33.薬草畑の視察に行くわ!
翌朝。
ビビアンはユリウスの腕の中で目を覚ました。
「ビビ、おはよう」
「……おはよう、ユーリ」
いつ起きたのだろうか。
ユリウスが起きていたから、寝坊をしてしまった気がするが、まだ早い時間のようだ。
いつもより睡眠時間は短いくらいだが、疲れなども残っていなかった。
「朝の目覚めに効くって、本当みたいね」
「昨日のあの酒か……。まさかあんな効果が出るとは……」
ユリウスの渋い顔に思わず笑ってしまう。
「ユーリは、昨日のこと覚えてるの?」
「記憶はある……。変な絡み方をして、悪かった」
「可愛かったから、許すわ」
「……可愛い?」
ビビアンの言葉に、ユリウスは眉を寄せる。
クスクスと笑いながらビビアンは言う。
「ええ。とっても。あのお酒もらっていこうかしら。ユーリの本音を聞きたい時に、ちょうどいいわ」
「ビビは、もう少し危機感を持った方がいい」
「あら。ユーリは私が本当に嫌なことはしないでしょう?」
頭が痛いというように目元を抑えるユリウスに笑ってみせる。
そんな話をしながら、支度に向かった。
朝食の後、ジョージの案内でノークス伯爵領の薬草畑の見学に向かう。
伯爵は、ビビアン達に領地のことはジョージに聞くように言うと、執事と話があると執務室に籠もってしまった。
本日はユリウスも一緒に行動するのだそうだ。
伯爵家の監査はいいのかと思ったが、昨晩のうちに主な使用人への聞き取りは終わっているらしい。
(流石、仕事が早いわね)
今日は他の使用人への聞き込みを予定しているらしい。
ユリウスが伯爵の城に残ると警戒されそうな上に、令嬢から突撃を受けるかもしれないと、本日はこちらに来ることにしたと言っていた。
もうすぐ収穫となる薬草畑に到着し馬車を出ると、冷たい風を頬に感じた。
畑の薬草は、肌寒さをものともせず青々と茂っている。
聞きたいことは色々あったが、ビビアンが薬草について質問する前に、ユリウスが畑の管理についてジョージに尋ねる。
普段の仕事が気になるようだ。
「ジョージ殿は、普段はずっと畑に出ているのか?」
「はい。薬草の品質を高めるため、肥料を調整したりといった判断は私がすることになっていますので。ほとんど毎日領内を見て回り、収穫や肥料の指示、何か問題が起きたときにはその対応を行っています」
「書類仕事は? 手が回らないのではないか?」
「はい。お恥ずかしながら。実務を任されるようにはなっていますが、書類については手が回っておりません。主に父が担当してくれております……」
「なるほど」
二人の会話を聞きながら、薬草畑を見て歩く。
回復薬に使われる薬草は、根付きさえすれば生命力は強いようだ。
いつの間にかユリウスの質問は落ち着いたようで、気が付くと二人とも黙ってビビアンに着いてきていた。
「まだ春とはいえ肌寒いのに、薬草は元気なのね」
「薬草の生命力の強さが回復薬の出来にも現れると言われるくらいです。冬以外は、二ヶ月に一度は収穫できます」
「かなり取れるのね……。なのになんで薬草がこの領地だけでしか取れないのかしら……」
「わかりません……」
ジョージのせいではないのに、申し訳なさそうな顔をしている。
ふと、ジョージが躊躇いがちに尋ねる。
「皇妃殿下は、こちらで薬草が枯れた原因がわからなかったら、どうなさるのですか?」
「その時は、隣国に問い合わせるわ。ユーリの許可を得てからだけど、視察にもいくつもりよ。現場を見なければわからないことは沢山あるから」
そう答えたビビアンに、ジョージは驚いている。
「薬草の栽培を諦めるおつもりはないのですか?」
「ええ、ないわ。薬草が育たないのには、きっと何か理由があると思うもの。それがわかれば、解決できると信じているわ」
「どうして、そのように強く在ることができるのですか……?」
どこか切実な響きを持つジョージの問いに、ビビアンは胸を張って答える。
「できることがあるのに、後悔したくないからよ!」
「後悔、したくない……?」
「私は、帝国に暮らす民のことを守りたい。孤児院の子供達と触れあうようになって、よりそう思うようになったわ。だから、そのためにできることをすると決めたの。幸い、私には、まぁまぁ権力もあると思うし、理解のある旦那様もついてくれている。とっても恵まれているんじゃないかしら」
「ビビ……!」
ユリウスはどこか嬉しげにビビアンを見る。
微笑み返して、再びジョージに尋ねた。
「ノークス伯爵令息の夢は何かしら? あなたが伯爵になったら、何をしたいの?」
「……もっと領地を富ませて、薬草の育成に携わってくれている領民達の暮らしを豊かにしたいです。彼らのおかげで、ここは比較的豊かだとは思いますが、あまり暮らしに還元できているとは言えないので……」
「立派な夢ね」
「そう、でしょうか……」
「さっき、ユリウスと話しているのを聞いていたけれど、令息は、領民と共に泥にまみれながら携わっているじゃない。領地で育てている薬草も、領民も、大事にしている。そんなあなただから、持てる夢よ」
「そんな風に言っていただけたのは、初めてです……」
ジョージは、ビビアンの言葉を噛みしめるように頷いている。
ノークス伯爵の城や、彼の継母や姉妹となった連れ子の様子を見ると、一朝一夕にはいかないだろうが、諦めなければきっと実現できるだろう。
「新たに畑を広げたりはしないのか」
それまで黙っていたユリウスの言葉に、ジョージは首を振る。
「土地はあるのですが、人手や資金が足りません」
「……どちらも、一気に増やすのは難しいな」
難しい顔で黙り込む二人に、ビビアンは思いつきを口にする。
「なら、例えばだけど、移住して薬草作りに携わりたいという人がいるのなら、畑を増やして受け入れる気はあるかしら?」
「そのような人がいらっしゃるでしょうか。この地は薬草畑以外何もありません。来たいと思う人はいないかと……。それに、もし本当に来てもらったとしても、家屋の準備から始めなければいけませんし……」
「家屋や畑の準備に関わる費用は、私も手伝えると思うわ。一旦、人を募集してみていいかしら」
「そこまでしていただけるのでしたら、是非お願いします!」
ジョージは、なんだか乗り気だ。
この領地に来てから今まで、見たことがない程に目に力が満ちている。
(私も頑張らないとね)
ビビアンの薬草のために尽力してくれているジョージのために、ビビアンもできるだけ協力したい。
(問題は、移住してでも家や暮らしの安定がほしいという人がどれだけいるかだけど……。それは、集めてみるしかないかしら)
移住を希望する人数をみて、対応を検討するしかないだろう。
だが、もしある程度の人数が揃うのならば、開拓村として新しい村を興したい。
既存の村に、新住人を組み込むと、この地の領民と衝突が起きないよう調整する必要があるからだ。
新しく村を作るのならば、新旧の住人の調整を考えなくていい分、管理も楽になるだろう。
(もしうまくいったら、新たな村の薬草を通常の回復薬の原料に回してもらえないかってお願いしやすいわ)
ビビアンの行動は、何もジョージの夢を応援したいからといった理由だけではない。
もし、王都で薬草畑がうまくいかなくても、こちらの領地での生産量を増やすことができるのなら、ビビアンの目的に近づくと思ってのことだった。
(でも、お互い同じ方向を見ているのだもの。彼にとっても悪い話じゃないはずよ)
今日の見学が終わったら計画を立てようと思うのだった。




