六十一話 死への一歩
第二部の始まりです。
ずっと前から書きたかったので嬉しさで一杯です。
これからも頑張りますのでどうぞよろしく!
だるい。体が鉛のように重く感じる。
そのくせその気だるさに任せて眠ることも、瞼を開けることもできないのでホルマリン漬けにされた生物の気分だ。とにかく今自分がどのような状況にいるのか知りたい。
『ようやく起きましたか?』
透明感のある女性の声。それは聞き覚えのある声だった。
『ベアンテ……なのか?』
『はい、マスター』
ベアンテの声をきっかけに次々と記憶が戻ってくる。確か最後に俺はユーリィと一緒に巨大化したヴレイン目がけて槍で貫いたはず。そして目の前が真っ白になったと思ったら……そこからの記憶が全くない。
『ご混乱の様子だと見受けます。私が説明いたしましょう』
断る理由もないので頷く。どうせ一人で考えても答えは出てこないのだ
『まず今現在ここはいったい何処なのか? という疑問があるでしょうがそれは話を進める内に自ずと分かってくるでしょうから説明を省きます。
あの時、私のマナの影響をほとんど受けたマスターはいつ死んでもおかしくない状態でした。同時に私自身のマナもヴレインの巨大化によってほとんど失ってしまい、消滅しかけていました。そこで緊急措置として私は残ったマナでマスターの延命措置、つまり精霊殊の塊で包み込み…』
『ちょっと待ってくれ! 俺はマナの影響で死に掛けたらしいが、何でそのマナを使って延命措置が出来るんだ? 普通悪化しそうな気もするが……』
『どうやらマスターは少し誤解をしているようですね。私がマナを扱うのと、マスターが直接マナを扱うのは体に及ぼす影響に天と地ほどの差があります。なので私がマナを扱ってもマスターの体には何の問題もありません。私を介してマナを使う場合も同様です』
『……一応は理解したよ』
『では説明を続けます。精霊殊でマスターを包み込んだ後は近くの空の柱へ移動してマナの回復に努めているというわけです。つまりここは空の柱の中ということになりますね』
空の柱というと確か見た目大樹だったが、言葉を話せるほど長い時を生きた木だったな。
まぁその声を聞けるのも俺か植物を愛するエルフぐらいしかいないだろう。
『そして空の柱でマナを回復し始め今日でおよそ一年になります』
は……!?
『すると俺は一年間も寝ていたというわけか!?』
俺の最長睡眠時間である十三時間を優に越えているだと!? これならギネス狙えるな
『はい。そしてマスターのマナ汚染はまだ治療できてなく、私のマナが回復するまでここから出ることはできません』
『百歩譲って俺はいいとしてベアンテは一年も回復し続けているのにまだマナが回復してないのか?』
『そうです。限界量のようやく半分と言ったところでしょうか』
きっとゲームだったらベアンテのMPは完全にカンストして画面に表示しきれていないだろう。魔力ポンプと言っても過言ではない。
『そして肝心のマスターがマナ汚染から回復する方法は簡単です。人の中にある魔力、オドを延命措置が続くであろう四年後までに大量に注いでもらえば汚染は浄化されるはずです』
『おお! 四年とはなかなか条件が厳しいけど、まだ救いがあったか!』
しかしそんな俺に水を差すように、ベアンテはただしと付け加える。
『ここはヴァロ大陸の東端に位置するコロ大湿原の奥地。ザルナ王国の東に位置するカヤ国の治める土地で、コロ大湿原はロッドマスターにいたシンの森と同じくらい生存者の少ない場所です。つまり人が来る可能性が極端に少ないのが唯一絶対の難点でしょう』
『ダメじゃん!! むしろ最悪じゃん!!』
『……残り四年頑張って生きましょう!』
『かなりの高確率で逝くと思う』
