六十三話 出会いとか再開とか
作者はけっこう二次創作作品よりこっちのほうが好きかもしれない。
以上作者の戯言でした!
やはりベアンテの言ったように第一印象は大切だな。冒険者の気を惹き、それでいてこいつは安全で信用できる奴、そして頼りになる奴だと思わせるのが一番だ。
なにせ五年ぶりの外の世界なのでいろいろと情報も手にいれたいし、ベアンテと話してばかりいたので久しぶりに人とコミュニケーションもとりたい。
どちらかというと後者を優先したいのが俺の本心だ。
精霊殊がパリンと砕け散ってゆっくり地面へと降り立つと、洞窟の隙間から太陽の光が俺の目を焼く。五年ぶりの日差しに思わず呻いてしまいそうだったがここでそうすると目の前の冒険者の人にいらぬ心配をかけてしまうだろう。
薄目を開けながら、足下を確かめるように一歩一歩進む。俺の踏みしめた土から若葉色の植物が生えてくるのをイメージしながら歩き、足を離すと枯れるように設定する。
これで俺の力をアピールするつもりだったが、目の前の冒険者、特にクールビューティっぽい女性が想像以上に驚いてしまっているのに気づきやってしまったと思った。
力強さをアピールしすぎた結果、むしろ神々しさが出て近寄りがたい人物だと思われてしまったみたいだ。なんとかこの空気を和やかなものにしなければ動揺した冒険者に攻撃されてしまうかもしれない。俺を助けてくれた恩もあるのでそれはどうしても避けたかった。
……そして俺がだした答えは、
「やっべ~、太陽超眩しいな。でも、嫌いじゃないぜ……お前のこと」
更にその場を静寂が包んだ。
『マスター、人として軽蔑します』
『嘘ッ!? そんなにひどかったか? 俺としては警戒心を削ぐ素晴らしい言葉だと思うんだが……』
『警戒心はゼロになりましたが、不審さはグンと上がりましたね。あと犯罪者の匂いもプンプンします』
ベアンテの痛烈な言葉にどんどんHPを削られているとようやく立ち直った冒険者の中の少女。15~17歳ぐらいでベビーフェイスの大人しそうな子がおそるおそる話しだす。
「え~と、神様ですか……?」
「実はそう「んな訳ねーだろ、こいつは犯罪者かなにかだよ!!」
肯定しようとした俺の言葉を遮った少年。髪の毛をツンツン立てて活発そうなガキだ。
誇らしげに槍を持っているがその手つきは心もとない。何でこんな低レベルのガキがここまでこれたんだろう?
ちなみに先ほどの少女とこのガキの対応に若干の違いを感じたかもしれないがそれは気のせいだ。
「確かに……怪しい」
先ほど驚いていたクールビューティーちゃん。タンクトップとミニスカートという素晴らしい露出度だ。無表情っぽいがそれもまたいい。
それとこちらへの警戒の仕方からして強さのほうもどうやら申し分ない。少女とガキがここまで来れたのもひとえにこの女性のおかげだろう。
「待てっ、俺は怪しいものじゃない! 断じて、絶対だ!!」
「余計……怪しい」
「待ってくださいシーアさん! さすがに疑ってばかりは失礼ですよ」
素晴らしい少女だ。
「分からないぜ。こいつは人間に擬態した魔物かもしれないんだぞ。変な宝石に閉じ込められていたし、植物だって生えてたし!」
黙れ小僧!! せっかく打ち解けれそうだった少女の警戒心を呼び覚ますな!
カオスになりかけている状況の中俺の腹が突然ギュルル~と鳴り出した。素晴らしく空気を読んだそのお腹に内心グッジョブ!
シーアさん? もそれで警戒心が解けたようで短剣を鞘に収め、それを見た少女やガキもひとまず落ち着いた。
「とりあえず……ここで休憩する」
「やったー!」
「シーアさん、こいつはどうするんです!?」
「危険……無さそう。でももしアリア傷つけたら……殺す」
混じりっけのない殺気に背筋がゾクッとするが、それで生きているという実感も湧いてきてあまり怖くはなかった。すっかり俺はバトルジャンキーになってしまったのか?
