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19.石けん販売の協力商会を選ぶわよ

 数日後。

 ビビアンは、石けんを取り扱いたいと手紙を送ってきていた商会を皇宮に呼び出していた。


(さて、彼らの中に私の意図を汲んで動いてくれる商会があるといいんだけれど)


 ビビアンは石けんをただのお金に変えるつもりはない。

 石けん販売を委託するのはスラム改革を一緒に目指せるパートナーとして歩める者が望ましいと考えている。


 全員が揃ったという報告を聞いてから、応接室に向かった。


 礼装を身につけた男性が三人、頭を下げた状態でビビアンを待っていた。


(奥から、スミス子爵、フォスター男爵、ギブソン男爵だったわね)


 スミス子爵は、四十代くらいだろうか。

 スタイリッシュなスーツを着こなしており、年の割には若々しい様子だ。

 だが、ビビアンと同じ年の子息がおり、彼とは学園でも顔を見知っている。

 といっても、親しい付き合いはしていない。


(スミス子爵のご子息は聖女アイリにべったりだったしね)


 商会は海外取引を中心にしていて、よく国外から取り寄せた珍しいものを子息がアイリに貢いでいた。


 フォスター男爵は、帝国で一番大きな商会を経営していて、御用商会となってからの年数も一番長かったはずだ。

 六十代位の男性で、貫禄のある出で立ちだ。

 一番若いギブソン男爵は、三十代手前と聞いている。

 平民向けの商売で大きくなり、最近皇宮との取引も許された新しめの商会の経営者だ。


「顔を上げてちょうだい」


 ビビアンの声に応え、数呼吸の後、全員が姿勢を正す。


「今日はよく来てくれたわね。ここにいる全員、私が作った石けんを取り扱いたいという認識でいいかしら」


 ビビアンの言葉に、全員の目がきらめく。


「間違いないようね。まずは、全員、どのように販売計画を立てているのか聞いせてもらおうかしら。スミス子爵から、簡潔にに聞かせてくれる? 持ち時間は、それぞれ五分とするわ」


 時間制限を設けたのは、そうしなければ延々と美辞麗句を聞かされそうだからだ。

 社交辞令で飾り立てられた言葉よりも、これから共に商売を行うのだから経営ビジョンが共有できる人と付き合いたい。


「皇妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。石けんという世界に革新をもたらす素晴らしい品をご開発されたその英知に、感服の至りです」


 スミス子爵は、ビビアンが表情を変えずに頷くだけに留めたことに、若干不満そうだ。


(小娘だから、おだてればご機嫌が取れると思われていたのかしら?)


 そんなことを思いながら話しを聞く。


「そして、ご存知の通り、私どものスミス商会は、この国だけではなく、国外にも広く販路を広げております。我が商会にお任せいただければ、いずれは全世界に皇妃殿下の名と共に石けんを普及させることができるでしょう」


 その後も、いかに自分が各国の高貴な方々に重宝されているのかという自慢が続き、うんざりする。

 時間を計って侍女が合図を告げ、五分が終了した。


「スミス子爵の考えはよくわかったわ。では、次にフォスター男爵の意見を聞かせてもらえる?」


 フォスター男爵も、スミス子爵と石けんを高級品として売り出したいという意識は同じようだ。


「我がフォスター商会にお任せいただける利点ですが、なんといっても帝国一、長く皇室御用達の看板を掲げております。その付き合いは広く、帝都に暮らす貴族はいうまでもなく、辺境伯領までの輸送も整っております。この帝国中に皇妃殿下のお名前がとどろくことでしょう」


 五分の演説の後、最後にギブソン男爵の話しを聞く。


「ご存知の通り、我がギブソン商会は、民に寄り添った商売をして名を高めて参りました。皇妃殿下が新しく開発されたという石けん。それは、高貴な方々の心の慰めとなる以上に、暮らしを支える民にこそ、より必要とされる物ではないかと愚考いたします」


 スミス子爵と、フォスター男爵が不機嫌そうにギブソン男爵を見るが、ギブソン男爵の意識はビビアンにしか向いていないようだ。

 石けんが民に広まれば、民の暮らしが豊かになるのではないかと、希望を持って語られている。


「実際、既に皇宮の洗濯場や厨房には皇妃殿下ご考案の石けんが配られていると伺いました。それにより、簡単に汚れが落ち、仕上がりがより美しくなったと聞いております。是非我が商会を通じて、民を暮らしを豊かにする品を広めるお手伝いをさせていただければと願っております」


