとするノエミに、ビビアンは言う。


「魔法陣への魔力の補填なら、私にもできるわ。今から行くわよ! 案内なさい!」

「なっ、ビビアン様!? 何を勝手なことを……」

「必要なことよ。心配なら、あなたも付いてきたらいいじゃない」

「し、心配しているわけでは……。護衛として、危険だと申しているだけで」

「こんな子供と女性に、普段から鍛えているあなた達が遅れを取るの? ありえないでしょう?」


 マクシムは不満そうだが、ビビアンは聞く耳を持たずにノエミを促す。


「あの、魔法陣がある部屋はあまり広くないのですが……」


 ノエミは戸惑いながら立ち上がると、ビビアンとマクシムを建物の奥へと案内した。


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