師匠と比べると大抵の人の殺気は微々たるものだからなのかもしれないと結論づけて素直に頷いておく。
冒険者の皆さんと洞窟の外へ出てみるとそこはやはり大湿原だった。巨鳥の群れや、遠くのほうにある池にはシャチみたいな生物が跳ねていていかにもここは危険ですよと親切に教えてくれているようだった。
まぁそんな危険な景色でも、例え氷山の中でも火口の近くでもきっと俺は喜んでいただろう。胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んで深呼吸しなければあふれ出る興奮も抑えきれなかった。
「やっと出れた~~~~!!!」
少し冒険者たちは煩そうだったがこうでもしなければ俺の気持ちは晴れないので我慢して欲しい。
その後景色のいい洞窟の出口で休憩をとることになった。魔物を呼び寄せることになるので火を使わない味気のない携帯食糧だがそのあまりの美味さに不覚にも泣きそうになった。
五年前はあまりの不味さに碌に食べなかったかもしれないが今は違う。美味さで人は泣けるんだ!
「これがそんなに美味しいんですか? ……とっても酷い目にあってたんですね」
慰めるように俺の頭を撫でる少女、名前はアリアというらしい。けっこう年下の子に慰められる俺っていったい何なんだ? と思わないでもなかったが優しさは伝わった。そんな俺を親の敵でも見るような目で見つめる少年、確かフランとかいったかな? 心配しなくてもアリアちゃんは恋愛対象じゃないので安心しなさい。
だがそのフランはそうとは知らず憎しみのこもった目線で見続ける。うざいから完全に無視だ無視。
「どうしてイツキさんはあの宝石に閉じ込められていたんですか?」
心底不思議そうな表情で訪ねるアリア。別に真面目に答えてもいいがどうせ信じられないだろう。ここは適当に答えておいたほうが無難だな。
「悪い魔女に騙されてね」
『マスター、直ちに訂正しなさい。さもないと……ヤリマスヨ』
「いや……可愛い魔女に騙されてね」
「……!? それに何か違いがあるんですか?」
「それが大有りなんだよ(俺の命に関わるからな)」
「そ、そうなんですか。じゃああの植物は何ですか? オドを感じなかったし、魔法じゃありませんよね?」
なかなかこの娘はよく見ているな。見た目どおりのポワポワした人物じゃないようだ。
「あれはその魔女からかけられた呪…いや、祝福?」
呪いといいかけたところでベアンテからの殺気が飛んだので急いで言い換える俺。
さすがにアリアちゃんも不審に思っているようだが優しいので深く探りをいれてこない。だがそんな空気を読まない男もいたようで、
「てめぇ! さっきから適当なことばかり言ってアリアを騙しやがって!! ムカツクんだよ。ここで殺してやってもいいんだぞ!」
「何言ってるのフラン君!? この人はさっき助かったばかりだし酷すぎるよ!」
「アリアちゃんの言うとおりだぞフラン君♪」
「ってめぇ! 何気軽に呼んでやがる」
『マスター。あまりからかうと可哀そうですよ』
『これもれっきとしたコミュニケーションの一つだよベアンテ』
「フラン、危ない!!」
俺へ意識が集中していたフランは背後で棍棒を振り下ろそうとするゴブリンに気づかなかった。シーアさんが注意を呼びかけるがもう遅い、その棍棒は勢いよく振り下ろされた。
だが既にその場にフランの姿はなかった。俺が地中から蔓を生やしてフランを安全地帯に引っ張り込んだのだ。ターゲットを見失ったゴブリンは醜悪な顔を更に醜くして怒ったがほどなくしてゴブリンの首にナイフが刺さる。俺はシーアさんの投げナイフで即死したゴブリンの血で携帯食糧を汚さないようサッと逃げた。
「大丈夫フラン君!?」
「ああ、何とかな。いきなり何かに引っ張られたと思ったんだけど……?」
「命あっての冒険者稼業だぞ少年」
「ハッ!? そういえばその指輪は冒険者のものですね。いったいどこのギルドに所属しているんですか?」
アリアちゃんは急に俺の人差し指の指輪に興味が移ったのか興奮して問いかける。
「……仲間と一緒につくろうって約束したんだけど、その時は次々と事件が起きて忙しくてねぇ。正式な手続きがまだ出来ていないんだ」
あの時はゼノア教との全面戦争だったし、ナーガもその時いなかったからそんな時間もなかった。でも今頃はユーリィがギルドマスターとして『ルクゾの宴』も有名になっているかもしれないな。
ああ思い出したらはやく会いたくなってきた。……でもそういえば俺はいったいどうなったと思われているんだろう? ベアンテの話だといきなり姿を消したんで死んだとは思われていないだろうから、失踪かな?
