3.お仕事を探します
翌朝、ビビアンは宰相の執務室に向かった。
公務についての話を聞くためだ。
先帝から宰相を務めるゴダール侯爵は、笑顔でビビアンを出迎えた。
侯爵は白いものが混じる黒灰の髪に、黒い瞳をしており、一見穏やかな雰囲気が漂っている。
しかし、よく見ると瞳の奥には抜け目のない光が灯っていて、決してビビアンを歓迎しているわけではなさそうだ。
「ごきげんよう、ゴダール侯爵」
「これは皇妃殿下。本日は気持ちいい朝でございますね。しかし、このような所にいらっしゃるとは珍しい。いかがなさいましたか」
「公務について伺いたいと思いますの。私は何をすればよろしいかしら」
「皇妃殿下が、お仕事を……?」
ゴダール侯爵はじっとビビアンの反応を伺いながら言う。
「陛下から、皇妃殿下にはあまりご負担をおかけしないよう、ご公務は必要最低限とするようにと伺っておりますが」
「え、陛下が……? その必要最低限とは、どんなものかお伺いしても?」
「絶対に妃殿下に出ていただかねばならない、社交です。皇族が出なければいけない夜会、そして他国からの賓客をお迎えする時の晩餐会でしょうか。まぁ、どちらもしばらくは予定はございませんので、必要がある時に声をおかけいたします」
こちらの反応を伺うような視線を感じつつも、ビビアンは内心悲鳴を上げていた。
(聞きにきてよかったー! 仕事をしろと言われないって何もしなかったら、断罪フラグが立っていたわ!)
ユリウスがどういうつもりでビビアンの仕事を減らすよう調整していたのかはわからない。
ひとまず、今はゴダール侯爵に仕事を振ってもらうことが先決だろう。
「……他に、私にできることはないかしら?」
ビビアンの言葉に、ゴダール侯爵は目を細める。
「他にというのは? 具体的にどういったものをご希望ですか?」
「なんでもいいわよ? 色々あるでしょう」
「そう言われましても、基本的に殿下のお仕事だったはずのものは、宰相府と陛下で割り振っておりまして。既に長年この体制で来ておりますので、新たに調整するとなるとこちらも新たな負荷が発生するのですよ」
「それは……今まで申し訳ないことをしていたのね。謝るわ。なら、それ以外で私に振ってもいいって思えるお仕事は、何かないかしら?」
ゴダール侯爵は言外に、今更仕事をしたいだなんて遅いし迷惑だと言っているようだ。
その点は反省しているが、ここで何の成果もなく戻れば処刑に一歩近づいてしまう。
折れないビビアンに、ゴダール侯爵も諦めたように言う。
「本当に、何でもいいということでしたら、予算がなく困っている事案がございまして。しかし、こちらは殿下がお引き受けされた後、途中で投げ出されるようなことがあれば、民も非常に困ることになるのです。なので、最後まで責任を持ってやり遂げていただかねばならないのですが……」
本当にできるのだろうかという眼差しのゴダール侯爵に、ビビアンは胸を張る。
「こちらがお願いしているのだもの。文句は言わないわ」
「でしたら、スラム街にある孤児院の立て直しをお願いします」
「スラムに、孤児院があるの……?」
「少々説明をいたしましょう。まず、王都には国立の孤児院も存在します。そちらは国の支援もあり、院長も国で雇った専門の者に任せておりますので運営は安定しております」
ビビアンは頷く。
皇太子妃教育でもその部分は習っている。
ちなみに、各地方の領地にある孤児院は、その土地の領主が責任を持ち、国としては領主を通じて支援していたはずだ。
「しかし、その孤児院は、元は国の管轄ではありませんでした」
「え?」
「スラムにいる子供達だけでもまっとうな教育をと思った篤志家がいらっしゃいまして、その方が孤児達を集め、スラム街の土地を一部買い取って子供達に教育を与えていたようです」
「その方は……?」
「去年亡くなられました。しかも突然のことでしたので、引き継ぎなどの準備もなく、その方の後を継ぎたいと願い出る人もいない状況です。現状はその篤志家が残された遺産で運営されていますが、その予算ももうすぐ尽きます。ご遺族からは後のことを国に頼みたいと申し出がありましたが、予算の問題もあり急に引き受けるのは難しい状況です。孤児を見放すわけには参りませんが、無闇に引き受けてしまうと、再び同じような申し出が続く懸念もありますから」
「状況はわかったわ。私がその孤児院の後援をすればいいのね」
「はい。ただ、国からは予算は付きませんから、その点はくれぐれもご承知ください」
「そうよね……。私のプライベートな交際費を充てるのは?」
「そちらはご自由に。しかし、一年、二年で終わる話ではありません。妃殿下には継続的な視点でお考えいただきたいと思います」
