27.打ち上げをするわよ!+リック視点
チャリティコンサートから二日後。
ビビアンは孤児院に向かった。
皇宮からは、今日は特別に厨房にケーキを焼いてもらい、いつものクッキーと共に持ってきている。
今日は練習ではなく、先日の打ち上げを行うのだ。
(子供達、この間は頑張ったものね)
結果から言うと、チャリティコンサートは大成功だった。
あの後は、幕が下りても鳴り止まない拍手に追加で二曲披露している。
そしてコンサート後、舞台服を着たままロビーで募金を呼びかけると、恐ろしい程の額が集まってしまったのだ。
もともとチケット代で運営費をまかなうつもりだったが、この後十年は何もしなくても安泰だと思われる金額が得られてしまった。
後日、募金者にはビビアンからお礼状を出す予定だ。
(私からの手紙とは別に、孤児院の子供達からも手紙も付けた方がいいかしら)
今までどうしていたのかも聞いて、孤児院としてどうするかははノエミに任せよう。
そんなことを考えている間に、孤児院に着いていた。
孤児院では、いつものように出迎えられる。
中の広間で、普段見かけない人物の姿を見つけた。
「今日はギブソン男爵も来ていたのね?」
「打ち上げをなさると聞きましたので、差し入れを持って参りました」
「ありがとう」
微笑みを浮かべ話をしていると、ユリウスもやってくる。
「ビビ。こちらは?」
「そういえば、ユーリに紹介したことがなかったわね。石けん事業や、チャリティコンサートでお世話になっているギブソン男爵よ。ギブソン男爵、こちらは夫のユリウスよ」
「皇妃殿下には格別のお引き立てをいただきまして、大変お世話になっております」
ギブソン男爵の礼に、ユリウスは頷いてみせる。
だが、その眼差しはビビアンに向けるものとは異なり、冷たさをはらんでいる。
(結婚前のユーリみたいな雰囲気ね)
ギブソン男爵を威嚇する意味は何なのだろうか。
「ユーリ、どうしたの?」
ビビアンが尋ねると、その雰囲気は少し和らいだ。
「いや。話には聞いていたが、男爵の若さに驚いただけだ。妻から話は聞いている。今後も変わらぬ付き合いを続けてほしい」
「め、滅相もありません。皇妃殿下は、商いの女神のような御方! こちらが見捨てられない限り、今後末永くお付き合いできたらと考えております!」
ユリウスの威嚇を浴びつつもそう言った男爵に、冷気が消える。
(ユーリなりに、心配してくれていたのかしら?)
よくわからないが、挨拶は終わったようだ。
ビビアンは男爵に尋ねる。
「そういえば、ギブソン男爵の差し入れって何かしら」
「ぶどうのジュースです。樽で持ち込んでおりますので、今日は存分にお召しあがりになっていただければと」
ビビアンがお礼を口にする前に、子供達から歓声が上がる。
「ジュースだって!?」
「やったー!」
元気すぎる子供達の声に苦笑しつつ、お礼を言う。
「ありがとう! 嬉しいけれど、そんなに持ってきてくれてよかったの?」
「もちろんです。それに、石けん事業もですが、今回のコンサートとバザーも大変好評でして、できたら来年も開いていただければという下心もあります」
「それは子供達次第かしら」
ビビアン達を囲んでいる子供達に視線を向けると、皆期待に顔を輝かせている。
「来年もやっていいの!?」
「私も、またやりたい!」
「僕も!」
子供達は満場一致で賛成のようだ。
「ノエミ先生はどうかしら?」
「先生も、賛成?」
「ええ、私も皆がやりたいと言うのなら賛成です」
ノエミの言葉に、子供達の歓声が上がる。
「皆、賛成のようね。ユーリはどうかしら?」
「ビビが参加するなら私も手伝おう」
「助かるわ。正直、ユーリの魔術は私には真似できないもの」
そうして、皆に言う。
「ひとまず、次回についてはまた考えましょう! 今日は打ち上げよ! 準備を始めましょう! 私もケーキを準備してきたわよ!」
「やったー!」
「ケーキってまじ!? 食べたことない!」
「私も!」
「どんなの!?」
子供達が皿や食器を取りに行き、ケーキをお披露目すると皆大興奮だった。
乾杯をして一緒にケーキを食べる。
途中で子供達からサプライズでビビアンに隠れて練習していたという歌をアカペラで聞かせてもらい、楽しい時間を過ごしたのだった。
