表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/44

28.報告に行くわよ!+宰相視点

 チャリティコンサートの日から一週間。

 集まった募金の集計や、ギブソン男爵に取り仕切ってもらったバザーの売り上げの集計が終わり、その他の事務処理にも目処が付いたところで、ビビアンは宰相のところに向かった。


 最近、どこかの部署で抜き打ちの監査が行われたようで、廊下はいつもよりも騎士や文官の行き来が多い。


(大変そうね……)


 ビビアンのところも、いきなり監査が入っても問題ないよう、しっかり帝国法に則った書類を作成しておかねばと気が引き締まる。

 流石に宰相府は静かなものだった。


「本日はいかがなさいましたか」

「孤児院の建て直しの目処がついたから、その報告よ」


 持ってきた集計報告書を見せる。

 今後、子供達のために新たに声楽の教師を雇ったり、建物の改修をしたとしても、十年は安泰と思われる金額が記載されている。

 コンサートは来年以降も続ける予定であり、石けんで集客を行なった今年ほどの収益は得られなくても定期的に運営資金の目処はつくだろうという見込みを添えている。

 それらに目を通すと、ゴダール侯爵は深く息を吐いた。


「大規模な催しをされていらっしゃいましたが、これ程までの収益を上げられるとは……。皇妃殿下がこんなにも起業家としての才能を持っておられたとは、寡聞にして存じませんでした」

「あら。私の試みが成功したのは、帝国貴族や帝国民の慈愛の精神のあらわれよ」

「何をおっしゃるやら。あの『石けん』なる物、私も使っておりますが早く貴族向けの販売を始めていただきたいと思っているところです」

「もうすぐギブソン商会から販売が開始されると思うわ」


 ゴダール侯爵は頷くとビビアンを見つめる。


「それで、これから何をなさるおつもりですか」

「それは私が聞きたいところね。公務についての割り振りは変えるつもりはない?」

「はい。その件については、陛下からもご意見を頂戴しておりまして、皇妃殿下には慣例に則った公務をしていただくより、このまま自由に動いていただく方が、帝国としても国益が大きいという結論が出ております。ただ、何をされるかは教えていただけるとこちらも心構えができて嬉しいのですが……」


 公務が振られないのは、ビビアンが仕事を嫌がっているわけではないという認識はユリウスや宰相にも伝わったようだ。

 だが、上手くいき過ぎて、自由にさせた方がよいという結論になってしまったらしい。


(これは手を抜けば、すぐに断罪フラグは復活するということね……)


 といっても、今のビビアンには目標がある。

 それまではサボるつもりもないのだし、断罪フラグへの心配は一旦忘れてもいいかもしれない。

 ゴダール侯爵を見ながら言う。


「私の今の目標は、帝都のスラムの解体よ。国民に等しく、心安らかな暮らしをしてほしいと思っているの」

「ギブソン商会を通じ、スラムに暮らす者を多く雇われたのもそのお志によってですかな?」

「そうよ。でも、流石に石けん事業だけでは全員の雇用は生み出せなかったし、また別の仕事を考えているわ」

「もうご構想がおありですか?」

「ええ。今度は回復薬に関する仕事を作れないかと考えているところよ」

「回復薬ですか……!」


 意外というようにゴダール侯爵が目を見開く。


「ノークス伯爵家が作ってはいるけれど、正直国内需要は満たしていないでしょう? 一応確認しておくけれど、回復薬はノークス伯爵家に独占事業を認めているってわけでもないわよね?」

「おっしゃる通りです。過去、他の領地でも薬草栽培を試みたことがあったと聞いていますが、ノークス伯爵領でしか回復薬の原料となる薬草の栽培がうまくいかなかったと認識しております」

「情報感謝するわ」


 ゴダール侯爵がふと、何かを迷うようにビビアンを見る。


「なに?」

「いえ。お引き止めして申し訳ありません」


 少し気になったものの、ビビアンは宰相府を後にした。


◇◇◇


 エリュアール公爵家出身の現皇妃、ビビアン。

 現皇帝ユリウスの唯一の妻である。


 ゴダール侯爵家当主で現宰相のトーマスは、彼女について、幼い頃にユリウスの婚約者に決まった令嬢という認識しか持っていなかった。


 皇子だったユリウスとの顔合わせの際には「お姫様は働いたりしない、だから仕事はしない」と堂々と要求したと聞いている。

 他家の方針に口を出すつもりはないが、エリュアール公爵家ではどういう教育をしたのだろうと思ったものだ。


 婚約時代も酷かった。

 教育はなんとか進んでいたらしいものの、その成績は平凡で優秀さのかけらもない。

 だが、ユリウスはそんなことは関係ないとばかりに溺愛していた。

 ユリウスと魔力の相性が良く、ビビアンが筆頭公爵家の出身でなければ婚約に反対しただろう。


 そんなある日のことだった。

 突然、ユリウスはビビアンへの興味が失せたかのように振る舞うようになった。

 愛だけでは帝国皇妃にはなれないと気がついたのかもしれない。

 将来、寵姫に振り回されて国が傾くなんて事態にはならなさそうで安心したのを覚えている。


 だが予想に反し、ビビアンとの婚約は破棄されないまま、二人は結婚に至った。


(筆頭公爵家の後ろ盾のためか?)


