32.伯爵領到着。寝室問題
その後、ビビアン達は客室に案内された。
居心地良く整えられた客室はユリウスと同室だ。
まだ何も解決していないものの、薬草の専門家が原因調査に協力してくれるようだとわかって、少しだけ心が軽くなる。
ただ、そのせいで今気にしない方がいいことまで、気になってくる。
(夫婦だから、むしろ同室は当然なのだけど……)
道中はそれぞれ部屋を取って休んでいたし、皇宮でももちろん寝室は別だった。
ちらりとユリウスを見るが、表情からは何も窺えない。
少しでも動揺が見られないかと思ったが、これではビビアンばかりがユリウスのことを気にしているようではないか。
かといって、別室を頼めば伯爵家のご令嬢方が喜んでユリウスに絡んでいくだろう。
その光景を想像して、ビビアンはムッとした。
「ビビ、どうかしたか?」
「何もないわ」
意図せず不機嫌がにじんでしまったようだ。
「……私はあちらの椅子で眠る。ベッドはビビが使うといい」
「違うわよ。どうしてそうなるの」
「同じベッドを使うのが嫌なのではないのか?」
「いいえ。出迎えの時のことを考えていただけ」
ユリウスは何かに気がついたようにビビアンを見つめる。
「まさか、嫉妬……!」
ビビアンは返事をしなかったが、ユリウスはその様子にさらに確信を深めたようだ。
「安心してほしい。私の目にはビビしか映らない」
「……なんで嬉しそうなの?」
「嬉しそう……?」
「口許が微笑んでいるわよ」
「それは、ビビに嫉妬される程に好意を持たれて嬉しいからだ。私から、あの見る目のない伯爵や娘達には近づくつもりはない」
言い切ったユリウスに、ビビアンは息を吐く。
ビビアンのことを『棘のある薔薇』と評した伯爵のことも、ユリウスはよく思っていないようだ。
だが、伯爵とまで距離を置いては、ユリウスがこの地に来た意味がないのではないだろうか。
「伯爵はいいんじゃない?」
「実務はジョージ殿が行っていそうだから、調査次第だな」
声を落として言うユリウスに、ビビアンは得心する。
どうやら連れてきている文官に、この家の監査も行わせるようだ。
(なかなか機会もないものね)
監査官は数年に一度、各領地をまわっているが、買収されることもある。
特に、ノークス伯爵家は社交を免除されているため、羽振りがよくなったとしてもすぐには気がつかない。
「この城や、あの母娘の様子を見るに、かなり金をかけていそうだが、そこまで税収は上がっていない」
声を落として言うユリウスに、これは代替わりが起こりそうだと密かに思う。
「ところで、ビビは私のことは意識してくれないのか?」
考えていると、ユリウスがそっとビビアンの頬に手を添える。
「え?」
目を瞬かせるビビアンに、ユリウスはうっとりとした色をサファイヤの瞳に宿して微笑んだ。
「ビビと過ごす夜を楽しみにしている」
そう言うと、ユリウスは晩餐のために着替えに向かった。
(椅子で寝なくていいと言ったのは、早計だったかしら……?)
ドキドキする胸を押さえつつも、深呼吸をする。
この後も予定がある。ユリウスのことばかりを考えるわけにはいかない。
心を落ち着けた後、ビビアンも晩餐の準備に着替えに向かうのだった。
晩餐の時間は、この土地で取れたという野菜や、キジの肉を使った料理でもてなされた。
(美味しかったけど、疲れたわ……)
晩餐の初めの方は、相変わらずこの家の娘達はユリウスに色目を使っていた。
しかしユリウスの極寒の対応で、後半は諦めたようだ。
ユリウスは伯爵にも話を振っていたが、伯爵は領内のことについての質問に答えられず、最後はジョージと話をしていた。
ビビアンも明日は薬草畑を見せてもらう約束を取り付けることができ、わくわくしている。
ただ、いい話ばかりではなかった。
早速、ジョージはこの家の薬草の資料を探してくれたようだが、ビビアンの持ち込んだ症例に関する記録は内も残っていないようだ。
解決策が見つからない可能性も考えてほしいと言われた。
一応、土を入れ替えてみたり、肥料を与えて復活するかどうか試してみると言っていたが、どれだけ効果があるかわからない。
(せめて原因だけでもわかるといいのだけれど……)
ただ、もし本当に土に原因があるのならば、対応するのに時間がかかるかもしれない。
(流石に、この地の土を持っていって、畑の土を全部入れ替えるなんてできないものね……)
その時は土の成分を分析してから、土壌改善をすることになるだろう。
その場合、回復薬の入手方法を今一度考え直す必要が出てくる。
(まだ、どうなるかはわからないわ。結論を出すのは、全ての手を尽くしてからよ……)
湯を浴びて寝室に向かうと、ユリウスは既に部屋でくつろいでいた。
ソファに腰掛け、テーブルの上にはお酒と思われる瓶とグラスが置かれている。
「待たせてしまったかしら?」
「いや。女性は支度に時間がかかるものだろう」
