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18.ユーリに石けんを渡すわよ

「これは、何かしら……?」


 執務室の机に積み上がった手紙の山に、ビビアンは侍女に尋ねる。

 一通り彼女達が中身は検めているはずだ。

 すると、彼女達は気まずげに口を開く。


「すべて、皇妃殿下が作られた石けんを欲しいというお手紙です」

「こんなに?」

「はい……」

「まるで、王都にいる全ての貴族から手紙が届いたみたいね」

「さすが皇妃殿下。ほぼ、その通りです」


 聞くと、まだ届いていない家もあるが、おそらくはそれらの家からもいずれ届くだろうということだ。


「それと、こちらは王家御用達の商人達からです。皇妃殿下の石けんを取り扱わせてほしいとのことでした」


 盆に載せて、それらの手紙が差し出される。


「お金になると思われたということね」

「それはもちろん!」

「あんな素晴らしいもの、他にありませんもの!」


 侍女の熱弁に圧倒されながらも、ビビアンは頷く。

 確かに、このガラクシア帝国には今まで石けんは存在しなかったが、需要はあったということだろう。

 この機会を利用すれば、ビビアンの野望に一歩近づけるかもしれない。


「貴族からの手紙は置いておいて、まずは計画を立てるわよ!」


 ビビアンの野望。

 それは、スラムで暮らす人達の生活水準を他の帝国民と同じくらいに引き上げたいというものだ。

 できたら、来年、流行病が流行る前には、その目処をつけたい。

 そのためには、あそこに暮らす人に優先的に仕事を作ればいいのではないかというのがビビアンの考えだ。


(もっと色々準備をしてから始めようと思っていたけれど……使えるものは使ってしまいましょう)


 石けん作りを事業にすることは最初から考えていたわけではなかったが、こういうのは流れに乗るべきだ。

 そうして、ビビアンは紙にペンを走らせるのだった。



 結構な時間、集中していたようだ。


(我ながら、いい出来かも……?)


 見直しをしていると、ユリウスがやってきた。


「ユーリ、どうしたのですか?」


 最近はユリウスと顔を合わせるのにも慣れたが、執務時間中にやってくるのは珍しい。

 ユリウスは少し疲れた様子だ。

 お茶の準備を頼み、応接セットの方に向かう。


「ビビが作った物が人気のようで、私のところにも問い合わせが来ている」

「まぁ、ユーリのところにも?」


 詳しく聞くと、流石にユリウスに問い合わせをしているのは、高位貴族でも普段から顔を合わせている者達だけらしい。

 流石にユリウスに直接尋ねることができる者は限られているようだ。


「できるだけ急ぎますが、できあがりには時間がかかる物なので、問い合わせをいただいてもしばらくは対応できないと断っておいてくださいな」

「わかった。ところで、私はその『海藻石けん』という物に触れたことがないのだが」

「そうでした。準備はしていたのですが……」


 そう。

 ユリウスの分は取り分けてはいた。

 だが、まだ渡せていないのだ。


「ん? 私の分があるのか?」


 怪訝な顔をするユリウスに、頷くと席を立つ。


「取って参ります」


 石けんの方は、侍女がラッピングしてくれていて、いつでも渡せるようになっていた。

 もう一つ、渡すのを躊躇っていた品も一緒に持っていく。


「こちらが、海藻石けんです。手だけではなく、髪や体、全身に使えます」

「こんなにもらっていいのか?」

「最初に作った分になるので、気になったことがあったら教えてください」

「そうか……ビビが最初に作った……」


 じっと包みを見つめるユリウスに、思わず言う。


「ちゃんと、使った感想を聞かせてくださいね? 日持ちはしますが、あまり長く置いておくと、悪くなってしまうかもしれませんし」

「うっ……。わかった。早速、使ってみよう」


 何も言わなければ、そのまま保存されてしまったかもしれない。

 ビビアンは一つ呼吸をすると、もう一つの包みを差し出す。


「それと、こちらは普段、孤児院に行く際にお世話になっているお礼の気持ちです」


 正直、こちらを渡す勇気が出ずに、石けんを渡せないでいた。


「開けてもいいか?」


 頷くと、丁寧にラッピングを解き、中身を取り出す。

 渡したのは、刺繍をしたハンカチだった。


「これは……!」


 驚きに目を軽く開いたユリウスに言う。


「そちらの刺繍は私が刺しました」

「ビビと、私の色だな」


 感動した様子のユリウスに、ほっとする。

 金糸を選んだ意図も、伝わったらしい。


「普段ユーリが使っている物には及びませんが、どうぞ使ってください」


 ビビアンの言葉に、ユリウスは首を振る。


「使うなど、そんな勿体ないことできるわけがない……」

「え……?」

「すぐに額縁を用意させる。こちらは執務室……いや、私の寝室に飾る」

「はぁ!?」


 何を言い出すのかと呆然としたビビアンに、ユリウスはいたって真剣な様子だ。


「石けんは悪くなるから使わなければならないのだろう。だが、ハンカチは違う。こちらは保管用の魔術をかけて、眺めていてもいいはずだ」

「そ、そうですね?」


 勢いに押されて頷いたものの、ユリウスが何を言っているのか欠片も理解できない。

 だが、喜んでくれているのはわかって嬉しい。


「一生、大切にする」

「そ、そんなに……? 嬉しいですが、そこまでですか?」

「ビビが作ってくれた物だからな」


 ユリウスは早速侍従に額縁の準備を命じている。

 また何か作ってあげてもいいかもしれないが、次に渡すときは使ってもらえるように考えたほうがいいかもしれない。

 でないと、意図せずビビアンが作った物でコレクションができそうだ。


(それは勘弁願いたいわね)


 だが渡した時の嬉しそうな様子を見ると、また何かあげたいと思ってしまう。

 そんな自分に苦笑しつつ、ユリウスの様子を見守るのだった。

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