25.満を持して、予約を取りに向かうわよ!+ヘンリー視点
ビビアンはチャリティコンサートの予約を集めるために、お茶会を開くことにした。
影響力の強い貴族夫人を集め、宣伝を行う。
彼女達のお気に召せば、広めてくれるだろう。
予約自体はギブソン男爵の商会が受け持つため、ビビアンは告知に専念することができる。
今は、侍女のサラ達と厳選した夫人達に招待状を送ったところだ。
「あら、この方も参加なのね」
敵対はしていないが、特別仲が良いとも言えない夫人からも参加の返事があり、ビビアンは驚いた。
「予約をすると会場で石けんを引き換えることができると広まっておりますから」
サラがそう口にする。
ちなみに、サラを含めた侍女達とその実家は既にチケットを購入してくれていた。
ビビアンの考えについても広めてくれているようで、結構な噂になっているらしい。
「皆の協力があってのことよ。感謝するわ」
「滅相もありません。皇妃殿下のお力です。石けんも高貴な方達向けの販売がまだ始まっていないのもあり、かなりの反響だそうですよ」
「あら。そうなの。でも、お茶会を開くにはは貴女達の協力が不可欠よ。頼りにしてるわ」
「が、がんばります!」
やる気に満ちあふれたサラ達と共に、お茶会の準備を進めるのだった。
結果的に、お茶会は大成功だった。
穏健派、革新派の貴族をとりまとめる二人と、中道派の宰相夫人を呼んで四人でのお茶会だったが、やはり皆石けんについて気になっていたらしい。
宰相夫人はビビアンの申請を蹴ったヘンリーの母親だが、親子間で意思の疎通は取れていないのか、宰相夫人は意外にもビビアンの試みに賛同しているようだった。
(まぁ、チャリティコンサートというより、石けんに興味があるのかもしれないけれどね)
ギスギスした胃が痛くなるお茶会だったものの反応は上々で、お茶会の後はしばらく、予約を管理するギブソン男爵は普段取引のなかった高位貴族達から呼び出される日々を送っていたらしい。
今日は、一通り貴族の予約も落ち着いたということで、ギブソン男爵が名簿を持って面会にやってきていた。
「それで、これが予約者名簿の写しね。確かに預かるわ」
「ご返却は必要ありませんので、そちらは皇妃殿下がお持ちください」
ギブソン男爵の言葉に頷く。
名簿をめくると、予想以上に数が多い。
「あら、これって……」
「お気づきになられましたか。そうなのです。予約をいただいている方の数が予想以上に多く、帝国民ホールでは厳しいかと」
「そうよね。この人数なら、大劇場でないと入らないわ」
流石に大劇場が満席にはならないが、八割は席が埋まりそうだ。
当日券も販売することを考えるとギリギリだろう。
慈善事業は、主に貴族家の夫人の仕事と言われている。
夫人同士、もしくは夫人と令嬢とで見に来る人が多いかと思ったが、どうやら家族でそろって見に来る人なども多いようだ。
(予約人数分石けんを配ると言った効果かしら)
そのせいで一組当たりの予約人数が予想よりも膨れているのと、単純に見に来る貴族も多い。
あとは、バザーの関係者の家族からも口コミが広がっているらしい。
嬉しいが、ここまで反響があるとは思わなかった。
「しっかり予約をもぎ取ってくるわ」
そう約束して、その日のうちに書き上げていた申請書類を持って施設管理課に向かった。
「これは、皇妃殿下。ようこそいらっしゃいました」
ビビアンが入室すると、ハリス子爵が若手の文官を連れてやってくる。
(ゴダール侯爵子息は、不在。そういえば、職務上の権限を私物化したからと罰が与えられたと聞いていたわね)
今まで見逃されていたのに、急に処罰されることになったのはハリス子爵が仕事をしたのか、もっと上の指示だろうか。
ビビアンとしては、ゴダール侯爵子息に罰がくだされたという事実だけで十分だ。
「お約束した通り、再申請に来ましたわ。名簿はこちらよ」
「先日は、こちらの者が失礼致しました。名簿などは必要ありません。こちらでただちに処理しますので――」
ハリス子爵が、書類を見て固まった。
「あの。こちら施設名が帝国大劇場となっておりますが……。先日は確か、帝国民ホールで申請をなさっておられたのではなかったでしょうか」
固まったハリス子爵を見て、子爵が連れてきた文官がおそるおそるというように口を開く。
「それがね。先日のことがあって予約を集めてみたのよ。そしたら、予想を超えて多くの方にご支持をいただけたみたいなの。名簿が必要と言ってくださらなかったら、きっと当日困ったことになっていたでしょうから、むしろあの時に言ってくださってこちらとしては感謝していますわ」
