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鳥の飛ばない天地の挟間  作者: 御厨つかさ


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51 閑話 十四 永遠の平安


十四 永遠の平安



 食堂から、ようやく落ち着いた一行が研究室へ戻ろうと外へ出たとき。

「あれは、…」

 藤堂は、殆ど無意識に声を出していた。

 少し離れた場所。

 公園のようにみえる緑豊かな中の小道を歩くのは。

 滝岡が、隣りに歩く誰かと談笑しながら歩いていく姿が。

 その、誰か、…―――が、――。

「藤堂さん?」

 篠原守が目敏く気付いて声を掛ける。そして、その視線が追う人物をみて。

「ああ、…――あの人は、…藤堂さん」

「あ、はい」

 何故か目が逸らせなかったその人に、藤堂が篠原守が腕に手を掛けて呼ぶことでようやく振り向いて。

「いや、…あの、あれは、―――」

 滝岡の隣りに歩いていた、あれ、…――は?

藤堂の呆然とした表情に気付いて、篠原守が苦笑して。

「仕方ありませんね。藤堂さんは”同じ”ですから、…気付いちゃいますか」

何処か悟ったような、しずかに不思議な表情でいう篠原に。

「…しのはら、…さん?」

そんな表情の篠原守には初めて逢って、何故か藤堂が言葉につまる。

 そのしずかな、あきらめとも、…あるいは。

 何か深い処で、しずかにあきらめと。

 言葉に出来ない、何かを飼う。

「…篠原さん、」

「ごめんなさい、藤堂さん。あの人に関しては、何も話せないんですけど」

うつむいて、それから顔をあげて笑みを作って。

「…ごめんなさい。それから」

透徹とした眸が、不意に視界に迫る心地がした。

 篠原守の眸。

 それは。

 不意に、藤堂は自身がいま周囲が何もみえず、篠原守しかみえていないことに気付いていた。

 ――なに、…が。

声を出せていただろうか?

それは、不意に訪れた。

「遭遇は仕方ありませんが、…―――」

灰色に閉じた世界の中で、しずかに声が響く。

「いくえにも世界はありますが、藤堂さん」

世界との接点を切られて、灰色の終わり無い中に一人立つ藤堂の耳に、声が届く。

「やはり、わかってしまうんですね、…」

 でも、と。

「おぼえていてもらうわけには、いかないんですよ」

 かなしむ声だ、と理解できた。

 常の明るく騒がしいイメージとはまったく異なるその声は。

 唯、かなしみを乗せた声が届く。

 灰色の世界に。

 無明の闇に包まれたこの世界に。

「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時

 照見五蘊皆空、度一切苦厄

 色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、

 受想行識亦復如是。」

 朗々と篠原守の声が響く。

 空は色であり、色は空である。

 故、一切は無と同じであり、無は有である。

 一切のものは無と等しい、―――と。

「是諸法空相、不生不滅、不垢不浄不增不減、――是故空中、無色

無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色聲香味觸法、無限界、―――

乃至無意識界、無無明」

 灰色の世界に藤堂の意識が霧散していく、―――。

 篠原守の声明が響く。

 無慈悲に、或いは。

 仏の慈悲を、―――。

「―――依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖」

 灰白に染まる世界に。

 延々と響く。

「遠離一切顚倒夢想、究竟涅槃、――――――」

 遠遠と響く声が世界を染める。

 灰の世界。

 無と同じく。

 無は有であり、有は無である。

 世のことわりはすべて実体がなく、無であるから其処に。


 永遠の平安がある。―――――



 …ぼく、は、―――――。


 藤堂の意識は、そして、途切れた。







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