14.デートに行くわよ!
その晩、ビビアンは衣装部屋の中で悩んでいた。
「何を着ていこうかしら」
ユリウスとデートに行くのを了承したが、先日大量にドレスを引き取ってもらったばかりである。
(どうしましょう……。着る機会なんてないと思っていたから思い切って売ってしまったわ。もう少し残しておけばよかったかしら)
残っているドレスはどれもお気に入りだが、植物園に行くとなると少々派手過ぎたり、季節が合わなかったりとどれもいまいちピンとこない。
かといって、新たに作り直すつもりもなかった。
(そんなことをしたら、引き取ってもらった意味がないもの)
少々気に入らなくても、今あるドレスの中でよさそうなものを選ぶしかない。
そんなことを考えていた時だった。
「皇妃殿下、陛下から贈り物が届いております!」
「……贈り物? 何かしら」
侍女の元へ向かうと、大きな箱が届いていた。
「まぁ! 陛下から贈り物だなんて!」
「これって、マダム・フローラの箱よ!」
「皇妃殿下、嬉しゅうございますね!」
まるでドレスでも入っていそうな箱だと思っていると、侍女の一人が有名なドレスメーカーの名前を挙げたので、ビビアンは目を瞬かせた。
「本当ね、箱にマダム・フローラの刻印があるわ」
「皇妃殿下、開けてみられないのですか?」
そわそわしている侍女達の視線に負け、ビビアンは箱のリボンに手を掛ける。
「……まぁ!」
入っていたのは深い青色の生地と白い生地を使ったエレガントなデイドレスだった。
「素敵ですわ!」
「きっとお似合いになられます!」
「早速、ご試着されてはいかがですか?」
「……そうね」
「では、あちらでご準備をいたします!」
ビビアンは侍女が準備をしている間に、箱の中に入っていたメッセージカードを手に取った。
ドレスはユリウスからで間違いがないようだ。
今度のデートに着てきて欲しいとも書いてある。
(いつの間に用意していたのかしら)
以前からビビアンをデートに誘うつもりだったのだろうか。
ドレスを作るのにある程度時間がかかることを考えると、それ以外に考えられない。
じわじわと胸に満ちる嬉しさに、顔が緩む。
(デザインも、私に似合うものだわ……)
侍女達に勧められるがままドレスに袖を通すとドレスの着心地は悪くなく、ビビアンに似合っていた。
細かなサイズの調整に、後日マダム・フローラの店主が来てくれるらしい。
ビビアンは至れり尽くせりの対応に心を弾ませながら、出かける日が楽しみにするのだった。
当日は、ビビアンの部屋までユリウスが迎えに来てくれた。
贈られたドレスを身にまとって出迎えると、ユリウスはしばらく無言だった。
一瞬、何か間違っただろうかと思ったものの、彼の目元がじわじわと赤くなっていく様子に、どうやら似合っていないわけではないと気が付いた。
(照れていらっしゃるのかしら。……なんだか意外だわ)
でも、悪い気はしない。
それにユリウスの出で立ちは、明らかにビビアンとデザインをそろえたものだ。
(本物の夫婦のお出かけみたいね)
そんなことを思っていると、ユリウスが口を開いた。
「……とても、似合っている」
率直な褒め言葉に、今度はビビアンが頬を染める番だった。
(言葉を尽くして褒められたわけでもないのに、なんでこんなにドキドキするのかしら)
大きく息を吸って動揺を押さえ、微笑みを乗せる。
「ユーリ、素敵なドレスを贈ってくれてありがとう」
「当然のことだ……。そろそろ行こう」
ビビアンは差しださされた腕に手を添え、馬車へと向かうのだった。
王立の植物園は、王都の西側にある。
馬車を降りると、ふんわりと薔薇の匂いが漂っていた。
「他の人達はいないのね」
「今日は私達だけだ」
貸し切ったのだろうか。
今日はお忍びでもないし、護衛のことを考えると当然のことなのかもしれない。
ビビアンは気兼ねなく楽しむことにした。
ちょうど薔薇の季節ということもあり、色とりどりの薔薇が花開いている。
「この薔薇は、香りがいいのね」
目に付いた白い薔薇に顔を寄せると思った以上に甘い香りがして、ビビアンは顔をほころばせた。
「薔薇が好きなのか?」
「ええ」
前世を思い出す前から好きだった。
だって、ビビアンに薔薇以上に似合う花はない。
以前なら誰に憚ることなくそう言っていただろう。
(私も大人になったものだわ)
別にそのくらいの発言、咎められることはないだろうが、そうした小さな積み重ねが断罪に繋がっていくと思っている。
薔薇の匂いを堪能しユリウスの隣に戻ったビビアンを、ユリウスは何故かまぶしそうに見つめた。
「ビビには薔薇がよく似合うな」
「ふふ、ユーリにそう言われると嬉しいわ」
微笑みを浮かべて答えたビビアンに、ユリウスが少し驚いた顔をする。
「嬉しい……? 嫌ではなく?」
「まさか。どうしてそう思ったの?」
「ビビは私を嫌っているのだと……」
ユリウスの発言に少し考え、ビビアンが初夜に離婚を切り出したからだと思い至る。
というか、心当たりはそれしかない。
ただ、離婚はユリウスが嫌で言い出したことではない。
断罪フラグを折ろうとしたことと、別の人を好きな夫と結婚し続ける意味がないと思ったからだ。
正直、まだ少し疑っているが、ユリウスがアイリを好きではないと信じてもいいかもしれないとは思い始めている。
(忙しいのに、私の護衛と身分を偽ってまで孤児院についてこようとするくらいだし……。嫌われていないと思うのよね)
何を考えているのかわからないユリウスの顔を眺めていた時だった。
「ビビは、私をどう思っている」
急にそんなことを言われ、ビビアンは息を吐く。
「……ユーリ、それはずるいわ」
「ずるい、だと?」
「だって、あなたは私にどう思っているか気持ちを言ってくれていないじゃない」
「言えばビビの気持ちを聞けるのか」
「ま、まぁ、言わないこともないわね」
頷いたビビアンを、ユリウスはじっと見つめる。
(目、目力が怖い……!)
