五十七話 規格外の方もいるようで
ようやくイキモノを倒したせいもあって俺はベタッと地面に伏せていた。地面の冷たさがちょうどいい。
「そういや、さっきは急いで聞いてなかったけど、どうやってあのイキモノの動きを止めたんだ?」
「ああ、あれが俺が『ナーガ』と名づけられた所以だ。まさに蛇に睨まれた蛙のように、俺によって見つめられたあらゆるモノ、魔法や物体、生物の動きを一時的に止める『痺瞳』。
それが俺の能力だ」
「それって何てチート!?」
「そうでもないぞ。これを使うとかなり疲れるし、普通にやると範囲が広すぎるので意識的に視界を狭くしなければいけないから、その間周囲の敵に対し完璧な無防備になる。
後、目を使っている最中は俺も体を動かせないしな」
ナーガは使えないとばかりに言うが、俺にとってはそれを差し引いても充分に使えるように思う。なんせ動けないナーガを仲間でカバーすればその弱点を補って余りある威力だ。
「助かったぞナーガ、頼りにしている」
「ユレイア様のお役にたてて光栄です。ユレイア様は手の平の方は……」
「私なら平気だ」
俺はユーリィに手の平を見せてもらうと、少し赤く腫れ上がっていた。今の俺では碌な手当ても出来ないので教会の端で育てていたアロエの皮を剥いてユーリィの手にあてる。
「たぶんこれで少しはマシになると思うけど」
「……すまないな」
少し赤面して答えるユーリィ。
しばらくすると教会の中から修道士たちが一人また一人と外の様子を覗きに出て来た。
結界をつくっていた修道士は疲労のせいか姿は無く、戦闘力のない修道士たちの姿が多い。
こちらへ駆け寄ってくると怪我は無いか? や騎士はどこへ行ったの? などの疑問を投げかけてくるので俺達はそれに一つ一つ答える。
とりあえず騎士やあのイキモノのいない内に避難するように促すが、修道士達の意志は固いらしくここで死をも迎える覚悟らしい。信仰心の薄い日本人の俺にしてみたら考えられないがそれがここのやり方なんだろう。
理解は出来るが納得は出来ないっていう感じだな。
師匠は今頃どうしているのだろうと思って見に行くと、師匠はホールの中央でぐったりとしている修道士達に神聖術をかけていた。師匠は一度祈るように手を合わせ自分の額に指を当てると、指先に青白い輝きが宿る。それを床に倒れている修道士の胸に置くとその青白い輝きが一瞬修道士を覆いつくし、修道士は目をさました。
「師匠って本当に司教なんですね」
俺の声に気づいた師匠は疲れを滲ませた声で答える。
「それはどういう意味だ? まったくお前と来たら昔の弟子を思い出せるようなことばかり言うな」
その師匠の弟子に興味を持って訊ねようとするとシスターの布を裂くような甲高い悲鳴があたりに広がった。
「イツキ、外を見て来い! 私は手当てで忙しいからな」
「はいはい、わかってますよ」
また面倒事じゃなければいいのだが……
とつまらない期待を抱いて、シスターの悲鳴が聞こえた教会の扉を開けるとそこにはまたもやあのイキモノがいた。今度は少し形が変わっていて、背中がパックリと開き、その中には戦車のような砲身が搭載されている。説明無しでもあれが遠距離攻撃主体だと分かるだろう。それが目算で二十体以上教会の外にいて、こちらへ今にも撃たんとばかりに砲身を向けている。
その奥からクルーゼ、クロト、人狼のケンの順番で現れた。
「さぁ、犠牲を出したくないなら私の元に戻って来るんだユレイア!」
そのクルーゼの発言に俺達はともかく大剣を背負ったクロトでさえ露骨に嫌な表情を浮かべた。しかし奴の言うとおりこのままではあのイキモノの砲撃でこちらはやられてしまうだろう。三百六十度囲まれているのでナーガの『痺瞳』も役に立たないし……
どうすべきかと考えていた時にユーリィがあいつのもとへ向かおうとしているのが目に入った。
「ユーリィ、行っちゃだめだ!」
「ならどうしろと言うんだ! このままでいても多くの犠牲が出るんだ。なら犠牲は少ない方がいい」
悔しさで唇を噛み、血が流れているユーリィに何も言うことはできなかった。
一歩一歩クルーゼの元へ向かうユーリィだったがちょうど教会の庭を半分程進んだあたりで、庭が光った。いや、あれは文字か?
教会の地面に幾何学模様によって意味を持たされた魔法陣が浮かび上がると、それと連動して更に教会の上空にも幾つもの魔法陣が浮かぶ。俺が何一つ理解できないままでいると、
天空から真っ赤に燃えた……隕石が降ってきた。
目をゴシゴシと擦るがその幻影は消え去ってくれない。いくら異世界だからってこんなことがあっていいのだろうか?
それはゴォーという音とすさまじい熱と共に見る見る姿を大きくしていき、教会の周りを囲んでいるイキモノ達の群れに突っ込んだ。爆音と同時に隕石がぶつかった衝撃で立っていられないほどの地震が五、六回続き、気づけば教会の周りはボコボコとクレーターが出来ており勿論それが直撃したであろうイキモノの姿はどこにもなかった。
しばらく敵、味方関係無く目をパチパチさせていると教会の尖塔からリザルトさんが軽く手を振っているのが見えた。
あいつはとんでもない物を盗んでいきました。あなたの常識です!!
隕石を降らすとか人外認定されたいとしか思えんな。いや、エルフだからエルフ外か、エルフ害やエルフgayでもいい。個人的なお勧めはエルフ貝かな。何だか美味しそうだ。
えっ、別にこんなどうでもいいところ膨らませなくても良いだって? それだけ驚いたってことだよ。
閑話休題
まぁ何はともあれこの隙を乗じて敵に攻撃をしかけようってことで脳内会議は終結した。
ナーガとユーリィに軽く目配せすると互いの標的目指して駆け出す。
ユーリィは何やら因縁があるクルーゼと、ナーガは元同僚のクロトと、そして俺は道端を歩いている蟻ん子と、と言いたいところだが人狼のケンとの戦いだ。
「精霊がいなくなったお前に負ける気はしねぇんだけどよう。まぁせいぜいあがいて死んでくれや」
「ふっ、言っておくがベアンテのいない俺が勝てる気はしねぇんだけどよう。まぁせいぜい手加減してくれや」
ケンは血管が額に浮き出ていかにもお怒りの様子だ。ちょっとからかいすぎた気がせんこともない。
「決まったぜ!! てめぇはギッタギッタにして…「ボロ雑巾のように捨ててやる! と貴様は言うだろう」
「ちげぇし、もう面倒くせぇよ。殺す!」
ケンは地面が陥没する勢いで踏ん張り、物凄い勢いで肉薄してきた。