11.計画を立てるわよ!
翌日、ビビアンは執務室でこれからやりたいことを整理していた。
孤児院関係は急場は凌いだが、今後の運営費の懸念がある。
せっかく前イベール伯爵が子供達に音楽の教育を施しているのだから、素養を活かす方向で資金を集められたらと思う。
(コンサートをするなら、お客様を呼ぶために場所も考えないと)
やるからには成功させたい。
場所については、帝都には劇場もあるし、申請をすれば誰でも借りられるはずだ。
(……あとは礼儀作法の先生にも来てもらった方がいいかもしれないわね)
今回コンサートを開く目的として、呼ぶのは貴族や富裕層になる。
ということは、礼儀作法も少し学んでもらった方が良いかもしれない。
きっと今後の彼らの仕事にも役に立つはずだ。
(あとは、集客も考えないとね……)
ビビアンが運営が厳しい孤児院の運営資金を集めるためにコンサートを開くと言って来てくれる人はどれだけいるだろう。
(……想像がつかないわね)
ビビアンにはそこまで伝手がないから、集客については今後考える必要がある。
あと、一番重要なのは子供達がやりたいと思うのかが重要だ。
(ノエミさんには伝えたけれど、明日、孤児院に行った時に、皆に意見を聞いてみるしかないわね)
皆が反対するなら、別の案を考えればいい。
見出しに「孤児院」と書いた紙に今までのアイディアを全て書き出し、新しい紙を準備する。
次は、石けんに関してだ。
これは材料を取り寄せて、まずは自分で作ってみるのが一番だろう。
その出来次第で、量産を考えるか、諦めて手洗いうがいの教育に専念するのか判断したい。
(失敗前提で、色々やってみるしかないわね)
確か皇族の所領の一つに海に面する領地があったはずだ。
石けんに必要な灰を作るのに、そこから海藻を取り寄せてみよう。
海藻だけでうまくいくかはわからないから、木材も何種類か準備してみた方がいいかもしれない。
他に必要なのは、油と、灰を水に漬けるので樽もいる。
灰から作った水溶液と油を熱しながら混ぜる必要があるから、鍋もあった方が良いだろう。
(後は、鍋と……、出来た石けんを入れる箱もあった方がいいわね。料理用の型とかで代用が効くかしら)
準備する物を書き付けて、侍女に手配を頼む。
侍女は何を作るのだと不思議そうな顔をしていたが、ビビアンが持参金から払うように言うと何も言うことはなかった。
(皇妃の予算を無駄遣いするようなら、宰相に報告に行くつもりだったのかもしれないわね)
ビビアンの実家から連れてきた侍女もいるが、王宮で雇われている侍女も混ざっている。
今後気を付けておいた方がいいだろう。
最後は回復薬についてだ。
薬草さえあれば魔術師や錬金術師に作ってもらえるものなのか、他に必要な材料があるのかも調べておきたい。
ビビアンが通っていた学園では、回復薬の作り方を本格的に指導するのは魔術科と錬金術科のみだったので、回復薬を作るための知識は持っていなかった。
(まずは自分で知識を仕入れてからね)
それでわからないことがあれば、専門家の意見を聞いてみたりする必要があるだろう。
(早速、図書館に行ってみましょう)
ビビアンは筆記用具を片付けると席を立つのだった。
ビビアンが姿を見せると、図書館のカウンターの中にいる司書が驚いた顔をしている。
「皇妃殿下が……? え、本当に?」
司書はビビアンと護衛のマクシムの顔を見て、ハッとしたように言う。
「ほっ、本日は何をお探しでしょうか」
「回復薬の作り方について知りたいのだけど」
「でしたらこちらです!」
文官はぎこちない動きで本棚へと先導する。
「この棚になります!」
「ありがとう」
「!?」
文官はお礼を言ったビビアンに驚いた顔をしつつ、受付へと戻って行った。
(私の評判ってそんなに悪いのかしら…… 特に何かをした覚えはないのだけれどね)
今まで気にしてこなかったが、あの様子だとビビアンの悪評はかなり広がっていそうだ。
(気が付いていなかったわ。そちらも後で何か考えましょう。今は回復薬だわ)
