六十四話 不慮の事故
このまま話しを進めていっちゃっていいのか俺!?
試験官の不慮の事故(いったい誰がしたんだろう?)で入団試験の延期があり、残った連中は口々に不満を述べたがそうなってしまっては仕方無いと大多数の受験者は帰っていった。残りの連中は天に向かって罵声をあげたり、ルクゾの宴ギルド本部で暴れたりしていたのでクロトが女性には天使の笑みで、男性にはその大剣で実力行使で追い出したりすること一時間。ようやくギルド本部の周りは静かになったが中は以前うるさかった。
「どういうことですかイツキさん!!」
「てめぇ騙しやがったな!」
「嘘……いけない」
俺とナーガが旧知の仲でルクゾの宴のメンバー(正式ではないが)だったことをアリアちゃんたちが知ると激しい質問攻めにあった。余りにもきつく普段優しいアリアちゃんにまでなじられ、だんだんなじられるのが気持ちよくなってきたところでナーガが止めに入った。
ロリコンに加えマゾという負ステータスまで手にいれるところだったぜ……
「まぁ、だいたいの事情は掴めた。シーアは任務ご苦労だったな」
ナーガのかける言葉に恥ずかしそうに頷くシーアさん。
「ところでイツキはユレイアさんに会ったのか?」
何故かアリアちゃんがユレイアという言葉に敏感に反応した、何故だろう?
「いや、まだ会ってないけど。……そういやどこにいるんだ? 普通ギルドマスターであるユーリィこそルクゾの宴の入団試験官をやるべきだろう?」
クロトとナーガは一度目を合わした後何か考えでもあるのだろう、コソコソと相談を始めた。俺が聞いてはいけない話など今更ない様に思うが空気を読んで黙って待つ。
しばらく話しあって答えが出たのかようやく向かい合ったナーガの表情には少し迷いがあるようだ。
「申し訳ないがここからはあまり人には言えないことでな……」
シーアさんはナーガに軽く頷いてアリアちゃんとフラン君を連れて部屋から出て行く。アリアちゃんは最後までこちらを気になる様子で見ていたが焦れたフランがアリアちゃんを引っ張り部屋から連れ出した。
フランは後でおわびに槍の稽古をつけてやろう。
「それで何なんだ。態々人を下げるような秘密の話とは?」
「……お前のいったとおり今ユレイア様はギルドマスターとしての働きをされていない。それで俺がユレイア様の代わりにルクゾの宴をまとめている」
「いくらユーリィを崇拝しているとは言え、さすがにそれはやりすぎだろう」
「それならどれだけ良かったことか……」
何故かは知らないがナーガはあまり進んで話を進めたくはないようで、それから俺が続きを促しても要領をえない返事が返ってくるまでだ。
「はっきり言えよナーガ!」
「…………」
「……仕方ないなナーガが言わないなら私が言うぞ」
「っ!? クロト!」
「お前がいつまでも言わないのだからしょうがあるまい。いずれイツキにもわかることだ」
「えっ!? どういうこと? まさかユーリィに何かあったのか!?」
「ユレイアさんはな……記憶をなくされているんだよ」
瞬間、比喩でもなんでもなく頭に電撃が落ちたような気がした。ようやく頭がクロトの言った言葉を理解し始めると額から、手から変な汗がでてくる。それはローブの裾で拭いても拭いても次々と出てきた。
「何故だ?」
しばらくたってようやく出た言葉がそれだった。
「わかったのはイツキがちょうどヴレインを倒していなくなった後だ」
それまで押し黙っていたナーガが重い口をようやく開いてそういった。クロトがそこまで言ったならもう最後まで言ってしまおうという表情だ。