まるで睨むように見つめられて後ずさろうとしたビビアンの腰に、ユリウスの手がまわる。
(え!? な、なんでこんなことを!?)
思考が追いつかないが、あまりに強い視線に見つめられてそらせない。
内心のパニックは、残念ながらユリウスには伝わっていないようだ。
サファイアの瞳が真っ直ぐにビビアンを見つめている。
その目の奥にビビアンの知らない熱を感じて、動くことができない。
「私は、ビビを……」
ビビアンは息を呑んで、続く言葉を待つ。
だが、ユリウスは切なげにビビアンを見つめながらも、それ以上言葉を続けることはなかった。
「ユーリ?」
ビビアンは、彼の頬に手を伸ばす。
振り払われるかと思ったが、ユリウスは苦しげに眉を寄せるだけでされるがままになっている。
(嫌われてはないようね。でも、何か言えない理由があるのかしら……?)
ビビアンはそう結論する。
そして、なんだか腹が立ってきた。
勝手に期待したのはビビアンだが、これではビビアンだけが振り回されているようだ。
(でも、もう一度離婚なんて言っても、衝撃は薄いかしら)
それに、何故だろうか、今はもうユリウスに冗談でも離婚だとは言いたくなかった。
どうしようかと考えて、ふと悪戯めいたことを思いつく。
(夫婦なのだし、少しくらいはいいわよね……)
つま先立ちになって彼の頬に唇を触れさせる。
「ユーリが言えないのなら、私も言わないわ。でも、これで少しは伝わるかしら」
「なっ――」
目を見開きビビアンを凝視するユリウスに、小首を傾げてみる。
一瞬、ユリウスは驚きの色を浮かべていたものの、数度瞬きをした後、その瞳を今まで見たことがないほど輝やかせた。
(もしかして、やり過ぎてしまったかしら……?)
顔色を青くするビビアンに、ユリウスはビビアンが見たこともない程に美しい笑みを浮かべる。
(ユーリって、こんな笑顔も浮かべられるのね! って考えている場合ではないわ! 逃げないと! 何かとんでもなく危険なものを目覚めさせてしまった気がする……!)
後ずさろうとしたビビアンだったが、腰にはしっかり手が添えられている。
「ユ、ユーリ……? 嫌だったのなら、謝るわ? もう、離れてもいいかしら?」
「謝る必要はない。ビビアンの気持ちは、十分伝わった。今度は、私の番だろう」
引きつった笑みでそういうビビアンに、ユリウスは首を振り、そっと顎に手が添えられる。
「えっ、あっ、ちょっ――」
ビビアンの戸惑いを気にする様子もなく、ユリウスの顔が近づいてくる。
さっき自分がやったことを振り返り、ビビアンは思考が止まりかける。
(――っ! 今は固まっている場合じゃないわ!)
ビビアンはユリウスの体を突き飛ばした。
「だから、そういうのは、きちんと気持ちを伝えあってからですわ!」
自分が始めたことではあったが、どうしても耐えられなかったのだ。
それだけ言って、呆然とするユリウスを残し、庭園の奥へと走り去る。
その後は何故か追い付いかけてきたユリウスとしばらくの間鬼ごっこをして、ビビアンの体力が尽きたところで捕まった。
「……ユーリ、以外と、体力があるのね」
「鍛えているからな……。先程の件だが――」
「何の話をしていましたっけ」
とぼけたビビアンに、ユリウスは息を吐く。
「私が悪いか……。そういえば、あちらの方に見せたい薔薇があったんだが」
「見せたい薔薇?」
「ビビをイメージした薔薇だ」
「私を……?」
「ああ。随分前から作らせていたが、最近ようやく気に入るものができた。本人の感想が聞きたい」
「それくらいなら、付き合いますわ」
ユリウスは蒸し返すつもりはないようだ。
少し躊躇ったものの、先程のはビビアンの衝動に任せた行動のせいでもある。
(ま、今回は許して差し上げますわ)
何についてかは深くは考えないことにする。
ビビアンは改めてユリウスの差しだす腕に手を添えたのだった。
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