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樹当千  作者: 千葉
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六十七話 これからのこと

ちょっとシリアス……かな?



「まぁそこの席にでも座れ、話すことはたくさんある」


師匠に誘われた部屋。教会の中に宛がわれた師匠専用の部屋なのか部屋には聖書のようなものが高く積み上げられている。司教という地位の癖にベッドなどの家具も普通で、イスも木製のものがポツンと二脚置かれているだけだ。

とりあえずそのイスに座って三本の槍を壁に立てかけ、師匠がカップで渡したお茶をズルルと飲む。


このほのかな苦味は少し緑茶に似ているな。後で少し分けてもらおう


師匠も自らの手にカップを握り、待ちきれないように質問しだした


「今まで何処で何をしていた? 戯けたことをぬかすと今度は本気でその喉を貫くぞ」


やはり師匠はキレている。殺意が波のように押し寄せてくるので俺は事情をいっさいふざけずに語った。まだ死にたくないもの!


師匠は一連の事情を聞くと、しばらく口を堅く閉ざし何か考え事をしているようだ。

そうして体感時間で一時間、実質十分位の時間がたちようやく師匠が口を開いた。



「……お前も大変だったようだな。だがこちらもいろいろと大変なことになったのだ」


「ユーリィの記憶喪失と、師匠のさっきの勘違いですね?」


「ユレイアの事を知っていたのか? ……ユレイアのことはこっちでも何とかしているのだが中々上手くいかなくてな。それより後者のほうが今一番対応しなければならない問題だろう」


確かに物陰に隠れていた俺を暗殺者扱いするなんてただ事ではない。そんなに師匠は切羽詰った状況にいるのか? 

それと師匠は暗殺者を送ってきた連中に何か心当たりがあるようだったのが気になる。


「……ヴレインのことは覚えているか?」


それは勿論覚えている。ラノーラ帝国の皇帝かつ、ゼノア教の教祖の生まれ変わりかつ、師匠をも超える力量の人物。それだけの特徴をもつ人物を忘れるはずがない


そういえば最後に巨大化したヴレインを倒した後はどうなったのだろう?

あの攻撃は死んでもおかしくなかったから心配だ。まぁ、生きていたとしても再び何がきっかけで暴走するか分からないので微妙だけど


「その顔を見るとどうやらヴレインを心配しているみたいだな。安心しろ

元気にラノーラ帝国で善政を続けているとの噂だ。何やら憑き物が落ちたかのように宗教とはスッパリ手を切ったらしい」


「それはよかった♪」


またあんなチート野朗に暴走されたら今度は勝てないだろうし…


「ところがいいことばかりではないのだよ」


そうため息をつく師匠の顔をみると本当に老けたなと感じる。色々心労が溜まっているのだろう。


「ゼノア教の教祖の生まれ変わりという絶対的な存在を失った信徒たちが暴走してな。ヴレインの中の教祖を殺したとしてお前は酷く怨まれているんだ。何とか最後教祖に止めを刺したユレイアだけはメイハ教の情報操作によって事なきを得たが、さすがに実質止めを刺したお前だけはどうしようもなく、メイハ教がお前を保護しているのではないかと暗殺者紛いのものがちょくちょく入り込むのだよ」



なん……だと……!?

狙われているのは師匠ではなく俺だったのか!! 


っていうかヤバイだろこの状況。怨むなら俺じゃなくて師匠にしてくれ

そして何で師匠はそんなに笑いが堪えられない様に半笑いをしているんだ!?


「た、たたたたた大変じゃないですか!? なんでそんなに冷静にしてんだあんたは!!」


「勿論、他人事だからだ」



ダメだこいつ、早くなんとかしなくちゃ。



『これはいくらマスターの師匠様と言えども制裁ですね』


『構わん、俺が許す!』


『イエス、マスター』


見る間に師匠の脇から多種多様の食虫植物、いや食人植物がニョキニョキと生えていく。ラフレシアの真ん中に鋭い牙を生やしたものもいれば、見た目は可憐なただの小さな青い花だが自らのクジラさえも一瞬で殺す毒粉を撒き散らすやつ、王水に非常によく似た消化液を持つ植物で出来たグリーンドラゴンもいる。そのどれもがロッドマスター級の火魔法を使わなければ焦げ後すら付かない正に化け物だ。俺の力では到底出せないそいつらを簡単に呼び出すところはさすが植物の統率者と呼ばれるベアンテなのだろう。


しばらく師匠の断末魔を聞いた後、グリーンドラゴンが瀕死状態の師匠を口からポイッと吐き出す。でも師匠だから大丈夫だ! なんせナーガを凌ぐタフネスを持つ男だからだ


案の定復活した師匠は自らの神聖術で体を治していく。その光景は正に神の奇跡というやつなのだろう。こんな力を持つ師匠さえユーリィの記憶を取り戻すことは出来ないのだからユーリィの脳へのダメージはよっぽどなのだろう。