「目を覚ましたユレイア様にイツキはどこへ行ったのか? と聞いてみたところお前はだれだ? と逆に聞かれてしまったよ。さすがに様子がおかしいと思いカナゼさんを連れてくるとユレイア様はカナゼさんの記憶はあるようでカナゼさんに現状説明を求めていた。そして分かったのはユレイア様はクルーゼとかいうバカ野朗に婚約者を殺された時までの記憶しかないということだ。そうなった理由はいまだよくわからないが……」
俺は激しい怒りに襲われた。クルーゼを憎む気持ちと、その事実を知らずにいた自分に対してだ。そしてユーリィに婚約者がいたということに対しての無様な嫉妬。
お気楽な気持ちはどこかへすっとんでいてしまったようでその代わりに激しい自己嫌悪に陥る。
「……そうか、クルーゼはますますぶち殺してやりたくなったよ」
「ん? そうか、イツキはまだ知らなかったのか。俺達も緊急事態だということでカナゼさんとリザルトさんからその時聞いたんだ。……あいつは許せないな」
『……イツキ、肝心のユレイアさんのことなんだけど』
『うん? どうした。つまらないことだったら今はよしてくれ』
『それ……たぶん僕のせいだ。僕も一生懸命ユレイアさんをマナの影響から守ろうとしたんだけど【天沼矛】は物理攻撃からしか守りきれないから、全部僕のせいだ! 』
怒りで頭に血が上ってしまった俺は罵声とともに床へフィランを叩きつけようとしたが、脳内で大声で泣きながら謝るフィランの声を聞いてその手をなんとか止める。
(落ち着け俺、ここでフィランにあたったら俺は最悪だ。)
(フィランは一生懸命やってくれた。責めるべきはユーリィを守りきれなかった俺のほうだ)
自分の舌を噛み締めることによって怒りを醒まそうと、鉄臭い血液の味が口内に広がりひとまず気分は落ち着いた。そんな俺を心配そうに見つめる二人の視線が嬉しい。
「大丈夫か? 随分思いつめているようだが」
「ありがとうクロト。でも大丈夫だ」
俺の声色から平気だと感じたのかナーガも再び話しだす。
「続けるぞ。そうしてユレイア様は今もその時と同じように男を毛嫌いするようになってな。俺とクロトならまだ話しかけても大丈夫だが、やはりいい顔はなさらない。カナゼさんの『なら記憶が戻るように以前作ろうとしていたギルドをつくってはどうか?』というアドバイスを元に今のルクゾの宴をつくったが未だ男にたいして酷い嫌悪感を持っておられる。そんな状況でギルドマスターを務めると他のギルド間でも問題になりかねんので、名目上はギルドマスターだが実質は俺がやっている」
「そんな状況でよく大陸一有名なギルドになったな」
トップがしっかりしてない組織はそうそうに潰れやすく、内部崩壊を起こしていくのがオチだ。そんな中、上下間の厳しいギルドでここまで有名になるとは不思議でしょうがない。
もめなかったのだろうか?
「何分、俺達初期メンバーは優秀でね。後は有能な部下を探してスカウトしていくうちにそうなってしまったんだ。勿論争いを起こした奴は血の制裁を加える!」
「まぁ、有名になった所為でユレイアさん狙いの冒険者が殺到してね。そのおかげでますます我らがユレイア姫は男嫌いになってしまった」
なんだかやることが裏目裏目にでてしまったみたいだ。ナーガはユーリィに妄信的だし、クロトは諦めて傍観気味になってしまったところもあるのだろう。
「そういえば我らがメンバーにはもう一人お姫様がいただろう?」
褐色婆言葉のマキアにも随分会ってない。マキアもガロンも立派に成長しているのかな?