何にせよ会って元気な顔を見せなくては!!
そうと決まれば即行動
『待ってくださいマスター!! まだこの近くに空の柱があるんです。そこで力を吸収してからにしましょう』
『ええい、そんなのは後だ!』
『助けてもらった恩を仇で返す気ですか? せめてこの人たちを大湿原を抜けるまで無事に送り届けてあげるぐらいはするのが礼儀でしょう。そして次に行く空の柱で力を制御すれば癒しの力が一段と強くなって誰かを治してあげることもできるはずです!』
誰か……だと!? それは勿論手の平を火傷で覆われたユーリィに違いない。
『……それは五年前の火傷もきれいに治せるのか?』
『はい、生死に関わる傷じゃなければ治るはずです』
『場所は?』
『ここから北東に二十キロといったところですかね』
むう確かに助けてもらったアリアを放っておくのは胸が痛むし、何よりこの娘はやさしい娘だ。シーアさんみたいな美人を守るのも男の役目。
フランとやらはなんとかなるだろう。さすがに命の危険があれば助けるけどそれ以外はどうすることもない。
考えてみるとなんだか楽そうだぞ。
「あの~シーアさん、少し寄るところが出来たんですけど」
モグモグと携帯食糧を食べているシーアさんの機嫌を損ねないよう慎重にお願いしてみる。
「無理……アリア、フラン守りながら……精一杯」
要するに自分のことは自分で守れってか? 俺でもそのぐらいは出来ると告げると、
「お前……植物操る。怪しい……連行」
いっさい信用しないということですね。こんな美人に疑われるようなことをした記憶はないいだが。……なら別の手を考えるのみ!
「なら妥協案があるんですが」
「妥協案……?」
「その場所へ行くまでに襲ってきた魔物は俺に全部任せて、シーアさんはあの二人を守るというのはどうですか? もし魔物が俺の手に負えないようだったら俺を囮にして逃げればいいし、俺が戦っている間に何か作戦を考えることも可能かもしれませんよ……」
「何……考えている?」
「いや~これは俺の我侭ですし、なによりあなた達は命の恩人ですからね。このぐらいやるのは当然ですよ」
「……そう」
少し驚いた表情をするシーアさん。普段無表情なだけあってこういうちょっとした時に表情が出ると萌えるな。
まぁ結局俺達が出発したのは太陽がちょうど真上に昇った頃になった。予想以上にアリアちゃんとフランに疲れが溜まっていたらしい。
道中襲ってきた鋭い牙の生えたペリカン、ペリカーンという何とも捻りのない名前らしいがそいつの噛み付きを華麗な動きで避ける……ことも出来ず俺はあっさり左手をバクッといかれた。久しく動いてなかったので頭では避けれているんだがその動きに体がまだついてこない。
「だ、大丈夫ですか!?」
アリアちゃん達は少し離れたところで見ているので助けに入るにしても遠すぎる。
俺は噛まれた左手からあの有名な有毒植物、トリカブトで特に毒素のある根の部分を生やして食わせるとペリカーンの様子が徐々におかしくなってくる。
アリアちゃんたちから見るといきなりペリカーンがおかしくなったように見えるが症状はあきらかに中毒。
ペリカーンはたまらない様子で左手を吐き出し、大きな翼をバタバタ動かして呼吸困難のつらさを訴えているようだ。
しばらくして動きを止め、ピクリとも動かなくなった。死んだのだ。
左手もペリカーンの牙で血を流していたけどベアンテの力で傷跡もまったくない。
フランから槍を借りればもっと楽に殺せていたと思うが、フランに嫌われているようなので無理そうだし何よりフィラン以外の槍を使うのは浮気だ!