ビビアンの言葉に、ハリス子爵の額に脂汗がにじむ。
「というわけで、書類は間違いではないわ。貸し出し手続きをお願いするわね」
「か、かしこまりました!」
今回は問題なく手続きも終わり、ビビアンは足取り軽く執務室に戻るのだった。
◇◇◇
ヘンリーは宰相の子として生まれ育ち、何不自由なく暮らしてきた。
ゴダール侯爵家の威光のおかげで、学園では皇太子のユリウスの側近として名を馳せ、つまづくことなど一度もなかった。
ストレートで王宮官吏試験にも合格し、未来の宰相候補として学友達からはもてはやされた。
だがそれも、官吏としての初配属先を知るまでだった。
(まさか、私が施設管理課に配属されることになるとは……)
施設管理課は、皇宮の利権に関わる部署でもなく、外交にも、国の政策を左右するような部署でもない。
ただ、存在する施設の維持と、貸し出し管理をするための、華やかさのかけらもない部署だ。
ヘンリーが宰相府に配属されなかったのは、宰相でもある父の考えだ。
若い間は、皇宮を運営するために必要な色々な部署の仕事を知っておくべきという考えで、人事に余計な配慮を禁じたと聞く。
だが、それでも、政策立案課や、財務課など、他にいくらでもヘンリーの成績に相応しい部署はあったはずなのだ。
(おそらくは父子にわたり宰相を排出するゴダール侯爵家を、誰かがねたんだに違いない)
文官登用試験の結果は受験者には開示されないが、おそらくは上位の成績だったはずなのだ。
(ここで過ごす時間も無駄にはならないはず。それに私の優秀さならば、すぐに違う部署に異動できるだろう)
皇帝となったユリウスの力を借りることも考えたが、それはヘンリーの自尊心が邪魔をした。
そうして大人しく過ごす日々の中で、いくつか気がつくことがあった。
この部署の長は無能のようで、日々の雑務はヘンリー達文官に丸投げされる。
ヘンリーの指導にあたった先輩によると、施設の貸し出しについての手順が、この課では独自に設定してあるらしかった。
下位貴族の申請には基準を厳しくし、手続きをスムーズに進めてほしいのなら賄賂を要求する。
それがこの施設管理課の常態だった。
最初は帝国法に従わなくていいのかという違和感はあった。
しかし、先輩に「これがここのやり方だ」と強く言われ、次第に感覚は麻痺していった。
最初は父に相談しようと考えたこともあった。
だが多忙な父とは、家で顔を合わせることすらない。
相談ができないまま日を過ごすうちに、ヘンリーの中でも施設管理課の状態を問題視する気持ちも薄れていった。
それだけ、馴染んでしまったのだ。
ユリウスが、長年の婚約者と結婚したと聞いたのはその頃だった。
ヘンリーも結婚をユリウスの結婚に時期を合わせるつもりだったが、ヘンリーが就職早々閑職にまわされたことと、学生時代の冷遇を理由に卒業後に婚約破棄されてしまい、現在婚約者はいなかった。
(しかし、何故陛下はアイリ様と結婚なさらなかったのだ?)
学生時代、ユリウスは婚約者を冷遇し、アイリと仲を深めていたはずだ。
確かに、あの何もしない婚約者を置いて、デートなど出かけたりしてはいないようだった。
しかし、定期的に二人で会っており、きっとそこで仲を深めておられたと思っていたのだが……。
(何か深いお考えがあってのことかもしれないな)
既にヘンリーがユリウスの側を離れて三年経つ。
学生時代のように常時顔を合わせることなどなくなり、ただでさえ感情の読めないユリウスの考えをヘンリーがくみ取ることなどできなかった。
ただ、結婚式後、初夜の場で、無能な皇妃がユリウスを怒らせたと聞いた時には、失笑が漏れた。
(もしかして陛下はこのままあの女をお飾りの皇妃になさるのか?)
そして、時宜を見て離婚し、アイリを妻に迎えられるのかもしれない。
そう考えていたのだが、予想に反して、ユリウスは積極的に妻となったビビアンに会いに行っているようだ。
一緒にデートに行き、仲睦まじく過ごしたとも聞く。
アイリに呼び出され、ユリウスの変化の理由を尋ねられたが、ヘンリーにも急な心変わりの理由はわからなかった。
調べてみると返答し、実際、侍女や侍従、に話を聞いてみたものの、心変わりの理由はさっぱりわからないままだ。
同級生だったマクシムにも話を聞こうと思ったが、近衛として取り立てられている彼と、自分を比較して声をかけることができなかった。
(このままでは、アイリ様に良いお返事ができないではないか……!)