でもマキアの方はあれ以上成長してもらったら困る、主に俺の精神衛生上に
「もう一人のお姫様は終始ユレイアさんに付きっぱなしだ。最近では二人はそういう関係なのかという噂も出ているくらいだぞ」
「なんだとっ!! それはいかんよっ!」
「まずは鼻血を拭いてからそのセリフを言おうなイツキ」
これはいつの間に!? フキフキ
……粉雪のような白い肌に金髪をなびかせ、そのスレンダーな体で小鳥と微笑むユーリィ。
対称的に褐色の肌とそれを浮かばせる白髪、グラマラスなボディで猫を思わせるマキア。
その二人が絡み合っている姿を想像するだけで俺はもう……
『変態な思考で私を汚さないでください変態』
『うわぁ、最低だねイツキ』
何故だ? 罵られているのに感じちゃう、ビクンビクン
「まぁ、話はわかった。とりあえず一回ユーリィに会ってみたいんだが今何処にいるんだ?」
クルーゼのこと、婚約者のこと、記憶喪失のことなど色々思うことはあるが一度ユーリィと向かい合って実感しなければ先に進めそうにない。
「……冷たくされても気を落とすなよ。今はおそらく一階の中庭にでもいるだろう」
外から見ただけではよく分からなかったがここは中庭まであるのか。ちょっとした宮殿みたいで楽しい。
ナーガやクロトは入団試験の用意でまだ忙しいらしく俺は一人で行くことになった。
ナーガの部屋があった二階から植物を模した手すりのついた階段を降りていくと階下ではおそらくルクゾの宴のメンバーであろう人が木製の大きなテーブルで酒を飲んだり、読書をしたりとやっていることはバラバラだが各々楽しそうだ。その中には肩身のせまそうなアリアちゃんたちとのんびり何かを飲んでいるシーアさんの姿もあったので声をかけようとすると、
「おいっ、お前話しを聞いたところによるとあのナーガをたこ殴りしたって奴だろ?」
口調自体は荒く、ハスキーボイスだがその声は間違いなく女性のものでその声の主を確認しようと振り返ると直ぐに体が宙を浮いていた。そして背中に衝撃を受けてようやく自分が投げられたのだと気づく。誰だか知らんが乱暴なやつだ。
「先輩に話しかけられたらさっさと答えな! ヒック」
赤毛をポニーテールにして、へそだしスタイルにしている女性。そして最も重要なのはピクンピクン動かしている二つの耳、そして蛇のように意志をもって動く尻尾!
つまり猫の獣人。猫の獣人なのだ! 大事なことなので二回言いました
口からは酒の匂いがプンプンしているのが若干減点だがそれでも猫の獣人という特典に比べれば微々たるものだ。犬耳や、狼、ウサギなんかの獣人はよく見かけるが猫耳は滅多に住んでいる山からでないので俺も話しには聞いたことがあるが見たことはなかった。
俺は興奮でハァハァ言っていたが周りの連中は怯えているのかと思い目の前の女性に絡むのをやめさせようとする。だが女性は酔っているせいか猫耳はもっているが聞く耳をもたない。
「さっさと答えるんだよ!」
どうやらナーガ達は他のルクゾの宴のメンバーに俺のことをまだ伝えてないようで俺の首をガクンガクンと現在進行形で振り回している。これは酔ってるせいもあるかもしれないがどちらかというとこの人元々の性格なのかもしれない。
「ケイ……止める」
「ああっ!? シーア、てめぇは黙ってな。こいつには上下関係ってやつを体で教えてやらなきゃな!」
シーアさんとケイ? とかいう猫の獣人が向き合っている今が唯一のチャンス!
俺はそのフワフワしている尻尾をつかんだ。かなりの猫好きである俺は久しく触る尻尾に癒される。
「キャッ! て、てめぇ何触ってや…アン!?」
猫は尻尾を触られるのを嫌がるものだがどうやら猫の獣人は違うようで、さっきの強きの態度とは別に色っぽく鳴いている。ギャップ萌えってやつですな!
ケイを先ほどまで止めていた周りの連中も今度は俺を止めてくるようになるまでたくさん楽しんだ。
フラフラとすっかり消耗した様子のケイは、
「てめぇ、ぜ、絶対ぶち殺して…やるかんな」
といい残して倒れ、シーアさんの手によってどこかへ運ばれていく。残った連中、女性も男もアリアちゃんもフランも皆例外なく、こちらへ冷たい視線を向けていて耐え切れなくなった俺はナーガの言っていた中庭のほうへ向かう。
だが俺は先ほどの行為に後悔も反省もしていないっ! あれにはそれだけの価値があったのだ。
『イツキもそろそろ本当に捕まる前にやめたほうがいいと思うよ』
『ここには俺を縛る法律は存在しないんだよフィラン』
中庭へと続くドアを開けると、そこには緑の芝生と人が休むことを考慮したのか柱と屋根だけの休憩所のようなものがありそこには二つの人影が…
そのなかの一人は風を浴びて金髪からまるで金色の粒子が出てるように錯覚してしまう。そして向き合っているもう一人は軽やかに笑っている様子だ。芝生の感触を楽しみながら足を進めていくと音で俺に気づいたその中の一人のマキアは口を両手で押さえ唖然としている様子。憂い気のある目元以外は五年前とあまり変わってないように見える。
エルフであるユーリィは見た目変わってないが、ただやはり記憶がないようで俺が近寄ってくるのを見ると後ろへ下がって警戒した様子を見せた。わかってはいたがやはり悲しい
「まさか……!? 本物か? 本当にイツキなのか?」
「そんなことを言うマキアは本物か? 怪しいぞ」
俺のふざけた答えで本物だと確信したマキアは俺のほうへ向かって走ってくる。
脳内エフェクトはこの感動的な再開にキラキラと光を散らし、なかなか空気を読んだものになっている。後もう少しでマキアの手と触れるところでドンッ! という効果音とともに俺は横から何か巨大なものに吹き飛ばされた。
「ギュイギュイ♪」
頬に伝うベトッとした触感。この懐かしい感覚は間違いなくガロンだ。
見上げると随分毛並みが立派になり、竜のような顔つきはより凛々しく威圧感のようなものが出ているガロンの姿が…
(立派になったのはいいんだがこの調子で毎回挨拶されたら数年後には死ぬんじゃないか?)
