37.伯爵夫人のお茶会に呼ばれたわよ!
ノークス伯爵領滞在四日目。
ビビアンは、ノークス伯爵の妻と娘達のお茶会に出ていた。
城のサロンも三人の趣味なのかゴテゴテと飾り付けられている。
(シャンデリアや一つ一つの調度品は美しいし、とても良い物だとわかるのに、なんで組み合わせたらこんなにもその良さが失われてしまうのかしら……?)
そんなことを思いつつ、挨拶を行う。
「本日は、お招きありがとうございました」
「急な招待でしたが、応じていただけて感謝申し上げます。皇妃殿下をお呼びできて、大変嬉しく存じますわ」
来た日の晩餐の際に、招待は受けていた。
ただ、その日は、薬草が育たない原因を探しに来ており、予定が詰まっているとお断りした。
だが、もう問題解決の目処はついたし、領地に滞在中、一度も招待を受けずに帰るわけにはいけないだろうと、招待を受けることにしたのだ。
「この地で獲れたハーブを使ったお茶ですの。いかがですか?」
長女がお茶を淹れて、ビビアンに差し出す。
かなり独特の匂いがする。
(薬草酒のお茶版のようね)
香りを嗅いで、口を付ける。
「大変健康的な味がしますわ。このお茶は伯爵夫人や、ご令嬢方の美しさの秘訣でしょうか」
「まぁ、おわかりになりますか! このお茶は大変肌にもいいのですわ。娘達にも毎日飲ませています」
確かに、言われてみると夫人とご令嬢二人の肌は、しみ一つなく美しい。
「皇妃殿下にも是非召し上がっていただきたかったのですが、お忙しくされているのですもの」
「お気遣いいただいていたのですね。なかなかゆっくりする時間は取れませんでしたが、大変有意義な訪問になりました」
ビビアンの言葉に、伯爵夫人は眉を寄せる。
「私には、皇妃殿下のようなお立場の方が、どうして殿方のようにそんなに忙しくしなければいけないのかはわかりませんわ」
本当に不思議そうだ。
価値観が違いすぎて、ビビアンのことが理解できないのだろう。
「あら、私は自分がやりたいことのために必要なことしかやっていませんわ?」
「まぁ。殿方を頼る方が、喜ばれますわ。娘達にも、そのように教育していますの。でも、いただいた石けんは大変素晴らしいものでした。一度使ってしまえば、なかった頃には戻れません。定期的に購入をしたいのですが、本当に皇妃殿下のお力でどうにもなりませんの?」
「ええ。事業はもう私の手を離れ、ギブソン商会に一任していますから」
「残念ですわ」
そう言いながらも、何か便宜を図れないのかとビビアンを窺う視線を感じ、話題を変えた。
「ところで、夫人は、何か慈善活動は行っておられないのですか?」
貴族夫人らしさを重視しているのならば、この話題は問題ないだろう。
そう思ってのことだったが、信じられないとばかりに夫人は首を振る。
「まさか! 孤児や浮浪者を支援して何になるというのですか?」
「では、領内では、運悪く家や家族を亡くした者達の問題を、どうなさっているのですか?」
「主人が薬草畑の仕事を振っていますわ。でも、嫌がって逃げ出す者が多いようですの。困ったものですわ」
夫人の態度も信じられないが、その言葉も驚きばかりだ。
領民が逃げ出すなんて、無茶な仕事をさせたりしたのだろうか。
行き場がなく、後ろ盾もない者達だからと、雑に扱ったのかもしれない。
(もしかしたら、王都のスラムにも、こんな風に領地から逃げ出した者が集まっているのかもしれないわね)
そうなれば、ノークス領に戻るのを嫌がる者も出るかもしれない。
(希望人数次第だけど、ノークス領で働くことを嫌がられたら私の試験農場に来てもらってもいいかもしれないわ)
ジョージに村を作る手伝いをすると言った約束は守るつもりだ。
ただ、実態を調べてからにした方がいいかもしれない。
(他の者より悪い条件で働いている人もいるのなら、新しい村にそういう人達を集めてもいい……かも、……?)
考えている途中だったが、なんだか眠くなってくる。
「皇妃殿下……?」
「よっぽどお疲れなんですね……」
母娘の会話が聞こえるが、ビビアンは瞼を開けていられず、あらがえない眠気に飲み込まれるのだった。
体を乱暴に揺すられて、ビビアンは目を覚ました。
「おい、起きろ。いつまで寝ているんだ!」
「……ここは?」
体は拘束され、目隠しがされている。
喉元にナイフが突きつけられているのか、ひやりと冷たい感触がした。
(……なんで、こんなことに? 一体誰が……?)