 三人の話を聞いて、ビビアンの心は決まっていた。


「今回は、ギブソン男爵にお手伝いしてもらうのがよさそうね。ギブソン男爵、まだ時間はあるかしら。詳しい話しをしたいので残ってちょうだい」


「なっ、どうして――」

「我が商会の何がご不満でしたか!」


 選ばれなかった二人が、不服を露わにする。

 だが、それも護衛としていたマクシムが威圧を行い、すぐに落ち着いた。

 ビビアンは更に前に出ようとしたマクシムを手で留め、二人に話しかける。


「誤解しないで。不満はないわ。でも今、私がやりたいことに一番近いのはギブソン男爵だったというだけ。それに、男爵は私の作った石けんについて、よく理解してくれていたわ。だから、彼を選んだのよ。今日来てくれたスミス子爵とフォスター男爵には、次の機会に優先的に声をかけるわ」


 石けんを貴族の嗜好品としてしか考えていなかった二人も、ビビアンの言葉になんとか納得したようだ。

 退室を見届け、ギブソン男爵に向き直る。


「それでは、これからのことについて話しましょうか」


 驚いたようにビビアンの言動を見ていたギブソン男爵だったが、すぐに我に返ったようだ。


「当商会を選んでいただき、感謝申し上げます。誠心誠意、務めますので、なんなりとお申し付けください」

「ええ。期待しているわ。私は、あなたの主張にあったように、この石けんを民に広めたいの」


 ギブソン男爵は真剣な表情で頷く。


「そしてできたら、石けんを広める際に、食事の前に手を洗うことも習慣づけたらと思っているわ」

「手洗い、ですか?」


 男爵は不思議そうだ。


「そう。皇宮では既に実践されている通り、食器や洗濯物にも使えるわ。でも、私が一番広めてほしいことは手洗い。手洗いが普及すれば、病気になる民が減るはずなの」

「病気……」

「貧しい者は、病気になっても医者にはかかれず、回復ポーションも簡単には手に入らないのでしょう。なら、病にかかりにくくなればよいと思ったのよ」

「なるほど……。病気になってからではなく、そもそも、病気にならなければいいというお考えなのですね……」

「もちろん、手洗いだけで全ての病気が防げるわけでないことはわかっているわ。でも、減らせるはずよ」

「皇妃殿下のお考えは、わかりました」


 ギブソン男爵は慎重に頷く。


「それと、もう一つ、やりたいことがあるの」

「お伺いしましょう」

「石けん作りに、今職業に就けずに困っている者達を雇ってもらいたいのよ。具体的には、王都で、スラムと呼ばれている区画の者達。彼らの仕事として石けん事業を行うの」

「それは……。最早、国家事業と言っても差し支えないのでは……?」


 とんでもない物に手を出してしまったと思っているだろうか。

 若干顔色を青くさせるギブソン男爵に言う。


「あら。これは私の個人的な事業。だから、働き手に誰を選ぶかは私が決める。それだけのことよ」

「素晴らしいお志ですが……」


 今更断れないと思っているのだろう。

 ビビアンはギブソン男爵に微笑みかける。


「それに、損ばかりはさせないわ」

「といいますと?」

「通常の石けんは、安価で民に普及を目指すつもり。でも、同時に高級路線も作るつもりよ。そちらは、貴族に高く買ってもらいましょう」


 侍女に合図をして、木の灰で作った石けんと、海藻石けんを持ってきてもらう。


「皇宮の手洗い場に配置しているのは、この木の灰で作った石けんなの」

「こちらの石けんは、違うのですか?」


 海藻石けんを見つつ、ギブソン男爵が言う。


「ええ。こちらは、原料が違うの。肌に良い成分が入っていて、こちらは陛下と私、あとはこの石けんを作るのを手伝ってもらった者達しか持っていないわ。貴族は皆、こちらをほしがっているみたいで、私のところだけではなく、陛下のところにも問い合わせが来ていたわ」

「既に需要はあるということですか」

「そう。だけど、もう在庫がないから、渡しようがないの。今なら、きっと、どんな値がついても買ってくれるはずよ。だから、あなたの商会に損だけをさせるつもりはないわ」


 ギブソン男爵の顔色が戻ってくる。


「民に寄り添う視点を持つ男爵なら、きっとこの事業を成功させてくれると信じているわ」


 ダメ押しにそう言うと、ギブソン男爵は頷いた。


「かしこまりました。予想以上の大役に私に務まるかと不安でしたが、力の限り、務めたいと思います」

「早速だけど、事業計画を練ってきたわ。見てもらえるかしら」


 紙面に視線を落とす男爵を見つめつつ、ビビアンも詰めていた息を吐いた。


(第一段階終了ね。でも、まだこれからよ)


 油断はできない。

 石けんを作り、売り、スラムで暮らす人達の生活が改善されるまでが勝負なのだから。

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