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トラ猫の水槽食堂シリーズ

閉店後のマスターのひととき ──水槽食堂の夜のしじま

作者: さこ丸
掲載日:2025/12/31

 カランコロン。

 最後のお客さんを見送って、ドアの鍵を閉める音が響きました。

 深夜三時。もう、路地裏には猫一匹通らない時間です。


 トラ猫のマスターは、「ふぅ」と大きく一つ伸びをしました。

 前足をぐーっと伸ばし、背中を丸め、尻尾をピーンと立てて、一日の疲れをほぐします。


 パチン。

 店内の明かりを消すと、残るは壁の水槽の青白い光だけになりました。


 マスターは、カウンターの片付けを始めます。

 シュッ、シュッ。布巾でテーブルを拭く音。

 カチャ、コト。洗ったグラスを棚に戻す音。

 静かな店内に、小さな生活音だけが心地よく響きます。


 片付けを終えると、マスターは自分だけのための最後の一杯を用意しました。

 温めたミルクを、小さなお皿にたっぷりと。

 

 彼はそれをペロ、ペロ、とゆっくり味わいます。

 今日来店したお客さんたちの顔を思い出しながら。

 寂しさを抱えた人、疲れ切った人、不安に震えていた人。

 

 ふと水槽を見上げると、魚たちはもう泳ぐのをやめ、水草のベッドや岩の上で、静かに眠りについていました。

 青い魚も、灰色の魚も、虹色の魚も。

 みんな、今日という一日を懸命に泳ぎ切ったのです。


『……お疲れさま』


 マスターは心の中でそう呟くと、カウンターの奥にある、お気に入りのクッションに向かいました。

 ふかふかのビロードのクッション。一度沈み込んだら、もう起き上がりたくなくなるような極上の寝床です。


 マスターはその上でくるりと丸まり、自分の尻尾を枕にしました。

 

 コポポ、コポポ……。

 水槽の水の音が、一定のリズムで響いています。

 それは、まるで世界そのものの寝息のようです。


 琥珀色の瞳が、ゆっくりと閉じられていきます。

 意識が、温かいミルクの中に溶けていくように、トロトロと微睡みの底へ沈んでいきます。


 今日はおしまい。

 また明日、誰かが扉を開けるその時まで。


 水槽の青い光が、眠る猫の背中を優しく照らしていました。

 

 ……さあ、あなたも。

 もう、頑張らなくていい時間です。

 目を閉じて、この静かな水音に身を委ねてください。

 おやすみなさい。

 素敵な夢を。

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