ここで目を開けることも体を動かすことも出来ずに死んでしまうのだろうか。
……出来れば誰か助けてください。それもなるべく早く
† † † † †
この世界には五つの大陸がある。
まず現在地であるヴァロ大陸。
そして浮遊大陸シルム。その名の通り雲の発生する高さに浮いていて、ワイバーン船で近づくことが出来るのは年に一回シルムの高度が下がる時期にだけだ。
移動大陸、ムーヴ。これまた名前どおりに常に移動し続けている大陸。だが不思議と他の大陸とぶつかることはないらしい。……謎だ
氷結大陸、コキュートス。その大陸全体が薄い氷でドーム状に囲まれているらしく、いまだ開拓されきっていない。
魔法大陸、グリムフォン。この地に住むものは全て魔法を使えるといわれており、『原典の時代』に失ったとされていた技術も多く残っている。
なおこの大陸により魔物の生態、種類は変わっていて、たとえ同じ生物でも姿や行動に激しく差がでると言われているのだ。
『まぁ、この世界における地理の一般常識としてはその程度でしょうね』
認めたくはないが予想通りここを訪ねにくる人は未だいないようで俺はベアンテからこの世界の一般常識を学んでいた。何も見えず、動くこともできないのはやはり暇で碌にしてこなかった勉強も楽しく思える。もしベアンテという話し相手がいなければ早々に狂っていただろう。
『はぁ~、早くここから出たいな~』
『まだたった二ヶ月ですよ』
『そうは言ってもこの状況じゃな~』
ベアンテによるとここは洞窟の中だが、空の柱があまりにも成長しすぎて洞窟の天井を突き抜けてしまったらしく、開いた天井から太陽の輝きや月光が降り注ぐ綺麗な所らしい。
そんなことを聞かされて、ぜひその美しい光景が見たい俺は必死で目を開けようとしたが
瞼は岩のように硬く一ミリたりとて動かない。
こんな究極の引きこもり生活で食事も運動もとらずにいて大丈夫なのかと聞いたところ、そのための延命措置として俺を精霊殊に閉じ込めたのだと言われた。
最近じゃあ余りに暇すぎて脳内で師匠や通常時のヴレインと闘ったりする。フィランが今いないのが本当に惜しい。脳内でツンデレさせまくっているのでなんとか落ち着いているが何時禁断症状が出るか分からない感じだ。
勿論脳内ではミサゴを使っての空中からの攻撃も試して師匠と闘っているのだが、今の所
234戦中0勝234敗という素晴らしい結果を誇っている。
『マスター弱すぎです』
『師匠が強すぎなんだよ!! どうして死角からの攻撃を防げるの!? 真っ向勝負だと一分もしない内にやられるしさっ!!』
『では気分を変えてヴレインと闘えばよろしいのでは?』
『気分変えられねーよ! むしろ実力の差にもっと落ち込むわ!!』
あと最近分かってきたのがベアンテはSだということ。
口調は丁寧で俺を呼ぶ時もマスターと言うが、内心マスターにどんなルビを振っているかわかったもんじゃない。候補としては豚、奴隷、下僕などがあげられるな。
『そんなこと考えていませんよ|マスター(豚野朗)』
『今確かにルビが見えたぞ! そんなに俺を蔑みたいか!?』
『どこかに俺の心を労わってくれる女神はいないものか?』
『何言っているんです。ここにいるじゃありませんかマスター?』
『すまない。今の俺は目が見えないから目の前にいるのであろう女神様が見えないんだ』
『何をとち狂ったこと言っているんです。……私ですよ』
ベアンテはそれまでのおふざけの空気を一瞬で取り払って言い放った。まるで喉元にナイフを当てられているようなそんな殺気が俺に押し寄せる。
こ、これは俗に言うヤンデレかっ!?
フィランがツンデレだからってお前がそんな新ジャンルを開拓しなくてもいいんだよ! 本当に!!
勿論怖くて口には出せなかったけど……心の中で叫んだ。