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樹当千  作者: 千葉
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六十話 それは一つの終わり

目の前で起きた光景に圧倒される俺たちはその大きな体がこちらの方に動き出してからようやく、危機感を覚え反対方向へ逃げ出した。

だが左足の腱が切れた今では満足に走れず無様にすっころぶ俺。


『イツキ~! しっかりしてよ』


「いやいや。俺足の腱切れてんのによく頑張っている方だと思うよ」


「何をブツブツ言っているイツキ! さっさと逃げて、あれの対処方法を練らないと帝国は滅びるかもしれんのだぞ!!」


どうやらフィランと念話モードで話してなかったらしいのでナーガに怒られてしまった。

最近はフィランとの間にプライバシーが無くなってきているので、念話と普通の会話との境い目が分からなくなってきているのだ。喜んでいいのかどうかは分からないけど……


「分かったよ」


一人でなんとか起きあがろうとするが左足が言うことを聞いてくれない。見かねたナーガとクロトが起すのを手伝ってくれてようやく立てた俺は、一人で立てないことを情けなく思いながら感謝の礼をする。じいちゃんが生前そう言っていた気持ちが分かる気がした。


ベアンテがいれば傷も直ぐ治ってこんな思いもすること無かっただろうにな……


そんなことを思うと巨大なヴレインの足下が淡い緑の光を放った。

それはとても懐かしい光で、両側から俺を抱え込むナーガとクロトもそれに気付いたらしく不思議そうに見ている。


あの光はなんだかベアンテを思う…あっ、また光った!


どうやら俺がベアンテのことを思うと光るらしい


『……なぁ、あれ絶対ベアンテに関係あるよな?』


『……そうかもね』

やけに歯切れの悪いフィラン。


『いやいや。絶対あれベアンテでしょ』


『はいはいそうだよ。で?』


『なんで切れてんの?』


『……あの胸くそ悪い女がイツキに媚びてるみたいに光るからイラッとしちゃって、僕のこと嫌いにならないでね』


シューンとしょげかえったフィランもまた良しっ!!


『嫌いになるわけ無いだろっ! バーローーー!!』


『ふっ、ちょろいな』


『あれ? 今なんか小さい声で言わなかった?』


『ッ!? な、何も言ってないよ』


どうやら勘違いだったらしい。まぁ可愛いフィランが陰で黒い事言うとは考えられないし大丈夫だろう。

それよりも差し迫った問題がある。


あの馬鹿げた大きさのヴレインだ。今はこちらにゆっくりと近づいてきて実害はないが(それでも一歩足を進めると小規模の地震が起こるが)、いつ本格的な攻撃に乗り出すやもしれない。

相手が本格的な攻撃に入る前にあのベアンテらしき反応がある地点へ行って招待を確かめるのが最善だが、腱が斬られた今の俺ではヴレインに踏まれないようにあの地点へ行くことは不可能に近いだろう。蟻のようにペシャンコにされるのがオチだ。


「ナーガ、クロト。俺をあそこまで連れて行ってくれないか?」


「おいイツキ、あの光が気になるのは分かるが今はヴレインから逃げなくては死んでしまうぞ」


「ナーガに賛成だ。それに死んでまで行く価値があるとは到底思えないのだが」


「俺には必要なんだ。嫌なら断ってくれ、自分で行くから」


「バカな!? 死ぬぞ!」


ヴレインも俺の声が聞こえているかどうかはわからないがニヤッと笑うと初めて攻撃らしい攻撃をしようと剣を振り上げる。クロトの大剣がおもちゃに見えるほど大きい超剣は大気を2つに切り裂くような轟音を上げながら地面へと振り下ろされた。


轟音を予想していた俺は耳を塞ぎ、身を伏せるがその轟音はやってこない。いや、正確に言うと剣が大地に接したとき鉄片を擦り合わせたような音はあったのだ。しかしあれだけ大きな金属が大地に落ちた時に起こる破壊音はほとんどなかった。