◇◇◇
リックの一番古い記憶は、雨の日にようやく見つけた軒下を自分より少し体が大きな子供に追い出され、泥水でできた水たまりに体が投げ出された瞬間のものだった。
泥は激しい雨でほとんど落ちたけれど、しばらくはずっと嫌なにおいが取れなかった。
皆、貧しく、腹を空かせていた。
体はいつもどこかしらが痛くて、お腹が減っているのは当たり前。
少しでも力を持つ者がいい場所を陣取り、食料を奪っていった。
こんな場所、逃げ出してやる。
そう思ったこともあった。
けど、綺麗な場所に行くと、薄汚い物を見るような目で見られたり、商売の邪魔だと追い払われ、運が悪ければ石を投げられた。
だからどこにも行きようがなかった。
それからは、ただ死なないために生きていた。
イベール伯爵というおじいさんに拾われたのはそんな時だった。
貴族という、リックのような子供からしたら、本来口をきくことすらできない、とてつもなくえらくてお金を持った存在なのだそうだ。
何の気まぐれか、子供を集めているようで、飢えない暮らしを与えてくれた。
雨風をしのげるしっかりした家と食料が与えられる代わりに、歌を学べと言われる。
文字や数字も教えてもらったが、イベール伯爵が一番喜ぶのは、リックやリックと同じように連れてこられた子供が歌を上手に歌えた時だった。
だから、必死で練習した。
捨てられないために。
こんな生活を知ってしまったら、もう、残飯を漁り路上で生活する暮らしには戻れなかった。
ノエミ姉ちゃんは、リックよりも先にこの場所に暮らしていた。
連れてこられた他の子の面倒を見ていて、誰より先に大人になったが、ここを出ることなく、リックや他の子の面倒をみてくれていた。
ただ、ノエミ姉ちゃんは特別で、リック達は大人になったら、外で仕事を探さなければならないらしい。
でも、その時は伯爵も手を貸してくれるそうだ。
(オレが働けるようになったら、ここの皆に腹一杯食わしてやろう)
そんな風に思っていた。
けれど、突然の伯爵の死によって、そんな夢はあっけなく消え去った。
ある朝、伯爵の使いという、この辺りでは見ないしっかりした衣服を着た男が護衛を連れてやってきた。
その男は、伯爵が亡くなったことを伝え、孤児院の今後について一方的に話をするとそそくさと立ち去った。
男が告げたのは三点。
リック達はこの建物から立ち退く必要はないが、食料が配達されなくなるということ。
今後は国が面倒を見てくれるらしいが、具体的な支援はどんなものかわからないということ。
そして、今後はイベール伯爵の名を出さないようにという通達だった。
始めは、それがどんなことになるのかわからなかった。
食料がないなら、リックや体の大きな少年達で、日雇いの仕事を探そう、どうにもならなければ、孤児院の中の物を売ろうと話し合っていた。
けれど、この世界はそんなに甘い物ではなかった。
伯爵の庇護があった時と同じように、孤児院に泊めてくれという四人組の男達を受け入れた翌朝。
大人しく宿を借りた男達は、翌朝、孤児院から金目の物を持てるだけ持って逃走した。
行かせまいとしたが、力では敵わなかった。
自分たちがイベール伯爵の名に守られていたのだと、自覚がなかったからこそ起きた失敗だった。
それ以後、同じような男達が繰り返しやってきた。
受け入れられないと断ると罵声を浴びることになったが、受け入れてしまえば、今度は他の兄弟姉妹が傷つくことになるかもしれない。
できるだけリックが対応するようにして、他の者には対応させなかった。
しばらくすると泊めてくれという男達は来なくなったが、今度は、孤児院を明け渡せという者達が来るようになった。
伯爵の死後、誰もこの孤児院を気にかける権力者がいなくなった。
そう思われてしまったのだろう。
あると言っていた、国からの支援もないままだ。
リックを含めて年長の子で日雇いの仕事を探したが、スラムにある孤児院出身で、保証人もいないリック達を雇ってくれようという者はおらず、金銭は得られない。
あと数日もしたら、節約しながら食いつないできた食料がなくなる。
