五十四話 避難×非難
シリアスになってしまうが別に、構わんのだろう?
その教会は決して大きくないがいつぞやザルナ王国で見た大教会をそのまま小さくしたようだった。さすがに帝国内はゼノア教の信者が多く、メイハ教の修道士の姿は普段見えないが、今日は様子が違った。俺が処刑されかけたのと同時にメイハ教の信者も帝国民によって非難されはじめたらしく、ここ帝国支部のメイハ教会に逃げ込んだたくさんの人が集まっている。無論その中には処刑台から逃げ出してきた俺達も含まれる。
修道女たちは包帯を煮沸消毒したり、暴動によって怪我をした人の手当にいそしみ、カナゼ司教を先頭にした修道士達は外で構えている聖地守護団や、帝国軍からここを守るために神聖術による結界を行使している。何かに耐えるような表情を浮かべた彼らは額からタラタラと汗を流し、それに気づいた修道女が一人ずつハンカチで汗を拭うなどして対処しているが彼らにも体力の限界はあるし、外にいる奴らをどうにかせねば問題の解決には繋がらないだろう。
ようは大ピンチというやつだ。
「ユレイア様に何かお考えはあるのですか?」
「う~ん、何をするにしても結局あの結界が持つまで私達は後手に廻らざるをえないからな。この場で何か出来ることがあるとしたら結界が破られた後の戦略を考えることぐらいしかないだろうな」
「そうじゃのう。今の段階じゃそれが限界じゃろう」
「ギルドからギルドチームを雇って外から助けてもらうっていうのはどうだ?」
我ながらいい案だと思って満足していたら、冷たい視線や呆れた視線、いっそ殺してくれというような気持ちを起こすような視線を感じた。
呆れたように口火をきったのはユーリィ
「まずこの結界は外側からの干渉を防ぐが内側から外へ出ることは可能だ。
だが周りを囲まれた状態で助けを求めることは出来ないし、仮にもし出来たところでギルドの連中が帝国軍を相手に戦って利益などないばかりか、逆賊としてつぶされるのがオチだ」
ユーリィが言い切って息を落ち着かせるとマキアがかぶせるように話しだす。
「それにこの状況は一種の宗教戦争のようなものじゃ。宗教同士の争いはたがいに信仰する神の違いによるものじゃから、たがいに譲れんし期間は長引く。そんなものに進んで関わりたいと思う者はおると思うか?」
「わかった、俺が悪かったんだ! これから先は何も口出さないからもう責めないで!!」
ナーガがほくそ笑んでいるのが地味にムカついたが俺は優しいので脛蹴りという寛大なお仕置きで全てを許した。ナーガが床を転げまわっているのを見て、俺はやはりSなんだと確信する。
それからは真面目に戦略を練った。やはりベアンテがいない俺では多少、いやかなり不安があるのでナーガやユーリィの援護及び、怪我人の運搬兼作戦の指示というかなり微妙なポジションだったが納得した。事実今の俺では足手まといになるのがオチだろうから。
「そういえばリザルトさんの姿を見ないんだがどこにいるんだ?」
「何でも父上は結界が破られた時の為に、大規模魔術を組んでいるらしい。
おそらくまたグルーナがこの結界を破るために来るだろうからそこを狙うと言っていたぞ」
ユーリィは俺に心配かけないように平気な顔でグルーナと口にしたが、奥歯をかみ締めて漏らすように放った言葉からは怒りの感情がむき出しで伝わってくる。
しかし事情の知らない俺はユーリィに慰めの言葉をかけることは出来ない。
しばらく居心地の悪い空気が流れ、俺は耐え切れずに逃げるように教会の二階部分へ向かった。
何もかも上手くいかないような気がする。
俺達が今このような状況になっているのも、ここの修道士達を巻き込んだのも全て自分のせいであって、それなのに自分の出来ることの何と少ないことか…
憂鬱な思いを抱えギシギシと音を鳴らす階段をのぼると、二階の飾り窓から見張りをしている修道服姿の人が目に入る。
「見張り、代わりますよ」
「いえいえ、カナゼ司教のお弟子さんを働かせる訳には……」
「やりたいんです」
「……それではお願いします。何か異常があれば大声で叫んでください」
「はい」
飾り窓の隙間から外を覗くと、教会を覆うようにある青白い結界の外側は騎士達で、その更に外側は魔法使いのローブを纏った兵によって完全包囲されているのが分かりたくないが、分かる。この時点で既に異常なので大声で叫ぼうかと思ったが冗談じゃすみそうにないので止めておく。
「ままならないね、何もかもが」
背後からヌッと現れたリザルトさんに驚いたが、リザルトさんは気にした様子もなく俺の返答を待っているようだ。
「……リザルトさんは俺のこと怨んでます?」
「ああ、大事な娘の関心の的になっているからね」
「そうではなく! 皆を巻き込んだ俺についてです!!」
リザルトさんはしばらく考える素振りをした後
「それについては何とも言えないな。ただ君はこの件について少なからず怨まれているだろうし、怨まれるだろう。この先かならず怪我人も出るだろうしな。」
「どうすれば…」
「それは君の中で既に答えが出ているだろう?」
「自分で、自分が動いて周りの皆に迷惑をかけないようにするしか無いと思うんですけど…」
「そうだな。そういう考えもある。
だが他の皆がどういう思いで君を助けたかを忘れてはいかんぞ」
どういう思い?