その答えはしごく簡単なもので、それゆえに絶望も大きかった。


「大地が斬れている!! ……だと!?」


巨大ヴレインが振り下ろした剣は地面を切り裂き、アホなことに振り抜いてしまった。どうやら本気で当てる気は無かったようで俺たちへの被害は無かったが転移魔法陣の設置されていた広場の端から端まで、約百メートルが真横に切り裂かれていた。奴の攻撃の直線上に入るとスパッといっちゃうわけですね、わかります。


「……さ~て、俺の希望を聞いてくれる勇気ある強者は名乗りをあげろ~♪」


「「あんなもの見せられて行く奴がいるか!!」」


弱虫どもが。しかしこいつらの言うことも確か、俺を抱えてあの剣を避けながら行っても死ぬだけだ。


「お~い、イツキ~我が来たからにはもう安心じゃ! なっ、なんじゃあの巨大な人は!?」


「ギュルル~!?」


どこかに俺を運べる頼りがいのある仲間がいれば話は変わるのだが……


「むっ、無視はないじゃろイツキ!」


「そんな都合良くいるわけもないか。現実逃避は止めにして現在できることを考えよう」


「現実逃避をしているのはイツキのほうじゃろう!」


ついつい口に出してしまっていたみたいだ。マキアをからかうと楽しくて止められない。

きれいな白髪を振り回しながら必死に自分の意見を主張するのは眼福ものだからな~。


「そういやマキアはユーリィの看病をしているって師匠から聞いたんだが、ユーリィを見て無くていいのか?」


「途中でリザルト殿が引き受けてくれての~。急いでかけつけたのじゃ」


確かにリザルトさんのあの過保護ぶりならユーリィを任しても全く問題ない。むしろ過剰防衛に近い気がするのは俺だけか?


「とりあえず話を戻そう。俺は訳あってあいつの足下に潜り込まなければならない。助けてくれるか?」


「うむ、どういう理由かは分からんが、我は一向に構わん!!」


「なら早速」


久しぶりのガロンの乗り心地を味わっていたかったがヴレインの前そうするわけもいかずマキアの細い腰にしがみついて出発に備える。ガロンは二、三度足踏みをすると一瞬でトップスピードに至った。辺りの全ての景色を置き去りにして移動するがそれでも巨大なヴレインの剣は俺達を捕らえようとその剣を突き刺す。

それに一瞬早く気づいたガロンが地面に長い爪跡をつけ、振り下ろされた剣が目の前で爆発する。消し飛ぶ瓦礫をガロンは素早い身のこなしで飛び越えたが乗っている方はたまったもんじゃない。昔からジェットコースターの類は苦手でとあるテーマパークで乗った緩い子供向けジェットコースターでリアルにリバースしかけた男だ。


『楽しいね~イツキ♪』


『……ああこれが続くようなら死んだほうがマシだな』


そんな会話をしている間にヴレインの直ぐ足下まで迫っていた。近くで見ると足に血管が浮き出ていてよけいリアルに感じる。


「あそこだ。あそこにいってくれマキア!」


ちょうど股の下辺りに緑色に光る輝きを見つけた俺はマキアに指差して伝えると分かったように軽く頷いて進路を変更する。

ここまで足下に来ると碌な攻撃は出来ないだろうと思っていたが俺は最も原始的な攻撃を失念していた。ヴレインは足を振り上げ俺達を潰そうとしていた。


「やばいぞイツキ。ここは一度引き上げたほうが……」


「いやここで引き返したら奴はもう二度とこんなチャンスをくれないだろう。行ってくれ」


「ったく我は知らんからな!」


足が見る間に振り下ろされていく。俺はガロンの体を両足で締め付けて地面と平行になるまで体を乗り出した。少しガロンがしんどそうに鳴き声をあげたが今は少し我慢して欲しい

足下まで来たところでガロンにスピードを落としてもらい急いでその緑の光の正体、砕けた精霊殊の欠片を拾い集めるがその最中も巨大な足が迫ってくる。


「早くしろイツキ!」


「ちょっと待って! あともう少しだから……」


広い集めた欠片をこぼさないよう掌でしっかり蓋をしてガロンの背中に飛び乗る。


「もういいぞ!」


頭上の足すれすれをガロンが走りぬけなんとか生還。ホッと一息ついたところ掌の隙間から今度は先ほどまでの倍以上の光が溢れはじめる。


『ようやく話せましたね』


『そ、その声は俺がこの世界に来て初めて会話したきり一度も接触が無かったベアンテじゃないか!?』


『やけに説明臭いのが気にくわないところですが……その通りです』


『ったくイツキの面倒も見ないで何が自称イツキを見守る女神だよ!』


じ、自称……!?