「怪我……治す」
戦いが終わったのを見計らってシーアさんが包帯を持ってくる。少し態度が軟化したようで非常に嬉しいのだが、あのペリカーンに噛まれて怪我が全く無ければまた警戒してしまうだろうので左手をローブの裾で隠し、断っておく。
「無理……するな」
「なんのなんの。この程度は怪我の内に入りませんよ」
「……そうか」
悲しそうにうつむくシーアさん。俺よりか年上っぽいけどお家に持って帰りたいほどかわいいぞ!
その後も次々と襲いくる相手を手札を隠しながら相打ち覚悟で挑んで行ったが、途中からはシーアさんも戦闘に参加してくれるようになり嬉しかった。そして俺も大分動きに慣れてようやく楽に魔物を倒せるようになったころ空の柱に着いた。近くで見ると空へとどこまでも伸びているように見えるほどの大きさだ。
「わぁ~~大っきいですね~!」
「はしゃいで怪我するなよな」
「もうっ、私子供じゃないもん!」
なんとも微笑ましい会話だな。
『マスター急におっさんぽくなりましたね』
『若い子には敵わんわい』
『まだまだですよお爺さん』
ベアンテと老年夫婦漫才をひとしきりやって満足いったところで空の柱の裏側に回りこむ。ベアンテは中々ノリがいいからついつい掛け合いが長引いてしまうのが考え物だな。
ちなみに空の柱の裏側に回りこむ理由は俺が空の柱の中に入り込むのを見られたくなかったからだ。
あたりに誰もいないのを確認したところで、水の中に潜り込むように木の中へズブズブ入っていく。毎回木の中に入るとすごく落ち着くのは何故だろう? と考えると幹の中で大きな意志を感じた。
『ようこそいらっしゃいました統率者様。後、その宿主様』
おいお~い、俺は完全にお荷物&後付か~い!! と気軽につっこもうとした所、俺の中のベアンテの気配が完全に変わったのを感じた。この感じは俺がベアンテをないがしろにした時の殺気の数十倍、いや格が違うというべきか? とにかく尋常じゃないプレッシャーだ。
『私の手足に過ぎない駒が何を言う。親愛なるマスターを侮辱するとはお前は何様だ?』
決して声を荒げることはないがその分怖い。冷静な切れ方をする人が一番怖いとよく聞くがまさにその通りだ。
『も、ももももうしわけありません! 単なる駒に過ぎないこの命、どうぞ統率者様のお心のままに使ってください!』
『貴様の命など我がマスターの誇りに比べる値もない! そのような卑しい命を捧げられても迷惑なだけ、まったく無駄な生涯だったな』
ベアンテに言われる度に目の前の意志がみるみる小さくなっていく。さすがに少し可哀そうだ。
『おいおいそこらへんにしとけよベアンテ。悪気はあったのかもしれないけどユーリィの治療にはそいつの力が必要なんだ』
『フゥー、仕方ありませんね。マスターがおっしゃるなら。しかし覚えておけ! 今後マスターを侮辱するとお前たちを植物の仲間から外して晒し者としてくれよう』
『ハハッ、しかと承りました! ではこれより最上者様へ力をお渡しします』
宿主から最上者様とはだいぶランクが上がったものだな。統率者様にあたるのがベアンテだからその上の俺が最上者か、あまり大声で言われると恥ずかしいし全く俺に向いてない言葉には違いない。
そうしていると胸の真ん中あたりにポワーンと暖かい力が注ぎ込まれていく。以前感じたような痛みが無いのは大変結構なことだが、なんだか達成感が全くないので本当に力がついているのか不安だ。
『これで終了しました。最上者様はこれより一日一回の完全治癒を行使できるようになられました。最上者様と統率者様の健やかたることを……』
完全治癒はその名の通り完全に治癒することだろう。これでようやくユーリィの手を治せる
『イツキとベアンテでいいよ』
『そういうわけにもいきません』
頭が固い連中だ。何百年と生きていると凝り固まった考えしかでないのか?
