36.原因がわかったですって? + 伯爵視点
ビビアンはユリウスと共に、一旦客室に帰った。
「ユーリは、不正のこと知っていたの?」
「確信はなかったが」
視察のことを話した時、クロビスの件だけではなく、他に気になることもあると言っていたのはこのことだったのだろう。
(これからどうなるのかしら……)
告発をしたジョージが悪いことにならないと思いたい。
考え込んでいると、侍女がエリックの来訪を告げた。
「原因、わかりました」
一言だけ言うエリックに、ユリウスが椅子を勧める。
「詳しい話を聞かせてくれるか。紅茶は飲めるのだったな?」
「……ミルクも、ほしいです」
「わかった」
エリックは侍女が退室後、ミルクティを一口飲んで話しだした。
「レミ川の水には、目算で通常の水の十倍以上、魔力が含まれていました」
「魔力が……。というと、レミ川の水で薬草が育つ原因、ということだろうか」
エリックが頷く。
「川の源泉も、見てきました」
「ほう」
「……源泉の一帯が、天然の魔力の吹き出し口でした。源泉周囲にも天然の魔石がたくさん転がっていて、その時点から水に魔力が溶け込んでいました」
そう言って、エリックは取ってきたという魔石をユリウスに渡す。
「かなりの魔力量だな……」
ユリウスが魔石を見ている横で、ビビアンは気になったことを尋ねた。
「川の水に含まれる魔力がそんなに多くて、体調に異常を感じる人はいなかったのかしら?」
「魔力が足りなければ、不調が出ます。でも、食事などで取った魔力は、余れば排出されます。だから、影響はなかったと思います」
「逆に、薬草が他の地で枯れたのは、水に含まれる魔力が足りなかったということだな」
「おそらくは。実際に、確かめる方が早いです」
その言葉に、ビビアンは言う。
「なら、帝都の私の畑に、魔力を含んだ水を撒いてみようかしら。うまくいけば、枯れかけていた薬草も、持ってきた子達みたいに元気になるってことでしょう? 私が帰るまで保てばだけど……」
「……僕がします。転移して帰れば、すぐに魔力水を出してあげられます」
「いいの……?」
「筆頭にも手伝うように、言われています」
「助かるわ。頼むわね」
エリックは頷く。
彼がミルクティを飲む姿を見つめつつ、ビビアンは今後のことについて考える。
「ビビ、他に何か心配が?」
「この後のことを考えていただけよ。エリック卿は宮廷魔術師のお仕事もあるでしょう? 今後、ずっと薬草の栽培に関わってもらうわけにはいけないと思って。だから、魔力は水からしか取り込まれないのか、帰ったら調べようと考えていたのよ」
「ビビには、他の方法も思い浮かんでいるのか……?」
ユリウスの疑問に、ビビアンは答える。
「ええ。水からしか魔力を吸収できないなら、誰かが魔力水を作るしかないわ。でも、例えば土に魔石を砕いた物を混ぜても育つのならば、魔力水を作れない人でも育てることができると思って」
「なるほど、言われてみれば確かに」
「ただ、水からしか魔力を吸収できなくても、魔石から魔力水を作る魔道具を作ったら、それで代用できるかもしれない。あまり個人に頼りすぎない仕組みを考えたいところね」
気がつくと、エリックが驚愕の瞳でビビアンを見ていた。
「皇妃殿下、すごい」
「え……?」
「筆頭みたい……。殿下の畑は、広いですか?」
「ええ。畑は何反かあるはずよ」
「なら、魔石を土に撒く方も、やってみます」
「えっ、いいの? 魔力水を撒くだけでも充分なのだけど……」
エリックはぶんぶんと頭を振る。
「僕が、やりたいから!」
「そ、そう。なら、無理しないように頼むわね。必要な魔石はギブソン商会に言ってくれれば手配してもらえるはずよ。やりたいようにやってみてちょうだい」
「わかりました!」
ビビアンは、薬草の管理人とギブソン男爵に手紙を書くと、エリックに預ける。
エリックはそれを受け取り、すぐに転移を発動させた。
「余程、気合いが入ったみたいだな」
「無理しないといいんだけど……」
「大丈夫だろう。その辺りは、筆頭宮廷魔術師も指導しているはずだ。私の方の用事ももうすぐ終わる。そしたら、急いで帰ろう」
