35.宮廷魔術師がやってきたですって!?
その翌日。
朝、食事の時間よりも早くにジョージがやってきた。
酷く顔色が悪く、彼も遅くまで作業をしていたのかもしれない。
(まさか薬草に何かあったのかしら……?)
不安になりつつ、話を聞く。
「朝から申し訳ありません。陛下にご用があると、宮廷魔術師のエリック様とおっしゃる方がいらっしゃっているのですが……」
「エリック?」
「宮廷魔術師のローブとバッチを身につけておられますから、間違いはないと思うのですが、かなりお若い方です」
困惑しながら言うジョージに、ユリウスは頷く。
「なら、宮廷魔術師のエリックで間違いないだろう。彼は特例で十歳で学園に入学し、飛び級をして私達と同じ学年で卒業した。今はまだ十四歳のはずだ」
「そうでしたか」
ジョージは、来客が不審者ではないことにほっとした様子だ。
「すぐに会おう。どこにいる」
「応接室にご案内しています」
エリックは、ビビアンにとっても同窓生である。
(でも、なんでわざわざやって来たのかしら……?)
皇宮で何か緊急事態が起きたのかもしれない。
応接室に向かっていると、廊下を慌てた侍女がやってくる。
「若様!」
「どうした?」
「申し訳ありません! お客様が薬草を見たいと言われて外に出てしまわれました」
その言葉に、ビビアン達も外に向かう。
ビビアンが持ち込んだ薬草の前で、魔術師のローブを着た少年がしゃがみこんでいた。
「……エリック、何をしている?」
「ユリウス陛下、皇妃殿下、……お会いできて光栄です」
ユリウスが声をかけると、エリックがすっと立ち上がり、胸に手を当てお辞儀をする。
目元を隠す位の長さで切りそろえられた青色の髪に、前髪の隙間から同色の瞳が覗いていた。
学園の最終学年で同じクラスにいたが、記憶にある彼よりも身長が伸び少し大人びていた。
前世の記憶にあるマンガの中でも、人見知りなのかヒロインである聖女アイリとの絡み以外では口数も少なく、印象は薄い。
ビビアンも、学生時代は特に話したことはない。
ユリウスの側近と言うことで距離があったし、わざわざ人付き合いが苦手そうな彼に話しかけることはしなかった。
「楽に話していい。それで、何か緊急事態が起きたのか?」
「……皇宮では、問題は起きていません。筆頭から、陛下をお手伝いしろと言われました」
「そうか。来てくれて助かる。ただ薬草については、ビビが責任者だ。詳しい話はビビと話してほしい」
「皇妃殿下、よろしくお願いします……」
「ええ、頼むわね」
そして、ジョージの方を向いて、エリックは言う。
「回復したという薬草は確認しました。次は川を見たいです」
「ジョージ殿、対応できるか」
「伯爵家の使用人を付けましょう。それでよろしいでしょうか」
頷いたエリックに、ユリウスは尋ねる。
「ちなみに、エリック、朝食は?」
「……まだです」
「なら、一緒に食事をしよう。ジョージ殿、申し訳ないが、手配を頼む」
「承知しました」
伯爵や、伯爵夫人達は朝が遅いそうで、昼前にならないと起きてこない。そのため四人での食事になりそうだ。
ジョージが侍女に指示を出している間に、エリックがビビアンの方を見る。
「皇妃殿下、質問をよろしいですか?」
「ええ。何でも聞いてちょうだい」
「この薬草、どう育てていたのですか?」
ビビアンが帝都の畑の様子を話す間、エリックは言葉を挟まず、静かに聞いていた。
朝食後、ジョージはエリックに案内人をつけ、エリックは現地の視察に向かった。
川だけではなく、通常の薬草畑も見回るらしく、帰ってくるまでに時間がかかるだろうということだった。
(独特のペースの子だったわね)
今日もユリウスは、書類仕事だろうか。
(私は、上級回復薬の製作工程を見学させてもらえないか、聞いてみようかしら)
今まで薬草の栽培のことしか考えていなかったが、宮廷魔術師のエリックがこの地に来てまで原因を探ってくれるのだ。
思っていた以上に解決は早いかもしれない。
薬草が育てば、今度は回復薬を製造することになる。
その際の注意なども聞いておきたい。
上級回復薬とは作り方がやや異なるが、設備などは同じはずだ。
参考になることも多いだろう。
ユリウスは、今日は書類仕事があるのだろうか。
一緒に来るのか聞いてみようと思っていた時だった。
「陛下、皇妃殿下。この後、お時間はございますか。内密にしたい話がございます」
「問題ない。時間を作ろう」
「私もかまわないわ」
神妙な顔をして言うジョージが気になり、ビビアンも頷いた。
使用人を遠ざけた応接室で、ジョージが一束の書類をユリウスに渡す。
「これは?」
「ノークス伯爵が行っている、不正の証拠です」
ユリウスは渡された資料に目を通した後、ビビアンに手渡した。
そこには、おそろしいことが書いてある。
(ただの回復薬を、上級回復薬と偽って売っていたですって!)
不正は単純だ。
上級回復薬の品質検査がある際のみ上級回復薬を作り、それ以外の時は回復薬を作って出荷していた。
回復薬と上級回復薬は材料は一緒だが、必要な薬草が上級回復薬の方が多く、加工の手間も多い。
そのため、上級回復薬よりも回復薬の方が、安く仕上がるのだ。
その差額を、伯爵は懐にいれていたらしい。
出来上がった際の液の色が違うが、それは食品向け着色料で誤魔化していたそうだ。
そんなことをしていた理由は、伯爵の後妻とその娘達の金遣いが荒いせいだ。
ここ一年の帳簿の写しも添えてあり、伯爵家の家計が火の車だというのが見て取れた。
信じられない内容だったが、前世のマンガの内容を知っているビビアンには納得いくこともある。
(マンガの中でも上級回復薬が手に入るはずの貴族達もバタバタ死んでいたのは、これが理由だったのね)
疫病が流行った際、ノークス伯爵領の上級回復薬は例年通り出回っていた。
なのに、貴族さえ、マンガの中でアイリの治癒を必要としていた。
(そこにこんな裏設定があったとはね。あまり、嬉しくない裏情報だけど……)
ビビアンが読み終わったところで、ユリウスがジョージに尋ねる。
「いつから知っていた」
「陛下が来られる、少し前です。たまたま、父と執事の会話を聞いてしまい……」
「今日まで時間がかかったのは? 来た日の晩でもよかっただろう」
「不正を告発すれば、伯爵家がどうなるかわかりません。いざとなると、迷ってしまい、すぐにお伝えすることができませんでした」
「どうして今、話そうと思った」
「昨日、皇妃殿下とお話しして、覚悟が決まりました。『後悔したくない』と言われ、真っ直ぐに未来を見据えて話される殿下のお姿は眩しく、私はこのまま父と共に不正を隠して後悔しないのかと突きつけられているようでした……。それに、殿下は、私にも夢を尋ねてくださいました。その夢は、このままでは絶対に実現できません。ですので、どうか陛下。罪人の身で願うのはおこがましいですが、お咎めはこの伯爵家だけに。領民は、何も知らないのです」
必死に領民のことを庇うジョージに、ユリウスは頷く。
「領民については、考慮しておこう。ジョージ殿も、今しばらく普段のように過ごしてほしい」
「かしこまりました……。陛下の仰せのままにいたします」
ジョージはこの場でユリウスに罰せられると思っていたのか意外そうだが、ユリウスには考えがあるのかもしれなかった。