『ささっ、そろそろここから出ましょうマスター。冒険者の方が心配しているかもしれません』
べアンテの言うとおりに幹から出ようとしたところであからさまに空の柱がホッとしたような気配をした。頭が固いわけではなく、ただ外と内を使い分けているだけなんだな。
人間臭いところもあるもんだ。
外に出て直ぐにシーアさんと目が合った。もしかしなくても完全に俺が幹から出るところを見られていただろう。
「そこ……どく」
シーアさんは俺が出てきたところに秘密の通路があると考えたのか、俺を押しのけ幹の中に入ろうとしたが結果は当然。ゴツンといい音をたてながら幹と正面衝突をした。
「痛い……何故?」
「何故と聞かれても……」
『おいどうするベアンテ?』
『仕方ないですね。殺しますか?』
『平和的な解決方法を模索しているんですけど……』
『なら素直に話したらどうです? どうせ冒険者を続けるならいずればれることですし』
それもそうだなと俺はシーアさんに自分の能力について説明したところすんなり受け入れてくれた。未だシーアさんの表情にあまり変化がなくて本当に分かったかもどうか怪しいがとりあえず説明はすんだので俺も気が楽になった。別に隠し通さなければいけない事でもないがやはり異端扱いされると俺のガラスハートが粉々になるのであまり進んで言いたくもないのだ。まぁ、だったら精霊殊から出てきた時のあれは何だ? と聞かれたら様式美と答えるしかないんだけど……
「……驚き」
本当に驚いているかわからない声色でシーアさんは呟く。
「あっ、こんなところにいたんですかイツキさん! 探しましたよ」
息をきらしながら駆け寄ってくるアリアちゃん。
「ちょっとお花を摘んでいたもので」
「そうなんですか~、でもどこにその花があるんですか?」
アリアちゃんは素直すぎて冗談が通じないとこがあるな。それも彼女の魅力なんだろうけど……
勿論お花なんて摘んでいなかったが、俺の力を使えば嘘も真になる。左手をサッと後ろで隠し手の平から白百合の花束を取り出す。
アリアちゃんも随分驚いたようで「魔法ですか、手品ですか?」とせわしく聞いてきた。
そしてしばしの休憩をした後、再び出発する。シーアさんに聞いたところカヤ国の首都、イグンセンに向かっているらしく到着までに一週間かかるらしい。
勿論それまでの護衛は全部俺がやるわけで……
深夜襲ってきた狼の群れ、それも百頭以上の大軍勢。キャンプの周りをいつの間にか囲まれていたみたいで寝ているアリアちゃんとフランは俺のつくったイバラの壁の中にいてもらい、後方の憂いをなくした俺とシーアさんは共闘して狼を追い払う。
狼の腸を切り裂き、分厚い毛皮ごと短剣で切り裂くシーアさんは只者じゃないことがわかった。しかも本人に聞いたところ短剣は本来の武器ではなく、新しい武器が手に入るまでの代用品でしかないらしい。
俺も負けてられないと両手の指先からマシンガンのごとく種を飛ばし狼の群れを一掃する。
アリアちゃんもフランも見てないので思う存分植物を扱える楽しさは格別だ。