「おっとこんなことをしている暇はなかったな。また会おう」
そう言うとリザルトさんは階段をすさまじい勢いで降りていった。相変わらずよく分からない人だ。
そんなことを考えていると轟ッという音ともにどこかへミサイルが墜落したのではないかと思うほどの振動が襲った。
敵襲かと思い窓から外を覗いてみると、結界の外で騎士たちが慌てふためいているのが見える。どうにも今のは敵の攻撃じゃないようだ。
音を聞きつけた修道士の一人が階段を二、三段飛ばしであがってくると、
「ちょっと、何しているんですか!?」
と慌てふためいた様子で言われた。
「いやそれがちょっと様子がおかしいんですって!」
俺の話だけでは埒があかないと考えたのか、その修道士は飾り窓の側に立つ俺を押しのけて外の様子を覗き込んだ。俺も事態がどう動くか気になって修道士に覆いかぶさるような形で外を覗く。修道士は露骨に迷惑そうな顔をしたがそれはまったく眼中になかった。
「「何だありゃ!?」」
修道士と見事にハミングしたがそれも仕方無いだろう。騎士達は何かに向かって果敢に立ち向かい、魔法使いたちは騎士たちが引いた瞬間を狙って魔法攻撃を仕掛ける。まさに戦闘のお手本とも言える動きとコンビネーションを見せたが顔色は総じて悪かった。
相手が悪かったのだ。
その何かは象のように大きく四足歩行で、全ての足は蟷螂の鎌のようにするどく前線の騎士を鎧ごと突き刺し、顔に当る部分は人の顔だ。元々あったであろう髪の毛は全て抜け落ち、濁った白目で突き刺した騎士をムシャムシャと無心で食べる様子は背筋を凍らせる。
騎士たちは剣や斧を打ち付けるが、カンッという高い金属音とともに弾かれ意味をなさない。魔法使いたちは心底怯えきってはいたが、それでも巨大な火の球をそれ目がけて打ち出した。
「「おおっ、やったか!!」
先ほどからやけにハモる修道士君と一緒に敵である聖地守護団を応援するのはおかしな感じがしたが、それほどにあのイキモノの放つ空気が人間にとって悪という存在だということが直感で感じ取れたからだ。
爆煙がおさまると、そこには多少煤けてはいるが無傷のままのそいつがいた。
さすがに敵わないと思ったのか、生き残った騎士は怪我人を抱えて、魔法使いたちは逃げる騎士から意識を逸らすためにそのイキモノへ攻撃しながら撤退を始める。あそこまでやって無傷なんて、あれはいったいどういうイキモノなんだ?
「おっ、楽しそうにしているのう。何か大きな音が聞こえたんじゃがあれは何だったんじゃ?」
緊張感の欠片もない顔でひょっこり出てきたのはマキアだ。
「マキア……とりあえず見てみたらいいんじゃね?」
「な、何じゃあれは!? ここに入ろうとしておるぞ!!」
急ぎ確認するとイキモノは結界に少し弾かれたようだがそれでも鋭い鎌で何度も突っつく。
結界はその攻撃に青白く二、三度点滅した後、パァーと薄まり消滅してしまった。
階下ではドスッと何か大きなものが倒れた音が聞こえた。おそらく神聖術を行使していた修道士たちが結界を破られたショックで倒れたのだろう。
「ギュエーーーーーーー!!」
そのイキモノは結界を破り獲物にありつけたことを誇るように不吉な声を上げた。