15.石けんを作るわよ!+アイリ視点
ユリウスとのデートの翌日。
ビビアンは、執務室の机に生けられた薔薇の花を見つめていた。
ユリウスがわざわざビビアンをイメージして作らせたという、大輪の薔薇だ。
芯に近い部分が黄色く、外に行くほどに鮮やかな赤に変わっていくゴージャスなものだった。
ユリウスが薔薇の品種改良なんてしていたとは知らなかったうえ、見せられた薔薇もビビアンの好みだったことが少し悔しい。
帰りに、お土産として持たせてくれた。
(時間をかけて、この薔薇を作ってくれたのよね……)
何年もかけて準備をしてくれていたのだと思うと、一層嬉しい。
(聖女アイリとは何もなかったって、本当に信じてもいいかしら……?)
結論を出すには早いと思うが、薔薇の品種改良が一朝一夕にできるものではないとビビアンも知っている。
ずっと距離を置いていたユリウスの話に耳を傾けてもいいかもと思うくらいにはほだされてしまった。
(計らずも、恋人同士的な追いかけっこしてしまったし……)
帰り道で護衛の騎士や侍女の視線が生ぬるかった。
そんなつもりではなかったのに、かなり仲が良いと思われてしまったようだ。
(ユーリも……。なんであんなこと……)
追いかけっこの切っ掛けとなった場面を思い返して、ビビアンは頬を赤く染めた。
(いえっ! 結局何も言われていないのだし、今気にすることではないわ!)
考えていると、侍女が知らせを持って来た。
「失礼いたします。皇妃殿下、ご注文されていた品が届いているそうです」
「何かしら?」
確認すると、石けんの材料が届いたようだ。
「まぁ! 早かったのね。では、今日はそちらの準備に行きましょう!」
そうして、ビビアンは石けん作りのため、皇宮の敷地内にある離宮に向かった。
皇宮の台所を借りることも考えたが、流石にその場でビビアンが作業を行うとなると問題となりそうで、離宮ごと借りることにしたのだ。
道具もこちらに運んでもらった。
ビビアンの前世の記憶をかなり乱暴にまとめると、石けんは灰をお湯につけて漉した水を油と混ぜて固めたものだ。
「細かい分量は覚えていないから、やりながら試してみるしかないわね」
海藻は、タルに入れて運ばれて来ている。
「まずは灰を作るところからかしら」
大きめのバケツに乗る分だけ乗せて、魔術で燃やしてみる。
「意外と、少ししか取れないのね」
鍋いっぱいにあった海藻も、ほんのわずかな灰にしかならない。
できあがった灰を他のバケツにうつし、海藻を燃やしていく。
侍女達はビビアンが何をしようとしているのだろうと困惑した様子だが、繰り返していると侍女達も手伝ってくれた。
海藻の灰を作り終わったところで、今度は木材を燃やしていく。
折角だから、素材の違いで変化が出ないかも確かめるつもりだ。
それが終わると、お湯をわかす。
「ここからは、少し危ないから皆も気を付けてね」
そうして、危険がないよう自身に障壁の魔術をかけたうえで残りの工程をすすめる。
灰にお湯をかけ布で漉していると、侍女が尋ねる。
「ビビアン様が作られる、石けんというのはどういった物なのですか?」
「そうね。普通に水で洗うより、汚れが落ちやすいのよ」
「汚れが落ちやすい、ですか……?」
「実際に使ってみたらわかると思うのだけれど……。できたらあなたにもあげるわね」
それぞれの灰で溶液を作り終わると、今度は温めた油と混ぜ、泡立て器で混ぜていく。
油と灰で作った溶液の割合が心配だったが、少しずつ混ぜていくとなんとなくこの辺りでよさそうという見当も付き、なんとかそれらしいものが出来上がりそうだ。
そこからの作業は、侍女も騎士にも手伝ってもらい、みんなで進めた。
「手伝ってくれたおかげで、きっとうまくできると思うわ!」
「出来上がるのが楽しみです」
「皇妃殿下がこんなに親しみやすい方だとは思わなかったです」
そんな風に話をしている間に、どんどん石けんができあがっていく。
できたものを型に流し入れ、熟成させれば完成だ。
思った以上に量もできたので、出来上がったら孤児院だけではなく、皇宮に勤める人達にも配ったら喜ばれるだろう。
できた石けんは、このまま離宮に置いておく。
もう夕方も近くなっていることもあり、ビビアン達は使った道具を片付けて執務室に戻るのだった。
◇◇◇
その日、神殿にある自室にてアイリがいつものように皇宮に出かける準備をしていると、世話役の神官がやってきた。
「聖女様、本日のご予定は取りやめになったとの伝言を預かっております」
「取りやめって? 陛下のご都合が悪いのかしら、次はいつになるか聞いているの?」
「それが……。しばらく、中止にすると」
「どういうこと?」
「私には、ご理由までは……。伝言を預かっただけですので……」
不機嫌に言うアイリに、神官は怯えた様子で言う。
これ以上の情報は持っていないように見える神官を横目に、アイリは準備を続ける。
「せ、聖女様……?」
「陛下に会えなくてもいいから、皇宮に向かうわ。準備をして」
「で、ですが……」
「いいから!」
「は、はい!」
アイリの言葉に神官がびくりと飛び上がり、馬車の手配に向かう。
もしかしたらアイリが出向けばユリウスが会ってくれるかもしれないし、ユリウスには会えなくとも、皇宮には騎士団長子息や宰相子息がいる。
何があったか、そちらから情報が拾えるだろう。
アンリは、身支度を調えると皇宮へと向かった。
だが、皇宮では予想外に、アイリは中に入れてもらえなかった。
ユリウスに会うどころではない。
(何よ! 今までは顔パスだったじゃない!)