「ふぅ……わかったわ。難しそうだけど、私から仕事を欲しいといったのだものね。頑張ってみるわ」
「妃殿下にそう言っていただけて、私としても非常にありがたく思います。予算の件ではご協力できませんが、人手は貸し出しましょう。後で挨拶に伺わせます」
そうして、ビビアンは宰相の部屋を後にした。
ゴダール侯爵は感情の読み取れない瞳でビビアンを見送っていた。
ビビアンはゴダール侯爵と話をした後、ひとまずは問題の孤児院について調べることにした。
宰相の部屋からの帰りに図書館に寄って、孤児院関連の資料を皇妃の執務室に持って帰る。
といっても書類を確認するだけでわかることは少ない。
孤児院については、収容人数が十五名ということくらいしかわからなかった。
他にゴダール侯爵から聞いた篤志家の貴族の名前と、その遺族の名前を控えておく。
(……イベール伯爵が、孤児院を作られたのね)
孤児院を作った篤志家は、子はないが、愛妻家だと有名な伯爵だった。
音楽サロンで妻のために作曲したというピアノの演奏を披露したという話は、ビビアンも聞いたことがある。
以前から孤児院を運営しており、奥方を亡くされた後はさらにその運営に力を入れていたようだ。
イベール伯爵が亡き後は親戚が伯爵位を継いでいるが、領地に関係の無い孤児院までは引き継ぐつもりはなかったらしい。
(孤児院の後援をすると約束したけど、どうしたらいいかしら)
ゴダール侯爵は国からは予算は付かないと言っていた。
ということは、孤児院が運営していく資金を継続的に集める方法を何か考えなくてはいけない。
(それにこれだけの資料では、どんな支援が必要かはわからないわ。やっぱり実際に見に行ってみるしかないかしら)
孤児院への支援は、毛布や服、食べ物などを持って行くのが一般的とされるが、支援者が不在の孤児院は何が必要かわからない。
ビビアンの予算も無限ではないし、ここはやはり現場を見てから判断するべきだろう。
外出を考えるとなると、護衛の手配などもしなければならない。
手続きはどうするのだったかと考えていたところで、執務室に訪問者があった。
「宰相閣下の命で参りました。近衛所属のマクシムです」
「まぁ、あなたが来てくれたのね」
会うのは学生以来だ。
マクシムはブルトン伯爵家出身で、学生時代から皇太子ユリウスの側近だった。
赤銅色の髪に青い瞳をしていて、騎士団長の子息でもある。
現在は王立騎士団に入団し、近衛として国に仕えているはずだ。
学生時代、ビビアンはユリウスとその側近達とは距離があったが、端で見ていても彼らの集団は女生徒達からも人気があった。
ビビアンのところに来たのが不服なのか、若干眉根が寄っている。
「……閣下から皇妃殿下のご命令を伺うようにと言われています。ご用の際は私にお申し付けください」
「助かるわ。明日、王都の町に出るつもりなの。護衛をお願いね」
「は……?」
ぽかんとするマクシムに、ビビアンは端的に説明する。
「ゴダール侯爵に、王都にある私設孤児院の立て直しの仕事をもらったの。早速現場を見に行くつもりよ」
「皇妃殿下がですか? 立場をお考えください。危険です!」
「そう思ったから、ゴダール侯爵もあなたを派遣してくださったのでしょう」
唖然としながらも騎士としての言葉を発するマクシムに、内心感心する。
(好かれていないと思っていたけれど、ちゃんと護衛として働いてくれるつもりはあるのね)
マクシムに対する評価を内心改めたものの、ビビアンに予定を変えるつもりはない。
「そういうわけで、護衛に関してはブルトン卿に差配をお願いするわね。もう行っていいわよ。私もこれから明日の準備をするから」
出発の時間を告げて、慌てるマクシムの声を背中で聞きつつビビアンは厨房に赴いた。
始めて孤児院に向かうのだ。
甘い菓子を準備して、少しでも子供達の印象を良くしたい。
(何を作ってもらおうかしら)
子供達が喜びそうなお菓子なんて知らないが、ビビアンには前世の記憶がある。
その記憶を振り返りながら、やはりクッキーがいいだろうか。
側付きの侍女にも聞いてみたが、クッキーは喜ばれるものの一つのようだ。
というか、甘い物ならなんでも喜ばれるようだ。
(ひとまず、皇妃の予算には手を付けない方がいいでしょうね。となると持参金から引いてもらいましょうか)
宰相は皇妃の予算で、ビビアンのお小遣いに割り当てられている分は好きにしていいと言っていた。
だが、断罪フラグがあることを考えると、何も考えずにそちらを使って、後で横領だなんだと言われたくない。
懐は痛むが、ひとまず公爵家から持って来た持参金で賄おうと決める。
(どんな子達がいるかしら……?)
翌日を楽しみにしながら、準備を進めるのだった。
明日からは1日1回投稿となります。