本棚のタイトルを眺めて気になるタイトルで何冊か選ぶと、書見台のあるスペースに向かう。
回復薬の作り方は至って単純だ。
特定の薬草を準備し、細かく刻み、水につけ魔力を注ぎながら煮る。
それだけのようだ。
上級回復薬は、通常の回復薬と材料は同一だが、質の良い物で揃えたり、薬草の処理に魔力を使ったりと、やや違いがあるらしい。
どちらも共通して、最後の煮込む際の魔力操作は難しいようで、それなりに練習する必要がある。
錬金術師と魔術師で、作り方が変わるわけではないようだ。
(これなら、回復薬に必要な薬草を準備すれば上級回復薬の材料までカバーできるのね)
ちなみに最上級回復薬だけは、特別な薬草を準備する必要があるらしい。
その薬草が秘境の奥地で特別な採取方法をしなければいけないものだったりと、量産は難しい。
(でも、回復薬と上級回復薬があれば、流行病には対応できそうね)
患者が出た時に早い段階で回復薬を飲んでもらえれば、そこで治すことができる。
ただ、重症化してしまうと通常の回復薬では治せず、上級回復薬が必要になるらしい。
(えっと、この国ではどのくらい回復薬を作っているのかしら)
ひとまず調べたことをメモに控え、記憶を振り返る。
皇妃となるための教育を受ける中で、帝国内の特産や、輸出入を行っている主な品目は学んでいる。
確か、ノークス伯爵家が回復薬を特産にしていたはずだ。
(領地で上質な薬草が採れるのよね)
その特性を生かし、ノークス伯爵家は品質が高い上級回復薬を、この国の貴族や皇族に高値で卸している。
隣国は通常の回復薬の量産体制が整っていて、安くある程度の量をまとめて輸入できるので、平民が通常利用するような市販品は輸入に頼っていたはずだ。
(でも、隣国で流行病が流行ったから、マンガの中では平民への回復薬の流通が一時的に止まるのよね)
それで、多くの人が重症化してしまい、流行病の被害が大きくなる。
(となると、手軽に買える値段で回復薬を流通させられれば、被害は抑えられるかも)
問題は、薬草を量産し、回復薬を作る人を手配できるかだ。
薬草の育て方に関する本を今度は取りに向かう。
(できるかじゃなくて、やるしかないわ)
ビビアンには皇妃というこの国で二番目に高い地位がある。
宰相に自由に使って良いと言われた予算もあるし、持参金にもまだ余裕がある。
世の中、金と権力があれば大抵のことはなんとかなるだろう。
そうして調べ物が終わったので、本を返して執務室に戻ろうとしていると、思いがけない人と出会った。
「これはこれは、皇妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。このようなところでお会いするとは思いませんでした」
「ゴダール侯爵子息、ご機嫌よう」
宰相子息ヘンリーが、薄い笑みを浮かべながらビビアンに慇懃な礼をする。
そしてビビアンは、ヘンリーの嫌味を正面から受け取ることにした。
「私が図書館を利用していて、何が悪いの?」
「悪いなどと、滅相もございません。ただ、皇妃殿下は孤児院の運営に携わられたと伺っております。このようなところで時間を潰しておられるなど、そちらが余程順調なのだろうなと思いまして」
「ゴダール侯爵子息に心配されることではないわね。でも、一応その疑問に答えておくと、今のところ順調よ」
「なるほど。では、来年度、予算が足りないと泣きついてこられることはないとご確約くださるということですね」
「あら、あなたに予算の采配に口を出す権限がおありなの?」
「――っ」
ヘンリーが悔しげに顔を歪める。
文官として皇宮に採用されているが、ヘンリーの配属は宰相府ではなく他の部署だったはずだ。
それはゴダール侯爵の方針だとも聞く。
(皇宮を運営する他の部署のことを深く知ってから、宰相府に来てほしいという親心だと思うのだけれど)
この様子だと、その気持ちがどれだけ伝わっているかは未知数だ。
「安心してちょうだい。ゴダール侯爵に言われた条件は、守るつもりだから」
ビビアンはヘンリーに微笑むと、本を返しに向かうのだった。