なんとかヘンリーと面会の予定があると言って中に入ることはできたが、いつもユリウスと会っている部屋とは格段に劣る応接室だ。
(私、聖女なのに、なんでこんな扱いなのよ!)
内心腹を立てているが、流石にここで暴れるようなことはしない。
ヘンリーを待つ間、出されたお茶に口をつける。
(はぁ……学園時代に戻りたいわ。あの頃は最高だったのに……)
アイリが前世の記憶を思い出したのは、学園に入学する直前だった。
学園時代は、その記憶を使い皇太子だったユリウスと、宰相子息のヘンリー、騎士団長子息のマクシム、最年少の魔術師のエリックの学園のヒエラルキートップにいる四人に囲まれ、学園中の男子からちやほやされて最高の時間を過ごした。
(聖女だからみんなチヤホヤしてくれたし、マンガでは明かされていないユリウスの隠し設定も知ることができたし、まさに私の時代はこれから始まるって感じだったのにどうしてこんな風になったのかしら……?)
そうなのだ。
アイリは聖女であり、ユリウスにかけられた感情を封じる魔術を解くために、ずっとユリウスの側にいることが許されていた。
ユリウスや皇宮の魔術師は、その魔術を一種の呪いのようなものだと考えていたらしい。
だからなんとかできないかと聖女のアイリが呼ばれた。
しかし、ユリウスにかけられているのはかなり難しい魔術のようで、何年も取り組んできたのに、アイリには歯が立たなかった。
とはいえ、前世の記憶によると、ユリウスはいずれはアイリと結婚し、溺愛するのである。
そちらが規定路線なら、考えられることは一つしかない。
(あの魔術は、私が大聖女として覚醒しないと解けないようになっているのよ!)
今は力が足りないから、魔術も解けないのだ。
早いうちにその結論に達し、アイリは早々にユリウスの魔術を解くのを諦めた。
しかし、何もしないわけにはいかず、浄化と治癒の魔術を使ってごまかしている。
(大聖女になる前に、会えなくなるわけにはいかないものね)
もしかして、アイリがユリウスの魔術を解くことを諦め、浄化と治癒の魔術しか使っていないことがバレたのだろうか?
でも、今までそれで何も言われなかったのに、急すぎる気もする……。
考えていると、やっとヘンリーがやってきた。
ヘンリーは、アンリを見て顔をほころばせる。
「お待たせして申し訳ありません、アイリ様。しかし、本日の面会は予定になかったと思うのですが……」
怪訝そうに言うヘンリーに、駆け寄って身を寄せる。
「困らせてしまってごめんなさい。急に陛下にお会いできなくなって……。ヘンリーなら何か知っていると思ったの」
瞳を潤ませ見上げると、ヘンリーは小さく息を呑んだ後、残念そうに首を振る。
「そうだったのですね。私には何も知らされておらず……。ご事情を伺ってもよろしいでしょうか」
あらましを説明すると、ヘンリーは息を吐いた。
「申し訳ありません。そういうことでしたら、やはり私ではお役に立てないかと……」
「どうして!? 学園時代、ヘンリーは陛下ともあんなに仲良くしていたじゃない! あ、ごめんなさい。ヘンリーにも言えないことはあるよね」
「いえ! アイリ様に隠しごとをしているというわけではないのです。私も今は、そういった陛下の個人的なご事情を伺うような立場になくてですね……」
「そっか、困らせちゃってごめんね……。私、すごく不安で……」
ヘンリーが心からアイリの力になりたいと思ってくれているのは伝わってくるが、全く役に立たない。
アイリが落ち込んでみせると、ヘンリーが慌ててフォローする。
「あの、アイリ様が知りたいということでしたら、私がなんとか調べてみます!」
「……いいの?」
アイリが尋ねると、ヘンリーは頷く。
「お任せください。何かわかったらすぐにご連絡いたします」
「ヘンリー。ありがとう。あなたしか頼れる人はいないわ」
アイリの言葉に、ヘンリーは頬を染める。
ダメ押しで健気に見えるように涙をにじませて微笑んでみせる。
「無理を聞いてくれてありがとう。突然、陛下に今までのお役目がいらないと言われて……」
「アイリ様が頼ってくださったのです。なんとしても、私がお調べします」
空色の瞳を潤ませるアイリに、ハンカチを差し出してくれる。
きっとこれで、理由がわかるだろう。
そうして、ヘンリーはアイリに心配することはないと約束して、馬車まで送ってくれたのだった。




