16.コンサートでの曲目を発表するわ!
石けんを作った数日後。
ビビアンは孤児院に向かった。
ユリウスも一緒である。
(今日もついてきてもらっていいのかしら……?)
窓の外を見ると、馬上からユリウスがこちらを見ている。
小さく手を振ると、微笑みが返ってきた。
同時に、周りから息を呑むような声も聞こえる。
(わかるわ……。陛下の微笑みを見るのなんて、幼い頃以来だものね……)
ユリウスの微笑みは幻レベルでレアだったが、植物園にデートに行って以来よく見られるようになった。
侍女達が言うには、ビビアンがいる前でないと微笑みは見られないらしいけれど……。
(たまたまだと思うのよね……)
先日まで、ユリウスは冷徹皇帝と呼ばれていた。
婚約者であるビビアンや、親しくしている聖女アイリと話していても欠片も微笑むことがなく、いつも冷静沈着な様子から来たあだ名だ。
だが、ユリウスがずっとこの調子なら、その通り名にも変化があるかもしれない。
(次は何と呼ばれるようになるか、楽しみだわ)
ユリウスに微笑み返して、ビビアンはピアノの演奏の準備のために指を動かす。
(子供達のためにも、下手な演奏はできないし……)
できるだけ練習の時間は取っているが、人前で演奏するとなるとよりよいものに仕上げたくなる。
幼い頃に教わっていた教師に来てもらって指導も受けることにしたので、後はビビアンが練習するしかない。
孤児院に着くまで、ビビアンは運指の練習に集中するのだった。
孤児院に着くと、いつものように出迎えられ、そのまま音楽室に向かう。
「今日は、コンサートで発表する歌を考えてきたわ!」
目を輝かせる子供達に曲を発表する。
「歌うのは全部で五曲! 『春の風』『海のかもめ』『たぬきの道くさ』『雪の子 風の子』、そして最後は『銀色のお星様』よ!」
ノエミが拍手をしてくれて、子供達も笑顔だ。
「ぜんぶ大好きなお歌だ-!」
「春、夏、秋、冬の歌とお星様の歌なんだね!」
「ぜんぶ、得意だよ!」
「ビビアン様、全部演奏できるの?」
コンサートをするからと難しい曲を選ぶより、慣れ親しんだ皆が好きな歌を選んだ。
最後の疑問には、ビビアンも微笑んで答える。
「気に入ってくれてよかったわ。私も、今練習しているところよ。みんな、一緒にがんばりましょう!」
そして、まずはビビアンの演奏にあわせて『春の風』から歌ってもらう。
今日はどのくらい歌えるのか確認だ。
皆、思っていた以上に歌えている。
もしかしたら、一番の懸念はビビアンの演奏になるかもしれない。
「みんな、とても上手いわね!」
「わー! ビビアン様に褒められた!」
「うれしい!」
「お客様にも、喜んでもらえる?」
興奮で頬を赤くしながら尋ねる子達に、ビビアンも笑顔で頷く。
「ええ。きっと喜んでもらえるわ。もう少し練習してみる?」
「うん!」
当初予定していた以上に歌の練習を行うことになったのだった。
その後は、前回と同様自由時間となっていた。
ユリウスは前回の約束を覚えてくれたようで、子供達に初心者向けの防具と準備をしてくれていた。
ビビアンもハンカチや刺繍糸を準備してきたので、男女別れて子供達と過ごす。
まっさらなハンカチに刺繍をできるのが嬉しいようで、子供達は集中している。
売り物にもなると教えたからかもしれない。
時々針の運び方を教えつつ、ビビアンもハンカチに刺繍を刺していく。
できあがったら、見本として置いていくつもりだ。
「ビビアン様、お上手ですね!」
「すごい! 私達のと全然違う!」
「みんなも練習すればこのくらいすぐにできるようになるわよ」
ビビアンの言葉に、女の子達は目を輝かせる。
「えっ、ほんとう?」
「ここまでできたら、高く買ってもらえそう……」
「がんばる!」
ふと、フランが尋ねる。
「ビビアン様は、旦那様にどんなものを差し上げていらっしゃるのですか?」
「えっ」
予想外の質問に、目を見張る。
「そういえば、あげたことはないかも……」
視線を窓の外に向けると、ユリウスが男の子達に剣の持ち方を教えているところだった。
マクシムは今日はユリウスの補助にまわっているようだ。
(子供達にも優しいのよね……)
表情はあまり変わらないが指導は丁寧なのか、ユリウスは子供達に囲まれている。
男の子達はユリウスの言葉を聞き漏らさないように真剣な表情だ。
「ビビアン様?」
「あら、ごめんなさい。刺繍の話だったわね」
ビビアンは、フランの声に意識を戻した。
「あまり贈り物はなさらないのですか?」
「そういうわけではないのだけれど……。今度考えてみようかしら」
「きっと喜ばれますよ!」
「うん! そう!」
「絶対、喜ぶ!」
子供達もなんだか楽しそうに顔を見合わせて頷いている。
以前なら、ビビアンが贈ってもどうせ喜ばれないと思って何もしなかっただろう。
(薔薇ももらってしまったし……。普段お世話になっているから)
この調子なら、今度ビビアンとユリウスがこの孤児院に来るときには、もっと仲のよい二人をみることができるかもしれない。
子供達がそんなことを考えているとは知らずに、ビビアンは考え込むのだった。
孤児院の帰りに、ビビアンは前回の菓子店に寄って皇宮へと戻った。
帰宅後、侍女に刺繍の準備をお願いする。
今までにないビビアンの行動だったが、侍女達は何も言わずに対応してくれた。
(やはり、一番最初はハンカチかしら)
確かユリウスは個人的な紋章を持っていたはずだ。
それとイニシャルでいいだろう。
青い絹のハンカチを選び、糸を選ぶ。
銀糸にするか、金糸にするか悩むところだ。
(以前なら、迷うことなく銀糸にしたのでしょうけれど……)
自分の色を入れても、ユリウスも喜んでくれそうな気がする。
少なくとも、受け取ってもらえないということはないだろう。
(初めて贈るのだし、冒険してみてもいいかしら)
そうして、ビビアンは金糸を選び、針を刺すのだった。