「大丈夫かイツキ? もうガロン、そこは我が先に行くところじゃぞ!」
「ギュル~」
そんな俺達の姿を見ていたユーリィは踵を返して何処かに歩いて行く。何か声をかけようとするが良い言葉も出てこず結局ユーリィは何処かへ行ってしまった。
本当に男が嫌いなんだな……
「ああ、イツキ。実はユーリィのことなんじゃが――」
「知ってるよ。さっきクロトたちから聞いたからな」
「そうか。……我も記憶が戻るように日々努力はしておるんじゃが中々成果は出なくての。
な~に、イツキも戻ってこれでルクゾの宴のメンバーは皆揃ったのじゃからきっと直ぐに記憶も戻ろう♪」
励まそうとしてくれているマキアに感謝して室内に戻った。マキアの話しによるとカナゼ師匠やリザルトさん、シクエちゃんもユーリィのことを心配してこっちのメイハ教の教会へ住んでいるらしい。普通ならこのまま挨拶をしにいくべきだが日も暮れかけているし、それになにより今日はいろいろありすぎた。今会ったとしてもその時俺はきっと碌な顔をしてないだろう。
とりあえずストレス解消の為に街へ繰り出そうとするとマキアに夕飯までには帰ってくるんじゃぞ~と実の母親みたいなことを言っていた。
夕焼けに染まった街。忙しそうに何処かへ行く奴もいれば、武器屋で店主と値段交渉にうるさい奴などいろいろいるが俺は特にあてもなくぶらぶらしていた。出店でおいしそうな焼き鳥風のものを売っていて欲しかったがそういえば金をもってないことに気づき、今度出歩くときはナーガに金を貰おう! と心の中で決める。
「やっぱり人がいるっていいな~」
『そうですね。牧歌的な風景もいいですが、都会の街並みというのも捨てがたいですね』
『都会の街並みはもっと高いところから見たほうが綺麗だと僕は思うんだけど……』
「それはいい案だフィラン!」
ひょいっと路地裏に入り誰も見ていないことを確認すると背中に蔓で括り付けているミサゴを取り出し柄の部分に乗る。穂先にかぶせる穂鞘はフィランの力でも用意できないので明日にでも三本の穂鞘を武器屋で作ってもらおう。錆びたりすることは魔槍なのでないとは思うが持ち歩く時他の人に当って怪我でもさせたら大変だ。
ミサゴの上に危なっかしく両足で乗って上空へとゆっくり上がっていく。最初は慣れないせいかバランスをとることが難しかったが、ミサゴの上では重力が少なくなるようで乗っている内に慣れてしまった。
上空百メートルあたりに上昇したところでゆっくりと進ませながら都市を見下ろすとまさに圧巻だった。
夕焼けの中、それでも光を求めランプや魔法の光で照らされた庶民街。そして細長い尖塔が特徴の教会のガラスが夕焼けの光を反射し、いっせいに祈りを始める修道士。
未だ見たことのない光景だったが不思議と懐かしさを感じさせる光景だった。
いつまでも見ていたい気分だったが、地平線の向こうで太陽が沈んだころあたりは闇につつまれてしまっていたのでおとなしくマキアの言った通りに本部へ戻る。
すっかり暗いからミサゴで降りてもバレナイだろう。本部の大きな正面ドアを開けるとスープのいい匂いが漂ってきた。
どうやら入り口はシーアさんや他のメンバーが騒いでいたところに繋がっているらしく、見覚えのある大きな木製のテーブルがいくつも置かれている。
「あっ、お帰りなさいイツキさん」
ジーン
……なんかいいなこういうのは。かなり久しぶりにその言葉を聞いた気がする。