 両親の事故死の際にも感情を露わにしなかったユリウスが、何を考えているかはわからなかった。


 そうして、仕事をしない皇妃が誕生したものの、宰相府の仕事は以前と何ら変わらない。

 早い段階から皇帝と宰相府で皇妃の公務を分担しているため、問題は起きようがなかった。

 史上初のハリボテの皇妃にはもう、あとは世継ぎをもうけることくらいしか期待していなかったというのに、結婚した途端、ビビアンが公務をしたいと言い出した。


(何かたくらんでいるのか? いや、単なる気まぐれか……)


 初夜でユリウスと盛大に夫婦喧嘩をしたというのはトーマスの耳にも入っている。

 どうせそれで意固地になったのだろう。

 やる気は一瞬で消えるだろうと思い、国政への影響が少なく、失敗しても被害の少ないスラムに作られた孤児院の建て直しを依頼した。


 正直、ビビアンに孤児院の経営回復をこなすのは無理だと思っていた。

 予算もなく、場所も悪い。

 予算が潤沢にあったとして、トーマスですら、あの孤児院を黒字運営するのは無理だと感じる。

 だが、ビビアンはトーマスが思いもしない方法で、一年と時間をかけずにやり遂げてみせた。


 子供達と帝国で一番広い劇場でチャリティコンサートというものを開き、十年分の運営費に匹敵する寄付を集めた。

 もともと、あの孤児院はイベール伯爵が声楽の指導をしていた。

 そんな偶然もあってのことだと思うが、ユリウスまでもが舞台の裏で魔術を使い、素晴らしいコンサートを開催した。


(妻は絶賛だったな……)


 予約をすると石けんがもらえるからと、トーマスも妻に引っ張りだされて公演を鑑賞したが、子供達の天使のような歌声と、見る者の心に衝撃を与えるような魔術演出は、まさしく革命だった。

 あの公演に協力した魔術師は誰だったのか、探っている者も多い。

 まだバレていないが、いつかはユリウスの名が出るかもしれない。


(そうなったときの騒動を思うと、今から頭が痛いな……)


 だが、ビビアンがもたらしたのは頭痛だけではなかった。

 彼女が考案したという石けん。

 その流行を利用して、スラムの問題まで半分片付きそうだった。


 販売を委託しているギブソン男爵と提携し、ビビアンは石けんの製造にスラムにしか居場所がない者達を積極的に雇用している。

 送迎と三食の食事を付け、その分利用者には給金を減らすことで対応しているそうだ。

 いずれは寮も考えていると聞く。

 行政が長年手をこまねいてきたスラムの問題が大きく動き、宰相府に働くもので驚愕の声を上げない者はいなかった。


 まさに皇妃でなければできない偉業だった。


 ビビアンの有能さが証明されたわけだが、誰も、元の皇妃の公務をしてもらおうとは言い出さなかった。

 宰相府でも、皇妃には変えのきく単なる政務より、自由に動いてもらい帝国の問題を片付けてもらう方が良いという判断で一致した。


 何が皇妃を変えたのか。

 それは謎だ。


 そして、皇妃の活躍を耳にするのと反対に、愚息のやらかしが発覚した。


(どうして、ああなってしまったのか……)


 学園時代、皇帝と共にあり、人脈を築いてきたのではなかったのか。

 確かに、官吏登用試験の結果は中の下ではあった。

 コネがあったとしても宰相府には招くことのできない出来だ。

 学生時代、聖女アイリに傾倒していたから、仕方が無いことかもしれない。


(私も仕事に邁進し過ぎていた。それが、よくなかったのか……) 


 妻が言うように、もっと家族のことを気に懸けるべきだったのかもしれない。

 だが、回り道は悪いものではない。

 他部署を経験し、地道に経験を積むことで、いずれは役に立つ日が来るはずだ。

 ヘンリーもいつかはそのことに気が付くだろうと、トーマスはそんな風に思っていた。


 しかし、何を間違ったか、ヘンリーは不正に手を染めていた。

 当初は、トーマス自身も職を辞し、連帯責任をと考えていた。

 だが、辞表を出そうとしたところで、ユリウスからは鋭い質問が飛んできた。


「宰相としてのお前に、代わりはいない。親として、ヘンリーの犯した罪の責任を取る方法は、本当にそれが最善なのか?」


 そう問われ言葉に窮した。

 確かに、まだ時期宰相の器に相応しい者は育っていない。

 せめて、後任を育てないと、更にユリウスに迷惑をかけることになるだろう。


(それまで、身を粉にして帝国に尽くすべきということか……。本当に厳しいお方だ……)


 宰相を続けるにあたり、身内に罪人がいるというのは示しがつかない。

 ヘンリーには絶縁を告げるしかなかったが、罪を償ったヘンリーが戻ってきた時、自分とわからぬように手を差しだすつもりだ。


(でもその前に、私自身、変わらなければいけないのだろう……)


 トーマスは仕事と家庭で揺れる天秤で、常に家庭を切り捨て続けてきた。

 その結果が今ならば、現状を甘んじて受け取るしかない。


(自分も、皇妃殿下のように変われるのだろうか……)


 突然、仕事をしたいと言いだし、めざましい結果を出したビビアンのように。

 彼女は既に次の目標を見つけ、その瞳は希望にきらめいて見える。


(皇妃殿下も、変わる切っ掛けがあったのだろうか……)


 聞いてみたいと思ったけれど、結局尋ねることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