『そっ、それは私も出来ればそうしていたかったのですがイツキをこっちの世界に運ぶのに消耗しすぎて出来なかったのです。今でこそ精霊殊にされたことでエネルギーが凝縮され話すことも可能ですが……それももう余り時間がありません』


『だからって……』


『あ~フィラン、ちょっとベアンテの事情を聞こうか。なんだかあまり時間が無さそうだし』


『どうもすみません』


『……少しだけだからね』


『今はなんとか話ができていますが私もじきに話ができなくなるでしょう。それというのも私の本体はヴレインとかいう人間の額にあるのです。そこから直接エネルギーの供給が無ければ欠片であるこの私の活動も休止するというわけです』


『それでいったい俺はどうすればいいんだ?』


『先ほども言ったとおりヴレインの額の部分に私の本体があります。そこに欠片の私を近づけてくだされば欠片を通して本体をこっち側へ引っ張り込むことが出来るのです。

さすればヴレインも動力源である私をなくした後、急激なマナの損失によってその体を保つことが難しくなるでしょう。問題は私の本体を移動させるのにしばらく時間がかかるということと、ヴレインの額までどうやって行くかということです』


『ちなみに時間ってどのくらい?』


『五分といったところでしょうか』


予想以上に長い上にヴレインの額まで行く手段がないときたか。

日本ではヴレインぐらいの大きさの建物はいくらでもあるので屋上から飛び移れば不可能じゃないこともないが例えビル級の建物があったとしても途中でヴレインに気づかれ撃墜されるのがオチだろう。百歩譲って近づけたとしても五分の間、相手は人形のようにただつっ立っていてくれるわけが無い。


「どうしたイツキ何か考え込んで?」


マキアがずっと黙っていた俺を心配したか声をかけた。


「そういやガロンってたしか空を飛べるんだったか?」


「ギュルロォー!」


いかにもそうです飛べます! と言わんばかりにガロンが吠えたのでおそらく飛べるのだろう。


「あそこまで飛ぶことは出来るのか?」


ヴレインの額を指差して伝えると


「う~む、そもそも騎竜という生物は広い高原に住んでいて飛ぶのに助走がけっこう必要なのじゃ。ここまで通りに面してなく、建物が多いここではあの高さまで飛ぶことは難しいだろうな」


発砲塞がりというやつか。そんなことを考えている間にもヴレインの攻撃は止まない。

その巨体で剣を振り回すたび衝撃波にも似たような風の壁が目視できる。ガロンは今の所素早い動きでなんとかそれを避けているが、その攻撃を受けた地面がパックリ口を開けたように避けているのでぞっとしない。


『何かいい手はありませんかねぇフィラン先生?』


『せ、先生!? ……それもいいね。

ヴレインの額まで行くのは何とかなりそうなんだけど……』


『行けるの!?』


『問題はどうやって時間稼ぎをするということなんだよね』


ガロンが急にスピードを落としたので一時会話は中止した。フィランやベアンテと話している間は少し無防備になるのでこういう外の動きの反応に遅れてしまうのが難点だ。

随分移動したらしくヴレインが遠くの方でいまだ暴れているのが見える。


「どうだったんだイツキ。何か成果はあったのか?」


いつの間にかここまで移動していたナーガとクロトが近寄ってきた。炎天下と長距離の移動のせいか、ナーガのシャツは汗でびっしょりで、クロトのほうは汗が長髪が額にくっついている。