必死で考える。
恨まれるような心当たりはないが、思い当たることはある。
(伯爵の関係者かしら……?)
ビビアンのやろうとしていることは、ノークス伯爵領で働く者にとっては、痛手となる。
宮廷魔術師のエリックも訪れたのだ。
すぐに帰ったが、目立つ行動を取っていたのは否めない。
(でも、まだ結果も出ていないのに……)
第一、ビビアンを攫っても悪手でしかない。
「おい。自分の状況がわかっているのか。なんで、怯えない」
「あら。私が怯える必要が? なんで私がこんなことをされるのか、さっぱりわからないわ」
「なにぃ!」
激高する男の手に力が入ったのか、ナイフが喉に押しつけられ、ピリリとした痛みを感じる。
皮膚が切れたのかもしれない。
「今すぐ、薬草の栽培に手を出すのをやめろ!」
「私にそんなことを言うということは、あなたは、回復薬事業の関係者かしら」
「ど、どうだっていいだろ! 頷くなら、あんたはこのまま帰してやる。でも、逆らうようなら、無事でいられると思わないことだな!」
なるほど。やはり、予想の通りらしい。
どう説得しようかと思っていた時だった。
「ビビ! そこにいるのか!?」
「なっ――、なにが……!」
何かが大きく壊れる音と共に、ユリウスの声が聞こえる。
「――はぁっ? お前、ビビに何をしている!」
「ぎゃっ――」
ビビアンを脅迫していた男の悲鳴の後、ビビの拘束が緩められる。
目隠しを外され一番に目にしたのは、心配と焦燥がない交ぜになったユリウスの顔だった。
「ユーリ……?」
「ビビを……、無事でよかった……。ビビを失ってしまうかと――」
ユリウスの表情が泣きそうに歪み、ビビアンはぎゅっと強く抱きしめられる。
「怖い思いはしなかったか?」
「すぐにユーリが来てくれたから……」
怖さを感じる前に助け出された。
一体、何だったのだろうという感じだ。
ほっとユリウスの腕が緩んだ時だった。
「ビビの肌に傷が……!」
ユリウスがビビアンの首に付けられた傷に気がついたようで、部屋の温度が急激に下がる。
おそらくは怒りで、魔力があふれているようだ。
「あの者が、ビビアンを害したのか……?」
ユリウスの視線を辿れば、男が一人、床に伸びていた。
あまりにも冷たい視線で見つめるユリウスに、ビビアンは先程よりも遥かに強い恐怖を感じ、咄嗟にユリウスに抱きつく。
自分のために怒ってくれているとわかっても、ユリウスが誰かを害する姿は見たくなかった。
「ビビ?」
「ごめんなさい。怪我をしているのなら、早く手当をしたいわ。そんなに酷いの?」
「血がにじんでいるではないか……!」
「そんなに酷いの?」
鏡もなく、自分ではどうなっているのかわからない。
「傷は浅そうだが……。ビビに傷をつけるなど許されることではない。早く手当てをしよう」
ユリウスがビビアンを抱き上げる。
「きゃっ」
「私の首に、手を」
「じ、自分で歩けるわ」
「ダメだ。外は足下が悪い」
ユリウスの魔術で破壊された扉の向こうを見ると、見張りと思われる男が倒れており、床も部屋も凍り付いている。
ユリウスは、ビビアンを抱き上げたまま、危なげなく進んでいった。
「放置して、いいのかしら……」
「もうすぐ、護衛が追いつくだろう。後始末は彼らに任せよう」
外に出ると、鞍を付けていない馬が待っていた。
ビビアンが閉じ込められていたのは、薬草畑の管理人の小屋だったようだ。
「伯爵家の馬を借りた」
ビビアンを馬に乗せ、ユリウス自身も馬にまたがる。
そうしたところで、焦った様子で馬に乗った護衛がやってきた。
ユリウスは彼らに指示を出し、ビビアンが閉じ込められていた場所に向かう者と、ビビアン達の護衛につく者と、護衛を二手に分かれる。
彼らに守られながら、ビビアンはユリウスと共に伯爵の城へと戻るのだった。