「先ほどのはちょっとした冗談だ。実はその両方を解決するいい手段がある」


「本当か!?」


「昔、私にもう一人弟子がいるという話はしたか?」


そういえば前そんなことも言っていたような気がする。俺は一度軽く頷いて師匠の話を促す。


「その弟子は槍の弟子ではなくて、私が神聖術を叩きこんだ弟子でな。幼少の頃から叩き込んだ奴は周囲を軽く越える才能の持ち主でたしか七年前に『師匠に教わることは何もない』と言って、この大陸から出て行ったんだ。あいつに頼るのは癪だが、私を超える癒しの力をもつ奴はせいぜいあいつぐらいだろう」


弟子にすら負けず嫌いの師匠が認めているくらいだからきっとその人の神聖術の腕はもの凄いのだろう。今も唇を噛み締めて悔しそうな表情を浮かべる師匠の顔から推理するに、それだけではない気もしてくるのだが……


「ユレイアのことはあいつに任し、お前はしばらくその大陸でゼノア教徒のほとぼりが冷めるまでのんびりしてこい」


悔しい話は準備が出来る数ヶ月後まで待てとのことだったので、俺は教会に仮住まいしているリザルトさんとシクエちゃんに会いに行った。教会に信徒以外の人を住まわせていいのだろうかと考えたがきっと司教の権威を使ってのことだろうので気にしない事にする。



そしてリザルトさんに出会うと直ぐに師匠のように斬りかかられた。師匠のは勘違いだがリザルトさんは完全に俺だと知った上で斬りかかって来たので性質が悪い。

何とか戦闘中に事情を説明したのだが、リザルトさん曰く全く聞こえなかったのことで魔力の球を何度もぶつけられ危うく意識を落としかけた。



その後何度も土下座して、土下座する俺の頭に唾を吐きかけてようやく満足できたようで笑顔で迎えてくれたのだが、酷く気分が悪いのは気のせいだということにしておこう。



一方シクエちゃんは俺を見るとその可愛い幼女顔にたくさんの涙を浮かべて抱きつこうと駆け寄ってくる。そして俺はその時完全に油断していた顎への強烈なアッパーによって完全に意識をうしなった。



確かに、何も言わずに五年間失踪した俺が悪いよ。でもこれはないんじゃない?





教会の中の診療室で目が覚めた後、もう一度全員に挨拶して俺はマキアたちにプレゼントするためにアクセサリーショップへ出かけた。

既に日は高く上り、ちょうど昼飯の時間だ。



まずは腹ごしなえということでめし屋が並ぶ通りへ向かう。お昼時ということでかなり人ゴミが出来ていたので、背中に背負う三本の槍は邪魔になると考え、フィランに元の一本の古臭い槍に戻ってもらい極力邪魔にならないようにしてもらった。

本槍? はご機嫌斜めの様子だったが他人を傷つけると洒落にならないので、穂鞘が出来るまで我慢してもらおう。



「いや~、こんなに一杯あると迷うな」


『僕あっちのトブ肉を甘く煮たやつがいいな♪』


トブ肉は豚と鳥を合体させたような見た目の生物で、まさにその通りの味がする不思議生物だ。フィランは実際に食べないが、子供心から屋台の外に置かれた大きなトブ肉の塊を置いているその店が気になったのだろう。


『やはりクソ槍の思考はそんなものですか。マスターのことを真に思うのなら、あの女性たちが列を作っている<野菜好き☆うさぎ食堂だよ! キャハッ♪ 亭>に行くという答が出てくるはずです』


「よしっ!! フィランの言った店にいこう!!」


『そ、そんな馬鹿な!?』


『ふふ~~ん!! やっぱりイツキと僕は以心伝心だね♪』


ベアンテには悪いがさすがにあそこに行く勇気はない。あの列に並ぶクロトとマキアの姿が見えたのはきっと気のせいだ。そうに違いない


幸いなことにフィランお勧めの屋台<トブ天国>はちょうど二人連れが出て行ったところなので二席ほど空いている。メシを食べようとその空いている席に座り、テーブルにおいているメニューでも読もうと隣の席の人にとってくれるようお願いする。


「ほい、これがメニューだよ――ってお前は!?」


何と隣でガツガツトブ肉の塊に食いついていたのは猫耳獣人のケイだった!