一連の事情を説明するとクロトは俺の中にいたベアンテの存在を始めて知ったらしく少し疑わしそうにしていたが一応納得はしてくれた。


「そこでちょっと頼みごとがあるんだが……」


「分かっている。どうせヴレインの足止めなんだろう。あそこまで大きな相手に俺の痺瞳がどこまで通じるかわからないがやってやるさ!」


「我とガロンも協力するぞ!」


続けてクロトを見るが、クロトはまだ少し戸惑いの表情を見せていた。まだ気持ちの整理がついていないのだろう。無理強いはしない


『それでフィラン。いったいどうやってあんな高いとこまで行くつもりなんだ?』


『ふふ~ん。それは新たな槍が解決してくれるよ。出ろっ飛槍【ミサゴ】!』


フィランがそう言うと共に掌に槍が現れた。穂は内側に向かって尖っている刃が対角上に四つ、穂だけをみると槍がまるで四本束ねて置いているように見える。柄の部分は鳥の羽をイメージするだろう白い紋様が施されていてとても綺麗だ。


『なんだか凄そうなのは分かるんだが、これがヴレインの額まで行くのとどう関係があるんだ?』


『チッチッチ、甘いねイツキ。そのミサゴを放してごらん』


よく理由がわからないがとりあえずフィランの言うとおりに槍を放すとそれは重力をまるで無視して宙を浮いている。手で槍の上下に何かないか確認したがそれを吊るす糸も見つけることができなかった。


『で、デカルチャー!』


『何をいっているのかは分からないけど驚いたのは理解できるよ。でもその槍の能力はまだまだこれからっ! その槍に乗ることによって自由に空を飛べ、更に【天沼矛】と【地虚矛】やこれから出るであろう槍達も浮かばせ操れる。ただしミサゴからあまり離れるとその効果を失うけどね』


『なんたる素晴らしきチート性能!』


俺の掌にいきなり現れた槍に驚いたマキア達に質問攻めにされたが緊急事態ということで諦めてもらった。それにあまりフィランのチートさが公になると盗まれかねんからな。

とりあえず飛べるということだけは作戦上必要なため伝えたら呆れられた。


ミサゴの柄の部分にチャリの横乗りの要領で怪我した片足を庇うようにゆっくり座ったらあまり痛みもなく自然に乗れた。魔女のように跨ったら絶対痛いということは予想できたので残されたこの体勢しかなかったのだ。いずれは立ち乗りを目指したい!


準備も出来たので出発しようとするとクロトに止められた。


「どうした?」


「……これからするお願いは我侭だとわかっている。だが聞いてくれ」


「ああ」


「教祖様を、ヴレイン様を殺さないでくれ。あのお方は先代まで続いていた強硬外交を止めこの国の為に尽くしてきた方だ。何人もの犠牲を出しナーガのような人間もつくったのもそれ以上の悪事を働く者による犠牲を増やさない為でこのように帝国民を犠牲にするお方ではなかった。数十年前急にゼノア教の教祖の生まれ変わりとしての人格が出だしてから変わられたんだ。……自ら裏切った私の言うセリフではないのかもしれんが、あの人を殺さないでくれ」


「……努力はしてみるよ」


それも全てこの作戦が上手くいくかどうかにかかっている。プレッシャーに押しつぶされないように頬をパシンッと打ってから俺は槍を進ませた。

ミサゴは俺の行きたい方向へ飛んでくれるので操作は難しくない。


俺を乗せているミサゴを追いかけるように【天沼矛】と【地虚矛】が着いていっているのを見ると改めてこの槍の凄さが分かるものだ。

ようやくヴレインの目線と同じ高さまで来るとヴレインは直ぐ俺に気づき手の平をこちらに向ける。嫌な予感がして急降下すると頭上を極太なレーザーが通り過ぎた。

どうやら接近戦だけでは無いらしい。


「ジェットコースターは大嫌いだけど、そういう動きでもしなきゃ被弾しそうだよな」


自分で動かすだけあってジェットコースターのように予想外な動きはない分多少は楽だがそれでも進んでやりたくはない。そんな俺の意思、全無視のレーザーが次々と放たれるが槍に乗ってアメリカの曲芸飛行も真っ青な超絶飛行でなんとか全弾回避を続けている。