ユリウスの言葉に、ビビアンは頷くのだった。
◇◇◇
深夜、ノークス伯爵家の執務室。
晩餐の後、長年伯爵家に仕える執事のフレッドが、内密の話があると言ってきた。
一昨日から皇帝のユリウスが訪れており、城の中はいつもより慌ただしい。
ユリウスが気に入れば、娘達を側妃にと考えていたが、初日に断固として断られてしまい、ビビアンに石けんの件でも便宜を図るつもりはないと言われたことで、ジェームスは最低限の接触で今回の訪問を乗り切る方針に変えていた。
(ただ一つの薔薇を愛でたいなどと、若造が。妻の方も折角、事業に協力してやると申し出をああも足蹴にしおって)
ただ、世話になるからと渡された石けんは妻も娘も大変気に入ったようである。
ジェームスとしても使い心地は悪くないと思っており、販売が始まるまでは皇都に誰かを買いに行かせようと思っている。
案内役を任せた息子のジョージはうまくやっているようで、ビビアンやユリウスは満足しているようだった。
ユリウスは結婚後、少し穏やかになったようだが、即位後は冷酷皇帝とも呼ばれていた。
先日、皇宮内に監査が入り、皇帝と元側近の宰相子息も捕らえられたと聞いている。
理由がないのならば、近寄るつもりもなかった。
「フレッド、何があった。陛下達が帰られてからでは遅い話か」
「旦那様、どうやら、我が領地の実態を陛下が怪しんでおられるようです」
「なに、陛下が? だが、皇妃殿下の事業のためにこちらに来られたのではないのか」
「それが、陛下が連れて来られた者が、城に仕える者達に聞きこみをしているようです」
「お前も話を聞かれたのか」
「差し障りのないことしか、話しておりません」
「なら、問題ないだろう。わしと、お前、そして上級回復薬の作成を任せている魔術師しか知らんことだ。陛下達は作業場の方には近寄っていない。お前が裏切らなければ、問題ない」
「ですが……。皇宮で監査があり、宰相子息でさえ投獄されたと……」
「確証がないから、皇帝も部下に調べさせているのだ。そっとしておけ」
上級回復薬と回復薬の入れ替えは、ジェームスとフレッド、後は回復薬を作っている魔術師しか関わっていなかった。
「はい。それともう一つ」
「まだあるのか」
フレッドは頷く。
「皇妃殿下が持ち込んだ薬草が、この地の水で元気になったと」
「なに!?」
「陛下達は、原因の解明に乗り気です。本日、宮廷魔術師がやって参りましたが、午後には皇都に帰還したとのことです。もしかしたら、もう原因がわかったのかもしれません」
「なっ」
ジェームスは絶句する。
いつかはと思っていたが、宮廷魔術師まで出張ってきているのならば、フレッドの言葉の通りかもしれない。
下手をすると、皇妃の育てた薬草が今年の夏には収穫できてしまうだろう。
「……邪魔だな」
「旦那様……?」
「皇妃殿下には、少々危ない目に遭ってもらうしかなさそうだ」
「なっ、ですが……!」
「皇妃が成功してみろ! 帝国唯一の上級回復薬の産地という名誉はなくなり、今までのような優遇は受けられなくなるぞ。なら、殿下自ら、計画を中断すると決断してもらえばいいだけだ。毒の手配は今からでは間に合わん」
「……」
黙り込んだフレッドに、ジェームスは言う。
「他領での薬草栽培など、どうせうまくいかないと思っていたのに。殿下は運が悪かったな。下手に成功した分、取り返しのつかないことになる。まぁ、死ぬわけではない。死ぬような目には遭うかもしれんが……。今夜中に手配を行い、明日実行しろ」
「明日ですか」
「もう日がない。明日、止められなければ、明後日にはここを出立してしまう」
「帰り道を、ならず者共に襲わせる、というのは」
「陛下は魔術に秀でておられると聞く。返り討ちにされて終わるだろう。なに、呼び出して、少し話をするだけだ。心配するようなことにはならん」
「かしこまり、ました……」
ジェームスは深く息を吐き、妻の眠る寝室へと向かった。
それを見送り、フレッドも静かに執務室を出て行った。