そのままアリアちゃんの案内でテーブルについたが他のメンバーを全く知らないので正直気まずい。手持ち無沙汰も嫌だったので先ほどからいい匂いの漂ってくる方へ足を進めると、そこはどうやらキッチンのようで不器用に包丁を握っているのは猫耳のケイ、それとは対照的に手馴れた手つきで玉ねぎをいためるマキアの姿があった。予想できたがやはりここにもユーリィの姿はない。
「て、てめぇあの時の恨み!」
包丁を片手に飛び掛ってくるケイを避け、マキアの元へ避難する。別に怖くて逃げたわけじゃない……ぞ
「こらケイ、そんなでも今日のパーティの主役兼、我の未来の旦那様じゃぞ。丁重に扱え」
あれ、今なんかとんでもないことを言ってた気が……
「へ!? だって今日は新人歓迎パーティじゃなくて確か長年不在だった初期メンバーの歓迎だろ?」
「だからその初期メンバーの一人がこのイツキじゃ。むしろ我は初期メンバーの方でも遅く入ったほうだからのう。ケイにとってイツキは大先輩じゃぞ」
「どもよろしく猫耳ちゃん♪ また尻尾触らせてくれ」
「こ、こんな変態が先輩だなんて認めたくねぇ!!」
あらあら照れ隠しとは可愛いねぇ。
『たぶん本気で嫌がっているんだと思いますよマスター』
何はともあれケイとのコミュニケーションはとれたところで本題の手伝いに入ろう。
マキアの隣でユーリィの好きだった肉じゃがをつくる。この世界の素晴らしいところは醤油やご飯があるということだ。異論は認める。
それにしても自分の歓迎パーティの料理を自分でつくるというのも何だか変な感じがする
料理の準備が終わった頃合を見計らったように食卓に人が集まり始めた。巨大な長テーブルの食卓は半分が女性、もう半分が男性という別れ方をしていて人間から亜人、根暗から陽気そうな人まで様々だ。とは言っても数は十数人ぐらいだが、さすがに大陸一有名なギルドだけあって個性、実力ともにそこらのギルドを優に超えている。
男性側の一番端にナーガ、その両側に俺とクロトが、そして反対側にマキアに無理やり連れてこられ機嫌があまり良さそうでないユーリィが揃ったところで<ルクゾの宴>の宴がナーガの挨拶によって始まる。
「皆よく集まってくれた!
昨今有名になってしまった我らが<ルクゾの宴>だが、今日この日にようやく<ルクゾの宴>が完成したと言ってもいい。わけあって姿を消していた初期メンバーが今日帰ってきたのだ。私の目はとっくに光を失ったが私達の未来には光が今差し込もうとしている」
ナーガの長ったらしくて要領を得ないスピーチにあき、目の前の食事に手を出そうとしたところでようやくナーガが俺に一言を言えとマイクのようなものを渡してきた。魔導具の一種なんだろうがいろいろこの世界は以前の世界の文明に近すぎると思う。
「え~、皆はいきなり変な奴が来たと思っているのかもしれないが――「事実だろ」そこっ、黙れケイ!」
クロトが頼むぞイツキみたいな目で見てきたので気を取り直して話し出す。
「まず自己紹介といこう。俺の名前はイツキだ。後俺はナーガのように長話をしてせっかくの食事を冷ますようなことはしない。皆食べて、飲んでくれ!」
「おいおい今日の主賓がそれだけじゃ――「「「「ウオーーーー!!」」」」――いや、何でもない。ハァ~」
それからは食事で目の前に並べられている血のしたたるステーキやポトフ、肉厚で横長のトマトのようなものが入ったサラダなど見慣れないものが多くあったがどれも美味しかった。最初はぎこちなかったがアルコールの力でどんどんルクゾの宴のメンバーも気軽になり一気飲みでバカやったりした。