焦る気持ちのなか、地道に調査を続けるしかなかった。
すると、婚約者時代から公務をユリウスに押しつけていたビビアンは、結婚後は何故か急に慈善活動に目覚め、スラムにあるという孤児院を支援しているらしい。
さらには文官や侍女、騎士に差し入れをしたり、石けんという物を作り出したりと、最近は皇宮でのビビアンの評判は上がるばかりである。
(今まで何もしなかった癖に、今更やる気になってちょっと珍しい物を作り出した位でなんでも許されると思うなよ……!)
だから、そんな気持ちで、皇妃からまわってきた施設の貸し出し許可を否認した。
いつも下位貴族に対してやっていることの延長だった。
流石に伝手が広く、声が大きな高位貴族にはこんなことはしたことがなかったが、ビビアンにならばやってもよいのだと、何故かその時は思ってしまったのだ。
(現実を知り、考えを改めることだな。まぁ、人数が集まらなくても、どうしても劇場を借りたいのなら石けんを融通してくるだろう。そしてそれを持ってアイリ様に会いに行くのだ!)
ヘンリーの常識では、スラムの孤児が歌を披露するからと五百人もの人が集まるわけがない。
小心者のハリス子爵からは、皇妃への対応を咎められ、注意を受けたが、皇妃はヘンリーの言葉で現実を知り、計画を見直すなり、袖の下を渡すなり、対応を考えるはずだ。
そうすれば、ハリス子爵の信頼などすぐに取り戻せる。
だが、そんなヘンリーの考えは、あっさりと砕け散った。
ある朝のことだった。
皇宮に出仕しようとしたヘンリーの元に騎士がやってくると、高らかに宣言する。
「ゴダール侯爵子息、ヘンリー。お前には職務権限濫用の罪の嫌疑がかかっている。大人しく同行せよ」
「なっ――」
抵抗する間もなく拘束され、貴族牢に拘束される。
(くそっ! どうしてこんなことに!)
すぐに父が出してくれると思ったが、父からは反省するようにと手紙が届いたきりだ。
(まずい。調べられたら、今までの罪が明らかに――)
職権乱用くらいなら、再研修と謹慎くらいで済むだろう。
だが、ヘンリーは先輩の教えに従い、施設管理課でやりたい放題やってきていた。
(大丈夫だ。騎士が言っていたのは職権乱用の罪のみ。余罪までわざわざ調査するとは思えない。すぐに、自宅謹慎となるはずだ)
悪いことは重なる。
なんと、施設管理課に監査が入ったのだ。
今まで処理してきた書類全てにチェックが入り、ヘンリーが施設管理課のルールを優先して処理を進めた部分にかなりの指摘が入ったようだ。
取り調べ室に連れて行かれ、騎士の立ち会いの下、監査官に尋問されることになる。
「これは、先輩からこのように引き継ぎを受けて……」
「だが、帝国法とは運用が異なるとわかっていたのだろう」
「ですが、それがここのルールと言われましたので……」
「誰かに相談すればよかっただろう。むしろ、お前の立場ならゴダール侯爵に相談することもできる。証拠を集め、私達の部署に知らせてくれるだけでもよかったのだぞ。それをせず、三年も違法行為に携わっていたことこそが、お前の遵法意識のなさの現れではないのか」
強面の騎士に詰め寄られ、それ以上は答えられない。
「はぁ。宰相閣下も、難儀なことだ。連れて行け」
「えっ……?」
そのまま皇宮内の罪を犯した者を拘留する区画に移動させられる。
帝国では、官吏の不正には貴族平民関わらず、厳しい処分がくだされる。
父は落ちぶれたヘンリーを助ける気もないようで、絶縁された。
誰も、面会に来る者はいなかった。
これから、平民として罪を償うこととなる。
ヘンリーの場合は、鉱山での労働刑と聞いていた。
罪を償ったとして、二度と官吏には戻れない。
その後は、今後家名を名乗ることすら許されず、寄る辺のない平民として再出発することになる。
(あの時、流されさえしなければ……。いや、皇妃殿下の申請を通していれば、このようなことには……)
ヘンリーは、牢の中で深く項垂れることしかできなかった。