数十分かけてようやくヴレインの正面までたどり着くとヴレインはおもむろに巨大な剣を地面に突き刺してハエでも払うかのように手を振るう。


「ちょっ!? 危なっ!」


視界の外からきたその攻撃に俺が反応できるはずも無くマンガのように吹き飛んだが、どうやら【天沼矛】の自動防御のおかげで直撃は避けれたらしい。

しかし体はギシギシと痛み、どうやら肋骨も折れているらしく呼吸するだけで痛みがはしる。


それでも槍によりすがって体を支え、攻撃が終わってヴレインは隙だらけだったので額まで行くことは簡単だった。近くで見ると更に大きな緑の宝石に懐から取り出した精霊殊の欠片をあてると太陽のように辺りを緑色の光が包む。


『ただいまインストール中です。しばらくお待ちください』


どこかのPCみたいなことを言い始めたベアンテ。

あの処理が終わるまで~分って絶対嘘だって分かっているけどそれでもイラつくよね。


さすがに目の前で俺達のやっていることに気づいたヴレインはそれを止めさせようと掌で捕まえようとする。でもベアンテの作業中、この場を離れられない俺は当然逃げることもできない。


その大きな手の平があと数メートルというとこでようやく止まった。

見下ろすとヴレインの足元に虫のような大きさの人影が見える。おそらくナーガが痺瞳を使っているのだろう。


『一分経過』


そのベアンテの声が合図だったかのようにヴレインが動き出す。やはりここまで大きな相手には痺瞳の効果も薄かったのだろう。

再び俺目がけて動き出した手の平が今度は複数のブスッという音によって邪魔された。

よく見るとヴレインの手の甲は燃える矢によって傷つけられていた。

何やら高速で動き回りながらいる人物によって放たれているようなので、ガロンに乗ったマキアによるものだろう。


『二分経過』


ヴレインは俺に向けられていた手を地面に刺している剣へと伸ばしていた。どうやら先に邪魔物を片付けてしまおうという考えらしい。

剣を手に取り足下のナーガ達へ容赦のない剣撃。

今までのように斬ることに重点を置いた攻撃ではなく鈍器のように面をつかって叩き潰すという考えだ。

その攻撃によって砂煙が立ち上がり視界はほぼゼロに近い。


『三分経過』


目標を見失ったヴレインが一時攻撃を止めると、急にガクンとヴレインが膝をついた。

落ちないように必死にしがみ付いていたのが良かったらしくベアンテの作業の中止にはならなかったがかなり驚いた。


「何だあれは、穴?」


ヴレインの片足はそれを上回る大きさの地面にあいた巨大な穴によって埋まっていたのだ。

土の属性魔法によるものなんだろうか? マキアは今だ矢を射っているので、姿は見えないがリザルトさんによるものだろう。でもリザルトさんは確か今ユーリィの看病をしているはず、親バカのリザルトさんが他の人に看病を任すとも考えにくい。それじゃあまさか……


『四分経過』


再び襲う衝撃。体が宙に持ってかれるような感覚を覚えたがここまで頑張ってくれた皆のためにもベアンテをブレインの額にある宝石へ繋げておかなければいけない。

どうやらヴレインは完全に転倒したらしく目の前にはその衝撃によってバラバラになった民家の残骸が転がっているのに気づいた。そして地面を覆う氷にも……

風の魔剣を片手に優雅に微笑んでいるユーリィの姿。


『五分経過、本体の移動を終了しました。さぁ私を胸に当ててください』


手の平にあった欠片は再び綺麗な楕円型の精霊殊に戻っていた。それを言われたとおりに胸に当てるとどんどん体の中に沈んでゆく。不気味な光景だったがようやく有るべき所に戻った嬉しさでそんなことはあまり気にならなかった。ベアンテが戻ってきた恩恵か、怪我を負っていた部分も傷口から蔓が延びてきてあっという間に傷口が塞がっていく。