「よ~し俺の挑戦受けてみろナーガ!」
酔ったとはいえギルドマスター代理であるナーガに勝負を挑む奴などいないので皆の期待を背負って挑戦する。周りの女性も男性陣もやんややんやの大盛り上がりだ
「ふっ、バカめ。俺に挑むとは百年どころか幾星霜早いわ!」
互いに片腕を組み合ってジョッキに注がれたエールを飲み干す。仕切るのを好きな奴が調子に乗って司会の進行を始めだし空になったジョッキが二十を超えたところでさすがに限界が近づいてきたかナーガの顔色は土気色になってきた。
『アホですね。マスターの新陳代謝は常人のそれとは別物だというのに…』
『いいんだよ楽しけりゃ♪ ヒック』
『うわっ!? 酒臭っ、酒臭いから僕の方に顔を向けないでよイツキ!』
見れば目の前のテーブルの上に置いてある【天沼矛】、【地虚矛】、【ミサゴ】の近くは空になったジョッキが山の様に積んでいて放たれる酒の匂いもかなりきつい。
『いいからフィランも飲めよ♪』
そう言いながら三本の槍を酒ダルの中に突っ込む。フィランが入れる前に大きく悲鳴をあげたような気がするがそれより今は目の前にいるナーガをダウンさせることが先決。
その日は一晩中ルクゾの宴の本部は賑やかな声で溢れていたと言う。
† † † †
耳元で軽やかな声が響いて私は目を覚ました。石造りの天井を見てここが木造の(大樹と一体となっているので木造というのも少し違和感がある)実家ではないのだというのを思いしらされ、私は声の主を見上げる。
「起きたかのユーリィ?」
小首をかしげると共に褐色の肌に白い髪がパラリとかかる。この女性はマキアというのだが、このマキアは女の私が見ても綺麗で欠点などというのはほとんどないように思える。
数年前私はそれまでの記憶を失ってしまいそれからはマキアが私の世話をいいと言っているのに甲斐がいしくやってくれている。記憶を失ったと言っても両親や、恩師であるカナゼ司教や同郷の友人の記憶は残っている。そしてあの憎憎しいクルーゼ……今も思い出すだけで奴を考えうるあらゆる方法で陥れ、死んでしまった婚約者の墓の前で土下座させたあと殺してやりたい。
今は力をつけるために冒険者というのをやっているがどうやら私は記憶をなくす以前も冒険者をやっていたらしく、それもギルドランクは上から数えて四番目のAランクで最初は身の覚えのないことばかりで酷く動揺した。
何せ記憶と同時に私は戦闘の経験という大切なものを失っているのだ。そんな私を助けてくれたのが今目の前にいて私の知らない冒険者時代を知っていて、そして同じギルドであるマキアとその他の仲間らしい。
「どうしたのじゃユーリィ。何か気分でも悪いのかの?」
少し考え事をしていた私を心配げに覗き込むマキアに平気だと伝えギルドの食堂へと向かう。食堂でマキアと共に朝食をとっていると両目を包帯で覆った男が挨拶をしてきた。
「やぁご気分はいかがですかユレイア様?」
「平気だ」
この見るからに怪しいナーガという人物も私を今までサポートしてくれた恩人だ。私に対する対応も実に親切で、少しウザったいほどだがそれが私を思ってのことだと分かるので嫌ではない。嫌ではないのだがやはり男=クルーゼという考えが私の中ににあるのかあまり長い話は出来そうにないのだ。ナーガもそれが分かっているのか私の答えを聞くと後はごゆっくりと言い残し去っていった。ギルドマスターの責務も押し付けて本当にすまないと思ってる。彼が女だったらどれだけよかったことだろう。
今度は女装でもしてくれないものかな?
