五十六話 いいとこ取りってこういうことか
ナーガとユーリィは俺が槍を抱え駆け寄ってくるのを見ると少し驚いた表情を浮かべるが、笑顔で受け入れてくれた。
「ふん、ようやく出てきたか。たかが虫一匹退治するのに随分及び腰だな」
「やはりレディは虫の相手をするのが苦手かな?」
俺がナーガの女装を意図してそう言うとナーガもそのことに気づいてニヤッと笑う。
二人してニヤニヤが止まらなくなっていると、
「イツキ、ナーガ! 男同士でニヤニヤしていると正直気持ち悪いぞ」
そのユーリィの一言でまるで感情がなくなったかのように笑い止む。やはりユーリィの一言は大きいのだなと改めて思い知る今日この頃だ。
気を取り直して敵と向き合うと、それは既にこちらへ鋭い鎌を振り下ろす最中だったので焦って槍をクロスさせ防ぐ。受け止めた瞬間手がビリビリと痺れて槍を落としかけたが何とかもちこたえ、続く第二撃は体を横へ転がすことで何とかかわした。
これは予想以上に手ごわいぞ。魔法もたいして効果がない上に攻撃力はハンパ無い。
ゲームで出てきたら完全に初見殺しの代名詞になるであろうが、これはもちろんゲームではないのでコンテニューは出来ないのだ。
「私が左側から行く。イツキとナーガは隙を突いてやってくれ!」
これがユーリィを囮とする作戦だと気づき、止めようとしたがナーガがそれを無言で制した。手に酷い火傷を負っていて本当は剣を握るのだってつらいくせにそれでも自分から体を張ろうと頑張るユーリィ。それを止めれることなど出来るだろうか?
願うなら、こんどこのような場面に立ち会うときはもっと強くなりユーリィを囮なんかにさせないような力をてにいれたい。
ユーリィが宣言通り、左側からそいつの甲殻で覆われた足を風を纏った魔剣で斬りかかるとそいつも風の影響を受けて体勢が崩れる。その隙を狙って俺とナーガは一足飛びで反対側から攻撃した。足はとても堅いので俺は頭を二槍で貫き、ナーガは手甲で腹を攻撃したがそいつは相変わらず平然としている。
「クソッ、全然効かねぇーじゃん!!」
ナーガはそのまま手甲でめった打ちにしていたがさすがにウザッたいのかイキモノも鋭い足で振り払おうとするが既にナーガはそこから離れていた。
「イツキッ、良く聞け! こいつは上手く隠しているがさっきから人間でいう鳩尾の位置を庇っている。こいつも生物だ。おそらくそこが一番装甲が薄い場所なんだろう。俺が今から隙をつくるからそこを狙え!」
「それは本当なのか!?」
ユーリィがイキモノの攻撃を剣で受け流しながらそう聞く。俺に言われたのに……
「確信はありませんがこのままではこいつに決定打が与えられないままスタミナ切れでやられるのがオチです。少々の冒険は必要かと……」
「……そうだな。イツキ、頼めるか?」
おそらくユーリィも今の自分では満足な攻撃が行えないと分かっているのだろう、渋々と受け入れた。
「勿論。で、ナーガはどうやって隙をつくってくれるのかな?」
「あまり気が進まないがそうも言ってられないな。こうするのさ」
ナーガはおもむろに両目に当てられている包帯を解き始める。黒龍波でも封印されているのかな~と思ったが残念ながらそんなことはなかった。目は灰色で時折砂が舞っているかのように見える。てっきり見えないと思っていたその灰色の瞳の焦点は確かにイキモノを捉えていた。
こいつ、嘘つきやがったな。後でメイドさんの格好させてやる。
でも前回女装した時まんざらでも無い感じだったから喜んでやりそうで怖いな。
閑話休題
イキモノはそのナーガの瞳に捉えられた瞬間、まるで時が止まったかのように動きを止める。その瞬間までイキモノの気をひいていたユーリィは勿論、俺も驚いてしばし動きを止める。
「イツキ、直ぐ殺せ! 長くは持たない!!」
ナーガの怒声に押され、【地虚矛】を鳩尾の部分に突き刺す。確かに他の部分より装甲は薄いがそれでも充分堅い。二、三度突き刺して肉を広げると奥に緑色のドクドク脈打つものがあった。あれがおそらく心臓にあたる部分だろう。
一突きで貫こうとしたが槍は心臓に二センチほど沈むと筋肉の萎縮により動かなくなってしまい、奥へ突き刺そうとしても、抜こうとしても上手くいかない。
俗に言うお手上げってやつですね!
「お~い! ユーリィ手伝ってくれ」
こういう時に女性に頼るのは、何だか堅く閉じたビンの蓋が開けられずに女子に頼ってしまうのと似た気分だ。要するに、すごく恥ずかしい!!
でも、そんな状況でもないので素直に助けてもらう。
「本当だな。全然ビクともしないぞ!?」
「もうあと十秒ほどで束縛が解けるぞ!! なんて抵抗力だ!?」
ナーガに急かされてユーリィと共に渾身の力を込めて押し込んでようやくゆっくりと動き始めたがナーガのカウントは既に五秒をきってしまった。
このままのスピードじゃ絶対に間に合わない!
後一秒で急に槍に衝撃が走った。ゼロを迎えた瞬間、イキモノは動き出し、そして大きな音を立てながら地面へと倒れた。
しばらく俺達の中でクエスチョンマークが飛び交ったが槍の石突を見て納得した。
槍の石突には一本の矢が突き刺さっていたのだ。おそらく石突へと矢が突き刺さった衝撃で穂が心臓の奥まで届いたのだろう。そしてこんな芸当ができる人物を俺は一人しか知らない。
「マキア感謝するぞー!!」
マキアは笑顔で教会の飾り窓から顔を覗かせて言う。
「惚れ直したじゃろう!!」
いつもは軽く流すとこだがマキアの活躍無ければ倒せなかったし、それに正直ちょっと笑顔にクラッと来てしまったのでこう答えるとしよう。
「ああ、惚れ直したぞ!!」
……ユーリィの視線が痛い