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10.近衛騎士マクシム・ブルトンの驚き

「宰相閣下より近衛から騎士の派遣が要望された。そこで、諸々の事情を鑑み、私はお前が適任だと判断した」


 その日、騎士団長の執務室に呼び出されたマクシムは、突然の命令を敬礼の姿勢のまま微動だにせず傾聴した。

 近衛に入隊して三年経つが、勤務時間中に父である騎士団長に呼び出されるのは初めてのことだ。

 父の口調からして、何か特別の任務が言い渡されるのだろう。

 そう予感して、期待で身が震える。


 近衛として入隊したものの、皇帝の身辺警護はベテランの者達が行っている。

 マクシムのような勤続年数が浅い者は、皇宮内で比較的皇帝に近い場所の警備などが主な任務だ。

 それは、マクシムでも変わらない。

 ただ、学生時代に側近として取り立ててくれていたユリウスが、マクシムを見ると声をかけてくれるので、周りからは随分羨ましがられている。

 わざわざ父が若輩のマクシムを呼び出して任務を与えると言うことは、ベテランの近衛騎士よりも「マクシム・ブルトン」が望まれているということかもしれない。


(もしかして、聖女アイリ様の護衛任務を命じられるのだろうか――?)


 学園を卒業後、アイリは教会で暮らしていて、会う機会は減っていた。

 皇宮に来る際も教会の護衛がついていて、近衛が呼ばれることはない。

 だがそれも、アイリが皇帝であるユリウスの妻になると内定すれば変わってくる。


(あの悪女とユリウス陛下の婚姻など、本当にあり得ないことだ……。あの悪女の実家が筆頭公爵家でさえなければ婚約など簡単に解消され、アイリ様と陛下が結ばれるはずだったのに)


 その悪女ビビアンも、結婚後はうまくいっていないようだ。

 初夜で陛下を怒らせ、普段感情を露わにされることがない陛下が魔力制御が覚束なくなる程に怒り、冷気をまといながら自室に戻られたと皇宮内で侍女達が噂をしていた。

 流石にマクシムは噂話に興じることはなかったが、その話を聞いて失笑したものだ。


(あの陛下を怒らせるなど、悪女はどれだけのことをしたのだ)


 マクシムはユリウスと長い付き合いだが、ユリウスがそこまで怒るような場面に出くわしたことはない。


(この様子ではいずれ婚姻が解消され、改めてアイリ様を迎えられるのかもしれないな)


 実家の権力と、魔力の相性の良さで選ばれた皇妃だが、このまま子ができなければいずれは離婚されるだろう。

 皇帝夫妻の不仲に備え、今から準備をするのだろうか。

 そう考えていた時だった。


「マクシム、お前は皇妃ビビアン殿下の警護につくように」


 騎士団長から予想外の言葉が聞こえ、マクシムは咄嗟に反応できなかった。


「殿下は宰相閣下から特別な仕事を任されたそうだ。その際、治安の悪い場所に出る必要もあるとのこと。近衛の派遣を要望された。責任者はお前だ。護衛の手配なども責任を持って行うのだぞ。それ以外は皇妃殿下の命令を聞くように」


 あの悪女は、今まで公務など何一つやってこなかったはずだ。

 なのに今になって急に何を言い出したのか。


(宰相様から特別な仕事の依頼が、悪女の護衛だと……?)


 他に誰もやりたい者がいないから、マクシムが指名されたのだろうか。

 頭の中は疑問で一杯だったが、そんなマクシムに構うことなく騎士団長は言う。


「お前も殿下とは学生時代、同じ学年だっただろう。顔見知りだからと、手を抜くなよ」

「……当然です」

「宰相閣下は、即刻任務に付くことをお望みだ。今から皇妃殿下の元に向かえ。元の場所の警備は、別の者を派遣させる」

「はっ!」


 そうして騎士団長に命じられ、マクシムはビビアンの元に赴くのだった。



 ビビアンの元に向かい挨拶をしたマクシムは、再度の驚きに目を瞬かせていた。


(これは本当にあの悪女なのか?)