そう言って、ユリウスは二人分のグラスにお酒を注ぐ。
なんとなく晩餐前の会話が思い出され、ビビアンは一人納得した。
(夜が楽しみってこういう意味だったのね)
誤解をしていたことを気がつかれないように、ボトルについて尋ねる。
「そのお酒は?」
「この地で作った薬草酒だそうだ。ジョージ殿からいただいた。二人で飲もう」
「もう、私の分まで注いでいるじゃない」
「いらないなら、私が飲むが……」
「折角だし、いただくわ。薬草をつけ込んでいるの?」
「そうらしい。薬草と、ハーブで作っているそうだ」
「なるほどね」
軽くグラスを合わせて、口を付ける。
薬草の香りがついているが、すっきりとした甘さがあるお酒をベースにしているのか飲みやすい。
「あら。意外と美味しいのね。薬みたいな味を想像していたわ」
「ベースは白ワインのようだな」
「薬草も使っているのなら、何か効能があるのかしら」
「滋養強壮や冷え性の改善、朝の寝覚めがよくなると言っていた」
「冷え性に効くのはいいわね」
同じお酒を飲んで、味の感想を言い合うなんて普通の夫婦みたいだ。
「なんだか、ユーリとこんな風に穏やかな時間を過ごしているなんて夢みたいだわ」
「……ビビは、私達が夫婦だと自覚は?」
むっとするユリウスに、ビビアンは微笑んでみせる。
「もちろんあるわよ。ユーリも、私のお願いを覚えている?」
「……植物園でのことか。忘れるわけがない」
きちんとユリウスの気持ちを言葉にしてほしいと願ったことは、覚えてくれているらしい。
「あら、いつまで待っても音沙汰がないから、忘れられていると思っていたわ」
「私の薔薇は手厳しいな」
植物園の話題を出したからか、ユリウスはビビアンを薔薇にたとえて肩をすくめる。
「薔薇には棘があるものよ」
「その棘も含めて愛おしい。以前は、私だけがその美しさを知ればいいと思っていたのに……。私の手では、ビビの輝きを、世間から隠すことはできないようだ」
「急に詩人になったわね。お水をもらった方がいいかしら?」
酔うと饒舌になるタイプなのだろうか。
だが、晩餐の席ではワインを勧められていたが顔色一つ変えていなかった。
ビビアンは、まだあまり減っていない薬草酒の瓶を眺める。
(このお酒と、相性が悪いのかしら?)
あまり飲ませすぎない方がいいかもしれない。
やはり、水を侍女に頼もうと席を立ったところで、急にユリウスに手を掴まれる。
「きゃっ」
そのまま急に引き寄せられ、気が付くとビビアンはユリウスの膝の上に座っていた。
「ユーリ?」
視線を上げると、ユリウスはじっとビビアンを見つめている。
「ビビ……。どこにも、いかないでほしい」
「いかないわよ? だから、この手を離してくれるかしら」
「離すなど……。なんでそんな酷いことを言うんだ」
まるで駄々っ子のようなユリウスに、ビビアンは息を吐く。
酔っ払いがこんなに面倒くさいとは思わなかった。
「ユーリ……。あなた、そろそろ寝た方がいいわ」
ビビアンをぎゅっと抱きしめたまま離さないユリウスに苦笑する。
侍女を呼ぶのは諦め、さっさと寝かしつけてしまった方が早そうだ。
といっても、ここで寝せるわけにはいかない。
疲れも取れないだろうし、誘導してベッドで寝せよう。
そう思って声をかける。
「このままここで眠るつもり? ベッドで寝ないの?」
「ビビも、眠るのか?」
「そうね。私も寝ようかしら」
「なら、私が連れて行く」
「えっ」
ビビアンを抱えたままユリウスは立ち上がり、ベッドへと向かう。
そうして、ビビアンをそっと下ろすと、その場に押し倒した。
「ユ、ユーリ?」
「ビビ……。私の唯一の薔薇」
ユリウスを見上げるビビアンに、彼はうっとりと笑ってみせる。
(あれ……? これは、まずいのでは……?)
今更ながら身の危険を感じ、ぎゅっと目を閉じたときだった。
隣からトサリと音がしたかと思うと、ユリウスの圧が消え、ビビアンは薄く目を開けた。
見ると、隣にユリウスが倒れるように寝入っている。
(た、助かった……?)
体を起こそうとするが、ユリウスはビビアンが離れようとする気配を察知したのか逆に胸の中に抱き寄せられてしまう。
「……ビビ。逃げ、るな……」
寝言のようだ。
(抜け出すのは、諦めた方がいいかしら……? ということは、えっ、朝までこのまま……!?)
同じベッドで寝る覚悟はしていたが、抱きしめられたまま眠りにつくなんて聞いていない。
(ユーリは眠っているのだし、気にする方が負け……。もう、こうなったらそう思うしかないわ!)
やけくそで、必死に、眠ろうと目をつむる。
同じベッドで眠る覚悟はしていたが、こんなことになるとは欠片も想像していなかった。
全く眠れないのではないかと思っていたものの、ユリウスの温もりと心音が心地よく、微睡みはすぐにやってくる。
そうして、いつの間にかビビアンも眠りに落ちていたのだった。