『マスターよ、私は帰ってきた!』


『シリアスな空気が台無しだ……おかえりベアンテ』


『あ~あ。せっかくイツキを独り占めできていたのに』


『でもまだ終わりではありませんよマスター。見てください』


動力源であるベアンテを失い動けないはずのヴレインが土で埋まったはずの片足を無理やり引っ張り出し、もう片方の足で地面に張られた薄い氷を踏み砕く。

今だピンピンしている様子のヴレインの姿があった。


『おいおい何でまだ動けるんだ!?』


『どうやらまだ予想以上のマナが中に残っていたようですね。動力源だった私を失っても動けるとは……才能か、あるいは執念か? その両方かもしれませんが』


狂ったように、最後の命を燃やし尽くすように暴れまわるヴレインの近くにいては巻き添えに成りかねないのでミサゴに乗ってユーリィ達のほうへ急いで移動する。足が治ったので大分楽だ。


「何でまだヴレインが動いているんだイツキ!!」


案の定近づいてきた俺にナーガが吠える。


「ベアンテもよく分からないらしい。それよりユーリィはもう大丈夫なのか?」


「ああ、カナゼ司教が怪我人達の治療が終わった後、フラフラと病室に入ってきてな。

私を神聖術で回復された後は倒れるように眠ってしまわれたよ」


「なるほど。……師匠らしいな」


会話をしている間もヴレインは俺達とまるで見当違いな方向へと剣を振り回し、その攻撃によって民家が五軒同時に吹き飛ぶ。これ以上ヴレインを放っておいたら犠牲者の数は増えるばかりだろう。なんとかしなければ……


『ベアンテ、今の俺の力であいつを倒すことはできるか?』


『無理でしょうね。今のヴレインは精神が肉体を超越しています。生半可な攻撃は意味を成さないでしょう』


『どうすればいいか教えてくれ』


ベアンテに頼ることは恥でもなんでもない。もはやベアンテは俺の一部なのだから


『私の持っているマナのほとんどを魔武器に注いで攻撃すればあるいは倒せるかもしれません』


『なら……』


『しかしそれをした後、私の宿主たるマスターは強すぎるマナにあてられ最悪死ぬかもしれません』


死ぬのは怖い。怖くないという奴は漫画かなにかの影響を受けすぎた奴か、人生に何の意味ももてない奴だけ。

俺は漫画は好きだが死=かっこいいという考えを持つ奴でもなければ、当然人生に意味をもたない奴でもない。しかし、それでも俺の答えは決まっていた。


『かまわない。

……ヤコブ村やこの帝国で犠牲になった人の数は数えられない。そしてその原因を作り出したのは俺。ここで自分の命を賭けて争いを終わらせなければ無事生き残った人と面とむかって喋れそうにないし、死んだ人に怨まれてもしかたない』