 マクシムのことを覚えていたことも驚きだったが、それ以上に驚きなのが、学生時代、怠けることと贅沢にしか興味が無かったビビアンが、溌剌とした様子で孤児院のために働くと言っていることだ。

 スラムとにあるというその孤児院を見るために、マクシムに護衛の手配を任せるという。

 思わず「危険です」と声を出してしまった。


(くっ、これでは、私がこの悪女を心配しているようではないか……)


 仕事としては正しいことをしたはずなのに、ずっと嫌っていたビビアンを心配するような言動をしてしまった自分が悔しい。

 いや、冷静に考えるのだ。

 ビビアンのためにマクシムが仕事を全うできないなど、あってはならない。


(これはきっと悪女が皇妃という立場を失わないためのパフォーマンスだ。ならば、私がそれを暴いてやる……!)


 なんとかそう思う事で心の平静を保った。

 だが、マクシムが見ている限り、ビビアンの行動は全て孤児院のためにと考えて行動しているようだった。

 孤児院のためにと言いながら、皇妃の予算を使いまくるのかと思ったが、その予想も外れ、孤児院への差し入れで持って行くクッキーの材料費さえ持参金で対応しているようだ。


(不正の隠れ蓑にするつもりではなさそうだな)


 もしそうなら、即刻告発し、元の任務に戻るつもりだった。

 だが地道に孤児院の運営に調べたり、手配する物資を選別していく姿は真摯で、むしろ疑いを持ってビビアンを見つめるマクシムは自分が恥ずかしくなってくる。


(本当に、心を入れ替えたのか……?)


 孤児院で子供達と触れあうビビアンを見たマクシムは、もうそうとしか思えなかった。

 ビビアンは率先して孤児院の魔法陣に魔力を注ぎ、孤児院の責任者の女性と話をしている。

 あまつさえ孤児院の土地を狙う不届き者が現れれば、先頭に立って追い払っていた。

 悪党共を追い払った後、ビビアンは子供達一人一人の名前を尋ね、どんなことが得意か尋ねている。

 その姿を見守りながら、マクシムは反省していた。


(私は何をしていたんだ……)


 ここにはもう、マクシムの知るビビアンはいない。

 人は変われるものだ。

 学生時代のビビアンを知るマクシムにとって、ビビアンの変容は信じがたいものであったが、今の彼女ならばユリウスの姿に相応しいのではないかと思えてくる。

 いや、実際ビビアンがきちんとユリウスを支えようという気概を持つならば、家柄や、魔力の相性、全てにおいて、彼女以上に相応しい人はいない。

 もっと早くこの実力を示してくれていたら……。

 そう思わないでもなかったが、結婚直後にユリウスの怒りに触れたことが彼女の意識を変えたのかもしれない。


(判断するのは早計だ。これは今回だけのパフォーマンスかもしれない)


 だが、子供達に見せる笑顔を見ていると、そうではないような気がしている。

 任務に期限は区切られていなかった。

 ならば、今目の前の光景がただの張りぼてなのかそうでないのか、己の目で見定めていくこともできる。


 このような切っ掛けがなければ、マクシムはビビアンの改心に気が付くことはなかっただろう。

 自分をこの任務に父が采配したのは、マクシムがビビアンと距離を置いている現状を考えてのことかもしれない。

 マクシムが次代の騎士団長を希望しているのは当然父も知っていることだ。


(私は、もっと己を磨かねばならないな)


 学生時代はただただ体を鍛えることに重きを置いていたが、上を目指すとなるとそれ以外のことも考えられるようにならねばならないのだな。

 父もそのことをマクシムに教えたかったのかもしれない。

 そんな風に気を引き締めながら、本日の報告に向かう。


 この時、マクシムはこの後にユリウスから呼び出され、再度同じ報告をすることになるとは思いもよらなかった。

 そしてビビアンの無謀ともいえる行動を心配したユリウスが、次回の訪問には何があっても同行すると言い出し、その調整に振り回され胃を痛くするのは、もう少し先の話である。

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