でもとりあえず驚くのは構わないが、口に含んでいたものを飛ばすのはやめて欲しい。


「何でこんなところにいるんだ? という野暮な質問はよしておくが、ケイも女の子なんだから向こうの<野菜好き☆うさぎ食堂だよ! キャハッ♪ 亭>にいったらどうだ?」


「う、うるせえっ!! 別にいいだろ好きなんだから//// それにその質問こそ野暮ってもんだろっ!!」


慌てるケイを他所に俺は店主らしきおっさんにお勧めのメニューを注文する。困った時は店の人に頼むのが一番確実だ

そして隣に座ってるケイと全く同じ、巨大な肉の塊が出てきたときは少し泣きたくなった。

いくら若いといってもこの量を食べたら胸やけになることは必須。俺は半分だけ食べると残りはケイの方に押しやる。


「ほら、残りはやるよ」


「えっ!? 本当に……いいのか?」


ここでダメと言ったら泣き出しそうになるぐらい気色満面で答えるケイ。尻尾もフリフリ動かして肉から視線を外しそうにない。イタズラしたかったが、その可愛さに免じて許すとしよう


「見ての通り俺はもうお腹いっぱいなんだ。むしろ食べてくれ」


「そ、それじゃあ仕方無いな」


許すと同時にムシャムシャと食べ始めるケイを微笑ましく見守る店主と俺。そして全て食べ終わった後も皿を舐めんばかりの勢いだったが、さすがに周囲の目を気にしたらしくそうはしなかった。


「それ間接キスになるのかな?」


ケイは少し訳が分からない表情をした後、体を掻き毟って恥ずかしがる。どうやら好物に夢中でそのことに気づかなかったようだ。

そのままケイを見ていたかったが、まだ今日は用事があるので店主に金を払いアクセサリーショップへ向かう。



今度は金があるので店のおばちゃんにそれを見せるとおばちゃんも納得したように、お勧めの商品を紹介し始める。だがそのどれもが高い品ばかりで、中には5千万ラドを超えるようなものまで勧めた。そのような品には持ち主を守るためのあらゆる魔法がかけられているから高いそうなのだが、手元にはマキアに世話代として払った五十万ラドを引いて、残り百五十万ラドぐらいしかない。プレゼントするのはマキアとユーリィとクロトとナーガなので一人あたり約三十万ちょっとの品というと、あまりたいそうな魔法がかけられていないものしかない。



結局俺が二時間時間かけて選んだのは涙形の水晶が付いた指輪で、込められた魔法は互いのいるだいたいの方角が分かるというものだ。このくらいの装飾は道行く人がだいたいはしているので別におかしいことはない……と思うのだがいざ人にあげるとなると心配になってきたな。


『全然おかしいことはありませんよマスター。むしろ私が実体化できたなら欲しいぐらいです』


「……それならいいんだけど」



とりあえず本部へと帰ると執務室で暇そうにしていたナーガがいたが、男に改めて指輪へ送るというのは気持ち悪い。アクセサリーショップのおばちゃん曰く、この世界ではよくあることらしいが元日本人の俺としては抵抗がある。


というわけで先に女性に送ったほうが俺の心象的に楽だろう、と中庭へ向かうとそこには楽しくお茶をするマキアとユーリィがいた。

ユーリィは俺の姿を見ると今度は逃げたりしなかったが、冷たい視線は変わらずあり、なかなか気まずい。それとは対照的にマキアは自分から近寄ってくれてなんともありがたいばかりだ。


「イツキもお茶会に参加しないかのう?」


「それはありがたいが……俺がいても邪魔だろう。それよりこれは今までお世話になったお礼だ。受け取って欲しい」


マキアは指輪を直ぐに指へ嵌めると、


「とても嬉しいぞ♪ ……ところでユーリィの分はあるのか?」


最後の方はユーリィに聞こえないように小声で質問してきたので、俺も小声で返す。


「勿論あるんだがユーリィは受け取ってくれないだろうな」


「大丈夫じゃ。我がそれと分からぬように渡しておくからの」


「すまん。助かる」


小声でやりとりする俺達が気になったかユーリィは少しこちらを気にしている様子だ。まぁ、対象は俺というよりか、大嫌いな男と会話するマキアの方を心配してのことだろうので期待はしてない。

だが、会ってここまで近くにユーリィがいるというのは始めてでここを逃したらもうチャンスはやってこないだろう。



機敏な動きでユーリィの近くまで一気に移動してユーリィの両手を握り締める。

……別にやらしい意味はないがすごく柔らかいです。



「貴様っ!」


しかし当のユーリィは大激怒して俺の股間を蹴ろうと足を背後へ延ばす。何も俺は何の意味もなくユーリィの手を握ろうとしたわけではない。ユーリィの足が最後の審判を下すまでの数秒で天の柱から貰った治癒能力で火傷で爛れたユーリィの両手を治癒したのだ。

そして後はまるで筋書きどおりのように俺の股間は蹴られる。



!!!!!



その痛みに崩れる俺を他所に手を振りほどいてすぐさまユーリィは駆けて行く。

さすがに……これはかなり……痛い


「……さすがに強引過ぎじゃろイツキ」


呆れかえったような声を出すマキアに、


「そうだな」


とだけ返して中庭を後にした。


いつか昔のように笑い会えるユーリィに戻ると信じて……




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