「“俺の両手は機関銃<ダブルマシンガン>”! ハーハッハッハー!!」
「真面目に……やれ」
『怒られましたね』
『でもこの言葉言うのと言わないのじゃ威力がかなり違うんだ』
狼の死体の数が群れの半分を超えはじめた頃、群れのリーダーらしい一番大きな狼が一声吠えると周りの群れはゾロゾロと逃げ出した。
念の為にその後十分ほど警戒を続けたが気配は無かったのでおそらく大丈夫なのだろう。
狼との戦闘中、消えかけていた焚き火の火に乾いた木をくべて火を大きくすると両手をかざして手を温める。
ここら一帯は年中温暖だが、今の季節は秋の始めごろで息が白くなるほどではないが夜は少し冷え込むのだ。あたりに散らかっている狼の血と毛皮の獣臭さで居心地はあまりよくないが今更キャンプ地を変えるわけにもいかないので一晩だけ我慢しよう。
「お茶……いる?」
シーアさんが火にかけていたヤカンからコポコポと木製のコップにお茶を注いで渡してくれたのでありがとうと言って受け取った。お茶は少し熱かったが香ばしくてとても美味しい。
「……シーアさんはどうしてあの子達をこんな危険なところへ連れてきたんですか?」
道中フランの槍さばきやアリアちゃんの魔法を見たが、まだまだ実戦で使えそうなレベルではない。まぁ才能はありそうなのでいずれ使えるようになるかもしれないが少なくともあと三年はかかるだろう。はっきり言って足手まといだ。
「……経験は……大事。危険から……学ぶことが……大事」
「それだけが理由なんですか?」
「……実はある……人物探している」
その探している人物はこんな危険な所にいるとは思えないがそれは最後まで聞いてみて判断しよう。俺はシーアさんに続きを促した
「先輩が……言うには五年前に……突然失踪した人らしい。そして……その人は……自然がいっぱいある……所にいる可能性……高いらしい。名前は……イツ、ミ? だったかも? 後は……ロリコン?」
なんだか話がおかしくなってきた。五年前に失踪といえば俺と同時期。
自然がいっぱいあるというのはベアンテの能力からそう推測したのかもしれないし、名前も一文字違い。おまけに本人もうろ覚えのようだ。ロリコンは……違うよ?
まさ……か、まさかね。話が少々上手すぎだし偶然俺と同じ境遇の人がいるかもしれないしね!
でも一応確認のために聞いておこう。
「ちなみにシーアさんの所属しているギルドとその先輩の名前は?」
「……? ルクゾの宴……マキアさん。最後は……ナーガさん」
ビーーーーーーンゴーーーーーーーーッ!!!!
はい、それは間違いなく俺です。っていうかシーアさん気づけっ!!
戦闘以外じゃとことん鈍いなっ、君は!!
……そういえば五年間も失踪しているなら普通死んだとか思うのにマキア達はまだ探しているのか。ナーガは絶対なぐる、顔の原型がなくなって別の人格になるまで殴る。
『あれ? 照れてますか? もしかしなくても照れているでしょマスター?』
全然照れていませんよ、ええ!