『……わかりました。このベアンテ、マスターと命を共にしましょう』


『イツキがどうしてもと言うんなら僕が力になってあげないこともないんだからね!』


死は覚悟したがユーリィ達にまったく何の挨拶もせずに死地を望むほど俺は強くない。

今も震える指先をミサゴを握り締めることでなんとか平静を保っている状態だ。


「ナーガ!」


「どうしたんだ急に!?」


ナーガの近くで耳打ちをするようにこっそり言う。


「ユーリィを頼むよ。ナーガはアホだがその点に関しては心配ないと分かっているけど一応な」


「君が何をいっているのか分からないよイツキ君?」


「遺言だよ」


最後までノリのいいナーガはその後も喚いていたが無視して次はクロトだ。


「クロト。付き合いは短かったがこれから頼んだ」


クロトは俺の表情を見て何か悟ったように頷いてくれた。

次はマキア


「マキア。きっといい人がみつかるさ」


「今更何をいっておる。もう見つかっておるわ」


マキアはまだ俺のこれからする事に気づいてないようで輝くばかりの笑みで即答した。自分の顔が真っ赤になっているのが分かった。


最後は


「ユーリィ」


「どうしたんだイツキ、改まって?」


「……いやなんでもない。師匠によろしく言っといてくれ」


ユーリィにも何かちゃんと伝えたかったがあまり話すと、未練が出来てしまうので結局口から出た言葉はおざなりな言葉でしかなかった。


『いいの、イツキ?』


『いいんだよ』


別れの言葉がすむと、左手を地面に置いて五本の大樹降臨。

地面から顔を出した芽が見る間に大樹へと成長していく。ちょうど俺を除いた皆がこちらへ来れないようなバリケードをつくり上げ、今だ暴れるヴレインのもとへ急ぐ。


「イツキーー!」


ユーリィの声から逃げるようにミサゴへ乗りこみヴレインのもとへ急ぐ。

ヴレインはさらに十数軒の民家を跡形もなく壊しておりその剣は血で金属特有の輝きを失っていた。目には狂気がこれでもかというほど詰まっている

俺の姿を見つけるとまるで新しい玩具が来たように愉悦に浸っている様子から、マナで精神も汚染されているのだろう。

ベアンテがいた時と違い、正確な太刀筋をもって斬りかかってくるのではなく子供がちゃんばらごっこをするかのようにでたらめな動きで避けやすい。


『そろそろ頼むベアンテ』


『ええ……!? どうやらマスターにお客さんのようですよ』


振り返るとそこには金髪をふりかざして走ってくるユーリィ。どうやら風の魔剣であの大樹を斬りさいてやってきたらしい。


「イツキ! ナーガから聞いたぞ。どうやら一人で死のうとしているらしいな!!」


ナーガは後で絶対殴る。いや、もう殴れないかもしれないけど……


「そんなの嘘に決まっているだろ」


「ナーガが私に嘘をつくと思うか?」


そういわれれば何も答えられない。


「だいたいイツキにそんな小説の主人公みたいなカッコイイ死に方ができると思っているのか!? 子供でも一笑して見るのを止めるようなそんな終わり方を私は認めない!!」


「だったらどうやって俺は償ったらいいんだよ!!」


「償わなくていい。私がイツキをここまで導いてきたんだ。これは私の責任だ!」


認められない、そんな屁理屈を! 

俺はミサゴに乗って上空へと飛び上がりベアンテに【天沼矛】と【地虚矛】へマナを注ぐように言う。


『いいのですか?』


「ああ、分からず屋のユーリィに邪魔される前にやるぞ!」


『そのユーリィさんの事なんですか……あの……後ろに』


「分からず屋はイツキの方だ!」


いつの間にミサゴの柄に座っていたらしいユーリィが背後で大声を上げたので驚いた。

まさかここまで追ってくるとは!?

ユーリィを巻き添えにするわけにはいかず一度地面へと下りようとするが、ユーリィがそうはさせじとミサゴを掴んでヴレインの方へ動かそうと暴れる。本当聞き分けのない娘だ!!


「バカっ、止せってユーリィ。まだ飛行に慣れていないんだ」


「私に任せろイツキ!」


ユーリィと争っている間にミサゴはご機嫌を損ねたのか真っ直ぐにヴレイン目がけて急降下していく。止めようとするが全くいう事を聞かない。


『仕方無い。ベアンテ、【地虚矛】にマナを溜めろ』


『いいんですね?』


『ミサゴがいう事を聞かなくなったからこれ以外方法はないだろう。もう一度運よくヴレイン目がけて飛んでくれるともわからないしな。後フィランは【天沼矛】をユーリィの防御にまわして絶対マナから守りきってくれ!』


『出来るだけ頑張るよ。イツキも気をつけてね』


ミサゴは俺とユーリィを乗せたまま恐ろしいほどのスピードでヴレインの額目がけて突っ込んでいく。ベアンテの精霊殊があった場所だ。

それと同時に左手の【地虚矛】に不可視の巨大なエネルギーが集まっていくのを感じる。これがマナの力か


「ユーリィ、もう止めろとは言わないから俺の手を握ってくれるか?」


無言で【地虚矛】を握る手にユーリィの細くて綺麗な手が重なる。手のひらは火傷で痛いはずなのに俺の手をギュッと握り締めてくれるその優しさに甘えそうになるが手に持つ槍をいっそうしっかりと握り締めた。


そしてまるで流星のように槍がヴレインの額を貫いた。ヴレインは大きな地響きを上げて倒れると見る間に体を小さくし始め、額の小さな傷を残した以外は無傷で生還した。

全ての戦いが済んだ後駆けつけてきたナーガ達の前には、幸せそうな寝顔のユーリィを守るように古そうな槍が転がっていた。

そしてそこに――――イツキの姿はなかった。


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