そうしたきっと楽になるだろうに……
朝食の後は中庭で剣の素振りを始める。
この中庭は父上と母上のシクエちゃんが手をつけたもので今はちょっとした植物園に近いものになっている。季節によって様々な花の匂いが広がるここはくつろぐのも修行するのも気持ちがよくてよく利用しているのだ。
袈裟斬り、水平斬り、唐竹割り、突きなどあらゆる型を練習するのは日課で雨の日以外は毎日やっている。素振りをする前は両手の強張りを手で揉んでよくとっておくのが大事だ。
手の平に醜く広がっているのは魔力による火傷による強張りはそうやって取り除くことができる。記憶のない五年前からの付き合いだが未だ満足に剣が震えないのは少し残念だ。
医者やカナゼ司教の神聖術による処置も効果がないので最近は諦め気味だが、つくづく記憶を無くす前の私は何をやっているのだろうと不思議になる。
気をとりなおしてビュンという音をたて振るわえるのは風の魔剣。今は魔力をこめてないのでせいぜい涼風をおこすぐらいだが一度魔力をこめればドラゴン族の鱗ですら斬るとんでもない業物だ。
なんでもこの魔剣はマキア曰く、私の大切な人と共にシンの森(魑魅魍魎が巣くう森)にある遺跡で手にいれたものらしく値段もつけられないそうだ。シンの森から生きて帰れただけでもありえないが、私の大切な人とやらが男というのはもっと有り得ないと思う。
そんな思いを打ち消すようによりいっそう剣に力をこめる。
「今日も精がでるのうユーリィ」
「そういうマキアも今日は随分楽しそうだな?」
「なんでじゃろうのう……今日は何かいいことがありそうな、そんな予感がするからかのう」
いつも楽しそうなマキアだが時折誰かのことを考えて物憂げな表情をするのを知っている。
そんなマキアが澄んだ笑みを浮かべるのだから今日はきっといいことがあるのだろう。
私はそう思って再び剣を振り始めた。
しばらくそうしていると外が騒がしくなってきた。おそらく私達が所属しているルクゾの宴の入団試験が始まったのだろう。私やマキア、ナーガとクロトのコンビでいろいろ有名になってしまったこのギルドは最近王国や帝国から名指しで指名がくるほどだ。さすがにいつまでも四人でやっていくわけにはいかなくなった五年前から少しずつ入団を募集しているのだが今回の入団希望者は去年の倍以上いて騒がしい。
今日は仕事を入れていないので本当なら私も入団試験を手伝うべきなんだろうが、私がやると男を半殺しにしかねないので出来るのは邪魔にならないようにいることだけだ。
「なぁマキア、ガロンを触っていいか?」
ガロンというのは魔獣使いであるマキアのパートナーの騎竜のことだ。非常に大人しく、賢く、何より速い。そして一番大事なのがモコモコの毛皮だ。見た目はゴツゴツしてそうなんだがその手触りはシルクもかくやといったもので一度触ると中毒になること間違いなしだ。そういう私も中毒者の中の一人ではあるのだが…
「いつもよいと言っておるじゃろうに、ユーリィは遠慮しいじゃの~」
「し、しかしやはりこういうのはパートナーの許可がいるんじゃないのか?」
「まぁそういうとこもユーリィの魅力ではあるのじゃが、あまり遠慮されるとユーリィとの距離を感じるの……」
「ち、違うぞ! 私はマキアのことを無二の友人だと思っているのだがやはり親しき中にも礼儀ありというか何と言うか――と、とにかくマキアそんな顔をしないでくれ!!」
「ハッハッハ。冗談じゃ冗談。ユーリィが可愛くてついの!」
私は先ほどまで言った言葉が恥ずかしくてガロンの毛皮に顔を埋めながらマキアに抗議の視線を送る。ガロンはしばらく一緒にいてくれたが、マキアの今月のデザートは全て謙譲するという条件でようやく私の気分が元にもどったところで何処かに行ってしまった。
少しさびしい……
ガロンがいなくなった寂しさもあるがなんだろうこの寂しさは?
記憶をなくした五年前とは違い、今は私を支えてくれる人や私をたよってくる可愛い後輩もいる。それなのにさびしいと感じるのは私の我侭なのだろうか、それとも本当に私にとって何か大切なものがたりていないというのだろうか?
答えはでない
そして気づけば中庭に人がいた。
赤いローブを身に纏い、頭にイバラの冠。そして三本の槍を背中に蔓のようなものでまとめているが穂鞘はなく、刃がギラリと光っている。
黒髪に黒目、顔立ちは一応整ってはいるがそこらにいそうな顔である。
何はともかく私にとって大事なことはその人物が男かどうかであって、その考えでいくと目の前の人物は間違いなく男だった。私も見たことがないのでギルドのメンバーではないだろう。おおよそ入団希望者が間違えてここに来てしまったのだろうと考えたが、
「まさか……!? 本物か? 本当にイツキなのか?」
「そんなことを言うマキアは本物か? 怪しいぞ」
目の前で始まった会話はあきらかにマキアと知人であることを示している。それも結構深い仲であろう。私は居たたまれなさを感じその場から離れた。
いや、あの男がマキアに送った既知の視線と同様のものを私にも感じ怖くて逃げたのだ。
何故? 何時? どうして?