「様子……おかしい?」
「なんでもないですよ。……ルクゾの宴って有名なんですか?」
やはり自分のいなくなった後結成したギルドのことは気になる。必死でどうでもいい感じをアピールして話しているが、興奮で声が上ずってないか不安だ。
「……!? 知らないの?」
心底驚いた顔のシーアさん。なんでもシーアさんの途切れ途切れの話を繋ぐと、ルクゾの宴はヴァロ大陸唯一のAランクギルドチームらしく冒険者で知らない人はいないらしい。
ギルドマスターはやはりユーリィらしいが基本的なことはナーガがやっていて、ユーリィやクロトの容姿からギルド入団希望者は男女問わず耐えないらしいが合格率は年に数人という厳しいものだ。
ルクゾの宴がそんなに有名になっているとは思わなかったが不思議なとこがある。ユーリィの性格上、ギルドマスターの仕事は全部自分でやると思うのだがなぜナーガがやっているのだろう。
……ナーガがユーリィを甘やかしている可能性も無いこともないのだが、それをユーリィが認めるとも思えない。なんにせよ会えば分かるだろうけど。
そしてザルナ王国の首都エリアノについたのはそれから五日後。アリアちゃんとフランはこれまた驚いたことにルクゾの宴の入団試験を受けに来たらしい。てっきり実家がエリアノにあるからここまで来たと思っていたが、どうやらコロ大湿原に行ったのは入団試験のための度胸試しだったらしく都市の賑やかさに緊張と興奮が入り混じった表情を浮かべている。
俺も久しぶりの人の活気にあてられてすっかりテンションが高くなってしまい、フランに田舎者だなと言われてようやく熱が冷めたぐらいだ。
街の様子は以前と少し変わっていて戸惑ったが、遠くの方でカナゼ師匠のいるであろうメイハ教の大協会の尖塔が見つかった時は不変の美を再認識した思いだった。
アリアちゃんも同じく浮かれていたが、フランに至っては都会の騒がしさと入団試験の緊張から顔を青白くさせ、手と足が一緒にでる江戸時代のなんば歩きを体現していた。
ひとしきり観光がすんだ後でシーアさんが試験の行われるルクゾの宴の本拠地へ俺達を案内する。俺もどうせ会うなら驚かしてやろうと入団試験を受ける事にしようと着いて行く。
これで俺が落ちたらいったいどうすればいいのだろう? と緊張している二人を見ていたら不安になってきた。落ちたらユーリィたちに顔向けできねぇ……
メイハ教の大教会に割りと近い位置に本拠地はあった。
貴族の住む豪邸かと疑うような大きさだったが、つくりは頑丈そうで綺麗だ。
そしてその本拠地の周りをグルッと囲むように人の山がいまや遅しと待っていた。冒険者に多い筋肉ムキムキのボディビルダーのようなのから、もはや着ているのは下着じゃないのかといわんばかりのセクシーな姿の妖艶な女性まで、猫耳、エルフ、ドワーフ、その他の亜人問わずいるのだから驚く。このままノアの箱舟に乗せても子孫は繁栄しそうである。
「こんなにいるんですか!?」
「安心……して。ルクゾの宴のメンバー……紹介すれば直ぐ」
シーアさんの分かりにくい言い方を解釈すると、ルクゾの宴のメンバーであるシーアさんの紹介があれば優先して試験が受けれるらしい。それが分かった時のアリアちゃんと俺の喜びは尋常じゃなかった。え、フラン? フラン君は早く決まって嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない表情でした。
テスト返しのときと同じ気分なのだろう。分かるよその気持ち
そういう訳であまり待つこともなく裏口から入った俺達は、同じくメンバーの紹介で優先されたであろう人たちの後ろに並んだ。どうやら入団希望者は呼ばれた順に部屋に入りそこで何らかの試験が行われるらしく、既に紹介で入った人は悔しそうに部屋から出て行った。
中で待っている間混雑している人を静めようとする人物がクロトであることに気づいた俺は慌ててフードを被って顔を隠す。フード越しにクロトがこちらを注意深く見ていたが、しばらくして気のせいだろうと視線を外し、俺はホッと一息ついた。
では次、と部屋の奥で声がするとアリアちゃんはフラン、俺の順番で挨拶して部屋の中に入っていく。アリアちゃん、フラン、俺の順番で並んでいたのでもうすぐ呼ばれるフランはガチガチに固まっている。
「フラン少し落ち着けって」
「お、俺は至ってへへ平常心に保っているぞ」
おかしな言葉をブツブツと呟くフランの頭を軽く殴って正常心にもどしたところでアリアちゃんが部屋から出てきた。その顔は嬉しそうだ。
「あ、アリア受かったのか?」
「うん、……いやあくまで候補生としてらしいよ。数年後に認められて正式にメンバーになれるらしいの」
確かに将来有望な子がいればそれを手元に置いておきたいという気持ちはあるだろうから候補生という制度はなかなか考えたな。
「そ、そうか。よしっ! 俺も受かってやるぞ!!」
「頑張ってねフラン君!」
そう言って意気揚々とフランは部屋に入っていく。そしてその時ドアの隙間から短い金髪のナーガが中央の机ごしにかけていたのが見え、俺のテンションはどんどんあがっていく。
『マスター落ち着いて今は策を練りましょう』
『それもそうだな』
ベアンテの言うとおり落ち着いて深呼吸をすると部屋の上に何かが飾ってあるのが見えた。
古そうで、石突の部分の飾りが特徴的な日本槍。
それは夢にまで見たフィフス・ランスのフィランだった!!