さらには、今まで孤児院を守ってくれていた防犯の魔法陣は日々輝きを失っていた。
この輝きが消えたら、最悪、孤児院の建物さえ奪われてしまうかもしれない。
この場所を取られたら、皆で暮らせる場所を探さなければならない。
幼い子供達は、ただ食べる物が乏しいということくらしかわかっていないが、ある程度の年長の者達はノエミと共に今後どうするか、何度も話し合い、その度に自分達ではどうしようもないという結論しか出せなかった。
最後まで抗うつもりだが、あと数日すれば絶望がやってくる。
そう、覚悟していた時に、その人はやってきた。
輝くような金色の髪に、強い意志を秘めた紅の瞳。
こんな場所に不釣り合いにも程がある煌びやかな衣服を着たその人は、文字通り、リック達に救いをもたらした。
リックは最初、この孤児院を奪いに来た敵と間違えて失礼な態度を取ってしまった。
なのに、咎めることなく、輝きを失っていた魔法陣に魔力を注いでくれた。
それどころか、この孤児院を奪おうとする男達に、この孤児院が国の庇護下にあると明言して追い払ってくれた。
早めに食料を届けるという言葉通り、その日のうちに山盛りの野菜や肉が届き、食料庫はパンパンになった。
差し入れとして持ってきてくれたクッキーは、彼女が帰ってから皆で分けた。
久々に食べる甘い物に喜ぶ幼い子達に、涙が出てくる。
ビビアンと名乗った女性は、まさにリック達にとって救いの女神だった。
また来ると去って行ったビビアンは、日をおかずに再訪してくれた。
今度はシーツなどのリネン類や冬物の衣服を持ってきてくれたのだそうだ。
そして、その日。
音楽室を見つけたビビアンはリック達にとって懐かしい曲を弾いてくれた。
幼い子達は、ただイベール伯爵がいた頃のように、ピアノの伴奏で歌が歌えることを喜んでいた。
その様子を見ながら、リックは思う。
(こんな安心して暮らせる日々も、ビビアン様がいなくなれば失われてしまうんだ……)
けれど、ビビアンの支援の仕方は、イベール伯爵とは違っていた。
歌を披露することで、自分たちで孤児院のためのお金を稼がないかと提案してくれたのだ。
自分たちの歌でお金が得られるとは思わなかったが、歌はイベール伯爵がリック達に遺してくれた物でもある。
ビビアンが言うのならばやってみようと頷いていた。
そうして、コンサートに向けて歌を練習する日々の中、気がつけば、孤児院だけではなく、孤児院のあるスラム全体に驚くほどに多くの変化が起こっていた。
ビビアンがこの場所に暮らす人達のために仕事を作ったようで、毎日、多くの人が馬車に乗って働きに出かけていく。
孤児院にも置かれた「石けん」という物を作っているらしい。
保証人がいなくても、文字が書けなくても、働きたいと申し出れば雇ってもらえるのだそうだ。
そうして、給金を得られる者達が多くなったおかげか、最近はスラムの治安も少しずつよくなっている。
コンサートの練習として、彼らの職場でリック達の歌を披露すると、驚くほど大きな拍手が与えられた。
――伯爵に庇護された、妬ましい子供達。
もう、誰もそんな目で見る人はいなかった。
むしろ、ビビアンという幸運の女神をこのスラムに呼び込んだ者達と思われているようだった。
そして今日。
リック達は帝国で一番大きいという劇場でイベール伯爵に教わった歌を披露した。
この場所を借りる手続きも、舞台に立つための衣装も、舞台の演出も、お客の呼び込みも、全てビビアンがしてくれた。
ビビアンはコンサートの成功はリック達が頑張ったからだと言ってくれたが、リックにはとてもそうは思えない。
(この成功は、ほとんどビビアン様――皇妃殿下のおかげだ)
リック以外の子供達も皆、そう思っているだろう。
幸い、ビビアンは今回のコンサートが終わっても、孤児院への支援を続けてくれるようだ。
(大人になるまで、……この孤児院にいられる間に、できる限りビビアン様がやっていることを学ぼう。そしていつか、オレもビビアン様みたいなやり方で、この孤児院を守るんだ!)
打ち上げの席で、ビビアンは、幼い子達に囲まれて笑っている。
リックが大人になるまで後二年。
それまでに、できる限りのことを教わろうと心に誓うのだった。