疑問が次々と浮かぶ。とりあえずあの男が私を知っているということは私もあの男を知っている可能性があるということだ。もしかすると以前マキアが言っていたルクゾの宴の初期メンバーは彼のことかもしれない。
そんな悶々としたまま私はずっと悩んでいた。何故ここまで悩むのだろうと考えたがその理由も出てこない。気がつけばすっかり辺りは暗くなり、私は枕元のランプを灯す。その時近くの窓越しに空から人影が降りてきたように見え、急いで窓を開けて確認したがどこにも姿はない。その人影はローブを着ているように思えたので、直ぐに昼間会ったあの男の姿が浮かぶが考えすぎだとかぶりを振る。変に意識をしすぎだ。
「ユーリィ、おるか? 入るぞ」
了承もとらずに入るのはマキアの悪い癖だ。最もそんなの慣れっこだったのでもう何とも思わないけど
「今日昼にユーリィも見たであろうが、長い間音信不通だった赤いローブ姿のイツキというんじゃがそのイツキの歓迎会があるのじゃ。ユーリィは覚えてないと思うがイツキとユーリィ達は初期メンバーじゃったのじゃぞ。皆で騒げばきっとユーリィの記憶も直ぐ戻ろう」
マキアは私の記憶が戻る喜びと同時にせつなさを抱いているようで私は何と返したらいいか分からず立ち尽くすままだった。あの男が直接の原因かどうかは分からないがこのままだと平穏な生活が崩れていきそうなそんな気がする。
「何を遠慮しておるのじゃユーリィ。みなも待っておるぞ」
「!? マキア。別に引っ張らなくても……」
ほとんど無理やり連れて行かれた私は渋々席に着く。
皆が揃う日は食事の前にナーガの一言があるのが常、あのイツキとか言う男は何をしているのだろうと思い覗いてみるとナーガの話しも完全に無視して寝ている。何だか妙におかしくて思わず笑いそうになってしまったがそんな自分に気づき、男なんて存在に気を許しては! と身を引き締める。
そしてナーガの話しは終わり、いよいよあの男に音量増加魔導具が手渡された。
「え~、皆はいきなり変な奴が来たと思っているのかもしれないが――「事実だろ」そこっ、黙れケイ!」
どうやら既に猫の獣人のケイと知り合いらしい。ケイは人見知りの激しさを隠すために大きな態度をとっているところがあるのに今の彼女は自然体そのものだ。
ケイと仲良くなるのには結構かかったので少し嫉妬を感じてしまう。
「まず自己紹介といこう。俺の名前はイツキだ。後俺はナーガのように長話をしてせっかくの食事を冷ますようなことはしない。皆食べて、飲んでくれ!」
「おいおい今日の主賓がそれだけじゃ――「「「「ウオーーーー!!」」」」――いや、何でもない。ハァ~」
私の知るナーガはもっと礼儀正しく、冷静なイメージがあったので少し意外だがマキアの笑っている様子を見ると別におかしい様子はないみたいだ。ナーガの新たな一面を引き出すあのイツキという男はどうやら油断できないみたい。
「ほれユーリィ、我らも食べようぞ」
気がつけばマキアの手によって大皿の料理が目の前の小皿に食べやすいように置かれていた。冒険者稼業ではどうしても食事が肉に偏ってしまう中、肉は入っているがそれと同様にジャガイモや玉ねぎなどが多く入っている料理に目がいって試しに食べてみると、ジャガイモのホクホクした触感、肉や玉ねぎの美味さを引き出すための甘い味付け、不思議と知るはずのないこの料理はどこかで食べたことがあると感じた。
「なぁマキア、この料理の名前は何というんだ?」
「ん? それは確かあそこでナーガと呑み勝負しているイツキがつくった物での。名前は聞いてないが気になったら本人に聞いてみたらどうじゃ?」
「それなら……別にいい」
そのイツキとかいう男によって盛り上がるわずらわしいはずの男達の歓声は不思議と我慢できた。