『チッ、見つけてしまいましたかマスター』
『お前気づいていたんなら教えてくれよ!』
大事そうに天井近くに飾られてあるフィラン。俺は周りの人の様子を確認したが、希望者は自分のことで精一杯、それを整列させようとする人もまた希望者のことで精一杯、これなら誰も気づかなさそうだ。
ベアンテの蔦をゆっくり天井まで伸ばしフィランの柄を絡ませ、ついに自分の手へとおさまると直ぐに頭の中を絶叫が走った。
『イツキ~~~~~~~!!!!!!!! イ、イツキーー!! イ・ツ・キーーー!
I・T・U・K・I―――くぁwせdrftgyふじこlpーーアッーーーーーーー!!!!』
カオスだ。正にこれはカオス以外の何者でもない。
興奮して奇声をあげているフィランを落ち着かせること数分、ようやく落ち着いたフィランはどうやらご機嫌斜めの様子。
『もうっ!! どうしてイツキはどっか行っちゃったのさ! 僕がどれほど心配して眠れぬ夜を過ごしたと思っているの!???
どうせその性悪女に騙されて連れさられたんでしょっ!?」
『まったく、あなたの言動には知能の欠片も感じられませんね。そしてちなみに私とマスターはとっても親密で濃い五年間を過ごさせていただきました♪』
『殺す! 絶対殺す!』
ヤンデレは一人? で充分なのでフィランに誤解を与えるような発言をするんじゃない!!
そこからフィランを宥め、慰め、愛を語ったポエム(原稿用紙十枚分)を朗読してようやく機嫌のよくなったフィラン。それとは対称に機嫌がとても悪くなったベアンテもなんとか宥める事に成功したころ目の前のドアが開き、フランが出てきた。
どうだったと聞くと親指を立てて嬉しそうな表情である。
俺もドアに入る前に少々準備をするとしよう。
『フィラン、【天沼矛】と【地虚矛】、ミサゴを出してくれ』
『分かったよイツキ♪』
フィランの了承と同時に手には古そうな日本槍の変わりに三本の槍がでてくる。
『ベアンテは得意の拘束用の蔦を容易して下さい、お願いします』
『マスターがそこまで言うのなら……』
いったいどっちがマスターなのだろうか?
そんな考えは焦れ気味にどうぞ次の人、と言われた瞬間に消えた。
ドアを開けると同時にミサゴへ飛び乗った俺はすさまじいスピードでナーガの執務室におかれてそうな机にミサゴを突き刺すと同時に宙を舞う。
さすがにナーガは驚いてはいるようだがその不意打ちをバックステップで優雅にかわした。
だがここからが本番である。【天沼矛】と【地沼矛】をナーガの逃げる先へ投げてこれ以上回避運動を取れなくした後、ベアンテの拘束用蔓が左手からナーガ目がけて射出される。
さすがにその行動を予期してなかったナーガは蔓が綱か何かだと思ったまま無様に拘束された。
「貴様ッ! 何者だ!?」
さすがに五年前で、フードで顔を隠していることもあり直ぐに俺だとは気づきはしない。
「俺の名を言ってみろナーガ!」
目の見えないナーガは俺の声に聞き覚えがあるのか、少し戸惑った後こう言った。
「も……もしかして……ロリコンか?」
「誰がロリコンじゃーー!! お前そこはもっと違うセリフがあるだろっ、 久しぶりだなイツキとか言えんのか!!」
騒ぎを聞きつけたクロトが見たものは、植物の蔓に雁字搦めにされたまま延々とナーガの顔をサンドバック代わりに殴りつけるイツキの姿であった……